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第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(七)

     − WARNING! −

     

 医療描写がねっとりと続きます。

 ヒロインはヘンタイです。真性です。

 それでも差し支えがなければ、先へお進みください。





 

「こ……こ、これか――」



 タイタニアは、自分の左胸上部にある深い傷穴をしげしげと見つめた。


 アーディが手刀を差し込んだ時にできた深い傷だ。


 ここからタイタニアの心臓を掴み、握りつぶし、無数の肉片にバラバラにしたのである。



「そうだよ。早く心臓を治さないと大変なんだから――細切れみたいになっちゃってるんだから。

 しかも失血し過ぎて、血流が身体のあちこちで途絶えちゃっているんだ。

 大変なことになっているんだよ」


「うげっ……普通、それじゃもう助からないわよね……でもなぜ、生きてるの、私」



 ジュリアスの説明を聞いて、タイタニアは青ざめた。


 自分の心臓が、そこまで酷い状態になっているとは――改めて聞かされると、強いショックを受ける。



「思念科学素子のおかげだね。宿主の生命維持を最優先するように、自律的物理干渉をしているはずなんだ。

 だから、思念科学素子が疲弊してしまう前に、心臓を治しておかないと――じゃあ、はじめるよ。

 痛かったら言ってね」


「う、うん……」



 満点の夜空の下、開放感満点の環境で愛し合えるかと思いきや、急転直下の緊急事態ではないか。


 内心がっかりしながらも、気を取り直し、ジュリアスの指示にしたがった。


 ジュリアスの右前腕部から、医療用の極細ワイヤーの束が続々と伸びてくる。


 そして、タイタニアの左胸の傷穴から体内へ、しゅるり、しゅるりと入っていった。



「ふ……ふううっ……バラバラになった心臓、元に戻るのね」



 ゾクゾクするくすぐったさに感じ入り、息を吐きながらじっとこらえる。


 ジュリアスの医療用ワイヤー群が、タイタニアの胸腔内で早速活動を開始。


 バラバラになった心臓の断片を掴み、空間的な位置関係を把握する。


 極めて難易度の高い、立体パズルを組み立てるように、肉片と肉片の組み合わせを確認していった。



「あ……何かが、くにゃくにゃ動いてる」



 柔らかくて小さな何かが、胸の中でひっきりなしに動き回っている感触に、タイタニアは思わず身震いする。


 ジュリアスは、肉片を組み合わせ、仮縫いを始めた。


 仮縫いと言っても、縫い目を肉眼で観察するのが困難なほどに精緻な仮縫いである。


 まずは心臓の内部、分厚い皮弁の部分を起点として仮縫いを始めた。


 動脈弁・静脈弁に、大動脈・肺静脈の太い血管をつなぎ合わせる。


 続いて、右心房、左心房部分を構成する肉片を組み合わせ、つなぎ、縫い合わせていった。


 やがて仮縫いが終り、ジュリアスは心臓表面にある冠動脈の縫合に取りかかる。


 冠動脈は心臓各部に血液を送り、二十四時間三百六十五日絶え間なく動く心臓の活動を支える重要な血管である。


 水分子でできた極細ワイヤーが、ズタズタに寸断された冠動脈の血管壁を一つ一つ丁寧に縫い合わせていった。



「よし……大動脈側との接続も、問題なし。後は、横紋筋の繊維をつないで、神経節をつないで――」



 工程を慎重に確かめるように、呟くジュリアス。


 心臓の蘇生措置は着々と進んでいった。


 心臓は横紋筋でできた筋肉――心筋の塊とも言える。


 身体の他の部位にある骨格筋と違い、心筋中にはミトコンドリアが非常に多く、休み無い拍動を支えているのである。


 ジュリアスは、心筋繊維の断裂面を丁寧に合わせ、水分子の極細繊維で細胞レベルで高速縫合をしていった。


 心筋繊維が一通り癒合したところで、神経節の縫合に取りかかる。


 心臓の神経系は右心房付近から始まり、ぐるりと心臓を左右に覆うように広がっている。


 神経繊維の縫合は、様々な縫合の中でも特に気をつかう作業だ。


 配線間違いが無いように、断片化した神経に電気的刺激を加えながら、確かめていった。


 タイタニアの心臓が、ふいに痙攣をし始め、肺や胸郭内壁にトン、トンとぶつかる。



「あっ――な、何これ? 何かが飛び跳ねた? 震えてる?」


「つながってきた……刺激の伝搬経路は……うん、ちゃんと、この経路を伝って……

 よし、全部通してつないでみるね。

 大きく跳ねるかもしれないけど、それは心臓がちゃんと動く証拠だから、心配しないでね」


「……うん」



 心臓はまだ蘇生していないが、タイタニアはドキドキと緊張した気持ちで待った。


 すると、ほんとうに、ぽん、と胸の中で弾力のある肉の塊が上下に跳ねるような感触が走るではないか。



「お、おおおっ! 本当に跳ねた……動いてる、私の心臓が動いてる!」



 それはある種の感動だった。


 一度失ったものを、再び取り戻したという、得も言われぬ充足感。


 無残に切り裂かれ、無数の肉片となった自分の心臓が形を取り戻し、今や元気に飛び跳ねるところまで回復しているのだ。


 失って始めて、そのありがたみが分る――まさにその通りだなと、タイタニアは痛感した。



「よし、やっとここまで来た! 後は、血液の補充だね……」



 確かな手応えを感じたように、ジュリアスはうんうんと頷く。


 その直後、ジュリアスの背中に生える透き通った六枚の翼が、じわじわと厚みを増し、膨らみ始めた。


 うっすらと赤い色を帯び始める翼の内部。


 その翼の根本から細い透明な管が伸びてくる。


 ジュリアスは右手で、その管を掴んだ。



「ねえ、ジュリちゃん、血って、どうやって補充するの? もしかして、ジュリちゃんの血を入れるの? というか、そんなことって可能なの?」



 失われた血液を、外部から補充することなど、タイタニアは聞いたことすらなかった。


 それは無理もない――現在のこの世界では、医療技術の水準は、そこまで復興していないのだ。


 しかし、先ほどからのジュリアスの奇跡のような医術の手並みを見ていると、どんな措置でも可能なものに思えてくる。



「うんとね、大丈夫だよ。ちゃんとティナお姉様の身体にぴったりの血を作って補充するから。

 さっき、ティナお姉様の胸の傷を治療したときに、ちょっとだけ脂肪組織取っておいたんだ。

 その中にね、身体のあらゆる部分の組織になれる、未分化の細胞がほんの少し混ざっているの。

 それをね、僕の身体の中――この翼の中で培養液とまぜて増やしてね、血を作れるんだよ」



 ジュリアスは、タイタニアの脂肪組織から幹細胞を分離抽出し、それを装甲思念体でできた翼の内部で培養していたようだ。


 幹細胞は多種多様な組織に分化することができる。


 ジュリアスの翼の内部では、幹細胞が造血幹細胞に分化し、せっせと赤血球や白血球、血小板を製造していた。



「そうなの? さすが、私のお乳! ただの脂肪の塊ではないってことね!」


「う、う〜ん、そういう見方もあるかな……じゃあ、始めるよ?

 全身に血液を強く送り出さないといけないから、最初だけ、僕の手で押し出すね」



 苦笑一つ浮かべて応じるジュリアス。


 姿勢を改めて、右手の指を揃えた。


 右手を覆う青い装甲思念体だが、今や透き通ったゼリーのような感触である。


 その柔らかさとみずみずしさと来たら、青春真っ盛りの少女のお肌さえ凌駕しているだろう。


 そのジュリアスの右手が、ゆっくりとタイタニアの左胸の傷穴に差し込まれていった。



「こ、これは……? ジュリちゃん、これは大丈夫なの?」



 さすがのタイタニアも、肝を抜かれた。


 ジュリアスの右手が、傷穴から胸の中心に向かって、するりするりと入ってゆくのである。


 ぎょっとする光景ながらも、痛みはほとんど無かった。


 緊張と興奮を抑えきれず、呼吸を荒くして胸元をじっと観察する。



「……うん、普通の生体組織よりも、装甲思念体を柔らかくしているし、自然治癒も働かせているので……

 今、輸血の管さしこんだよ。じゃあ、今から血液を補充するよ」


「心臓に管さしこんだの? 全然分らなかった。まるで痛みも無いなんて――」



 ジュリアスの返事を聞いている間に、輸血用の細い管が心臓の左心室に差し込まれていた。


 まったく痛みさえ感じなかったので、タイタニアは驚き、目を見開く。


 ジュリアスの翼が、小刻みにひらひらと羽ばたきを始めた。


 翼の付け根から伸びる管を伝って、生成されたばかりの血液が、タイタニアの心臓に送り込まれてゆく。


 そして、ジュリアスの右手がタイタニアの心臓を包み込み、しっかりとしたリズムでマッサージを開始。


 注入された血液が、タイタニアの全身に送り出されていった。



「っく……ん……ふあっ……んく……な、何これ? 勝手に声……が?」



 じわりと暖まる感覚が、胸の中枢から身体の末端にかけてにじむように広がってゆくのが分る。


 ジュリアスが右手を握る度に、肺を少しだけ圧迫し、無意識的に呼気が押し出され、声が出てしまっていた。


 冠動脈にも溶液が行き渡り始め、いよいよ心臓が息を吹き返し出す。


 神経網の機能回復も急激に進んだ。


 ジュリアスの右手が己の心臓を握る触感が、鮮やかに伝わってきて、タイタニアはぞっとするような興奮を感じた。


 自分の命そのものが、ジュリアスの手に握られ、もてあそばれているような錯覚。


 信頼しきっているとはいえ、この状況にスリルを覚えざるを得なかった。



「末梢血管にも、これでかなり行き渡っているかな……ティナお姉様、もう一息だからね」


「……ううん。ジュリちゃん、慌てなくていいのよ。私は……大丈夫……

 まだまだ手を止めないで……しっかりと、じっくりとやらなきゃだめよ」


「うん。大丈夫、そんなに長く我慢しなくてもいいからね。あと、もう少しだから」



 波紋一つさえ浮かんでいない静かな湖面を思わせるほど、集中した表情のジュリアス。


 溶液を心臓に注入しては、乱れることのないリズムで心臓を圧迫し、全身に行き渡らせてゆく。


 心臓を圧迫する感覚。


 命そのものが液体となって、身体の隅々に染み渡ってゆくようなイメージ。


 どこか新鮮な刺激で、タイタニアは不思議な心地よさを覚えていた。



「……く……うっ……すうっ、ん……あ……」



 ジュリアスの繊細な指使いで心臓が圧迫されるたびに、噛みしめた歯の間から息を漏らす。


 外部から加えられた刺激がキッカケとなり、徐々に自律的な動きを取り戻してゆく、タイタニアの心臓。


 数分ほどの間、心臓マッサージを加えた結果――タイタニアの心臓はついに蘇生を果たした。


 今や、活発に血液が循環していることも手伝って、タイタニアの頬はすっかり紅色に染まっている。


 肌の各所に、小さな玉汗が浮いていた。



「ああ、よかった、動いた……ふうぅ、よかった……」



 ジュリアスが、弛緩したように声を漏らす。


 よほど、不安と緊張に耐えていたのだろう。


 顔に安堵の表情が広がっていく。



「お疲れ様、ジュリちゃん……とても良かったわ……」



 文字通り、心臓が止まりそうになるような圧迫刺激に、ゾッとするような心地よさを覚えてしまったのはさておき――ジュリアスの医術の手並みに、崇拝に近い気持ちさえ覚えるタイタニアであった。



「じゃあ、手を抜いて、仕上げをするね」



 ジュリアスが確認をしてくる。


 タイタニアは、コクリと頷いた。


 心臓を握っていたジュリアスの右手が、ぬるっと滑るようにして、タイタニアの胸腔から引き抜かれる。


 鼻からすうっと息を一つは吐いて、タイタニアは胸から手を引き抜かれる際の刺激に耐えた。


 後は、医療用ワイヤーで胸郭膜、大胸筋、皮下脂肪層を丁寧に縫合。


 表面の傷口に、唇を当て、舌で直接接触し、治癒縫合を完了させた。



「無事、終った……あぁ、良かった」



 全身から力が抜けて、ふにゃっとしたジュリアス。


 タイタニアの膝の上で、ぺたんと尻餅をついた。


 ふふっと微笑みを一つ浮かべ、タイタニアはジュリアスの背中にするっと腕を回し、すかさず抱きしめる。



「ふわっ?」



 タイタニアは何も言わず、微熱を帯びた唇で、ジュリアスの右頬に口づけをした。


 訳も分らずといった様子で、ぼうっとするジュリアス。



「――はい、ジュリちゃん、ご褒美♪ ふふっ……唇にしてほしかった?」



 目を細め、唇に人差し指を当て、うふふっと意地悪く笑ってみせるタイタニア。



「ううん、違うよ! そんなこと……ないよ」



 ぶんぶんと左右に首を振って、一生懸命に否定するジュリアス。


 いじらしく可愛らしい否定ぶりが、タイタニアの乙女道に火を付ける。


 惨たらしい傷だらけだった身体が、すっかり綺麗に治ったのが嬉しいこともあって、胸の高鳴りが抑えきれない。



「ふっ……時は金なり! 油断大敵! 光陰矢のごとし! 乱世の恋は、常在戦場!」


「ひあぁうあっ――?」



 うにゅうっと目を細め、満開の睡蓮のごとき水の寝台の上で、ジュリアスを押し倒す。


 そのまま馬乗りになり、ゆっくりと腕を曲げていき、ジュリアスの身体に覆い被さってゆく。


 手当のおかげで無事に原型を取り戻した乳房を、ジュリアスの胸板にむにゅうっと押しつけた。


 両腕を伸ばし、ジュリアスの手を掴み、指を絡ませる。



「お・ま・た・せ♪ さあ、今度はジュリちゃんの診察のお時間ですよ〜♪

 は〜い、力抜いて、楽にして――心も身体もほぐしていこうね〜、治りたてのお肉でねっちょりと」


「う、うん、ありがとう。気持ちはすごく嬉しいな、でも僕の身体は全然大丈夫――」



 驚愕に満ち、凍り付いた表情で懸命に言葉を紡ぐジュリアス。


 だが、時は既に遅かった。


 息が直接かかる距離から、いかにも神妙な様子でささやき告げるタイタニア。



「じゃないのよ、ところがどっこい! ほら、見せてご覧なさい――あぁ、なんてこと。

 こんなに病状が進行していたなんて……ここまで深刻な恋の病だなんて……

 さあ、一刻も早く、内に溜まったものを吐き出さないと手遅れに――」



 手遅れなのはタイタニアの性癖である。


 ジュリアスの身体から一体何を吐き出させるというのか――それは触れないでおこう。


 本で得た情報と侍女衆や町娘衆から聞き及んだ知識を統合し、あとは妄想と本能で突き進む乙女道。


 情熱も十分、あとは血に流れる遺伝子がスムーズに誘導してくれることだろう。


 ここまでくれば、もはや一片の悔いすら残るまい。



「い――いあっ? あの、先生、ティナ先生! 今日はお薬だけにして頂けませんか?

 朝昼晩ちゃんと飲みますから!」



 口をぱくぱくさせ、必死に回避を試みるジュリアス。


 それはまるで、命がけで貞操を守り抜こうとする可憐な乙女である。



「えぇ〜、私の手当を拒むなんて、失礼なことをいうのだな君は。

 しかたがない、お薬だけ処方してあげよう――さあ、目を閉じて……」


「せ、先生! どうして目を閉じて近づいてくるんですか?

 体内で生成した飲み薬を口移しですか? その成分が非常に気になります!

 っていうかそんな薬見たことも聞いたこともあり――」



 小さく悲鳴を上げ、イヤイヤとジュリアスが身体をよじる。


 だが、タイタニアの肉体はいとも簡単にジュリアスの四肢を寝台に押さえ付けている。


 さすが、死の淵から這い上がっただけのことはある。


 顔を真っ赤にし、涙目で羞恥に悶えるジュリアス――その唇に、タイタニアの唇が触れる寸前。


 突如、ざああっと、ものすごい勢いでにわか雨が降り注いできた。


 まるで大きな水桶を、頭上でぶちまけたみたいである。


 突然の出来事に、タイタニアは思わず動きを止めてしまった。


 ほっと、安堵の表情を浮かべるジュリアス。


 ところが――



「雨? こんな星空が見えるのに? 今夜は不思議なことばかり続くのね。

 でも、土砂降りの雨の中で口づけするなんて、ふふふっ……艶のある演出ね♪」



 流れは変えられなかった。


 タイタニアは両手の平でジュリアスの頬を包み込み、顔を近づける。


 興がそがれるどころか、かえって盛り上がってしまったようだ。



「ま、待って! 今、それをやられたら――粘膜感の一時接触をされたら、僕、動けなくなっちゃう――

 って、あれ? なんだろう……これ、雨にしてはおかしいよね?」



 焦燥を浮かべ恐れおののいていたジュリアスが、急に雨に関心を向ける。


 タイタニアに組み敷かれているのに、そんな余裕があるというのか。


 あるいは、何とか話題をそらそうと、悪あがきをしているのだろうか。


 不敵な笑みを浮かべ、『無駄な抵抗はやめるがいい』と言わんばかりに迫るタイタニア。



「ふっ、甘いぞ少年、そんな浅知恵でこの乙女道の神髄をごまかせ――おや?

 確かに……何これ? すごいぬめぬめしてる! えっ、何これ、糸引いてる……」



 そんな口から出任せを言っても――と思いつつ、雨がかかった胸元を右手でなぞる。


 確かに粘性が強く、ぬるぬるとした感触だ。


 ジュリアスが指摘した通り、全身に滴る液体はどうやら普通の水ではないようだ。


 これは異常気象なんてものではない。


 一体全体、雨ではなく何が降ってきたというのか。


 蜂蜜か、水飴か、それとも何か空飛ぶ生き物の唾液か。


 ――などと、少しの間困惑するも、すぐに良案が脳裏にひらめいた。


 この粘度、この感触、このぬめり具合。


 間違いない、この液体には使い道がある――すなわち、塗り薬。


 全身を使い、まんべんなく患者の身体に塗り込むにはうってつけである。


 一事が万事、思い立ったら吉日、そして光陰矢のごとし。



「……処方箋、ちょっと変更よ、ジュリちゃん。まずは塗り薬から処方ね――

 患部に直接染みこむように、丁寧に、優しく、ねっとりと……はい、ぬるぬるするわよ」


「えっ――ぬ、ぬるぬる? って、ちょ、ちょおっ?

 全身を使って塗り込むお薬なんて初耳だよっ!

 こんな剛胆な措置は始めてだよっ!」



 クスクスと笑みをこぼしながら、ジュリアスの上半身に抱きついたまま、ぐりぐりと胸を上下左右に滑らせ、押しつけた。


 粘性のある液体が潤滑分となり、枕のごとき両乳房がジュリアスの胸板の上でにゅるにゅると踊る。


 ピリピリと駆け抜ける心地良い刺激に身を任せ、自然と不敵な笑みがこぼれ落ちた。


 もちろん、ジュリアスの身体はがっちりと拘束。


 乱世の乙女道に死角は無いのである。


 しばらくの間、ジュリアスは身体をよじり、イヤイヤと悶える。


 だが結局、拘束から逃れることはかなわず。


 羞恥に堪え忍ぶような表情で、タイタニアの医療措置を甘受したのであった。



「う、うう〜ん……か、身体が抜けないよぉ……な、なんて力だ……ん?

 な、何を当ててるの? ああっ、もう!

 ティ、ティナお姉様のヘ、ヘンタ……イと言う名の淑女――」


「ふふふっ、もう逃げることはかなわぬぞ少年。さあ、さっきの懺悔の続きをしてもらおうか――」



 蠱惑的な笑みを浮かべ、太股でジュリアスの腰を挟み込むタイタニア。


 ところがその時、



「ちょ、ちょっと待って! こ、これは……粘性を操作された水? 思念科学素子の力……ああ、なんてことだ。そんな……いや、間違いない!」



 液体のついた指をつぷっと唇で挟み、少し思案すると、ジュリアスは衝撃を受けた表情になった。



「……どうしたの、ジュリちゃん? 何かあったの?」


「これはまずい。やばい……もう戻ってくる! ――どいて、ティナお姉様!」



 ジュリアスが突然叫び、のしかかるタイタニアの身体を両手でぐいっと押す。


 手の平を覆う高粘度の水を気化させ、水蒸気のジェットを生成。


 間髪入れず、背中の翼を使って、タイタニアの脇腹を一斉にサワサワとくすぐりまくる。



「ちょっ、あっ、やめっ! ひゃひゃっ、くすぐっひゃ――」



 ジュリアスの突然の反撃に、なすすべ無し。


 あまりのくすぐったさに、ジュリアスを拘束する四肢を外してしまった。


 ジュリアスはその隙を突き、水蒸気の気体圧力をもってタイタニアの身体を一気に押し飛ばす。



「あっ――」



 ほとんど声を上げる間もなく、医療用寝台から放り出されるタイタニア。


 近くの地面に尻餅をつき、おしりをさすりながら上体を起こした。



「あいたっ! どうしたの、ジュリちゃん? 触り方、いけなかったかしら……

 ごめんね、気を付け――うわわっ!」



 ジュリアスをなだめるべく言葉を紡ごうとしたが――突然に襲ってきた轟音と猛烈な風に遮られる。


 手の甲でまぶたを一度こすりし、何が起きたのか確かめた。


 そして眼前にある衝撃的光景に、惚けた気分は跡形もなく吹っ飛んだ。



「……そ、そんな馬鹿なことが」



 それ以外の言葉が浮かばなかった。


 ジュリアスの手で、退けられたのではなかったのか。


 確かに退けたはずの脅威が、どうして目の前に再臨したというのか。


 なんとそこには、漆黒の巨大な人型機体がいたのだ。


 その機体装甲の至る所に、えぐられたような裂傷が走っている。


 それはジュリアスが思念科学素子の力で紡ぎ上げた水の龍と格闘した跡。


 突如降り注いだ粘性液体のしぶきは、水の龍が倒された証拠。


 決して見間違えるはずがないあの漆黒の巨体――先ほどまで死闘を繰り広げたアーディの機体である。


 上空から急襲したアーディは機体の両脚をぴたりと揃え、今まさにジュリアスの身体を踏みつぶそうとしていた。


 背中の推進駆動力源から上空へ向けて、勢いよくイオン化気流を噴き放たれている。


 千トン近い圧力が、ジュリアスの身体に襲いかかっていた。



「……はやく逃げて……こいつは、僕が……僕の責任――」



 両手で巨体を支える格好で、苦しそうに喘ぎ、必死に重圧に耐えるジュリアス。


 すっかり虚を突かれたタイタニアの前で、アーディの機体はさらに推進力を加える。



「ふ……ふぐぐっ……」



 ジュリアスは、背中の翼から水蒸気の奔流を噴き放って、懸命に押し返そうとする。


 だが抵抗むなしく、身体がじわじわと地面に沈み込んでいった。



「よ、よくも――」



 以前から付け狙われていたとおぼしき自分はともかく、ジュリアスまで襲うとは何事か。


 それもこれも、アーディを倒し損ねた自分の未熟さゆえ。


 強い怒りと後悔をにじませ、唇を強く噛むタイタニア。


 そこに漆黒の機体の両肩から、あどけなさが残る少女の声が拡声されてくる。


『……わぁお、ティナお姉ちゃん、みーつけた!

 あれぇ、いつの間にすっかり元気になっちゃった?

 なんか、楽しそうに盛り上がってるじゃない。ねえねえ、あたしも混ぜてよ。

 そしてさっきの続きしようよ! あはははっ!』


 無邪気だが、有無を言わさぬ確定的殺意と恍惚感を帯びたアーディの笑い声が、一帯に響き渡った。




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