第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(五)
「ああ、良かった。私、まだ生きてる。ここは……」
弱々しく目を開け、タイタニアは周囲を確認する。
自分が、透き通ったクッションみたいなものの上に横たえられているのが分かった。
透明で大きな花弁のようなものが、周りを囲んでいる。
まるで満開の花の中に、ジュリアスと二人でたたずんでいるみたいだった。
そして、ジュリアスも、優雅で可憐なドレスを連想させる青い装甲思念体を全身にまとっている。
どこから見ても女の子と見間違えそうだ。
その可愛らしさ、実に申し分ない。
しかも二人きりときたものだ。
今、邪魔する者はいないのである。
「なるほど、そっか。うふふふ……」
タイタニアは、満ち足りた気持ちで、ふっと口元を緩めた。
だが、急に重要なことを思い出した。
アーディである。
あの凶暴な少女戦士は、どうなったのか。
「あっ、ジュリちゃん、あの子……じゃなくて、黒くて大きいやつ、どこ行ったの?」
「えっ? く、黒くて大きい? ええっと……あれか!
あれならもう大丈夫だと思います。もう追い払って、どこか遠くに飛んでいっているはずです」
一瞬戸惑ってから、ジュリアスは朗らかに答えた。
「まあ、そうだったの! よくあんなバケモノを……あいつものすごく凶暴だったのよ。
あいつに身体を貫かれて……死ぬかと思ったわ。いや、一度死んじゃってたかも……」
アーディに襲われた時のことを思い起こし、興奮し、まくし立てるタイタニア。
「そ、そんな大変なことが……身体を貫かれて、死ぬほどの目に……」
ジュリアスは、焦点定まらぬ目で、わなわなと震えるように呟いた。
気のせいだろうか、タイタニアには頬がわずかに紅に染まっているように見える。
何か気の利いたセリフでも言って、安心させてあげなければ。
「そう。肉体を貫かれて、死にそうな思いして、さらに全身を蹂躙されちゃったの。
でも、何とか屈辱を耐え抜いて、ほら、こうして生きているわ……ジュリちゃんが来てくれたおかげね」
「……そ、そっか。そんなことがあったんですか」
極上の羽毛布団ごとき柔らかな微笑みを交えて言ってみたつもりだが、ジュリアスの困惑は一層深まったみたいだった。
どこか説明が足りなかったのだろうか。
もしかすると、話の中身が退屈で平坦だったせいではないか。
暗い話で終始してしまっているのではないか。
伝え方一つで、受け手の印象や認識は大きく左右されるものである。
ここは恐らく、手に汗握る躍動感がなければ、血湧き肉躍るような内容でなければなるまい。
タイタニアはジュリアスを安心させるべく、己の武勇伝を熱く演技めいた様子で、息巻きながら語った。
「しかし、そこでやれっぱなしのティナ様ではない! ふふふ、驚くなかれ!
なんと途中で目が覚めたらさあ大変! 身にまとうは鋭くきらびやかな紅の甲冑!
さあそこからはもう逆転、逆転、大逆転!
あと一息でトドメというところまで行ったは良いが、惜しいかな!
突如、甲冑が砕け散り、力が――あっ、あううっ!」
だが、途中で胸の中で鋭い痛みが弾け、背中を駆け抜ける。
不意打ち的に襲ってきた痛みに、思わず悲鳴を上げてしまう。
ジュリアスの左腕をぎゅっと掴み、身をよじり、痛みを堪えた。
「あっ、そんなにしゃべらないで! 肺の中、ズタズタだったんです。
まだ縫合したばかりだし、だめですよ、まだ無理しちゃ」
「え、えへへっ、ご、ごめんね……」
『もうダメでしょ!』と、悪戯盛りの小さな子をしかりつける見たいに、眉を寄せてお説教するジュリアス。
タイタニアは、力なく苦笑して謝った。
「そっか、私の身体、そんなひどいことに――って、縫合? あら、もしかして……」
自分の身体をざっと一瞥し、驚き、目を丸くする。
一糸まとわぬ姿で、ジュリアスから手当を受けていたことにようやく気がついたのである。
興奮気味にまくし立てていたので、自分がどんな姿になっているのか注意を払うのを忘れていたのだ。
「ああ、なんてこと……」
「ティナお姉様、これはその……違うんだ! すぐに手当をしないと大変なことに、だからその、
非常に遺憾ながらやむを得ず、苦渋の選択を選びに選び……別に裸を見ようと狙ったわけでは――」
さめざめと嘆くように呟くタイタニアに、ジュリアスは今にも息が止まりそうな様子で、大慌てで弁解を始める。
落胆と苛立ちもあらわにし、タイタニアは非難めいた表情で、ジュリアスにびしっと指を向けた。
「ああもう! どうして言ってくれなかったの? 大切なことでしょ?
私とジュリちゃんの間の信頼にかかわる問題とは思わなかったの?」
「ご、ごめんなさい! その、緊急事態で――」
もはや聞く耳持たぬ、とばかりに、ジュリアスの言葉を遮ってまくし立てる。
「もう分かってない! 今回ばかりは、お姉さんちょっとガッカリよ――
私の裸を拝みたいって、なんで素直に言ってくれないの?
旧世界の偉い英雄さんも言ってたじゃない――『来た、見た、触った!』って」
「え、ええっ? それは『来た、見た、勝った!』では? しかも使う状況がまるで違――」
破城槌でぶったたかれたみたいに、驚愕で打ちのめされたような顔になるジュリアス。
状況把握がうまくできないのか、口をぱくぱくさせていた。
「なんてことかしら! ジュリちゃんに裸見られるんだったら、何か素敵な下着でも来ておけば……」
眉間に指を当て、いかにも哲学的な苦悩に見舞われているかのごとく振る舞うタイタニア。
時が凍り付いた見たいに、ジュリアスの表情は停止している。
「でも、ジュリちゃん、やるじゃないの。気を失ってる間に襲ってくるなんて……
ちょっと見直したちゃった♪ えへへっ」
「ちょ、ちょっと待って! そこで見直されても僕は――
しかも、瀕死の女の子をその場で襲うって、僕はどんな鬼畜だっていうの?」
首をちぎれんばかりの勢いで左右に振り、懸命な身振りで強く否定を試みるジュリアス。
そこにタイタニアは、指を左右に振って見せ、上体を起こし、口上を決めた。
「こらこら、年頃の男の子が、それを否定しちゃいけないわ!」
「えええっ! そ、そこは否定しなきゃ! いや否定させてください! それって軽く僕の人格否定に――」
全身全霊で身の潔白を主張するかのように、迫真の表情で訴えるジュリアス。
だがそれは、口上を決めるタイタニアに遮られる。
「いいかしら、ジュリちゃん? 乙女の人生にはね、譲れない見せ場があるのよ……
そう、水もしたたるこの裸身、ここぞという時に、惜しまず悔やまずさらけ出す!
これぞ乱世の乙女道! ということで、はい、こちらの水もしたたる裸身――」
拳を胸にトンと叩き当て、自信たっぷりに乙女道哲学を語ったタイタニア。
確認のため自分の身体をじっくりと見た。
ジュリアスを喜ばせるだけの品質が維持されているか、検証は怠らないのである。
先ほどは本当にざっと見回したものの、かなり大きな乳房のせいで、胸から腹にかけてはよく見えなかった。
そこで背を丸め、胸の膨らみを持ち上げては、上下左右に押しのけるようにして、傷の具合を丹念に確認する。
そして、惨たらしい胸の傷とご対面となった。
透明感のある白い肌に、いくつもの裂傷が走り、赤い穴が深々と口を開け、傷口周囲の皮膚がややめくれている。
血液や血漿が、ジクジクと傷口からしみ出して、胸から腹の方へとツツーッと垂れ始めていた。
これではまるで、内側から裂けたザクロみたいではないか。
いつの間にこんな醜い傷をつけられていたというのか。
自分が気を失っていた空白の時間に、何かがあったのだろうか。
こんなグチャグチャな身体のどこが、水もしたたる裸身だというのか。
混乱し、思考が乱れ、あっという間に自信が崩壊、霧散してしまう。
「あ……あれれ? こ、こんなにひどかったっけ?
本当は、質感抜群、量感満点、感度良好のこの肉体、傷一つない状態でジュリちゃんにお届けするはずだったのに……
こ、ここまでひどい傷物じゃ、返品されちゃう……よね」
十以上もの貫通創を空けられた身体では、先ほどの口上も説得力が無いだろう。
調子が狂い、自分は何をやっているのだろうかと思った。
がっくりとうなだれながら、救いを求めるようにジュリアスの方を向く。
せめて、何かしら意見や感想をもらわないと、心が折れそうだった。
「に、肉体をお届けって……」
一方、ジュリアスは凝然として目を見開き、混乱の極みに陥ったような様子だった。
「ごめんね、ジュリちゃん。いいの、遠慮しないで、率直な感想聞かせて……」
「か、か、感想とかって……その、今は医療行為をしているわけでして……
ええと、患者さんの身体を品評するとか鑑賞するとか、そういうのはちょっと――」
振った話題を見事に避けられた。
タイタニアは心が打ち砕かれそうになった。
「そ、そんな……今の私の身体って、何の評価にすら値しない傷物……
そ、そうよね、これじゃ生ゴミ同然よね?」
「言ってない、言ってないです! 思ってもいません!
その医療行為に集中するにあたっては、そういうことを意識する必要は――」
「ああ……うああっ……意識する必要性すら感じない……そ、そうだよね。
こんな傷だらけの身体、道ばたに転がっている肉塊みたいなものよね……そろそろ虫が湧いてくるころかしら?
ふ、うふっふふっふ……」
タイタニアは、著しい自信喪失で、急激に精神衛生が悪化。
目がうつろになり、瞳から光が消え、幻覚症状にも似た危険な言動に傾いてゆく。
「ち、違います! 意識する価値すらないとか、そうじゃなくて――
こ、ここで意識しちゃったら、医療行為にならないでしょっ!
変なこと考えてたらダメでしょっ! だ、だから今は、意識しないようにしているんです!」
ジュリアスは、必死の形相で弁解し、訴えた。
タイタニアは、ピタリと動きを止める。
ジュリアスの今の言葉を、ゆっくりと思考の中で咀嚼した。
ジュリアスは、自分の裸を意識しないように、必死に理性で耐えている。
本当は今にも飛びかかりたいくらいほどに、若くて青い衝動と必死に戦っている。
そう、きっとそうなのだ。
間違いない、ジュリアスは理性と獣欲の間で葛藤しているのだ――みるみるうちに、タイタニアの目に生気が戻ってくる。
ジュリアスは健全な青少年であり、自分の肉体もまだまだ捨てた物ではないのである。
「そ……そうよね。ジュリちゃんが私の肌を見て意識しないなんて、興味がないなんて、欲情しないなんて、
そんなことあるはずが……いや、あってはならないものね……ああ、よかった」
ジュリアスの懸命な説得もあり、タイタニアは安堵の表情を取り戻した。
もちろん、その瞳の奥では『その言葉信じてるわ。でも、手当が終った後に何もしてこなかったら、コチラから押し倒してキッチリ教え込まなきゃネ♪』と、獰猛な光が潜んでいたことを忘れてはならない。
「う、うん、まあ、そういうことで……いいのだろうか」
どこか苦しそうに微笑みながら、ジュリアスは答えた。
ジュリアスの言葉に安心したタイタニアは、落ち着きを取り戻し、再度自分の身体を観察する。
改めて見ても、今回受けた傷跡はかなりひどい。
昼間、ジュリアスに手当てしてもらった傷のように、うまく治るだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、ジュリアスが話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、僕が責任を持って、傷跡一つ残さず治します」
「あ……ごめんね、決してジュリちゃんの腕を疑ってた訳じゃなくて」
「いいんですよ、誰だってこんなひどい傷を見れば不安になります。
心配なこと、気になること、何でも構いません。気兼ねなく言ってくださいね」
「ふふふ、そうね……それじゃ、まずひとつ。ジュリちゃん、言葉使い、そんなにかしこまらないでいいのよ。
なんか、かえってよそよそしい感じがするもの」
タイタニアは片目をパチっと閉じて、人差し指を振って見せた。
ジュリアスの丁寧な物腰は、確かに好感を持てる。
だが丁寧すぎる言葉使いは、いかんせん距離感を感じさせてしまう。
それが、どこか残念に思えていたのである。
「あっ、それは――ごめん、なんか、他人行儀すぎたかな?」
「いいの、いいの。じゃあ、これからはそう言うことでよろしくね!」
ややはにかんだ様子で、ジュリアスは微笑んだ。
「後はジュリちゃん大先生を信じて、身体を預けるだけね……昼間の時みたいに」
タイタニアは柔和な笑みを浮かべ、ジュリアスに対する全幅の信頼と期待を表す。
水分子で構成される柔らかな寝台に横たわった。
ジュリアスは、治療を再開し、肋間神経縫合を続けてゆく。
「うん……身体の力を抜いて、楽にしていてね。少しくすぐったい感じがするけど、すぐに終るから」
患者の気持ちをきめ細やかに手当するように、温和な面持ちで言葉をかけるジュリアス。
ここまで心地よく、誰かに身体を任せられる経験は、そうそうあるものではない――タイタニアはそう感じた。
くつろいだ様子で会話を交わしながら、手当は進んでゆく。
「ねえ、ジュリちゃん、一つ聞いてもいいかしら?」
「うん、何かな?」
「ひどい怪我して、血まみれの私の身体見て、最初、怖いとか思ったりしないの?」
それは素朴な問いだった。
自分の身体を手当する際に、ジュリアスは血まみれになった身体を拭いたり消毒したりしたことだろう。
その時に、どんな感情を抱いて自分を見ていたのか、知りたかった。
「怖い、か……どうだろう。まったく怖くない、恐れも感じないって言ったら、ウソになるかもしれない」
ほんの少しうつむいて、考え込むようにしてジュリアスは答える。
「……そっか、そうだよね。グチャグチャの傷なんか見せられたら」
やんわりとした言い回しだが、包み隠すことのない正直な答えに、嬉しさ半分、ショック半分のタイタニア。
「知っている人とか、身近な人だと、感情も入っちゃうから、ショックが大きいかもしれない。
でも、『これは大変だ、何とかしなきゃ!』っていうので、頭の中がいっぱいになるんだ。
そして、どんな措置を施していけば、どのように傷が治るのか、イメージがぐるぐる駆け巡る――
手が勝手に動くとまでは行かないけど、気持ちはあたふたするけど、身体がちゃんと僕を引っ張っていってくれる感じ。
怖い、大変だ、という気持ちが強いからこそ、真剣に向き合うんじゃないかな。
多分、そんな気がする――何か変だね、自分のことなのに、あまり分ってないかも」
少しだけ眉を寄せ、困ったように苦笑して見せるジュリアス。
『身近な人』と『感情も入る』という言葉が、タイタニアの琴線をそっと撫でていった。
生理的嫌悪感ではなかったということか――そう思い、ほっと胸をなで下ろす。
なるほど、ジュリアスにとっての恐怖や衝撃は、真剣に向き合うためのキッカケ、引き金ということか。
逃げ出したいとか、避けたいとか、そういうことは思わないのか――意外で新鮮な答えで、感心を覚えた。
「……ふふふっ、お利口さんで品行方正、優等生のジュリちゃんも、私のピンチにはグラグラっと来ちゃったかな?」
「そんな、僕を冷血人間みたいに言わないでよ……
さっき、ティナお姉様のひどい怪我を見たときは、こっちの心臓が止まりそうだったんだから」
『こっちの心臓が止まりそうだった』というジュリアスの言葉を、心の中で何度も繰り返し、噛みしめた。
そこまで自分の身を案じてくれていたというのか。
可愛らしく柔和な面立ちで、何かと照れ隠しをしがちなジュリアス。
だが、『絶対に見捨てない』という強い意志のようなものが、彼の雰囲気から伝わってくるみたいだった。
深く考えるまでもなく、危険を顧みずアーディから自分を助け出してくれた時点で、ジュリアスの意志がどこにあるか、はっきりしているではないか。
目頭が思わず熱くなった。
「あ、あら……ダメじゃないの、そういう大事なことは早く言わなきゃ!
どれだけ心配していたのか、ちゃんと始めに言うと、乙女は喜ぶのよ!
それに――っ、うぅっ!」
堰を切ったように言葉を紡ごうとした矢先、熱い何かが差し込むような痛みが爆ぜる。
胸の中から、肋骨を通って、背中に駆け抜けるように痛みが駆け抜けていったのである。
上体を屈め、眉間を寄せて痛みに耐えた。
「あっ、大丈夫? 肋間神経の神経軸索、もうつながり始めてるの?
ごめんね、気づかなかった……少し休もうか?」
「大丈夫よ、ジュリちゃん。止めないで、そのまま続けて。私は、こうしていれば大丈夫だから」
心配そうにこちらをのぞき込むジュリアスに、タイタニアは心配無用とばかりに柔和に答える。
「ティナお姉様、もう少しだけ辛抱してね。ピリってくるの、もう少しで終るからね」
タイタニアは返事がわりに、微笑みを交え、親指でジュリアスの手の甲を数度なぞった。