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キャラバン

 時計塔の隣には小さな畑がある。不毛の荒野に立つ時計塔だが、畑の作物はそんなことなどお構いなしに、少しの水と日差しさえあれば、すくすくと成長する。今では失われてしまったバイオテクノロジーの産物だ。

 トゥールは一人、井戸と畑を往復して水やりをしていた。その頭上では、太陽が乾いた熱波を放っている。

 塔の中では、ビヨンが洗濯物を干している。地上から三階の窓へと張った洗濯紐を、手元の滑車でくるくると操作して、洗濯物を吊るしていく。

 ふとその滑車を回す手が止まった。ビヨンは遠くのものを見るように目を細めた後、窓から身を乗り出し、塔の東を指して叫んだ。

「ねぇ、あれアバリクたちじゃない!」

 彼女が指差す先には、灰色の荒野に色を差す赤い一団が、地平線を割って歩いてくるのが見えた。


「よぉトゥール!ビヨン!元気だったかよ」

 赤い布を身に纏った長身の男は、そう言って二人とハグを交わした。その後ろでは、同じ赤い布を巻いた五十人ほどの男女が忙しそうに立ち働き、荷解きやテントの設営を始めている。

「なんとかね。君も相変わらず元気そうでよかったよ、アバリク」

 トゥールは嬉しそうに答えた。時計塔には様々なキャラバンが来るが、アバリク達のキャラバンはその中でも最も付き合いが古く、二人は幼い頃からの友達だった。

「いつぶりだ?前会ったのは一年前くらいか。身長もまた随分と伸びたな。まだ俺ほどじゃないが、お前ら時計塔守は妙な年のとり方をするからなぁ。いつか身長どころか年齢も抜かされかねん」

 アバリクはトゥールに答える暇を与えず、その端正な顔立ちに似合わないよく喋る口を動かし続けた。

「ビヨンも随分と大人びたな。トゥールの後をついてまわる可愛いチビはもういないのか」

「そんな昔の話しないでよ。私だってもう大人なんだから」

 ビヨンは顔を赤らめて抗議した。年数で言えばトゥールの方がアバリクとの付き合いは長いが、街での滞在時間など、一緒にいる時間で考えれば、彼女の方が長い付き合いと言えた。それゆえビヨンはトゥール以上にアバリクに対して遠慮がない。

 アバリクはビヨンの言葉を聞いて、わざとらしく神妙な顔をした。

「そうか、そうだな。確かに君はもう立派な大人だ。そんな君にこのような物言いは失礼だった。非礼を許してくれ。いつまでも小さい子供だと思っていたから、こんな土産まで用意してしまったよ」

 そう言って腰巾着から、小さなガラス瓶を取り出して見せた。中には七色に輝く小さな星が浮かび、甘い匂いを漂わせている。

「君が喜ぶかと思って買ってきた、東の街の最新のお菓子なんだが、大人な君はもうお菓子なんて興味ないかもしれないな」

 そう言ってアバリクは残念そうに瓶を巾着入れ直した。

 ビヨンはそれを見て、しまったという顔をした。自分はもう大人だが、お土産は今まで通り貰いたい。それを伝えようと口を開いたが、大人の威厳を損なわずにお土産を要求する上手い言い訳が思い浮かばず、その口がパクパクと宙を食んだ。

 そのあまりにもわかりやすい態度に、アバリクは笑いが堪えきれなかったようで、「残念そうな顔」を歪めて「プッ」と吹きだした。

「君の好みではないかもしれないが、先ほどの非礼に対するお詫びとして受け取ってくれないか?」

 アバリクは腰を屈め、そう言ってうやうやしく瓶を差し出した。

 その言葉を聞いたビヨンはパッと日が差したように笑顔になり「そう、じゃあ貰ってあげる!」と言って瓶を受け取った。そしてそのままキャラバンの女友達の方にかけていってしまった。

 トゥールはその現金な態度を咎めようとしたが、その前にビヨンは思い出したように振り返って「ありがとうアバリク!」と叫んだ。

「素直な良い子だ」

 アバリクはその後ろ姿を見て言った。

「悪いね。いつもありがとう、アバリク」

 トゥールは苦笑いしながら礼を述べた。

「良いってことよ。毎回楽しいしな。

 ああそうだ、お前にも土産があるぞ。俺からじゃないがな」

「?」

「今は少し都合が悪いから、明日にでも長のとこに行ってくれ」

「長が僕に?一体何を?」

「さあな。明日の楽しみにしとけよ」

 トゥールは首を傾げた。今までも長から土産をもらう事はあったが、どれもアバリク経由で、直接渡されることなどなかったからだ。


 翌朝、トゥールは作業机から顔を上げ、『またやってしまった』と後悔した。机の上には時計の部品が散乱している。

 昨晩はキャラバンの人々と一緒に夕食をとり、遅い時間まで旅の話を聞いていた。そのせいで仕事の予定が夜中までずれ込み、トゥールは作業場で寝落ちしてしまったのだ。

「トゥー、作業場にいるの?」

 下からビヨンの声がした。

「また上で寝てたんでしょ。もうキャラバンに渡す時計はできてるんだから、少しは休めば良いのに」

「そういうわけにはいかないよ。時間はいつだって足りないんだ」

 キャラバンから食料を分けてもらい、少しはマシになった朝食を済ませた後、トゥールは長のもとに向かった。

 塔の外では赤いテントが5つ、風に揺られて立っていた。テントの近くには家畜やその世話をするキャラバンの人々の姿があった。

「今長は都合がいいかな」

 一際大きなテントの前で、トゥールは近くの人をつかまえて聞いた。

「ああ、大丈夫だと思うが......ちょっとここで待っててくれ。中の様子を見てくる」

 話しかけられた男はそう言ってテントに入ったのち、すぐに出てきてトゥールに中に入るよう言った。

 テントの中は風通しの良い作りになっていて、日差しが遮られる分、外よりもだいぶ涼しい。

 奥に進むと布で区切られた区画があり、中では長とその娘が待っていた。長は具合が悪いらしく、深めの椅子に腰掛け、少しぐったりとしていた。娘はその看病をしていたようだが、トゥールが来ると長の命令で下がっていった。

「久しいなトゥール」

 長はそう言ってもっと近くに来るように手招きした。

「お久しぶりです」

 トゥールはアバリクの時と同じように、キャラバン風の挨拶であるハグを長と交わした。

「失礼ですが、お体の調子があまりよろしくないのではないですか?もし話をするのがお辛いようであれば、出直しますが」

 トゥールはそう尋ねたが、長は首を横に振りその必要はないと言った。

「アバリクから話は聞いているだろう。お前に渡したいものがあるのだ。本当はまだ数年待つつもりだったが、お前の言うとおり、旅の途中で体を壊してしまってな。儂はもう二度とキャラバンを率いてこの塔に来る事はないだろうから、少し早いが今渡すことにしたのだ」

 長は椅子の隣にある小さい机に置かれた包みを手に取り、トゥールに渡した。

「開けてみてくれ」

 トゥールは長に言われるまま包みを開いた。包みの中には、黒と白の、飾り気のないつるんとした質感の指輪が入っていた。

「これは......」

 トゥールはこの指輪にどこか見覚えがある気がした。

「それはリューズとラグの指輪だ」

「リューズとラグ......僕の両親の指輪ですか?」

 トゥールは突然両親の話が出てきて当惑した。

 彼の両親は、彼がまだ幼い頃、街で事故に遭い亡くなった。当時トゥールは六歳。今から十一年前のことだ。

「そうだ。黒い指輪がリューズ、白い指輪がラグのものだ」

「なぜ長がこれを持っているんです?」

 トゥールは素直に疑問をぶつけた。

「言いにくい話なのだが...... ギアが儂に売ったのだ」

「な!なぜ師匠がそんなことを。これは二人の形見ではないですか」

「ああ、お前の言うとおりだが、ギアはあの時まとまった金が必要だったらしい。二人が亡くなった後、奴がどうしたかはお前の方が詳しいのではないか?」

 長の言葉に、トゥールは普段は考えないようにしている、辛い、しかし大切な記憶を思い起こした。

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