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第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(六)

     − WARNING! −

     

 医療描写がねっとりと続きます。

 ヒロインはヘンタイです。本性がついに表面化します。

 それでも差し支えがなければ、先へお進みください。




「……さてと、お待たせ。これから傷口の縫合と復元に取りかかるね。

 多分、これでほとんど痛みは無いと思うけど、もし痛かったりしたら言ってね」


 ふうっと、安堵の息をひとつして、ジュリアスは微笑んだ。


 ひとつのヤマ場を越えたという、充足感、達成感がその顔に満ちているみたいである。


 それを見たタイタニアも、調子を合わせ、クスッと笑いながら応じた。



「おお、いよいよなのね、ジュリちゃん大先生……私のふっくらでぷるぷるの肉体が、

 不死鳥のごとく死の淵から甦るのですわね?」


「うん、傷跡はほとんど残らないようにするよ。

 目と肌が触れるほど近づかなければ分らないくらいに、目立たないようになると思うから。

 うん、そうだね、ちょっと楽しみにしててね」



 『後でびっくりないでね』と言いたげに、自信に満ちた笑顔のジュリアス。


 治療の道筋も、治療後の結果も、頭の中でありありと描き切れているのだろう。


 タイタニアも安心し、気持ちも楽しく踊ってきた。



「ふふっ、何かジュリちゃん楽しそう。やっぱり、ここからが醍醐味ってところかしら?

 そうよね、私の身体が元通りになってゆく様子を見るのは、お医者さん冥利だものね♪

 さあ、ジュリちゃん大先生、思うがままに、私の身体いじって……」



 隙あらば、イタズラ心が鎌首もたげるのも乙女道。


 腕を組み、ううんと思い切り伸びをして、全身の力を抜く。


 くたっとして、身体を少しよじり、胸をぐいっと張った。


 そして、熱っぽく、どこかまどろむような目でジュリアスに視線を投げかけてみる。



「もう、また変な方向に引っ張ろうとするんだから!

 傷跡を残さず、元通りに復元できるか、正念場なんだから」



 ジュリアスは、『だめでしょ、めっ!』とでも言うみたいに、ぷうっと頬を膨らませて抗議をする。


 そのまま指で頬をつまんで、むに〜っと伸ばしてもてあそびたくなるほっぺたであった。



「ううん、ごめんねジュリちゃん。でも、なんていうのかな――

 そんなに真剣な眼差しで、私のお乳に手をかざした格好で言われても……

 今にも鷲づかみにされそうな体勢で言われても……ううん、いいのよ、そのままもっと手を近づけて――」



 タイタニアが目をきゅっと細め、意地悪な視線を送る。


 すると、面白いほどにジュリアスは動揺し、取り乱した。



「ちょ、ちょっ、いや、それは! って、変なこと意識させないで!

 手元狂ったら大変なんだよ。おかしな風に縫い合わせちゃったらどうするの……」



 ジュリアスの両腕の前腕部から、医療用の極細ワイヤーが多数伸びていた。


 それらのワイヤーは集まって束を作り、タイタニアの両胸の傷穴に差し込まれ、乳房の中の縫合修復を行っている。


 その関係上、ジュリアスの両手は、タイタニアの両乳房から少し浮かせた状態にあった。


 はたから見れば、鷲づかみしてしているように見えても不思議ではないだろう。


 ジュリアス本人は至って真剣に縫合作業に打ち込んでいる。


 れっきとした医療行為なのである。


 一方タイタニアは、自分の乳房の中でサワサワとワイヤーが動き回るのを感じていた。


 柔らかい毛でできた極上の毛筆で、絶妙な力加減で乳房を撫でられているみたいな感触。


 じわっとわき上がる悦びに、自然と笑みがこぼれてしまうのだった。



「ふっ、ふふふっ、ごめん、ごめんね……少し疲れたら、休憩していいからね。

 ここに肉枕が二つあるから、遠慮無く使ってちょうだいね」


「うん、ありがとう。そしたら、使わせてもら――って、肉枕はダメでしょっ!

 まだ縫い終ってないのに、そんなことして中身でちゃったらどうするの?

 えっ――『ちょっと味見してみる?』って?

 どうしてそうなるの! もっとダメでしょ! っていうか僕に何を食べさせるの!

 そんなことしたら、陥没が残っちゃ――

 えっ、今度は何? 『絞って吸っ……』って、それ休憩どころじゃないでしょ!

 吸ったり噛んだり食べたりしてどうするのっ!

 医療行為どころか生殖行為も飛び越えてるよっ! もう……頼むよぅ」



 顔を赤くして、だんだんと消え入りそうな声でむくれるジュリアス。


 タイタニアは、もう見ているだけで目元はゆるみ、表情はほころんで、どうしようもなかった。


 頬を膨らませて抗議し、煩悩相手に激しく格闘しているであろうジュリアス。


 よくぞ今の言葉責めに耐え抜いて、理性を維持したものである。


 その健気な戦いぶりは、乙女道精神をいたく刺激する。


 今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるほどであった。


 ジュリアスの反応に十分楽しめたこともあり、少し手加減してあげることにする。



「ふっ、ふふふっ! ふぅ……ねえ、そうそう、ジュリちゃん。

 この絹糸みたいな繊維の束、これって何? さっきから気になっていたの。

 私の身体の中に入り込んでいるじゃない?」



 自分の胸の傷穴に差し込まれている極細ワイヤーをつまんで、ジュリアスに問いかける。



「あ、これはね、僕が水分子で作った医療用機能繊維なんだ。

 これをね、患部に差し込んで動かしてね、治療するんだよ。

 とても細かい縫合作業するときはこれだよね……

 えっとね、五感と感覚接続しているから、身体の中も見えるし、感触とか温度も伝わってくるんだよ。

 そうだね……身体の一部、みたいなものかな?」



 すると、少し誇らしげな様子でジュリアスは説明を始めた。



「へえぇ、すごいのね。そっか、身体の一部か……そんな器用な手当ができるなんて、まるで、神の手ね」



 タイタニアは嘆息し、率直に感心した。


 人間業とはかけ離れた、極めて精緻な作業をこなす器用な手。


 あんなに細い繊維が動いて、裂かれた組織を縫い合わせてゆくのだ。


 乳房の内側を筆でさわさわとなぞるような感触は、きっとその縫合作業によるものだろう。


 これはまさに神の手だな、と直感的に思った。



「いや、そんな。人の手先より、ちょっと細かい作業ができるくらいだよ。

 でも、そのおかげで、通常の医療器具では困難な手術もこなせる。

 これがエリュシオーネの力なのかって、最初にこれを使ったときは感動すら覚えたよ……」



 ややはにかんだ様子で、ジュリアスはしみじみと語る。



「なるほど、人の命を助ける力……素敵ね。

 絶望の淵に落ちた人を救って、希望を与え、生きる喜びを与え――笑顔がいっぱいになりそうな、素敵な力」

「そうだね……やっぱり、人が喜んでくれる顔を見るのは、すごく嬉しいよ。

 がんばってよかったって、心の底から思えるんだ」



 ジュリアスは、穏やかな笑みをたたえた目をしていた。


 それは、凪ぎ和らいだ静かな小春日和を思わせる。


 傷ついた人を見ると放っておけなくて、その傷を治すのが本当に好きなのだろう。


 進むべくして医術の道を進んだことが、ありありと伝わってくるようだった。


 タイタニアは感傷に浸りながら、身体の中でせっせと働く医療用ワイヤーの動きに感じ入る。



「なるほどね、これが私の身体に入って――あぁ、ほんとだ。

 動いてる動いてる……ぐにぐに、ぐにぐにって……

 ジュリちゃんの神の手が、両方のお乳の中を優しく撫でて、ふにふにまさぐって……

 あっ、方向変えた。

 そっか、そうよね。

 私の肉体に、生きる悦びを与え、笑顔をいっぱいにする、ジュリちゃんの手――」



 身体の内側から熱く湿るような心地よさに身を任せ、うっとりとした表情に。


 そのまま右腕を伸ばし、ジュリアスの後頭部を手の平で包み、なでなでを繰り返したした。



「ううん、そんな神の手だなんて、恥ずかし――あれ? 変だな。

 すごくいい話だったのが、いつの間にか僕が卑猥な行為に及んでいる話に!

 いや喜ぶ顔は見たいけど、その方向じゃないと思うんだ!

 というか、こう見えても真剣に医療行為してるんだからねっ!

 ちゃんと縫わないと、後でグリグリのしこりになったりして大変なんだよ!

 細い管がいっぱいあるんだけど、今ちゃんとつなげておかないと、赤ちゃん産んでから大変なことになっちゃうんだよ!

 炎症起こしたり、内圧で乳腺組織が破裂する危険も出てくるんだよっ!

 こ、ここで手違いをしたら、ティナお姉様の身体が大変なことになっちゃうんだから……」



 ジュリアスは、火がついたように反論抗議を繰り返した。


 だが、次第に声が消え入るように小さくなってゆく。


 それにしても、非常に具体的で生々しく、想像力をいたく刺激する医学的解説である。


 乳房が炎症を起こして破裂するとは、恐ろしいものだが、かえって好奇心がわき上がる。


 新手の言葉責めの一種だろうが、それを無自覚でやっている点が見事である。


 さすが、自分が見込んだ男の子だけのことはある。


 しかし、なんだかんだ言って、私の身体の心配をしてくれているのだ。


 素直なようで、素直でなく、照れ隠しでぷりぷり怒る様が何とも微笑ましいものではないか――タイタニアは口元のほころびを抑えきれなかった。



「ごめん、ごめんね、そうよね、心配してくれているのよね。うん、うん。なでなで、なでなで……」



 ニコニコと目尻を下げながら、ジュリアスの頭を、ぽふぽふと何度も撫でた。



「もう、僕って、一体……」



 まるでペットのような可愛がられぶりに、素直に喜んで良いのかどうかと考えあぐねているのか――どこか複雑な表情のジュリアスであった。


 

 


 †  †


 

 



「ふう……これで内部の縫合は終わり、っと。それじゃ、引き抜いていくね」


「うん、お願い」



 ほっとした表情で、ジュリアスは告げた。


 なんだかんだ言って、タイタニアの乳腺組織を縫合し、修復作業をきちんと仕上げていたのである。


 乳房内部の修復作業が済んだので、医療用ワイヤーの束を次々と引き抜いていった。



「……う……んくっ……」



 にゅるっと引き抜かれる際の刺激に、タイタニアは小さく声を漏らし、身をよじる。


 全ての医療用ワイヤーが引き抜き終ると、目を細め全身の力を抜いた。


 手の甲を額に乗せ、ぼうっとした表情でジュリアスに問いかける。



「ねえ、ジュリちゃん……私のお乳の中身はどんな感じだった? 綺麗に治りそう?」


「大丈夫だよ、安心して。

 縫合はもちろんばっちりだし、組織間をつなぐ靱帯がとてもきめ細やかで、縦横無尽に走っていて、復元力もかなりすごかったから。

 形崩れとかまず起きないと思う。

 もともとの作りが、とても丈夫だったんだね……

 炎症が起きなければ、ほとんどしこりは残らないし、違和感も無いと思うよ」



 ささやかながらも、重要な使命をひとつやり遂げたような達成感のこもった表情のジュリアス。


 タイタニアは、ジュリアスの言葉に頼もしさと安心感を覚えた。



「あぁ、よかったぁ……飾り物じゃないのよって、自信はあったんだけどね。

 あんなにグチャグチャになったらもうおしまいかって、不安だったの。

 でも、ちゃんと元通りになるのね――嬉しい!

 これでまた、ジュリちゃんのことをモフモフできるのね!」


 

 傷跡も残らず、身体が元通りになると聞いて、嬉しさで飛び上がりそうな気持ちになる。


 感極まり、勢いに任せてジュリアスをぐいぐいっと抱き寄せた。



「あっ、まだ――んぐ、ももっ!」



 ふくよかな肉の双丘に顔をむちっと挟まれ、覆われ、息を詰まらせるジュリアス。


 タイタニアは感無量で、ジュリアスの頭をぎゅうっと抱きしめ、身体に太股を絡ませ、みちっと挟み込んだ。


 活性化する煩悩が体内の思念科学素を刺激し、圧倒的膂力を発生させる。


 瀕死の重傷を負っていた怪我人とは思えないほどだ。


 さすがは、戦闘特化型エリュシオーネとして覚醒しつつあるだけのことはある。



「ああ、何かまだキリキリ痛むけど……ま、いっか!」



 いいはずがない。


 中身の縫合は済んでいるが、傷口はまだそのままだった。


 ジュリアスを抱き寄せ、身体を押しつける度に、傷口がけっこう痛むのだが、本人はお構いなしである。


 一方ジュリアスは、傷口をむやみに刺激しないように気を遣っているのか、胸の谷間で顔を動かすような真似はしなかった。


 その代わり、手の平でタイタニアの脇腹をぺちぺちと叩いてくる。



「ん? んふふふっ? なあに、ジュリちゃん、どうしたの?」



 そのくすぐったさに耐えかねて、タイタニアは拘束する力を緩めた。



「ぷはっ、ま、まだ傷口を縫合してないんだよ!

 もう、そんな状態で抱っこしたらダメじゃない。

 傷口、シクシクと痛むでしょ? はやく手当しようよ」



 やれやれと、困ったように苦言を呈するジュリアス。



「あ、そっか! だから痛かったのね……いけない、いけない。

 じゃあ、お願いね――お昼の時みたいに、青いヌルヌルを塗り込んで、チュッと口づけして、ペロペロするの?

 ふふふっ、いいわよ、遠慮なんかしないで?」



 クスクスと吹き出しながら、タイタニアは両手の人差し指でジュリアスの頬をくりくりとなぞった。


 大変な作業続きでジュリアスもさぞお疲れのことだろう。


 この辺でご褒美の時間にするのも良い考えだと、タイタニアはにんまりとしていた。


 しかし――



「むごっはあ――っ! あ、あっ、あれは咄嗟判断で――

 直接接触による治癒力の高速喚起を……

 だ、だっていきなりあんなに血がぴゅーって飛び出し――

 てっ、くあおっ、僕の歴史に黒い一ページが!」


「ひ、ひどい……私の身体をぺろぺろしたのがそんなに忌まわしい過去っていうの?」


「あっ、いや、決してそんなことは……その、僕が愚かにも、うかつな行為を――」


「お、愚かな行為? そ、そうなんだ……

 ふうん、なるほど、私の身体にお口でぺろぺろしたことが、そんなにうかつで愚かな行為だったというのね……そう思っていたのね」



 タイタニアはピクリと片眉を震わせ、ジュリアスの顔をまじまじとのぞき込んだ。


 すると、ヘビににらまれたカエルのように、ジュリアスは冷や汗もあらわに硬直してしまった。



「い、いや、そうではなくて、咄嗟の判断とはいえ、ああいう破廉恥なことをしてしまったことが……

 ティナお姉様に申し訳がないというか……その、ごめんなさい、もう許し――あれ?

 おかしいな、何で謝っているんだろう、僕」



 動揺も著しく、平伏気味のジュリアス。


 何かに気づいたようだが、もう手遅れだった。


 タイタニアはジュリアスの背中に腕を絡め、再びがっちりと拘束。


 いかにも憂いと達観を帯びた目を演出、絶対不可避の運命を告げる予言者のごとく振る舞った。



「少年よ、まだ時間は残されている――さあ、この胸で悔い改めるのだ。

 今一度、その口づけをもって、親愛と誠意を示すのだ。さすれば赦されん――」


「ううん、ごめんね。決して傷つけるつもりは――へ? 口づけで誠意?

 え、えーっと、どうすればいいかな? 手の甲? それとも、足の甲――」



 思わぬ失言で相手を傷つけてしまったのではないか、といった風に神妙に応じるジュリアス。


 若干戸惑いながらも、タイタニアをなだめようとする。


 女性に対して、口づけをもって親愛と誠意を占めるのであれば、この場合は手の甲がふさわしいと考えたのだろう。


 ジュリアスは、身体の向きを変えようとする。


 ところが、そうは問屋がおろさなかった。


 タイタニアは拘束を緩めるどころか、さらに強め、ジュリアスの後頭部をぴたっと手で抱えるではないか。


 そして、そのまま己の右乳房にジュリアスの顔を引き寄せ、むにゅうっと押しつけたのである。



「……何を言ってるの、ジュリちゃん?

 私の気持ちは、もうズタズタなの……ここで悔い改めてくれなきゃ、心の傷はいつまでも残ってしまうわ。

 ううっ……早く傷口手当てしてくれないと、心が痛んで、胸が苦しくて……」



 両腕でジュリアスの頭を抱きしめるようにして、ぐにぐにと右胸を押しつけた。


 そこには、もはや任務完了まで決してここから離さぬという不動の意志が強く発せられている。



「ん? んくっ、んむ……っくく……ぷはっ!

 ぼ、僕は越えてはいけない何かを……んむむっ、んく!

 す、捨ててはいけない何かを……んくっ、くっ、ん……もう、知らないっ」



 完全に退路を断たれたジュリアス。


 ついに、ルビコンを渡ったのである。


 さいは投げられたのだ。


 体内の思念科学素子が盛んに働き、双眸が神秘的な青い光を放つ――本気の治癒モードである。


 この状態では、ジュリアスの粘膜と直接接触した部位の自然治癒力を、極限まで高めるのだ。


 さらに、身体の一部である口腔は、腕から伸ばした医療用ワイヤーよりも精密な医療操作が可能である。


 その光景には、いかがなものかと物言いがつく可能性が非常に高いが、実効性という観点から見れば非常に理にかなっているのである。


 この状態のジュリアスの体液、一滴ですら不老不死をもたらすエリクサーに等しいと言っても過言ではないのだ。


 傷口の治癒縫合の仕上げにはもったいないくらいの大盤振る舞いである。



「よしよし、いい子、いい子……ああ、なんだろう。身体の奥からじわじわって、温かくなってくる……」



 右乳房の傷口を優しくなぞってゆくジュリアスの舌使いは、人のものとは思えぬほど繊細で優雅で、甘美であった。


 ジュリアスが舌先を操るたびに、傷口周囲の感覚神経網がざわめき、奮い立つ。


 熱く痺れるような心地良い刺激が、無数に絡み合い、溶け合い、ハーモニーを奏でながら背筋を駆け抜けていった。



「うっ……うぐっ、あっ……か……」



 意識ごと溶かされそうになりながら、タイタニアはジュリアスの頭に顔をもたれかける。


 ジュリアスは、傷口をひとつひとつ、そっと唇で覆っては、舌先の粘膜でなぞり、断裂した皮膚組織を細胞レベルで縫い合わせ、患部周囲の組織の治癒力を増幅させ、修復していった。



「ん……ぷはっ! ほ、ほ、本当に……こんなのでいいの?」



 ややドキドキした様子で、ジュリアスが面を上げる。


 タイタニアは、おもむろに右乳房の傷口に視線を向けた。



「ふうっ、ふうっ……ん、す、すごい、傷口が――

 あんなにぽっかりと開いていた傷口が、ぴたってくっついてる!

 すごいよ、ジュリちゃん!」



 傷口の治り具合に、思わず歓喜の声を漏らす。


 それもそのはず――胸板ごと貫いていた傷穴が、すっかり塞がっているのだ。


 癒合した傷口は、今や細く伸びたみみず腫れ程度である。



「い、一応、癒合する方向とか程度とか、水分子で架橋構造作って誘導しているし、

 再生誘発たんぱく因子もたっぷり含めているから、明日になったらほぼくっついて、

 二、三日もしたら赤みも引いて、すっかり目立たなくなると思うよ。

 と、とりあえず、お口はこの辺りで、そろそろ――」



 これだけ思い切った奉仕をしたのなら、ジュリアスは無事に放免されるかと思いきや――



「少年よ――旧世界のある偉人はこう言ったそうだ。『右を所望されたのなら、左も差し出せ』と――

 その博愛の心は、乙女道の精神にも深く、相通ずるものがある。

 私もそれに倣うべきではないかと思う――さあ、受け取るがいい。これが左だ」



 遙かなる時を越え、旧世界に思いをはせながら、いかにもと言った感じにセリフをつむぎ――ジュリアスの顔を、左胸にぐいっと引き寄せたのであった。


 ジュリアスの眼前にあるのは、アーディのフィンガーブレードに真っ二つに断ち割られた乳房の先端部である。


 ジュリアスは逃れようとするが、タイタニアの膂力の前ではあまりに無力。



「こ……ここ、お口なきゃ、だめ?」



 小首を傾げ、じっと上目使いで問いかけるが、もはや効果は無い。


 ここに、ジュリアス少年の運命は決した。



「だーめ♪ 大丈夫、みんなには内緒にしておくから♪」



 満面の笑みで、じーっとジュリアスの目を見つめる。


 一歩も譲らない――無駄に強靭な意志で、哲学的な域までに昇華された煩悩。


 ひまわりのようなまぶしい笑顔で、ジュリアスの抵抗をゴリゴリと押し切っていった。


 焦点の定まらない目で、激しい葛藤とせめぎ合っているようなジュリアス。



「……さいは投げられた……さじも投げられた。

 うう、患者の気持ちを重んじることも、医術道ですよね……里長さま……」



 ごくりと生唾を飲み下し、意を決したように目を閉じた。


 そして、水平方向に断ち裂かれている左乳房の先端部を、そっと唇で覆う。


 乳頭と乳輪を両断している貫通創に、舌先を細くして、ちょこんと差し込んだ。


 舌を介して直接的に傷口患部と接触。


 医療用ワイヤー経由時よりも鮮鋭な情報がジュリアスに伝達される。


 唾液中の水分子を巧みに操作し、切断された末梢神経、毛細血管と静脈、乳管及び皮下組織を細胞レベルで縫合。


 タイタニアの乳房の先端を断ち割っていた貫通創が、奥の方からゆっくりと縫合され癒合され、復元してゆく。



「う……うぐっ……ぐ、ああぁっ! ジュ、ジュリちゃん……」



 タイタニアは覆い被さるようにして、ジュリアスの頭を抱きしめ、必死に声を押し殺していた。


 気を抜いたら、大きな声で喘いでしまいそうだ。


 さすがに今度ばかりは、自分の方が恥ずかしいかもしれない。


 目を強くつぶり、ジュリアスの頭に頬を寄せ、ひたすら撫で続け、刺激をこらえる。


 もはや、正気を保つので精一杯だった。


 あれほど恥ずかしがっていたジュリアス。


 だが、今や目を薄く開け、瞑想的な面持ちで、ゆったりと絶妙な舌使いで絶賛治療中である。



「ん……んむっ、ん……」



 ちゅっと、湿った音を小さく立て、ジュリアスが乳頭部の傷口から舌を引き抜いた。


 そして、唇でその先端部をふわっとつつみ、じっと静止。



「んあっ……かっ、あが、が――」



 稲妻のような心地よい痺れが、左乳房から背中、そして全身に拡散してゆく。


 タイタニアはこらえきれず、顎を突き上げ、声を漏らし、強く強くジュリアスを抱きしめた。


 自然治癒力が喚起され、猛烈な勢いで組織間、細胞間の癒合が進む。


 両断されていた乳首と乳輪部が、寸分違わず元通りにくっついていった。


 復元を確かめたジュリアスは、タイタニアの左乳房からしずかに唇を離す。


 残った傷跡は、乳房の先端部を横一文字に走る、みみず腫れのような真っ赤な筋だけだった。



「ああっ、あっ……ふうっ、ふううっ……ジュリちゃん……」



 徐々に刺激が和らぎ、タイタニアは落ち着きを取り戻す。


 荒く息をしながら、ジュリアスにもたれかかった。


 一瞬でも気を抜いたら、理性が粉々に砕けそうだ。


 身体が芯から火照ってどうしようもない。


 力が身体の奥底からみなぎってくるような感覚を、強く刻み込まれていた。


 ジュリアスが再び動き出す。


 左乳房を穿つ傷穴ひとつひとつを、唇で包み、舌先をちろっと差し込み、組織の縫合・再生を進めていった。



「あっ、舌が……んく……くあ、ああぁっ……」



 タイタニアは歯を食いしばり、理性が砕け散らぬよう必死に耐える。


 電撃のごとき心地良い刺激が、波のように何度も押し寄せた。


 のけぞりそうになりながら、ジュリアスの上半身にしがみつくように抱きつく。


 左乳房に穿たれた傷が次々とふさがれていき、赤いみみず腫れを残すだけになった。



「……お、終ったよ」



 ジュリアスはもぞもぞと頭を動かし、首を伸ばし、タイタニアの乳房の谷間から見上げてきた。



「う、ううん……わあぁ! 治ってる、本当に治ってる! ありがとう、ジュリちゃん!」


「ううん、そんな――何か大事なものを、底なし沼に捨ててしまったみたいな気がするけどね。

 じゃあ、このまま続けちゃおっか?」


「え、ええっ? 続ける? い、いいの、ジュリちゃん?

 そんな積極的なこと言われちゃったら……私、本気にしちゃうわよ?」


「ん? いや、もちろん、僕は積極的だよ? ちゃんと最後までやり遂げなきゃね」



 これはどうしたことか、何かが振り切れてしまったのだろうか。


 眉を跳ね上げ、ニコッと微笑み、小首を傾げるジュリアス。


 先ほどまでの恥じらいは一体どこへ行ったのかと思うほど、積極大胆発言である。


 タイタニアの全身が、興奮と喜びで打ち震え、目がじわっと潤んだ。



「ジュ、ジュリちゃん……嬉しい。本当に、ここでしちゃっていいの?」


「そうだよ、ここでなくしてどうするって言うの?

 じゃあ、行くよ? もし、痛かったらすぐに言ってね」


「むっはあああぁ――っ! かっ、くはっ、はっ、おお、おおおおっ!」



 タイタニアは呼吸困難に陥りそうになった。


 ジュリアスの目は、あんな朗らかな表情をしているが真剣そのものだった。


 この場で、心と体の触れ合いを最後まで遂げて、果てる――つまり、ここで愛し合おう、ということに違いないのだ。


 タイタニアの中で、無数の己の分身たちが一斉に雄叫びを上げたような錯覚を覚えた。


 今日は本当に死にそうな目に遭って散々だったが、これでもう全てが報われる。


 日頃の行いゆえに地獄に堕ちることになっても、悔いはないだろう。



「じゃあ……入れるよ?」


「う、うん……私なら、大丈夫――来て♪」



 熱く潤んだ瞳でジュリアスに呼びかける。


 心の準備も身体の準備も、即座に万端である。


 もはや、一片の悔いなど、あろうはずがない。


 静かに目を閉じ、ジュリアスが触れるのを待った。


 そして――医療用ワイヤーがジュリアスの腕から伸び、タイタニアの左胸の傷口に挿入されていった。



「は……はれれっ? ジュリちゃん? ちょっと上すぎない? そんなところに入れたいの?」


「えっ? 早く心臓を元通りにしないと……」


 ジュリアスの指摘に、タイタニアはすっかり不意を突かれてしまった。




【次回予告】


 『医療行為、もうちっとだけ続くんじゃ……』


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