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第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(八)


「き……来ちゃダメ! 僕は大丈夫……だから、今のうちに――」



 アーディ機の足に踏みつけられながらも、ジュリアスは懸命に訴え、タイタニアを制した。


 装甲思念体が青い光を放ち、背中の翼から絶え間なく水蒸気のジェットが噴き出し、必死に重圧に抵抗している。



「そ……そんなことできるわけないでしょ! あぁ、何か良い方法は――」



 こんな光景を目の当たりにして、黙っていられるタイタニアではない。


 危機に陥ったジュリアスを見捨てることなど、乙女道精神に反するどころか、その場で舌を噛んで自害するほどの罪――万死に値するのだ。


 あんなに健気で可愛らしい年下美少年は人類の財産。


 見殺しにする選択肢など、最初からタイタニアの頭の中には無いのである。


 何とかして、漆黒の機体が加える途轍もない重圧からジュリアスを救い出さねばならない。


 支えになるような物があれば――いいや、丸太や岩石を持ってきても、アーディの前では土くれと同じだろう。


 あの漆黒の巨体がどれほどの膂力を誇るのか、身をもって知っているではないか。


 ならば答えは一つ。


 この肉体をもって柱となることである。


 たとえ生身のままであっても、フィエルンドやフィエルンド・エリートなどアレスの巨大機動兵器と渡り合ってきたのだ。


 ジュリアスの代わりにつっかえ棒になるぐらいの役割は、果たせるだろう。


 唇を強く一噛みすると、タイタニアはジュリアスの側に駆け寄った。


 しゃがみ込み、アーディの機体の足の下に潜り込んだ。



「ジュリちゃん、ちょーっと待っててね……ふ、ふううっ!」



 地面と機体の足の隙間が狭いので、膝立ちで両手を伸ばし、機体の足の裏にぴたっと触れた。


 上腕三頭筋と広背筋に思い切り力を込め、重圧を押し返さんとする。


 後背部から上腕にかけて筋肉が隆起して、形がクッキリと浮かび上がった。



「あっ――だ、ダメだよ、ティナお姉様……大丈夫って、言ったのに……」


「こ、これの……どこが大丈夫っていうの、ジュリちゃん……」



 二人とも苦悶に顔をゆがめながら、やっとの思いで言葉を交わし合う。


 タイタニアは歯を食いしばり、鼻から鋭く息を吐き、小刻みに身体を震わせながら腕を押す。


 しかし、少しも押し返すことができない。


 蘇生したばかりゆえに、自分の肉体が弱り切っているのか、それともアーディの機体出力が桁外れなのか。


 いずれにせよ、重圧の大半をジュリアスが受け止め、支えているままである。


 これでは何のために助太刀に入ったのか、分からなくなってしまう。



「……なんの、これしき……ちょっと重いだけの……乙女道……」



 ジュリアスを助けると言った手前、このままで引き下がるわけにはいかない。


 こうなれば意地である。


 がむしゃらに全身に力を込め、低くうなり声を上げ、アーディ機の足を必死に押し返そうとした。



「装甲思念体が無い状態で、生身で無理しちゃダメ! それ以上は――」



 ジュリアスが突然、目を見開き、危機感溢れる表情で訴える。


 その時――タイタニアの四肢に違和感が走った。


 身体の中でミリミリと何かが軋む感覚がハッキリと分かる。


 右足首の付け根に、鋭い痛みが爆ぜた。


 痛みと痺れが混ざり合い、四肢を駆け上り、身体の芯に突き刺さる。



「おあぁあっ……がっ……」



 思わず体勢が崩れ、前につんのめりそうになった。


 すんでのところで堪え、姿勢を整え、両腕で巨体の足裏を支え直す。


 だが、痺れと痙攣が酷く、思うように力が入らなかった。



「ふっ、ふふ、ぐっ……こ、これくらい――」


「それ以上力入れないで! 壊れちゃう!」



 無理に力を加えようとすると、ジュリアスが声を張り上げてきた。



「えっ……?」




「思念科学素子がかなり消耗しているから……これ以上、無理すると支えきれなくなって、手足の骨の亀裂が広がっちゃうよ!」



 ジュリアスが駆けつける直前、タイタニアはアーディ機の両手で握りつぶされ、四肢の骨や肋骨を砕かれていた。


 ジュリアスの手当のおかげで、骨折部位は補強され、日常生活の負荷の範囲であれば問題はない。


 だが数百トン規模の負荷となれば、無理がたたるのは明白だった。



「で、でも……それじゃ、ジュリちゃんが――」



 まだ強情を張ろうとするタイタニア。


 その刹那、アーディが足裏の傾きを変え、タイタニアの方に重圧を加えてきたのである。


 あっという間に全身の骨が悲鳴を上げ、意識が飛びそうなほど激痛が走った。



「ぐっ……ぐううぅ……ん、うあぁ……」



 ろくに声すら上げられず、口がわななくばかり。


 屈した膝が、地面にどんどんめり込んでゆく。


『ん〜? おっ、この手応え……柔らかい鉛がめり込んでいくような感触……

 ミシミシとへこんでいく感じ……おやぁ、これはティナお姉ちゃん?

 どれどれ……うぅん?』


 まるで、子供同士がじゃれ合うがごとく、嬉々とした声の調子のアーディ。


 だがその無邪気な調子で、タイタニアを足でグリグリと踏みつけ、残酷な遊戯に夢中になっているのだ。



「ティナお姉様っ! さ、させるかっ――」



 ジュリアスはタイタニアのすぐ近くに移動し、背中の翼の推進力を乗せてアーディ機の足裏を懸命に押した。


 タイタニアに掛かる負担が、ぐっと減る。


 四肢の骨が再び砕ける事態は、辛うじて回避できた。



「ふっ……んぐ、ぐぐ……あ、ありがと……」



 タイタニアは痛みで涙目の状態で、何とかお礼の言葉をひねり出す。


 しかし、鈍い痛みと灼熱感が、四肢にジトッとへばりついているみたいだ。


 せっかく接合していた骨折部に、再び亀裂が打ち込まれてしまったのだ。


 この次、もう一度強烈な圧力が加わったら、今度こそ骨が砕けてしまうことだろう。



「くそ、どこにそんな力が……僕の水龍を二匹同時に退けて、それでもなお……」


『ああ、あのハリボテ? さっきはナノマシンが息切れした時ドンピシャ狙われて少し焦ったけど――

 どうってことなかったなぁ。あんまり攻撃痛くなかったし。

 でも、ハリボテにしては頑丈だったよ、ちょっとは楽しめたもね♪』


 どこか納得が行かない様子のジュリアスに、アーディは余裕綽々の調子でクスクスと笑った。


 アーディの指摘は的を得ていた――ジュリアスが思念科学素子の力で作った水龍は、あくまで自律的に動く水の塊。


 水分子間の結合力を強化して作った極細の水分子のワイヤーを、無数束ねて龍の様に形成し、自律的に動くように行動規則を設定し、組み込んだものである。


 身体を構成する水分子ワイヤーは、鋼鉄などはるかにしのぐ強度・剛性に、若竹のごとき柔軟性を兼ね備えていた。


 ハリボテと呼び捨てるには余りに強靭で、耐久性を誇ってはいるが、あくまで水蒸気の推進力で体当たりを繰り返すぐらいの攻撃しかできない。


 後方支援型エリュシオーネであるジュリアスが、液体分子操作の技能を応用し、敢えて戦闘用に作り出した自律物性機構体に過ぎないからだ。


 それでも相当な重量を誇るので、通常のアレスの機動兵器――フィエルンドなどが相手なら、十分過ぎるほどの威力を発揮するだろう。


 だが、今回は相手が悪すぎたようだ。


 アーディの戦闘能力は、アレスの通常兵装と比較にならない。


 何しろ、バトル・アイドル――戦場で先陣を切り、そのずば抜けた戦闘能力と容姿をもって、前線部隊の士気を極限まで引き上げる使命を負った精鋭中の精鋭――である。


 生身に戦闘用スーツを着込んだ状態で、フィエルンドなどアレスの大型機動兵器をやすやすと倒せるほどなのだ。


 アーディの体組織に存在するナノマシンは、フィエルンドなどを構成するナノマシンよりも遙かに高性能を誇る上位仕様のものだ。


 下位仕様のナノマシンを自由自在に操作できるだけでなく、損耗破損を承知の上なら過剰性能を引き出すことすらできるのだ。


 今のアーディの機体は、フィエルンド・エリートの身体を挽きつぶし、こね直して再構成しただけの機体と思ったら大間違いなのである。


 ジュリアスが作り出した水龍では、時間稼ぎが関の山であり、調子を取り戻したアーディを倒すには至らなかったのである。


『さっきは良い感じで、おあずけ食らっちゃった。でも空腹は最高の味付けっていうよね?

 あぁ、やばいやばい……地球に来て早々、こんな最高の獲物に――エリュシオーネにお目にかかれて、しかも仲間まで呼んでくれるなんて!』


 アーディは、先ほどジュリアスに手ひどい妨害を受けたにもかかわらず、上機嫌な様子だ。


 弾んだ声の調子に拍車がかかる。



「……え、獲物だって? アレスの一兵卒に……そんな余裕――」



『おっと、そこの青いお嬢ちゃん! あたしたちをそこら辺のアレスの連中と同じにするなんて、おっちょこちょいだよ?

 そんな判断してたら、油断どころかそのまま死んじゃうよぉ?

 ん〜、でもそうしてもらった方が助かるかな? あははっ!』


 戸惑うジュリアスを、やんわりとたしなめ、同時にからかうように笑うアーディ。


 思わぬ収穫を前にして、笑みが零れるのを抑えきれないみたいだった。



「ううっ、お嬢ちゃんじゃない……御曹司だよ!」



 むっとした声で反論するジュリアスだが、アーディは聞く様子がない。


 どんどん饒舌になっていった。


『さて――今度こそ、きちんとさばいて、食べてあげる。さっきみたいなヘマはもうしないもんね!

 エリュシオーネ二匹も食べたら、どんだけ力付くんだろう?

 あぁ、やばいやばい、すっごい興奮してきた!』


「エリュシオーネの肉体を食べて、力を取り込む? ……一体、君は何者だっていうんだ?」


『違うって言ったはずだよぉ? あたしたちは、エリュシオーネをやっつけるために生まれて来たんだから。

 今までのアレスの兵隊なんかとは違うんだから。

 そう――あたしたちは、大金星を上げて、堂々と凱旋するの!

 そして、みんな、みんな、あたしたちを頼るようになるの!』


「証明か……僕たちを狩って、その力を、その有用性を、証明するというのか……」


『そういうコト。一石二鳥、三鳥だよね!

 すごいお手柄になって、さらにうーんと力が得られるんだもん……最高の戦利品なんだよ、キミたちは』


 優越感たっぷりに高説を垂れるアーディ。


 だが、状況はアーディの述べた通りだった。


 まさに、タイタニアとジュリアスは、アーディという狩人に追い詰められ、足で踏みつけられ、逃げようと必死にもがいている色鮮やかな獲物。


 滅多に出くわすことのない極上の獲物を誇らしげに掲げ、仲間たちに見せつける光景を思い浮かべているであろう狩人・アーディ。


 いや、誰にも横取りされぬよう、その場で獲物を平らげてしまうつもりなのだから、捕食者と呼ぶのが適切かもしれない。


 いずれにせよ、タイタニアとジュリアスは、まな板に乗せられた魚のごとき状況にあったのである。


 しかし――タイタニアの心は、まるで折れていなかった。



「あらあら……さっきから聞いていれば、お強い割には、ずいぶん腹ぺこさんなのね……

 何にそこまで飢えているの? もっと力がないと不安なの? もっと手柄を上げなきゃ、落ち着かないの?

 本当は自分の強さに自信が持てないんじゃないの?

 だから、私たちを襲って殺して、早く証明しなきゃって焦っているのね、あなた」


『あん……? そっか。そう、見えるんだ。今のあたし、そう見えるんだ?』


 感じたままを言葉にし、ぶつけてくるタイタニアに、アーディの声音の温度が急に下がり出す。


 タイタニアは、さらに言葉をたたみかける。


 この状況で、敢えて不敵に振る舞い、余裕を見せつけることにどんな利があろうか。


 下手をすれば、不要にアーディを刺激するだけに終りかねない。


 だがタイタニアは、自分の心はまだ折れてはいない、まだまだ終わりではないのだと、アーディに対して断固たる意志を示さずにはいられなかったのだ。


 どんなに命乞いしようが、見のがしてくれるはずがないであろう相手だ。


 卑屈に惨めに嘆願しながら、なぶり殺されるなど、絶対にあってたまるものか。


 たとえここで命運潰えることになろうとも、前のめりでありたいのだ。



「そうね……事情はよく知らないけど。焦っちゃ、ダメよ。

 そういうときこそ、急がば回れっていうの――功を焦り過ぎると、かえって遠回りになるものよ、アーディちゃん」


『――何を言っているのかな? アーディは全然、大丈夫だよ?

 あたしは認めてもらってるもの。周りの人たちにも、そしておじさまにも。あたしはみんなから、うんと期待されてるんだから……

 みんなに頼りにされているんだから!

 だから、だからこそ――ここでティナおねえちゃんたちを、キッチリ仕留めなきゃいけないんだから!』


 突如、アーディは色を失ったのか、激しくまくし立てる。


 まるで何かのスイッチが入ったみたいだった。


 その怒りにまかせるように、アーディ機の背中の推進駆動力源が出力を更に高める。


 機体を構成するナノマシンの損耗など考えず、もはや使い捨てとばかりに、加減無しに出力しているのだ。


 タイタニアとジュリアスに加わる重圧は、小山のごとき巨岩に等しいものだった。



「う、あががっ……な、舐めるんじゃないわよ……そ、そんな程度で……き、気合いと根性があるかぎり、乙女道は不滅……」



 目を白黒させ、全身を小刻みに震わせながら、うめき声を上げて堪えるタイタニア。


 活性を失い疲弊した思念科学素子にムチを打ち、まさに気合いで耐え抜く。


 しかし、そんな無理が続くわけがない。


 ジュリアスの手当でやっと固定した四肢の骨は、砕けるかどうかギリギリの境をさまよっているのだ。



「なんてことを……ティナお姉様、とにかく早く腕を外して! 本当に折れて砕けちゃう!」


「ふ……ふん、ぎぎぎっ……そんなこと言われると、かえって外す訳には……」



 こんな状況下で、『ごめんね、あとはよろしく!』などと言って自分だけ抜けることなどできようか。


 気持ちとしては、『骨折上等! ぶっ倒れるなら前のめり!』である。


 そんなことだから、大けがをしてはジュリアスに迷惑をかけるのであるが。


『今度こそ外さないよぉ? 今度こそしっかり仕留めるんだから!

 これであたしはもっと強くなるんだから……これで大金星を上げてやるんだから! これで、みんな――!』


 踏みつぶされまいと、死のもの狂いで抗うタイタニアとジュリアス。


 かなり昂ぶった感情にまかせて、蹴圧を加え続けるアーディ。


 三者三様の激情が迸り、ぶつかり合う。



「へ……ふへへっ、ジュ、ジュリちゃん、何か妙案、ありそう?

 このまま、あの娘のごちそうにされちゃう前に、最後のイタチっ屁ぐらい、かましてあげなきゃ……ね♪」



 タイタニアは、ズズズと地面にじわじわとめり込んでいく。


 その顔は、苦痛に満ちてはいるが、不敵な笑みはまだ消えてはいない。


 最後の一瞬まであがきにあがいてやろうという意志が、ハッキリと見て取れた。



「戦闘特化型エリュシオーネのティナお姉様なら……

 思念科学素子の活性を回復させれば、もう一度装甲思念体を……でも、そんなことをさせるわけには……」



 非戦闘型のジュリアスが荒事をするよりは、戦闘特化型のタイタニアが前面に出るのが理にかなっている。


 が、それは先ほどまで生死の境をさまよい、ようやく蘇生したばかりのタイタニアに、再び死地に赴けと言うようなものであった。


 タイタニアに蘇生措置を施したのは、他ならぬジュリアスである。


 ためらうのも無理はないだろう。


 しかし、当のタイタニア本人は――



「こらっ! ジュリちゃん! 今、そんな遠慮してどうするの!

 私が、あの真っ赤な鎧姿になれば、何とかなるんでしょ?

 心配してくれるのはすごく嬉しいけど、ジュリちゃんひとりで背負い込んでどうするの!

 私の力が必要なら言わなきゃダメ! 私のことを信じていないっていうの?」



 ジュリアスの心を知らぬわけではない。


 だが、アーディにトドメをさせなかったこと対する忸怩たる思いが渦巻いていた。


 そのせいで、ジュリアスにかなり負担を掛けてしまっているのだ。


 現在の事態を招いた根本的原因は、自分の詰めの甘さにあるのだ。


 危険を承知でアーディに立ち向かい、今度こそケリをつけなければならない。



「い、いや、そんなことは決して! でも、こんなことをしたら、ティナお姉様……」



 ジュリアスもジュリアスで、なかなか強情である。



「いいのよ……私は大丈夫。ジュリちゃんがいるから安心なの。

 ほら、ジュリちゃんにはジュリちゃんの役目が、私には私の役目ってものがあるでしょ?

 ここで私が身体張らなきゃ、どうするっているの?」


「それは……僕は本来、後方支援・補給型のエリュシオーネ、ティナお姉様は戦闘特化型のエリュシオーネ……でも」


「ほらほら、何か変な勘違いしちゃダメよ?

 ジュリちゃんが頼りにならないとか、そんなのとはぜーったい違うのよ!

 ジュリちゃんにね、私を支えて欲しいの。そうすればね、きっと切り抜けられるから――」



 今にもアーディ機の巨大な足に踏みつぶされそうな鉄火場で、顔を近づけ、まばたきひとつせずじっと見つめ合う。


 互いの意志と意地がせめぎ合った。


 そして――



「う……うん。でも、ちょっとだけ問題があるんだ。それでも、いい?」



 ジュリアスが、ようやく譲歩。



「ふふっ、何言ってるの? ほら、言ってご覧なさい。絶対驚かないし、怒らないから」




「えっとね、思念科学素子の活性を補給するとね、ティナお姉様は装甲思念体もう一度出せるようになるんだけど――その代わり、僕がしばらくの間動けなくなっちゃうんだ」



 おずおずと切り出すジュリアス。


 なるほど、全部タイタニア任せになってしまうことを気にしていたのか。


 そんなことを気にしていたなんて、可愛いものである。


 四の五の言わず、甘えてくれればいいのに――タイタニアはニコニコっと微笑む。



「あら、そんなこと? 大丈夫、大丈夫! 私に任せなさい! ジュリちゃんは安心して私に身体を預けなさい!」



 快諾の証、とばかりに、鮮やかにパチリとウィンクを決めるタイタニア。



「……あ、あとね、その補給する際の方法なんだけどね……それがその、濃厚な接触による活性の伝達……な、なので、この体勢からすると――」



 ここに来てまだためらうというのか。


 タイタニアは、口をとがらせ、頬をぶうっと膨らませた。



「もう、じれったい! 絶対怒らないって言ったじゃないの?

 濃厚な接触を、どんな風にすればいいの? 言ってご覧なさい」



 この窮屈な体勢で、濃厚な接触をするとすればどんな手段が残されているのか。


 言われなくても、ほぼ見当はついていた。


 なるほど、確かにジュリアスの方からその方法を切り出すのは勇気が要ることかもしれない――タイタニアは思わず、クスっと笑みをこぼした。



「う、う……この体勢だと、口腔粘膜による、の、濃厚接触に、による、か、活性の伝達に……ああっ、もしかしたら僕は最低の――ん?」



 神の前に跪き、己の重罪を告白するかのような、祈りすがるような必死さで言葉を紡ぐジュリアス。


 まったくもってじれったく、誤解もいいところである。


 この抜き差しならぬ状況下で、己の体面や自己保身を優先して、羞恥と拒絶を振りかざすような愚かな女に見えると言うのか?


 あるいは、甘えてきているのか。


 実は、女性の側から強引にされるのが好みで仕方がなくて、これは変則的なおねだりだというのか?


 そのどちらにせよ、タイタニアの行動は決まっていた。


 そう、この運命的な状況設定を神に感謝しつつ、思う存分満喫するのみ。


 ジュリアスが瞬きをした刹那――タイタニアは、ジュリアスの唇をふわっと包みこむように口づけをし、一瞬にして奪ったのだった。



「……ん……んむ……」



 タイタニアとジュリアスの口腔粘膜が直接接触。


 ジュリアス側の思念科学素子が一斉に発奮、その活性がタイタニア側の思念科学素子に次々と伝搬してゆく。


 まるで玉突きのごとく、活力が思念科学素子間を伝わって、広がってゆくのだ。


 命そのものが液体になり、干からびかけた自分の肉体をみるみるうちに満たし、潤してゆくみたいだった。


 熱くたぎる何かが、身体の隅々に染み渡ってゆく。


 鳥肌が立つほどに心が奮い立ち、肌をはち切らんばかりに肉体に力がみなぎった。


 そう、ジュリアスから力を託されているのだ。


 ジュリアスの身体から、自分の身体に力が注ぎ込まれているのだ。


 恐らく、ジュリアスはそろそろ動けなくなってしまうのだから、ここで十分に力を吸収しておかねばならない。


 ――という理性的判断もさることながら、せっかくの機会を無駄にはせぬという気持ちの方が強かった。


 この極限状況下に花開く、戦場の恋、戦場の濡れ場など、滅多にあるものではないのだ。


 何という酔狂、何という恍惚だろうか。


 タイタニアは、柔らかな動きで唇を押しつけ、滑らせ――さらに、舌を挿し入れた。



「んくっ! う……ん……む……んっ……」



 ジュリアスは一瞬、目を大きく見開いたが、すぐにまぶたを閉じ、タイタニアを受け入れた。


 接触度はさらに濃厚なものになる。


 バチバチっと火花が散るような心地良い刺激が、タイタニアの口腔周辺で弾けた。


 衝動に突き動かされるようにして、熱く潤った唇を何度も、ゆっくりと押し滑らせる。


 摩擦のたびに生じる快感が火花のごとく弾け散た。


 唇の裏側を舌で優しくなぞり続けと、思考に極甘のシロップをかけられ、そのままとろけてしまうような感覚が襲ってくる。


 熱を含んだ湿った荒々しい呼気を、鼻腔から何度も吐いた。


 最終疾走とばかりに、思念科学素子の活性が灼熱の濁流のごとくタイタニアの肉体に流れ込んでくる。


 そして――むさぼるような野性的な口づけを堪能すること数十秒。


 最後にぐいぐいっと唇を押しつけ、舌を差し込み、じっと官能的心地よさを堪能。


 名残惜しさを覚えつつも、唇を離し、ジュリアスの口腔に差し込んだ舌を抜き、口づけを終えた。



「……ぷはっ! うあ……あ、ティ、ティナお姉様……」



 ジュリアスの身体から、みるみるうちに力が抜けてゆくのが分かる。


 その一方、タイタニアの肉体には、有り余るほどの力が充満していた。


 膝から崩れ落ちるようにして、ジュリアスがしなだれかかってくる。


 タイタニアの胸に頭を乗せ、息も絶え絶えの様子だった。



「もう、大丈夫よ、ジュリちゃん……」



 ぽつりと告げたその直後――タイタニアの肩から、脇腹から、腰から、太股から、深紅の鋭い帯状のものが肌を突き破るようにして飛び出した。


 思念科学素子の活性が戻り、装甲思念体が復活したのである。


 深紅の帯が、みるみるうちに四肢に巻き付き、乳房を覆い、下腹部を覆った。



「う、うう……うがああぁあっ――」



 みなぎる力感に、雄叫びを抑えきれなくなる。


 さらに、脊柱に沿って肌が裂け、三対・計六枚の赤く透き通った翼が生えそろった。


 絡み合う刃が流麗な曲線を作り、白磁のごとき肉体と紅蓮の甲冑が、芸術的なまでの融合を見せる。



「く……くふ、ふふふっ! やれる……これなら、やれるっ!」



 闘志をむきだしに、猛々しい笑みを浮かべ、右腕に力を込める。


 右腕、右肩、右胸部、右後背部の装甲思念体が力強く脈動、筋出力が爆発的に上昇。


 タイタニアはなんと、膝立ちの体勢のまま、右腕一本でアーディ機の重圧を支えて見せたのだ。


 先ほどまで、ジュリアスとタイタニア二人がかりで必死にもがいていたのが、まるで嘘みたいである。


『……わぉ、これってまさか――』


 事態の変化――タイタニアの装甲思念体の復活に気づいたのか、アーディが虚を突かれたみたいに声を上げる。


 タイタニアは、空いた左腕でジュリアスをぎゅっと強く胸に抱き寄せた。



「もう、焦らしは十分足りててよ……この私が、そんなジュリちゃんのことを最低呼ばわりなんてすると思う?

 年頃の男の子でしょ? ふふふっ、そんな心配するぐらいなら、私の唇に思い切りかぶりついて来なきゃダメじゃない♪」



 艶っぽい笑みを浮かべ、ジュリアスの頭を左手で何度も撫でさする。



「……うん」



 もはや言葉を発することすら叶わぬほど、疲労困憊な様子のジュリアス。



「ありがとう、ジュリちゃん。あとは、任せて! 無事戻ってこれたら、この続き――しようね♪」


「……ティ、ティナお姉……さ、ま」



 ジュリアスは、ゆっくりとまぶたを閉じ、くたっとして動かなくなる。


 タイタニアは左腕で、ジュリアスの身体をそっと地面に横たえた。


 左の親指で鼻の下を一度こすると、左手をそのまま上に伸ばし、巨岩のごときアーディ機の足裏に押し当てる。


 右膝を立て、ゆっくりと身体を起こしていった。


 旧世界のギリシャ神話で天球を支えていたアトラスのごとく、両腕を伸ばし、漆黒の天井を支え立つ。


 気合いも十分、カッと両目を見開き、大音量で口上を決めた。



「たとえ何度殺されようとも、地獄の底から這い上がる!

 本懐遂げるまで諦めぬ、不屈の闘志を甘く見た、それが貴様の命取り!

 いかに壁が厚くとも、試練をぶち抜きこの手で運命掴み取る! これぞ、熱血、乙女――道ッ!」



 翼及び両脚の装甲思念体が明るい緋色に輝き、灼熱のジェット気流を噴出、一気に急上昇、アーディ機の巨体を上空に投げ飛ばした。


『こ、ここでそう来るなんて――』


 バランスを崩したアーディ機は、宙で逆さ宙返りを数度繰り返すものの、姿勢制御を取り戻す。


 タイタニアもすかさず跳躍、熱気流を放つ翼を使い、宙で姿勢を整えた。


 ジュリアスから緊急補充を受けたものの、無理を利かせていることに変わりはない。


 この装甲思念体が維持できるのも、そう長い間ではないのだ。


 一方、アーディ側もナノマシンの損耗がかなりの所まで達している。


 上空で対峙する双方とも、残された時間は、接近戦を一度交える程度。


 ――恐らく、これで決着が付くことだろう。


 東の地平線の彼方が、ぼんやりと橙色を帯びてきた。



「私は、あのゲス親父の悪巧みの駒になるつもりもないし、あなたの獲物になってやるつもりもない――

 必ず生きてハンザを出て、自分の人生を斬り開くの。別に、あなたに恨みがある訳じゃない。

 だから、アーディちゃん、お願い。そこ、どいて。

 それでも、私の前に立ちはだかるっていうのなら――その身体ごとぶち抜いて、押し通るまで……それでも、いいのね?」



 タイタニアは、一語一語を区切るように、ゆっくり、はっきりと告げた。


 とことんアーディに肉体を傷つけられたものの、そのおかげでジュリアスと濃厚な時間を過ごすことができたので、まあ水に流してもいいかと思っていた。


 ジュリアスにまで手を出そうとしていた件については、はらわたが煮えくりかえる思いだが、ここで手を引くのなら、許してやってもいいと考えている。


 自分にしてみれば、そこまでアーディを憎んでいるわけではないのだ。


 確かに、戦うことそのものに対し、身体が喜びを禁じ得ないところはある。


 さりとて、見境のない闘争に溺れるほど自分は狂ったつもりはない。


 降りかかる火の粉は振り払う、それだけなのだ。


 アーディが何もせず立ち退いてくれれば、というかすかな期待と、やはり戦いは避けられないだろうという覚悟を込めて――やや眉間を険しくし、最終確認の意味を込めて静かな視線を送った。


 それに対するアーディの答えは――明確なる戦意と殺意、そして恍惚の混じった安堵以外の何ものでもなかった。


『あははっ……そう、そうだよね。そうでなくっちゃ、最高の獲物にふさわしくなもんね!

 これはもう、どくわけにはいかないね。

 こんな滅多にない機会、逃すわけないじゃん……

 じゃあ、宣言通り立ちはだかるから――あたしの身体、ぶち抜いて見せてよね、ティナおねえちゃん!』


 年齢相応の愛嬌ある声に、一点の曇り無く純粋化された殺意と、狩猟本能的な喜びをにじませるアーディ。


 漆黒の機体が、瞬間的に前方加速、タイタニアに肉薄、残された力を注ぎ込み右腕を振りかざして近接戦闘を挑んでくる。



「――このどうしようもないお馬鹿さんが!

 ならば、ならば……その身体、宣告通りにぶち抜くッ!

 それが私の仕置きと心得よッ! 歯ァ食いしばれッ、アーディッ!」



 タイタニアは、大気がビリビリと振動するほどの雄叫びを上げ、烈風のごとく闘気を放出、目をカッと見開き、緋色の瞳を爛々と輝かせた。


 己の中にある狂戦士的部分が、鎖を引きちぎり、肉体の主導権を確立。


 わき上がる闘争本能に突き動かされるように、右半身を引き絞り、右腕の装甲思念体を長大なブレード状に形成、咆哮を上げてアーディを迎え撃った。



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