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第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(九)


「さあ答えなさいッ! どうしてそこまで私を狙うの! どうして立ちはだかるの!」


 アーディ機の右五指から伸びる漆黒の刃を、タイタニアは右前腕から伸びる長大な紅蓮の刃で受け止める。


 つばぜり合いを繰り広げながら、アーディに詰問した。


 アーディ機の刃とタイタニアの刃が噛み合い、甲高い金属的共鳴音を上げる。


 鼓膜を切り裂くような高い音を立てながら、タイタニアの刃が徐々に押していった。


 アーディ機の刃表面がみるみるうちに削り取られ、摩耗し、猛烈な火花をまき散らした。


 バターをナイフでねっとりと切るみたいにして、タイタニアの刃がアーディ機の刃に食い込んでゆく。


《狩人が獲物を狩るのに、どんな理由がいるのかな?


 あたしたちにとって、エリュシオーネを狩ることは、戦士なら誰もが志す目標!


 あたしたちの世界は、そうできているんだから!》


 己の気迫だけで相手を吹き飛ばさんといわんばかりの剣幕で、アーディは応報した。


 直後、アーディ機は巧みな姿勢制御をもって、その場で宙返り蹴りを放つ。


 鋭いつま先が大気を切り裂き、タイタニアの腹部めがけて急襲した。



「ぬぐああっ――!」



 巨大な楔のごとき鋭いつま先が、タイタニアのみぞおちに突き刺さる。


 肉に潜り込み、表皮を切り裂き、ぷしゅっと血が舞った。


 鉛直方向に、砲弾のごとく打ち上げられるタイタニア。


 苦痛に顔をゆがめつつも、翼から放つ熱気流を操作して宙に踏みとどまる。


 見事なカウンターを決めたアーディであるが、機体のつま先はグシャっとひしゃげ、右手から伸びた刃も耐久限界で融解してしまっていた。



《あははっ! まったく、本当に歯ごたえ十分すぎる身体だよね!》



 右腕を振り払い、融解して使い物にならなくなった刃を振りちぎる。


 身体の方からまだ余力を残しているナノマシンを引き寄せて、新しい刃を右指に生やした。



「……やってくれるじゃない」



 タイタニアは、みぞおちから滴る鮮血を手でぬぐうと、口元に運んだ。


 低く抑揚の聞いた声でうっそりと呟くと、舌で手の平の鮮血をねっとりと舐め取る。


 両方の拳をきつく握りしめ、脇を締め――下方のアーディめがけて直滑降で突進。


 下降中に両腕をまっすぐ伸ばし、前腕から伸びる刃をぴったりと揃え、きりもみ的に高速回転。



「これがお返しよッ――!」



 まるで削岩ドリルのごとく、アーディ機に回転刃を突き立てた。


 咄嗟に両手を突き出し、回転するタイタニアの刃を掴み取るアーディ機。


 摩耗してゆくナノマシン群が手の平からこぼれ、眩い火花の煙幕と化す。


 またたく間にナノマシンが消耗されていった。



《あ……ははっ、どうしよう、どうしよう? アーディの身体、本当に風穴空いちゃったりして?》



 興奮とも狼狽とも取れる声で、アーディが笑う。


 だが、その声が絶望と悲憤に染まることはなかった。


 手の平表面で硬度を高め、タイタニアの回転刃を受け止めていたナノマシン群。


 それが今度は、硬度優先から、粘性優先に特性が変化する。


 固く脆い壁をつくって突進を防ぐのではなく、徹底的にまとわりつき勢いを殺すためである。


 強粘性の半固体と化したナノマシンが、タイタニアの刃を腕を包み込み、絡みついてきた。


 漆黒のゴム糸がいくつも巻き付いてきて、タイタニアの腕から肩にかけて、どんどん覆っていく。


 回転速度が急速に落ちてゆく。


 アーディの両手も、くたっとなって形を失っており、漆黒の強粘性繊維群と一体化していた。


 タイタニアの回転がついに停止する。



「ぐ……何、これ? ねばねばして絡みついてくる!」



 両腕を上下左右に動かし、強粘性の拘束を解こうとするが、腕を抜くことがなかなかできない。



《やっと捕まえた――捕まえたよ、ティナお姉ちゃん! へあ……あはは、じっくり語り合えるね、こうやって!》



 嗜虐的かつ愉悦に満ちた声で、アーディが告げる。


 タイタニアの腕から肩にかけて巻き付く漆黒の粘性繊維群が、圧力を加えてきた。


 まるで獲物を絞め殺さんとする大蛇のごとしである。



「う、うぎぎっ……語り合うですって? あなた、ずっとおかしいわよ……そんなことばっかり考えてるの……?」


《そうだねぇ、うん、そうだねぇ――せっかく地球に来たんだもの。

 聖地に来たんだもの――テンション上がらない方がおかしいって!》


「そ、そんなに嬉しいっていうなら……観光名所でも巡って行けば良いでしょ?

 邪魔なんかしないから、ほら、早く行けば良いじゃないの?」


《……分かってない、分かってないね、ティナお姉ちゃん!

 考えても見てよ……この重力! この空気! アレスでは味わえないこの感覚!

 うずいて、うずいて――バトルアイドルたるあたしの血が騒いで、騒いで仕方がないんだもの!

 近くにエリュシオーネがいるのに、手を出さずにいられるわけ無いじゃん?》


 嬉々とした声で、アーディは語りかける。


 強粘性のナノマシン繊維群が、タイタニアの身体を、ずぞぞ、と這いずり上がっていった。


 肩から首、胸から腹と、上半身が漆黒の触手に飲み込まれたみたいになる。


 タイタニアの中で、屈辱感と共に生理的嫌悪感が急激に膨れあがった。



「う、うええっ! 気持ち悪いけど、ゾ、ゾクゾクす――って、このッ!

 ホントにその身体ぶち抜いて風穴開けるわよ! さっきの私の身体みたいに!」


《その表情、すっごくいいよ、ティナお姉ちゃん!

 そうだよ、早く来てよ……早く、早くあたしの身体に風穴空けてみせてよ!》


「ならば、望み……通りに……してやるわよ!」



 タイタニアは両目をカッと見開く。


 両腕を覆う装甲思念体を操作、表面温度が急速に上昇していった。


 絡みつく漆黒の触手を灼熱をもって焼き切ろうというわけである。


 いくら強粘性で、斬撃に対して強い抵抗と耐久を見せるとはいえ、高熱で焼き切り、爆発で吹き飛ばされたら対処しようがないだろう。



《わお――》



 タイタニアの反撃に効き目があったのか、アーディが一瞬、驚嘆の声を発した。


 その刹那、タイタニアの上半身に絡みつく漆黒の強粘性繊維群が、ぶわっと膨れあがる。


 まるで、艶やかな表面をした風船みたいだ。


 漆黒の強粘性繊維を構成するナノマシンは、電磁気的な力で結合力を強化している。


 たとえ、その内部で火薬樽が爆発しようが、その爆圧を押さえ込む事などたやすいのである。


 ところが、それほどの強度と耐久性を誇るナノマシン繊維群が、どんどん膨れあがり、内圧で今にも引きちぎれそうになっていたのだ。



「こ……こんのおおおっ!」



 タイタニアの両腕から発せられる膨大な熱量が、ついにナノマシン繊維群の耐久度を打ち破る。


 まばゆい閃光と共に、同心球状に衝撃波が発生・伝搬してゆく。


《うわはっ! すご――》


 アーディ機の両腕が、爆圧で内側から破裂し、バラバラに断片化。


 機体そのものも後方に吹き飛ばされた。


 一方、タイタニアの両腕も、装甲思念体が爆発と同時に砕け散り、真っ赤な光の泡に還元される。



「……あっ……つああぁ……」



 両腕を襲う強烈な痺れと焼け付くような感覚に、タイタニアは思わず眉をしかめた。


 腕の所々に裂傷が走り、血がうっすらと零れ、紅色の淡い光を放っている。


 強粘性繊維内部の空間で高められた爆圧は、タイタニアの生身にもダメージを与えていたのである。


 装甲思念体が砕け散り、ダメージを防ぎきれなかったのであろう。


 無理を利かせて装甲思念体を維持していたのだ。


 どうやら、強い攻撃を放つと装甲思念体が破損してしまうほど、危うく脆い状態になっているようである。 


 タイタニアに残された時間は、確実に減っていた。


 それは、今の反撃で、多量のナノマシンを失ったアーディ機も同様である。


 タイタニアは今一度、空中で距離を取り、アーディ機と向かい合った。



「ふう……はああっ……無理はしなくてもいいのよ。そろそろ……降参してもいいのよ……」



 険しく目を細め、肩を上下させながら告げる。


 両腕を失ったアーディ機は、黙然としたままだ。


 じっと姿勢を維持し、こちらを見ている。


 退散するという様子ではないことは確かだ。


 攻撃してこないからといって、背を向けるわけにはいくまい。



「そんな状態で、私と戦うと言うの? よく考えてご覧なさい」



 アーディに対して、改めて降参するように呼びかけたその時だった。



《ティナお姉ちゃん、すっごく往生際悪いよね。

 あたし、確かに殺したはずなのに生き返ってくるし、そしてもう一度ぶっ倒しても、

 また息を吹き返してくるし……あたしだってね、負けないよ。

 あたしだって、往生際、悪いんだから。

 そんな簡単に、ホイホイと勝負捨てるほど、ヤワな根性してないんだよね、あいにく》


 静かだが、覚悟と気迫のこもったアーディの声音だった。



「その心意気は誉めてあげたいわね。でも、私の真似をするのは、あまりお勧めできないわ」


《……そんなことないと思うよ。あたしには、まだ足技が残っているもん。

 あたしは、まだまだ踊れるんだよ? まだまだ魅せてあげられるんだから……》



 そう告げると、アーディ機の両脚が、ぼうっと明るい光を帯び始めてゆく。


 脚部に残されたナノマシンの活性を高め、勝負に出ようというのだろう。



「本当にどうしようもない子ね……付き合ってあげるわ。でも、これでおしまいにするからね!」



 アーディの執念に呆れるやら、その不屈の精神に感心するやら――タイタニアは、何とも整理の付けがたい気持ちになり、思わず苦笑した。


 そして、アーディの心意気に応えるべく、力を振り絞り、両腕を装甲思念体で再武装する。


《ありがとう、ティナお姉ちゃん。あたし、とっても嬉しいよ!

 今日の出会いを、カミサマにどれだけ感謝したらいいのか分からないくらい!》


 アーディ機が半身を切り、突撃体勢に入った。


 タイタニアも両前腕から帯状の装甲思念体を射出、長大な刃を形成し、腕と一体化させ、攻撃態勢に入る。


 ふっと、すがすがしい笑みを一つ口元に浮かべ、口上を決めた。



「さあ、来なさい――かかる火の粉をうち払い、立ちはだかる壁はぶち抜き、迫る敵は叩ッ斬る!

 これぞ修羅場の乙女道! この命、散らせるものならやってみよ!」


《あたしはまだ踊れる! まだ戦える! 見て、見て! みんな見て!

 あたしがエリュシオーネを狩るその瞬間を!》



 アーディも雄々しく叫び、応えた。


 両者が同時に、宙を突進する。


 アーディ機の右足が、鮮やかな光の弧を描き、タイタニアの左前方から斜めに斬り下ろしてきた。



「ふんッッ!」



 タイタニアは反射的に上方で両腕の刃を交差、アーディ機の回し蹴りを受け止める。


 常人の鼓膜なら破裂するほどの激突音が発生。


 派手な火花が散り、次の瞬間に衝撃波で四方八方に吹き飛ばされる。


 感覚を忘れるほどの痺れと重圧が、前腕から上腕、そして肩から胴体を貫いていった。


 軽く十メートルを超える巨体とは思えぬほどの敏捷な動きだ。


 腕を失ったというのに、さらに技のキレが冴え渡っているかのように感じられた。



「今度はこちらが――」



 アーディ機の右足を受け流し、タイタニアが反撃に転じようとしたその矢先だった。


 何とアーディ機は、そのまま宙で旋回、左後ろ回し蹴りを放ってきたのだ。


 まるで、防御など無視して、ねじり込んでくるような連係蹴りだ。



「うっ、ぐぐっ!」



 咄嗟に判断し、左腕と左足を折り曲げ、ガード体勢をとる。


 そこにアーディ機の左後ろ回し蹴りが直撃。


 タイタニアの左太股部の装甲が砕け散り、肌がむきだしになった。


 そのまま斜め横回転を身体に加えられ、後方に弾き飛ばされる。


 翼を使って、勢いを急減速、百メートル前後吹っ飛ばされた所で宙に静止。


 アーディ機は突進追撃してくる。


 突進の勢いと全体重を乗せ、右回し蹴りを放ってくる。


 タイタニアも、雄叫びを上げ、右腕を唸らせ、刃を突き立てた。


 アーディ機の右ふくらはぎにタイタニアの刃が食い込む。


 激しく火花をまき散らしながら、斬り進んだ。



「うぬあああぁああぁあああ――ッ!」


《ぐうあああぁああぁ――ッ!》



 タイタニアが右腕を振り抜く。


 つんのめりそうな勢いで、前方に飛び出した。


 アーディ機の右ふくらはぎが、ザックリと切り裂かれ、機体断面がむきだしになる。


 損耗したナノマシンが光の粉となって、花火のように吹き出していた。


 右下腿は、半ば切断され、ぶらりと垂れ下がっている。


 もはや右足で蹴りを放つことはかなうまい。



「くっ――」



 タイタニアは上体を捻るようにして旋回、アーディ機の方を向き直る。


 直後、漆黒の巨体が視界を埋め尽くすと同時に、猛烈な衝撃が胸から腹にかけて押しつぶした。



「ぐ……う、うえぇええっ――!」



 肺腑の空気が一切合切押し出され、うめき声が漏れる。


 アーディ機の左前蹴りが、タイタニアの真っ正面から襲いかかり、身体に突き刺さったのである。


 乳房から、脇腹、右太股、両肩に至るまで、一斉に装甲思念体が砕け散り、赤い光の泡と化した。


 息すらできず、白目を剥き、後方に吹っ飛ばされるタイタニア。



《ふんッ! んッ――あああぁあああぁッ!》



 アーディ機は突進を止めず、タイタニアと宙を並走。


 左足を垂直に振り上げ、渾身の力を込めてかかと落としを撃ち放った。


 装甲思念体を失い、肌がむきだしの腹部に、漆黒の楔のごときかかとがめり込み、突き刺さる。


 タイタニアの身体が折れ曲がり、そのまま直下の地面に激突。


 盛大な土煙を巻き上げ、大半径の陥没を形成。


 全身の感覚がかき消えそうになるタイタニア。


 血泡をごふっと噴きながら、懸命に焦点を合わせようとした。



「ぐ……うぅうっ……ぐ、ぐが、あ、ああ……」



 装甲思念体のほとんどを失ったタイタニア。


 大の字になったまま、真上を見る。


 アーディ機が、左足を槍のごとく突き出し、落下する隕石のごとく急降下しているのが見えた。


 残った命を燃やし尽くす勢いで、烈火のごとく攻めるアーディ。


 その姿が、ゆっくりと近づいてくるのが分かる。


 身体が動かない。


 両腕を失ったところから、ここまで形成を逆転してくるとは、恐るべきアーディである。


 最後まで闘志を失わず、かすかに残された希望を全力で掴み取りに来たのだ。


 敵ながらなんとあっぱれなことか。


 アーディの健闘をたたえても良いくらいに思えた。


 あれほど見事な戦いぶりを、気持ちよいほどに見せつけてくれた。


 だが――ジュリアスが、命がけで自分に力を分け与えてくれたジュリアスがいる。


 ここで自分が斃されれば、ジュリアスも道連れになってしまう。


 まだ終るわけにはいかない。


 まだこの命、アーディに譲るわけにはいかないのだ。


 タイタニアは、目をカッと見開く。


 思念科学素子の活性を右腕に集中する。


 胸を反らし、背中の翼に力を込めた。


 爆発的な勢いで熱気流が噴出、真っ赤な炎の柱がそそりたつ。


 タイタニアの身体が炎の柱に突き上げられ、上空へ向け、火の球のごとく飛び出した。


 全ての力と執念と闘志と渇望を右腕に乗せ、アーディ機めがけて突き出す。



「アァァアディイィイイィイイ――ッ!」


《ティイナァアァァおねえぇえちゃああぁ――ッ!》



 両者の魂の雄叫びが、交差した。


 時が、さらにゆっくりと進む。


 タイタニアの右腕の刃が、アーディ機の左かかとと激突。


 タイタニアの刃が紅の光を放ち、ねっとりとアーディ機の足に潜り込んでゆく。


 アーディ機の左足に、蜘蛛の巣状に緋色の亀裂が走っていった。


 機体の左足を構成するナノマシンが耐久限界に達したのだ。


 漆黒の装甲が、次々と砕かれ、火花の粉末と化し、宙に散ってゆく。


 タイタニアがさらに突き進んでいった。


 アーディ機の左足が根もとまで消失。


 機体の左脇腹を削り裂きながら、ドーム状に突き出た胸部装甲に到達。


 胸部装甲は陥没し――澄んだ金属音を立てて、砕け散った。


 そして、タイタニアの刃がアーディの左胸に突き刺さり、肌を断ち割り、乳房を貫き、肋骨と肩胛骨をまとめて貫通。


 アーディの顔と息がかかる距離まで接近して、ようやく突進が静止した。



「くお、おお……ん、んぐぐ……」


「アーディちゃん……あなたの心意気、十分見させてもらったわ」



 タイタニアは、語りかけた。


 アーディの戦いぶりをたたえる気持ちに、一片の偽りもなかった。


 アーディはおもむろに右腕を動かし、左胸を貫く刃を掴む。


 口から鮮血をふきこぼしながら、その目はなおも生気を失っていなかった。



「やる……じゃない、ティナお姉ちゃん……ゆ、有言実行だね。

 あたしの胸に風穴あけるなんて……ぐあ、ああぁ……こんなの始めて。

 あたしの身体に、こんな酷い傷を負わせるなんて……は、はは、どうしよう」


「……風穴の数はまだまだ足りないけど、これでおあいこってことにしてあげるわね」



 タイタニアは、ゆっくりと刃を引き抜こうとする。


 とその時、アーディが刃を右手でがっちりと掴み、左胸部の肉を締めて、きつく挟み込んできた。


 タイタニアが一体何の真似かと思っていると、アーディがその問いに答えてきた。



「……少しぐらい、余韻に浸らせてよね……い、命のやり取りって、こ、これくらいじゃなきゃね。

 あ、あぁ、本気で、力を出し尽くして、戦ったって、実感……できる……」



 今にも消え入りそうな声で、必死に言葉を絞り出すアーディ。



「……あなたに身体をメチャクチャにされた私の気持ち、これで少しは分かったでしょ?」


「あ、あはは、はは……こ、これくらい……き、気持ちいいくらい……だよ」


「好きに強がりなさい、まったく……今日は、もうお開きよ」


「……仕方がないね。きょ、今日は、この辺にしておいてあげる……な、なんか機嫌がいいの。

 あ、あたしの、の、の、気まぐれに感謝してよね……」



 アーディは、だんだんと呂律が回らなくなっているようだった。


 それでもなお、言葉を続けようとする。



「そ、そう、そう……だ、だ、大事なこと、忠告し、たげる……」


「……忠告?」


「あ、あたしたち、だ、だけじゃない……ア、アレスの精鋭、い、いっぱい来る」


「……それはどういうこと? 私たちって、とんでもない人気ものになっちゃってたりして……」



 今回戦ったアーディだけではなく、もっとこんな奴らが襲って来るというのか。


 そう思うと、タイタニアは戦慄を覚えた。



「い、い、生き延びて……な、なにがあっても……あ、あ、あたしと、この次、戦うまで……

 ほ、ほかの奴らに、や、殺られ、た……たら、許さない」



 アーディは、執念めいた表情で、命を振り絞るようにして告げる。



「分かったわ。約束してあげる。私は殺されない。

 生きて、生き延びて、もう一度、アーディちゃんと戦ってあげる……それでいい?」



 アーディは、問いかけに対して無言で応じ、微笑んだ。


 タイタニアも、やや脱力し、口元に笑みを刻んだ。


 ついに、タイタニアの装甲思念体も完全に時間切れとなる。


 右腕と一体化した刃が、赤い光の泡となって消滅。


 アーディの左胸の貫通部から、どぱっと鮮血が吹き出す。


 アーディは、右手で乳房を鷲づかみにするようにして貫通部を覆い、きつく押さえた。



「……ま、またね……ティ、ティナ、お、おねえ、ちゃ、ん、ん――」



 喉を痙攣させながら、台詞を絞り終える。


 アーディの身体とタイタニアの身体が、ゆっくりと離れ始めた。


 四肢を失ったアーディ機が、どろりと形を失い、別の形に再構成される。


 またたく間にアーディの身体をナノマシンが球状に包み込み――ブーメランのような双翼を持つ、全翼機体に姿を変えた。


 わずかに自由落下した後、鈍角二等辺三角形のような漆黒の機体は、はるか水平線の彼方へ向かって飛び去っていった。


 そして――力を失ったタイタニアも、重力に捕らわれ、自由落下を開始する。


 ここは一体どれくらいの高さだろうか。


 山の向こう、海の向こうまで見えそうなくらいだ。


 地球が丸いのだと言うことを、実感させるような球状に広がる水平線だった。


 どっと襲ってくる疲労感と完全燃焼感に、意識をごっそり奪われそうになる。


 必死に意識を奮い立たせ、背中の翼に力を入れた途端――残されていた翼も、砕け、光の泡となって消えてしまった。



「あ……まずいかも……よりによって、この高さから――」



 落下速度は急速に増してゆく。


 びゅうびゅうという風音が、耳朶を間断なく叩いた。


 プラチナブロンドの髪が、風圧になびき、はためく。


 自分の身体がどれだけの勢いで地面に向かっているのか、嫌と言うほど実感させられた。


 自分の身体から重さが消えたように思えてくる。


 無重力感が、全身から力を奪い、意識を削り取っていった。


 落下中にあがくほどの体力さえ、残されていないようだ。


 虚ろな風音と奇妙な浮遊感だけが、意識を埋め尽くしてゆく。


 これは助からないか。


 さすがの自分の身体も、今度ばかりはどうなるか分からない。


 地面に激突したら、手足ももぎ取れて、胸も腹も腰も、潰れたゼリーのようになってしまうかもしれない。


 そこまでメチャクチャになってしまったら、もはやジュリアスの神技をもってしてもダメかもしれない。


 最後に思い切りジュリアスと口づけをした感覚が、ふいに蘇る。


 あれで最後なのか。


 口づけ止まりで終わりなのか。


 何だか、そう思うと、ちょっと悔いが残りそうだ。


 ああ、もっと思い切り踏み込んでも良かったかもしれない。


 心の準備も覚悟も、できていたのだ。


 アーディとの激しい戦いで味わった痛みと比べれば、破瓜の痛みなど――いや、そういう話ではない。


 その先に一体感や感動があるのなら、剣山に体中を貫かれようがどうということはないのだ。


 それぞ乱世の乙女道精神――だから。


 タイタニアの意識がぷっつりと途切れそうになった瞬間。


 ふわっと柔らかい何かに、身体を包み込まれたような感覚を覚えた。


 無重力感がふっと消える。


 ほんのちょっとひんやりとしたものが、肌に触れているのが分かる。


 鼻腔をくすぐる、爽やかな花のような香り。


 闇に沈みかけた意識が、ぱっと息を吹き返した。


 背中と腰にある感触からすると、自分はどうやら抱きかかえられているみたいだ。


 そして――ゆらゆらと揺れる視界に、黒髪の可愛らしい少年の顔がある。


 ジュリアスだった。


 もう、何を言うまでもなかった。


 口がわなないて、言葉など出ない。


 潤んで霞む視界の中、ジュリアスの首を手で探り当て、腕を回した。


 ぎゅうっと抱きしめ、頬を寄せ、何度も頬ずりをする。


 眩い緋色の光が、水平線の向こうから差し込んできた。


 天球から青い色が追い出され、橙色が広がっていく。


 夜明けが訪れたのだ。



「……綺麗、ね」



 無意識のうちに、言葉が零れる。


 それは息を呑むほどに、雄大で、美しい光景だった。


 アーディとの命がけの戦いの後ということもあって、一層心が震えていたのかもしれない。



「僕、こんな夜明けを見るのは、始めてなんだ……格別だよね」



 ジュリアスは、タイタニアと同じ方向を見て、呟いた。



「ええ、終りよければ全てよし……こうして、一緒に夜明けの景色を、それも普通じゃ見れないようなとびきりの夜明けを見れたんだもの。

 ああ……あぁ、よかった……生きていて、よかった……」



 力を使い果たしたように、タイタニアはジュリアスの肩に寄りかかり、顔をこてん、と乗せた。



「うん……良かった、間に合って、良かった」



 ジュリアスも、少しだけタイタニアの方に顔を寄せた。


 触れあう互いの髪と肌を通して、ぬくもりがゆっくりと行き来する。


 こうしているだけで、タイタニアはとても幸せだった。


 それを察したように、ジュリアスは、ぽつんと呟く。



「……もう少し、こうしていようか」




「……うん」



 タイタニアは、しみじみと頷いた。


 やがてまどろみが襲い、まぶたが重くなってくる。


 この上なく心地良い密着感に包まれて、タイタニアの意識は今度こそぷっつりと途切れた。


 


 


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