第七話 試練をぶち抜き、この手で運命掴み取る! これぞ熱血乙女道!(一)
ひんやりとした地階の一室――ジュリアスの手による「タイタニア」と「ユーリカ」の検死解剖は終ろうとしていた。
「……子宮および卵巣に、外傷は確認できず……以上をもって検死解剖を終了させていただきます」
恐る恐るといった調子の声で、ジュリアスはバルカンヌに向けて告げる。
これ以上、やっかいな注文をつけられたら嫌だな、と内心で呟く。
バルカンヌが、眼前に広がる解剖の状況を見て、はやく納得してくれることを祈るばかりである。
それにしても、バルカンヌの神経には信じられないものがある。
解剖される自分の娘の姿を見て、本当に眉一つすら動かさない神経。
終始、まるで生物の解剖実験を観察でもしているかのような様子だったのだ。
そのバルカンヌは腕を組み、やや考えてからゆっくりと告げた。
「うむ、よかろう。主立った臓器に特に外傷が無いのであれば上々……急ぎ縫合し、棺に収め、氷付けにせよ。そして、ここに来る者たちの指示に従うのだ」
「はい、直ちに取りかからせていただきます」
一礼すると、ジュリアスはきびきびとした動きで作業に取りかかる。
バルカンヌは退室した。
ジュリアスは、簡易寝台に横たわっている長身の遺体――ただし、「タイタニア」の遺体を模した偽物の肉体に対して、縫合作業を開始する。
この地下室に安置してある「タイタニア」と「ユーリカ」の遺体。
実は、ジュリアスが思念科学素子の力を使って作り出した偽物だったのである。
原材料は、水と羊の肉と毛、オリーブ油と若干の塩と鉄粉。
まず、物理干渉能力を用い、原材料を混ぜ合わせ、人間の生体組織そっくりのゼリー状の物体をこね上げる。
続いて鉄粉の含有量を調整して、生体組織の色をピンク色や紅色などに合わせる。
皮下脂肪組織は、肉状ゼリーで房を作り、その中に黄色いオリーブ油を入れ、分子構造に少しばかり干渉して融点を高め、ふわっとした固形状にして生成。
人工血液は、鉄粉を酸化させ水とタンパク質を混ぜ合わせて生成。
骨格部分は硬度と弾力を強くし、表面の分子配列を操作して白く着色。
そして、頭の先からつま先に至るまで、あらゆる臓器を――脳神経、眼球、鼻腔、気道、肺、乳腺、心臓、胃、肝臓、小腸、大腸、子宮に卵巣を精緻に構築したのである。
もちろん、そうした疑似内臓を生成する光景は非常に衝撃的だ。
そのため、タイタニアとユーリカにはカーテンで隠して見せないようにした。
だが――タイタニアは、『見せられないよ!』とジュリアスが拒もうが、何のその。
興味津々で、たびたびのぞき込んでは興奮し感嘆の声を上げた。
それを制止しようとしたユーリカは泡を吹き、卒倒しそうになった。
てんやわんやの騒ぎをしながら、偽遺体の生成作業は進んでいったのだった。
そして本人の監督の下で、皮膚や毛髪など外見部分の調整が行われた。
顔立ちについては問題なく形状修正は進んだ。
しかし、胸回りや腰回りの肉付きについて、タイタニアとユーリカの間で議論が紛糾したのは、複雑な乙女心ゆえの事情だったのだろうか――ジュリアスには知る由もなかった。
かくして「二人の遺体」を用意したジュリアスは、満を持して白衣をまとい侍医の姿となり、暗殺騒動をバルカンヌに知らせに行ったのであった。
「ふう……バレなかったか。はやく縫合しないと……」
ジュリアスは、バルカンヌに遺体が偽物であることがばれるのではないかと緊張していたのである。
今となっては無事にやり過ごせたので、ほっと安堵の息をつく。
だが、非常に精巧にできた偽の遺体とはいえ、タイタニアとユーリカが惨たらしく果てた姿を見続けるのは、精神衛生上あまり良いものではない。
作り上げた本人だというのに情けないものだと、やや苦笑を浮かべる。
指先に意識を集中し、体内の思念科学素子を活性化させた。
周辺空気中の水分子を指先に吸着させ分子間結合に干渉、極細の水分子ワイヤーを生成する。
手のひらに収まるくらいに水分子ワイヤーを巻き取ると、「タイタニアの偽遺体」の切開創の縫合に着手した。
切開創は、正中線にそって首の下からへその下まで伸びている。
小腸、膀胱、子宮をちゃんと体腔の中に収め、飛び出さないように切開創を左手で押さえた。
外から見られないように立ち位置を移動し、手元を隠す。
右手を下腹部の切開創に乗せ、局所的物理干渉を開始する
水分子ワイヤーを操作し、切開面をぴたりと合わせ、深いところから縫い合わせていった。
そこからの作業進行は早く、三十分もしないうちに、タイタニアとユーリカの二人分の偽遺体の縫合が終る。
「……よし、縫合完了! 縫い目もこれなら全然目立たないね。触ったところも違和感――」
ジュリアスが縫合のできばえを確認していると、その背後でゴトリ、と音がした。
何かと思って振り返ると、黒いフードを深く被った者たちが、大きな棺二つと革袋を運んで来たのである。
室内に棺が置かれ、蓋が開けられる。
棺の中には氷がギッシリと詰められていた。
革袋の中身は、細かく砕かれた氷だ。
フードを被った者たちは顎先を動かし、無言で『この中に詰めろ』とジュリアスに命じてくる。
よからぬ雲行きの変化を、肌でピリピリと感じ取るジュリアス。
周囲を確かめるように一瞥すると、タイタニアの偽遺体を抱きかかえ、棺の中に収めた。
革袋から砕かれた氷を取り出し、棺の中を埋めてゆく。
氷で十分に満たすと、棺に蓋をした。
同様の作業手順で、ユーリカの偽遺体も棺に収め、氷漬けにする。
二つの棺の準備が整うと、フードを被った者たちがずかずかと踏み込み、棺を担ぎ上げた。
そして、ジュリアスも同行するように目配せをする。
有無を言わさぬ強引な雰囲気が周囲に漂っている。
ここで言うことを聞かなければ、騒動が大きくなりそうである。
さすがに邸宅内でドンパチをやらかすのは、まずいだろう。
「……僕も行かなきゃダメってことか」
そそくさと解剖に使った用具を革鞄の中にしまい込んだ。
ジュリアスは、とりあえず連中と同行することにした。
ブリュグナント家が裏で何をしているのか、思わぬ手がかりが得られるかもしれない。
その一方で、人気のない場所に連れて行き、口封じをしてくる危険は十分ある。
その時は、これ見よがしに命乞いをするフリをして、冥土の土産話とばかりに、話を聞き出してみようか。
ただし、タイタニアたちとの待ち合わせに遅れないように、時間には気を付けねばならない。
あくまで、時間が許す限りにしなければ――口を真一文字に結ぶと、ジュリアスは部屋を後にした。
† †
棺を二つ乗せた荷車が、ブリュグナント家の敷地内を進む。
黒いフードを被っている一団が、先行して前を進んでいた。
(……どこに行くのだろう? 墓地か? それとも別の場所へ移動するのか?)
ジュリアスは、フードの一団に同行しながら、さりげなく周囲の様子を確かめる。
一団は暗闇の中をカンテラさえ持たずに進んでいた。
だというのに、道に迷う様子が全く見られない。
よほど敷地内の地理に精通しているのだろうか。
やがて、非常に開けた場所に出た。
行き届いた芝生に、点在する低木や茂み――ブリュグナント家が接待に使う狩猟場である。
月明かりだけを頼りに見渡しても、視界いっぱいに広がっているのが分かった。
どうやら、非常に広いこの狩猟場の真ん中が、目的地のようである。
時折ふく夜風、サクサクと芝生を踏みしめる足音、ガタゴトと揺れる荷馬車の音――それら以外に音を立てるものは無かった。
やがて、狩猟場の中心に到着し、一団は前進を止める。
(……こんなところで何をするんだろう? 僕を口封じしようというのか?)
少し警戒を強め、ジュリアスはキュッと拳を握った。
いつでも装甲思念体を引き出して身にまとい、必要最小限の戦闘を展開するつもりである。
とりあえず、バルカンヌの思惑に関する手がかりを引き出したら、さっさと撤退するとしよう。
そんなことを考えて歩いていたら、いきなり真上から突風が吹き付けてきた。
ジュリアスは見上げるが、星空が広がるばかり。
いや――正確には、視界に入る星空の一角が、なぜか水面のように揺れているのが分かる。
(あれは……光学迷彩! しかも、結構大きい……一体何が来るんだ?)
この時点で、ブリュグナント家に対する疑惑は完全にクロとなった。
光学迷彩を駆使するような勢力と接触を図っているのである。
心当たりがあるのは、もうアレスの高度科学装備ぐらいだ。
さらに感覚を研ぎ澄ませて夜空を見上げると、光学迷彩をまとっているらしい物体がさらに数個、宙を漂っているのが分かった。
不可視の物体の群れが、狩猟場に着地する。
周囲に吹き付ける突風が止んだ。
ジュリアスの眼前で、不可視のカバーを外すみたいにして、鋭い流線型の船の姿が現われる。
全長三十メートル、船高七メートルほどの漆黒の船体。
角度を自在に調整できる推進エンジンが船体の両側に数機据え付けられている。
昆虫的な形状を連想させる節足のようなものが八本、船体から地上へ伸びて、船体を固定していた。
どう考えても、現在の地球上の文明の産物ではなかった。
アレスの科学技術で構築された小型輸送艇である。
(まさかとは思っていたけど……本当にアレスか)
ジュリアスは声を上げず、仕草だけで唸る。
ブリュグナント家の疑惑に関して、決定的証拠を目の当たりにしたのは良い。
だがその一方で、高度科学兵装を身につけたアレスの兵との戦闘になる可能性が大である。
船体下部の装甲が生物的な動きを示し、楕円形状の入り口を形成。
中から全身を灰色の密着スーツで覆った男たち――アレスの兵が、姿を現わす。
「ブリュグナント公より打電を受け、サンプルを受け取りに来た。例のものは、その棺の中か?」
アレス兵が、フードの一団に問いかける。
「いかにも。大旦那様の指示に従い、運びしもの。氷漬けにしてはあるが、早急に措置を進めて頂きたい」
フードの一団のリーダーらしき一名が返答。
他のメンバー数名が棺を担ぎ、アレスの輸送艇の中へ運び込んでゆく。
「了解した。覚醒前のエリュシオーネの死体は貴重なサンプル。アレスの科学力にかけて約束すると、ブリュグナント公にお伝え頂きたい」
「承知した。あともう一点ある……内情を知った部外者が一名、処理に関しても依頼したい」
「なるほど、了解した。そこの白い奴か――速やかに対応する」
表情一つ変えずに告げると、アレス兵が二人、外に下りてきた。
長い砲身を持つ火器を携行している。
銃底部はぶ厚くボリュームがあり、銃身は筒ではなく細長い板状であった。
グリップは柔軟な素材で、手の甲から手首、前腕にかけてすっぽりと覆うようなものである。
電磁誘導的に実弾を加速して射出する携行型レールガンであった。
ジュリアスを取り囲んでいたフードの一団が、すうっと離れ始める。
ジュリアスの胸元に赤い光点がポツリと灯った。
心臓を狙い撃つつもりのようだ。
うすうす感じていた嫌な展開が現実のものとなった。
さて、どうすべきか――ジュリアスは思案する。
アレス兵を交え、この連中と一戦交えた方が時間的に早く済むか、それとも死んだフリをした方が早く済むだろうか。
死んだフリをした場合、死体処理の一環でどこか遠くに運ばれるとやっかいである。
一戦交える場合も、次から次へとアレスの増援部隊が来るような事態も想定しなければならない。
アレス兵たちが、携行型レールガンをジュリアスに向けてきた。
「……動くなよ。すぐに終る。痛みも感じない」
「くっ……」
革鞄の柄を掴みながら、ジュリアスはじりじりと後退する。
赤い光点が、ジュリアスの心臓を照準を合わせるべく追いかけてきた。
アレス兵のレールガンが作動、実弾を強力な電磁気の力で加速、音速の十倍の速度で射出。
実弾が大気を切り裂き、ズバァン、という炸裂音が発生。
「――ッ!」
ほぼ反射的だった。
ジュリアスは装甲思念体に覆われた右腕を前方に突き出す。
瞬間的に周辺空気中の水分を凝集させ、粘性を極大化。
凝集した水を、楕円形の盾状に形成。
レールガンから放たれた超音速の実弾を、水の盾が受け止める。
強粘性のゼリー状と化した水を食い破ろうとする実弾。
だが、ちゃぷっ、と音を立てるばかりで、あっという間に減速。
実弾は辛うじて水の盾を突破したものの、勢いはほとんど相殺されている。
ジュリアスの身体にポテっと当たって、地面に転がるだけだった。
「……やっちゃった」
ジュリアスは、『しまった!』とばかりに表情を曇らせた。
死んだフリをするかどうか思いあぐねている間に、虚を突かれ、条件反射的に防御してしまったのである。
その結果、自分がエリュシオーネであることが完全に露見。
思った通り、アレスの側が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「あ、あれはエリュシオーネ! くそっ、なんでこんな所に!
ブリュグナント家とエリュシオーネの間には不可侵条約があるんじゃなかったのか?」
「来い来いっ! 火力が足りん! 補助装甲も出せっ!」
アレスの兵たちが、一斉に騒がしくなる。
フードを被った一団は、一目散に闇の中に逃走している。
荒事は、アレス側の役割分担のようだ。
輸送艇の中から、レールガンで武装したアレス兵の増援が次々と飛び出してきた。
さらに闇の中から、体高五メートルほどの人型兵器群が続々と光学迷彩を解除して姿を現わし、こちらに迫ってくる。
大型レールガンを携え、両肩にミサイルポッドを装備。
ずんぐりとした筐体で足が太く、全体的に角張った形状が特徴である。
非ナノマシン型・戦闘補助装甲――量産機であり、広く普及している兵装だ。
乗り手が装甲の内側に乗り込み、機械的に操作する。
ナノマシンと同調する必要は無いため、乗り手を選ばないという利点がある。
戦闘用ナノマシン型の兵装と比較して戦闘能力は劣るが、そこは数でカバーである。
「うわっ……困ったな。どうしよう、こんなにぞろぞろ来ちゃったよ……」
ジュリアスは、唸った。
二十名ほどの砲撃手に、戦闘補助装甲が八体が、ジュリアスを取り囲んだのである。
これは、ちょっとした軍事衝突である。
装甲思念体を完全解放すれば、相手にできないこともない。
だが、重要な問題がある。
ジュリアスは、戦闘特化型のエリュシオーネではないのだ。
治癒や戦闘補助など後方支援が本来の能力なのだ。
戦闘における決定力に欠けたまま、時間がかかってしまうのが目に見えている。
もたもたしている間に、次々と増援部隊がやってくるかもしれない。
これでは、待ち合わせ場所に時間通り間に合うなど到底無理である。
かといって、泣き言を言っていても仕方が無い。
創意工夫をして、切り抜けなければならない。
せめて、この周辺に大量の水があれば、武器として使う方法が見つかるかもしれないのだが。
そうこうしている間にも、大小のレールガンの照準がジュリアスの身体に合わせられる。
「忌まわしき悪魔を撃ち払え――攻撃開始ッ!」
アレス側の混成部隊が、一斉にレールガンを放ってきた。
「――うわぁっ!」
ジュリアスは物性操作した水の形状をドーム型に変え、その中に引きこもって弾幕をしのぐ。
実弾が次々と飛び込んできて、強粘性の水の壁がしぶきを上げた。
減速した弾丸が、バラバラとジュリアスの身体に降り注ぐ。
ドーム型の水の障壁の中が、どんどん弾丸で埋め尽くされてゆく。
是非も無し――戦って突破する以外に道はない。
ジュリアスは、装甲思念体の完全解放を決意する。
全身が装甲思念体で覆われるため、今身につけている服はビリビリに破れてダメになってしまうだろう。
しかし、恥ずかしいとか言っている場合ではない。
「ああもう……こんなところで解放することになるなんて……」
やぶれかぶれになって、体内の思念科学素子を操作しようとしたその時だった。
突然、緋色の閃光が炸裂、衝撃波が発生。
アレスの戦闘補助装甲が三体、まとめて後方に吹っ飛ばされる。
「どこだ、どこから来たッ? 他にもエリュシオーネがいるのか!」
「分かりません! 方向の特定を――」
混乱するアレスの混成部隊を、さらなる閃光と衝撃波が襲った。
レールガンを構えるアレスの歩兵が、爆風でまとめてなぎ倒される。
「えっ? あれ、あれれ……僕じゃないよ?」
キョトン、として周囲を見渡すジュリアス。
そこに、背後から静謐さをたたえた声がした。
「御曹司、ここは自分が引き受けます。一刻も早く、タイタニア様のもとへ――」
「その声は、レヴィン!」
振り返ると、レヴィンが颯爽とした様子で立っている。
深緑色の旅装の前腕部が、爆ぜたみたいに破けていた。
緑がかった黄銅色の装甲思念体が、レヴィンの両腕全体を覆っている。
両手に握っているのは、鋭く伸びた盾を思わせる側面装甲をもった長大な砲身。
両腕は、その砲身とほぼ一体化している。
「御曹司、お急ぎください。ユーリカ様からの知らせが……タイタニア様が、アレスの手の者から襲撃を――」
緊急事態を告げるレヴィンが、台詞の途中でふいに片目を細めた。
右腕の砲身内部で、物理干渉が開始される。
気化燃料と空気の混合気体が超高圧で圧縮され、砲弾の形状と化した。
アレス側の補助装甲の群れめがけて、圧縮気体砲弾が発射される。
攻撃対象の補助装甲の群れの真ん前で、圧縮が解除され、気化燃料と空気が一気に拡散。
次の瞬間、同心球状に爆圧の壁が全方位に展開される。
まばゆい緋色の閃光と轟音が、アレス側の陣地を襲った。
レヴィンの圧縮大気弾丸が産み出す衝撃波に、気化燃料の爆発が加わったのである。
補助装甲の群れが、爆風に押し倒され、輸送艇に激突する。
まさに、局所範囲型の燃料気化爆弾といってもよいシロモノだったのだ。
「サンプルを守れ! 船を出せ、出せッ! 増援を要請しろッ!」
アレスの輸送艇が慌ただしく浮上を開始。
船体側面の推進エンジンが、イオン化気流を垂直下方向に放出。
船体が急上昇。
アレス側は作戦を変更――歩兵、補助装甲ともに放射状に散開、ジュリアスたちと距離を取った。
「レヴィン、それは本当? ここ以外にもアレスが?」
「いかにも。こちらは本命にあらず。相当の大物が――」
事態の深刻さを一瞬で悟り、緊張の面持ちで問い返すジュリアス。
それにレヴィンが答えようとした刹那――広大な狩猟場の先の方から、闇夜を照らすような光が発生、耳をつんざくような轟音が轟いた。
昼夜が逆転したかと思うほどの明るさだ。
一拍おいて、ごうっと強風が吹き荒れた。
黙示録的と言っても良いほどの、炎の柱が遠方にそびえ立っている。
レヴィンが何を伝えたかったのか、ジュリアスはハッキリと把握する。
すさまじい戦いが、遠くで開始されている。
タイタニアと、恐ろしいほどの力を持ったアレスの手練れが、死闘を繰り広げているのだ。
今すぐ駆けつけなければ取り返しが付かない事になる。
自分の能力で、タイタニアを全身全霊で支えなければ。
「御曹司、ご覧の通りです! もう始まっております……急がねばタイタニア様が危のうございます!」
超音速の弾丸に対し、精密な位置指定型爆発で応戦しながらレヴィンは訴えた。
「うん、すぐに向かうよ!」
「この先、澄んだ泉がございました――御曹司、ご武運を!」
「ありがとう! レヴィン、頃合いを見計らって離脱してね! 全部やっつけなくてもいいからね!」
「先刻承知ながら、お気遣い感謝申し上げます!」
ジュリアスは、レヴィンの両腕と一体化した銃身に、『無理しないでね』とばかりに、ぺちっと拳を当てる。
レヴィンは口元に、フッとほほえみを浮かべ、顔をやや伏せた。
ジュリアスは、脱兎のごとく戦線から離脱、タイタニアの元へ急行する。
「そんな鉄球遊戯、笑止千万! さあ、思い知れ! これがエリュシオンの鉄槌だ!」
レヴィンは目を細め、両腕の砲身をアレス側に向け、立て続け引き金を引いた。
爆圧を凝縮した弾丸が、立て続けに砲身から飛び出してゆく。
† †
ジュリアスは、ブリュグナント家の広大な敷地を駆け抜けていた。
草地を通り、茂みを突き抜け、小川を飛び越え、巨大な火柱が立った方向目指して、一直線に進んでいた。
手入れの行き届いた森の小道にさしかかる。
清浄な水の匂いを、ジュリアスの嗅覚がしっかりとかぎ取った。
レヴィンが言っていた通り、近くに泉があるに違いない。
「もしかして、あれか――?」
さらに駆けると前方が開け、月明かりに照らされた泉が現われた。
すり鉢状の底は白い砂で覆われ、水底では豊かな湧水が砂をさらさらと巻き上げている。
広さ、深さともに十分。
「これだけの水量があれば、武器として使える……よし!」
ジュリアスは、ここで装甲思念体を完全覚醒させることを決意。
泉のほとりに革鞄を置くと、軽く助走し、泉の中に飛び込んだ。
自分の身体をとりまく水に物理干渉する。
適度な弾力・粘性を帯びた体表付近の水が、身につけている服の各所を吸着し、ボタンをつまみ、生地を引っ張り、次々と脱ぎ落としてゆく。
華奢で繊細な体つきに、薄い肉付きの肢体があらわになり、水面に揺れる月光に照らし出された。
両肩、脇腹、腰、太ももの肌がぴりっと裂け、神秘的な青色の輝きをもつ装甲思念体が帯状になって飛び出す。
またたく間に、両腕、下腹部、両脚に装甲思念体が絡みつき、ぴったりと覆ってゆく。
そして、つややかに光沢を放つ芸術的造形の甲冑と化した。
胸元から下腹部、背中からのぞく白い肌と深青色の装甲が、ため息をつくほどの美しいコントラストを形成。
続いて前腕から透き通った長い副翼が伸び、水中で優雅にひらひらと舞った。
腰からは、花びらのような形状の薄い装甲が数枚生え、重なり合ってスカート的形状となる。
背中の肌を突き破り、青く透明な六枚の長大な翼が飛び出した。
最後に、翼を模した装飾装甲が頭の左右に生えた。
ジュリアスの完全解放状態の装甲思念体は、果てしなく透き通った湖面を思わせる、高貴で優雅な装甲のドレスだった。
極めて美少女的なジュリアスの顔立ちと相まって、まとっているオーラの神秘性に磨きが掛かっている。
螺旋を描くように回転しながら、ジュリアスは水面に飛び出した。
つま先をそろえ、水面からわずかに浮いたところに静止。
両腕を左右に広げ、泉全体を満たす膨大な量の水に対して干渉を開始する。
双瞳が青く幽玄な光を放ち、ぼうっと水面を見下ろす。
特有のトランス状態の下で、厳かに詞を歌いあげる。
それは『干渉詞』――エリュシオーネが複雑な物理干渉をする際に、思考と思念を整え、練り上げるために歌うものであった。
「……神代から あまねく潤すこの水の
清らかなること果てしなく
恩寵を たたえざる者なかりけり
願わくば つかの間の器となりて我がもとに
その御姿の 示し現わさんことを願うなり……」
干渉詞を歌いあげる際に陥るトランス状態。
そのトランス状態こそ、思念科学素子の中に悠久の時を越えて脈々と受け継がれてきた戦闘経験知を鮮やかに引き出すためのプロセスなのである。
ジュリアスが干渉詞を歌い終えると、水面が一旦静まりかえった。
やがて、泉の水面全体が急激に小刻みな震動を開始する。
頃合いや、善し――幻惑的な眼差しをするジュリアスが、水面の上でゆっくりと、身体をコマのように回転させ始めた。
なんと、泉を満たしている大量の水が、一斉にジュリアスの動きに合わせて渦を巻き始める。
ジュリアスは物理干渉を周囲の水に対して加えながら、回転速度をさらに高めた。
泉の水が竜巻のごとく巻き上がり、巨大な水柱と化す。
そして、激しく自転する水柱から、水でできた身体を持つ二匹の龍が飛び出した。
大きなアギトを持ち、四十メートルもの長い身体を持つ水の龍が、ジュリアスに付き従い、宙で旋回を始める。
「……ティナお姉様、待っていてください。今、参ります!」
ジュリアスは唇をぐっと噛み、表情をキリリと引き締める。
背中に生えた六枚の翼が高振動し、猛烈な勢いで水蒸気のジェットを放ち始めた。
ドレス型の装甲思念体をはためかせながら、闇夜に高速で飛翔。
二匹の巨大な水の龍を従えて、タイタニアの下へ急行した。