第12話コンパ後編
何かしらの成果を上げなければいけないという使命感に駆られたのか、男子達は女子達へ質問した。
初体験と初の口付けはいつだったかなど、馴れ馴れしい内容ばかりで女子が困りそうだ。
しかし、日焼けした女子は中学2年生の時に経験したと答え、白木が両方未経験と動じる事無く答える。
経験者は行為に及ぶ際の敷居の低さを感じさせた。未経験者も歓迎される。ユーディットが眼鏡の男から執拗に訊かれて、一瞬、知努の方を向き、答えた。
「私も中学2年生の時に優しくて王子様のような男の子とキス、したわ。初体験はまだだけど、出来ればその人としたいわ」
彼女の脳内に理想となっている男子がいるせいで、他の男が入り込む余地は無かった。
美人な女子を優しく扱う男子が必ずしも彼女の初体験相手にふさわしいと限らない。その時期から2年程、経過すると彼の性格は変わる。
慧沙は苦笑しながらユーディットを窘めた。あくまで男子側の肩を持つようだ。
「思い出は美化されやすいからね。その時の王子様みたいな男の子が今もそうであるか分からないよ」
周りの男子も周りにもっと良い男がいるなど、彼女の幻想を取り壊そうと試みた。
慧沙が知努に意見を求めて1分程度、彼は沈黙する。そして、答えが出たのか、知努の口は開く。
「数年間で、そいつが手癖悪くなっているかもしれないし、彼女もいるかもしれない」
「まず、その王子か玉子か知らないけど、意中の相手に想いを伝えたら良いと思うよ。《《ハゼさん》》
格好付けている姿が恥ずかしくなり、直接ユーディットへ意見を伝えてから彼はコップの中身を飲み干す。
邪まな妄想ばかり考えている男達が、中身の無い批判で他人の足を引っ張る事しか出来なかった。
目を伏せているユーディットが唐突に微笑みを浮かべ、知努の耳元で何か囁く。彼はバツが悪そうな顔へ変わり、また彼女に乳首を抓られた。苗字の呼び間違いをユーディットは聞き逃していない。
甘ったるい声で胸部の痛みを訴えながら知努が、女子達の飲み終わったグラスを机の端へ寄せて整頓する。
染子に惹かれていたのか、茶髪の男がこれから鶴飛の初めては俺がなると言い下心を出す。
その願望は永遠に叶えられない事を知りつつも知努が相槌を打つ。
女子と関わった事がほとんど無さそう2人の男は、彼女にオタクの優しさを主張して口説く。
まだユーディットは意中の男子から切り離せないと分かり、手軽そうな染子を標的へ変えた。
「染子、入れ食い状態じゃん。うちら要らなくね?」
「《《食用蘭君》》、難しい言葉を良く知っているね。分かったら、早く家でイケパラ姉ちゃんの帰りを待ってろ」
食用蘭を知らない文月が怒る前に、その意味を訊く。知努は彼女の姉にいつも食べさせていた《《刺身のたんぽぽ》》と言い換える。ようやく意図を理解し、文月が彼の頭を叩きに行く。
2人のやり取りは漫才師の演芸と似ていた。しかし、煩悩に塗れている彼らがそれを気にせず、染子の機嫌取りばかりを行う。
別の店員は、1人の少女の取り合いを行う場所へ注文していた料理を運んで来る。
あまり取れる身が少ない鯵の開きを9等分出来ない為、知努は8人で分けて欲しいと伝えた。
慧沙が鯵の身を少々知努の取り皿へ分ける。染子とユーディットと白木はポテトサラダ、鶏の唐揚げを彼へ渡す。
食事の後、染子はスクールバックから出したスマートフォンで、写真を女子達に見せる。
白いワンピース姿で寝ていた知努の写真、エプロンを着けて調理する後ろ姿の写真、ヘアピンで前髪を留めた彼が微笑む写真だ。
三中知努の肖像権は保障されていないのか、愛玩動物のように晒されていた。染子の認識がすっかり飼育中の犬だ。
民法85条において人間の管理下にある物は民法上、有体物と定義していた。その為、犬の権利保護が認められていない。
「お前は息子の写真を見せたがる俺のママかぁ? 絶対ネットに上げんなよ」
女子達から弟や恋人に欲しいと言われる中、状況が面白くない茶髪の男は憂さ晴らしに知努の頬を殴る。
片手を頬に添えていた知努をこちらへ向かせ、見せびらかすように染子は抱く。
茶髪の男は、慧沙や3人の女子から謝罪を求められたが、悪びれず舌打ちする。何としても染子の初体験の相手になりたい気持ちだけ強い。
陳腐な理由しか出てこないと分かっているが、彼女は惹かれている理由を訊いた。勢い任せな茶髪の男の答えは、胸が大きいや綺麗な顔立ちをしているなど、表面上の要素しか出てこない。
他人の意見へ便乗する事しか出来ない2人の男が、よく知らない染子の性格を適当に褒める。
対等な立場で関わり合っていたと勘違いする厚かましい男達に対して、彼女は報復手段に入った。
茶髪の男を睨んだユーディットが暴走すると踏み、唆す。
「これ位の男で嫌がっていたら、好きな男の子と初体験出来ないよ? 間違い無く近い将来、怪物になるから」
「そのワカメみたいな髪を強く引っ張りながら赤ちゃんが出来なくなるまで、何度も、何度も痛め付けて最後はヤリ棄てさようなら」
自慢話のように、笑顔を浮かべながら語る染子が恐ろしく感じたのか、男達は黙ってしまう。
湧き出る不安で押し潰されそうになったユーディットは、両手を知努の顎へ回し引っ張る。
細い腕から想像出来ない強い張力と、まだ腰を抱く染子の両手に、彼の頭と腰が海老反りとなり、煩悶した。
楽しんで嫌がらせする染子の腰へ両足を回し、知努は抵抗を行う。腰に絡めている足へ力を入れ締め上げて、染子の口から熱い妖艶な吐息が漏れた。
「そんな風に扱われたら私、耐えられない。三中くんはどう思う?」
「多分ハゼさんの予想以上に臆病だと思うよ! おいテメェら、マジで止めろ! 首もげもげしちゃう!」
ユーディットが軽く謝り、知努の首から両手を離すと、染子に押し倒される体勢へ変わった。
素早く両足を解くと、染子が無いに等しい彼の喉仏を舐め上げ、周りへ恥じらい無く聞かせる。
「知努が乱暴に足でキツく締めるから、破瓜した事を思い出してしまったわ。責任、取って?」
「もうヤだ、ちーちゃん、実家に帰らせて貰いますっ!」
先程、染子が見せた4枚の写真から、女子達にすぐ初体験の相手を知られてしまう。
惚気話を聞きたがる女子達、悔しがっていた男子達は、まだ2人が交際していない事実に気付いていない。
取り巻く状況が変わろうとも、2人の霧の掛かった道は長く続いていた。まだ歩む足は止められない。
「染子、結構、飽きっぽいからすぐ捨てられないか心配だな」
つむじから毛先にかけて手櫛で梳きながら、染子にだけ聞こえる声で呟き、知努は微笑みを零す。




