第1話理不尽な初春
1話でどれだけ読者を惹き付けるかが重要と言われています。私も頑張りたいです
入学式を終えて2日が経った昼休みの教室内は、生徒達の話し声で賑わっている。その彼らと真逆の陰湿な雰囲気を纏う男子生徒が、中央の席に座っていた。
約1年前まで彼も人並に楽しい生活を送っていたが、人生初の破局を経験し、未だ余波に悩んでいる。現状を変えるような新たな恋の目途は、まだ付いていない。
「チー坊、恋愛感情を燃料にして行動しないと何も変わんないし」
髪を金色に染めていた女子生徒に、左右の頬を引っ張られながら発破を掛けられる。人前で恥ずかしい思いをしたくない彼が、すぐ彼女の両手を解いた。
彼の想い人が加虐性愛者の幼馴染であり、異性から何度も求愛される美貌を持ち合わせていた。しかし、彼は親の仇のように、幼少期から虐められている。
切れ長でまつ毛が長い瞳、整った鼻筋、白磁色の肌を持つ彼は、いつからか集団に入る事を諦めた。
「嫌だ。告白してフラれたら、気まずくて関われなくなるだろ。それにすぐ暴力振るうもん、あいつ」
「やかましい。たまには格好良い姿の1つでも見せたらどうなん?」
想いを断ち切れない歯痒さで頬が赤くなっていき、手元にあった文庫本で彼は顔を隠す。その仕草を見た彼女がからかうように笑い、踵を返した。
近年の彼とその想い人は顔を合わせる度、口論に発展しており、反抗期の親子関係と同じだ。1つの恋愛を終わらせ、彼が再び振り出しへ戻される。
「相変わらず知努ちゃんは読書大好きだよね。僕なんて毎日読書なんて無理だよ」
しばらく心を落ち着かせる為、彼が読書していると、端正な顔立ちで目尻が垂れている男子生徒は、愛想笑いを浮かべながら空いていた隣の席へ座る。
そして、必要も無く三中知努の方へ体を近づけたが、彼に肩を押さえられ、一定の距離を保たれた。
「教養が無いイケメンは賞味期限が短いぞ。このままだと将来、《《アンドロイドキャバ嬢》》に軽くあしらわれて、アフターの誘いと無縁だな」
映画好きの知努が想像する未来は、夜に雨が降り、鮮やかなネオンで彩られた繁華街の接待飲食業は、アンドロイドに取って代わられている。
「人間の知努ちゃんで十分ですよ。ねえ、いつかキャバ嬢みたいなドレス着てデートして欲しいな」
「あ? 2000円やで」
人差し指で慧沙が知努の頬を軽く突き、また彼から金銭を要求された。その様子を当然のように周りの女子生徒達が撮影する。
シャッター音で気付いた知努が彼女達の方を向くと、彼女達は両手を後ろに回し、笑って誤魔化す。彼が睨み付け、わざとらしい黄色い声を上げながら、その女子生徒は逃げた。
慧沙が知努に共通の幼馴染へ贈る品を訊く。教室の空間から孤立している彼の元に来た理由は相談の為だ。
数日後、幼馴染の鶴飛染子が誕生日を迎える。慧沙は、その日に贈る品の目処も付いていない状況だった。
会話より暴力を受ける事が多い知努は、染子の好みを把握していない。加虐性愛者の印象があまりに強い。例年、近所の洋菓子専門店で買った菓子を贈っている。
もし女児が喜ぶプレゼントの代名詞、くまのぬいぐるみを貰った染子は、恐らく困惑するだろう。ぬいぐるみと一緒に寝る年齢が既に過ぎている。
一方、知努は中学生になるまでオランウータンのぬいぐるみと添い寝していた。だが、ある日、謎の置き手紙を残し、失踪している。
「本でも贈ったら良いじゃねぇか。あいつも読書するし、それが無難だろ」
「無難が良いとも限らないよ。さっきクラスの女の子に普段使うけど、高いものを訊いてみたよ」
困っている友人へ助け舟を出した彼は、端から必要とされていなかった。同世代の女子に訊けば当然有益な情報が出るだろう。
慧沙は入学式を終えた直後、教室の女子達と友人になり、中学時代の思い出話で盛り上がっていた。行動力が人並以上にある。
中学3年間、部活へ所属せず、ゲームとアニメに費やしていた事実を隠し、テニスが好きな男子と偽っている。ラケットより下半身の棒切れの扱いに長けていた。
「それでね、可愛い下着が結構高いからプレゼントされたら喜ぶじゃないかなって言われたよ」
「だから、ヒップサイズとバストサイズを知努ちゃんが知りたがっているよと書いた手紙を染子の机に置いたよ」
侮辱されるとすぐ怒り出す染子の短気さは、周りで見ていた彼は良く理解している。動揺してしまい、読んだページへ栞を挟む。
「酷いわ慧沙さん! 染子さんに虐められてしまうわ!」
ようやく友人の方に向いた知努が一瞬、思い出したある女子の真似をして、何とか平常心を保とうとする。
「いや、お前馬鹿だろ! 数字で興奮する性癖は持ってないからな」
不意に後ろからこちらへ近づく足が聞こえた後、彼の両肩へ細い指が置かれ、ゆっくりと彼が向き直った。無表情の鶴飛染子が立っており、心拍数は高まる。
黒髪が背中へかかる程、伸びており、前髪は均等に切り揃えられていた。ぶっきらぼうでほとんど表情を作らない。
染子と目線を合わせて恥ずかしくなった知努は、照れ笑いしてしまう。幼い頃から見慣れた顔が少し大人びて見える。
そして、無表情のまま力強く頭突きされ、双眸から少量の涙が流れた。数年ぶりに頭皮下血腫を作る激痛だ。
傍観者の男子生徒は、染子の髪から花のような香りがしそうだと呟く。余裕の無い彼は無視し、悶えながら右手で必死に擦る。頭が割れそうな痛みのあまり、目をつぶった。
頭突きした染子は石頭なのか、額が赤くなるだけでほとんど痛みを感じていない。2分程、警戒し、ようやく目を開けると、染子の顔がすぐそばにあり、驚いてしまう。苦しむ顔を観察していたようだ。
「お前は華山角抵戯の使い手か? 俺じゃ無かったら、両目が〇ーダマンみたいに発射してたぞ」
「私のおっぱいとお尻をいやらしい目で見た罰。もうしないなら許してあげてもいいわ」
我が子を窘める母親のように、染子が知努の頬を両手で軽く抓った。隣の慧沙は何食わぬ顔で眺めている。
「痛てて、染子ちゃんちゅきちゅき」
彼女が赤面して離れると思い、彼は目を逸らしながら勢いに任せた《《告白》》をしてしまう。予想外の行動に出た事で周りの生徒達から驚かれた。抓られている左頬がすぐ力強く打たれ、乾いた音を響かせる。
人差し指で左右の口角を上げ、知努は独特の威嚇をした。しかし、レッサーパンダの前脚を上げる威嚇程度にしか思われず、また左頬が抓られる。更に彼女は舌打ちし、軽く彼の脛を蹴った。
「死ねカス。絶交だ!」
「ご、ごめん」
一瞬だけ染子の仏頂面が悲しみを帯びた表情に変わり、知努は俯きながら謝罪する。無謀な告白があえなく砕け散り、彼は孤立無援で、幼馴染と対峙しなければならない。
想いを原動力にする所か、怒りの烈火に油を注いでしまった。
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