第六話 しかと見よ! 燃え上がる乙女の魂ここにあり!(五)
「う、うぅん……」
タイタニアは、霞がかった意識で、ふらふらと前に進んだ。
今にも再びまどろんでしまいそうな心地よさだ。
まさに夢見心地である。
身体の芯が、火照りに火照っているのが嫌と言うほど分かった。
おぼろげながらも、アーディの手首を掴んだところまでは覚えている。
だが、そこから先で何が起きたのかは判然としなかった。
ふいに立ち止まり、無意識的に左胸を指先でなぞる。
何やら鋭いものが何本も生えているみたいだ。
左側だけではない。右胸にも鋭いものが生えている。
「……ん? なぁに、かなぁ……これ……」
まだよく回らない呂律で、呟き、胸元を見下ろした。
漆黒の甲冑らしき腕が二本、自分の左右の胸に指を突き刺す形で生えていた。
左右の五指と一体化した黒い刃は、両胸を貫通している。
それは、アーディが強制的に両肩から切断したナノマシン戦闘装甲スーツである。
十本のナノマシン製のフィンガーブレードは、まだ胸を貫いたままであった。
その光景を目の当たりにして、ようやく意識が明晰になってくる。
「んなっ、何てことしてくれるの……こ、このっ!」
両胸を貫くナノマシン装甲スーツの手首を、がっちりと掴んだ。
うんと力を込め、引き抜こうとする。
胸部内及び乳房内の組織が引っ張られ、強い痛みが連鎖的に炸裂した。
「ふんっ……ん、ぐぎぎぎ……」
眉をしかめ、歯を食いしばり、痛みに堪えて引っ張る。
だが、なかなか抜ける気配がない。
思念科学素子の働きで、大胸筋や広背筋など筋肉繊維にとどまらず、それ以外の生体組織までもが、ナノマシン製のフィンガーブレードを非常にきつく挟み込んでいたのである。
「な、ならば……これで――」
膨れあがる鋭い痛みに耐え、さらに力を込めて、ナノマシン戦闘装甲スーツを引っ張った。
その刹那、身体の中でとても小さな何かが、プチプチと弾けるような感覚が広がっていく。
力を込めている腕部で、思念科学素子が急激に活性化、筋力が輪をかけて急上昇。
そして、腕を覆う装甲思念体の温度が爆発的に高騰、まばゆいオレンジ色の光を帯び始める。
漆黒のナノマシン装甲スーツの手首部分がドロリと融解した。
「くあああぁっ――」
タイタニアは大きくのけぞり、悲鳴にも似た叫びを上げる。
ナノマシン装甲スーツを引きちぎり、勢いよく両腕を振り、脇に放り投げた。
と同時に、胸を貫く漆黒のフィンガーブレードが橙色に変化し、ねっとりと形を崩し始める。
ナノマシンの耐熱限界を超えたのである。
次の瞬間、オレンジ色の融解金属が勢いよく乳房から迸った。
パシャっと湿った音を立てて、液体金属が地面に散り、広がってゆく。
融解し、液体と化したフィンガーブレードが、タイタニアの肉体内部から加わる圧力で押し出されたのである。
タイタニアの肉体を蹂躙し尽くしたナノマシンブレードは、原型を失い、機能を停止し、灼熱に溶かされ、液体となって地面に果てたのだ。
「はあっ、はあっ……あっ、あああぁっ……うっぐ……」
タイタニアはその場にかがみこみ、片膝をついた。
大きく肩を上下させ、荒く呼吸をする。
体内に残ったナノマシンの残骸が、液体となって身体の中にへばりつき、不快感を覚えた。
肌の内側に膿がたまっているのにも似た感覚だ。
これは気持ちが悪い、はやくスッキリしたい――そう思った。
両手で左乳房を掴み、きつく絞り、融解したナノマシンを押し出す。
「……ん……うくっ……くあぁ……あ、ああぁっ」
激痛が爆ぜ、脂汗が吹き出し、またたく間に高い体温ゆえに水蒸気と化す。
これは膿を絞り出すのと同じだ。
痛みに堪えて、しっかりと力を込め、一滴残らず絞り出さなければならない。
握力を加える度にリズミカル襲いかかってくる激痛。
だがその苦痛が次第に、そして確実に心地よさに変わっていく。
しっとりとした愉悦が液体のごとく、身体の奥底からわき出してくるみたいだった。
自分は一体どうしてしまったのか。
これは慣れ、とでも言うべきなのか。
痛みが襲えば襲うほど、命が、力が、悦びを伴って雄叫びを上げてくるようだった。
それは、思念科学素子の活性化と無関係では無い。
苦痛が加われば加わるほどに、タイタニアの体内の思念科学素子は活性度を高めていたのである。
外部からの強い刺激――それも著しい肉体の損傷など、生命にかかわるほどの外部刺激が、思念科学素子を『本来の状態』まで覚醒させつつあったのだ。
同じ要領で、右の乳房も強く握り、液化したナノマシンを強く絞り出す。
いつしかタイタニアの表情から苦悶が消え、徐々に愉悦の色が色濃く覆い始めていた。
そして、強い嘔吐感が締めくくりと言わんばかりに襲ってくる。
「くおっ……おあぁ……ううぅっ――」
四つん這いになり、喉を何度も痙攣させた。
気管および食道から、体内に残った融解状態のナノマシンがこみ上げてくる。
タイタニアは、緋色の融解金属をバシャっと地面に吐き出した。
「かはっ、はっ、はあっ……ああぁ、これで、だいぶスッキリした……」
先ほどまで覚えていた不快感は、ほとんど消え去っている。
ゆっくりと起き上がると、正面にいるアーディの姿を見据えた。
「……かなり、やってくれたじゃない? こんなに身体をグチャグチャにするなんて――
でも、おあいにくさま。私の息の根を止めるほどではなかったみたいね……」
タイタニアはきゅうっと目を細め、熱く湿った吐息をゆっくりと吐く。
手のひらで乳房を下からぐいっとぬぐうと、口元に運んだ。
己の鮮血と融解したナノマシンを、唇と舌で舐めとる。
傷口をなぞった時、ゾクゾクとする快感が背筋を駆け抜けた。
痛めつけられれば痛めつけられるほど、力がわき上がってくることをタイタニアは本能的に悟っていた。
「わぉ……アレくらいじゃ物足りなかったかな、ティナお姉ちゃん?」
アーディは、じりじりと後退を始める。
その顔からは、まだ笑みは消えきってはいない。
だが、今のタイタニアにうかつに接近してはならないという強い危機感がはっきりと見て取れた。
浮遊感にも似た心地よさを味わいながら、タイタニアが一歩、また一歩前に踏み出す。
足下のレンガ舗装が、みるみるうちに赤熱し、表面が溶け出していった。
タイタニアの足の裏に、融解したレンガが、ねちゃっとへばりつく。
溶鉱炉の間近にいるような、猛烈な熱量が周囲に向けて発散されていた。
タイタニアの肉体に宿る思念科学素子が、次々と本来の状態に覚醒しているのだ。
突き抜けるような青空のごとき双瞳が、今や、まばゆい緋色の輝きを放っている。
緩やかなウェーブのかかった白金色の髪は、猛烈な熱対流に吹き上げられ、宙でダイナミックな動きで舞っていた。
両胸に開いた十以上の傷穴からは、融解したナノマシンの残滓が、わずかに垂れ落ちている。
千度を優に超える熱を帯びた全身は、明るいオレンジ色の光を発していた。
非常に起伏に富んだ長身が、闇夜のステージを舞台に艶やかに浮かび上がる。
タイタニアは両腕を大きく開き、真上の星空を見上げた。
何という心地よさだろうか。
自分の身体の中で、とても素晴らしいことがこれから起きそうな予感がする。
何かが、厚い殻を突き破り、産声をあげるような――自分がこれから新しく生まれ変わるような強い確信。
「ああぁ……こみ上げてくる。身体の中で、何かが弾けて……膜が破れて、熱い何かが湧き上がってくるみたい……あぁ、何て、何て気持ちが良い夜なのかしら……」
緋色に輝く瞳を、しっとりと潤ませ、タイタニアは声を震わせた。
「わお……どうしちゃったの、ティナお姉ちゃん?」
額に汗をにじませ、アーディが呟く。
その直後だった。
突如タイタニアが呻き、悶え始めたのだ。
胸をかき抱き、上半身をやや屈め、全身を小さく震わせていた。
「くあ……あああっ……くあっ、ああああぁ――」
タイタニアは胸を掻きむしるようにして、大きく身体を反らし、切ない声で悲鳴を上げた。
その悲鳴に、人のものとは思えぬ澄んだ鳴き声のごときものが重なる。
タイタニアは、両目を大きく見開く。
つうーっと、紅の涙がこぼれ出した。
脳裏が閃光に包まれる。
その直後――肩、脇腹、腰、大腿部の肌がぴりっと裂け、赤い亀裂がすうっと走ってゆく。
白磁のごとき肌を突き破り、紅蓮の刃状の帯と化した装甲思念体が無数飛び出した。
タイタニアは衝動的に、両腕を勢いよく前方に突き出す。
肩から射出された装甲思念体は、宙でリボンを巻くように舞い動き、鋭い流線型の盾を形成。
連結部も生成され、両肩と盾状装甲はガッチリと結ばれ、固定された。
脇腹から生えた装甲思念体が、大きさの余りはち切れんばかりに張った両乳房に食らいつく。
先端部から外側にかけて、乳房を扇形に覆う装甲と化した。
腰から伸びる装甲思念体が、臀部から下腹部、股間にかけてぴったりと包み込んで装甲化。
大腿部から生えた装甲思念体は、ふとももからつま先まで、蛇のごとく巻き付いてゆく。
そして、絡みあった装甲思念体が、タイタニアの脚の長さと相まって、鋭くかつ流れるような優雅なフォルムの紅蓮甲冑と化した。
背中および胸元から腹にかけて肌が大きくむき出しになっている。
紅蓮に輝く装甲と白い肌が、見事なコントラストを見せつける。
「あぁ……あぐっ――」
間髪入れず、今度は背中で強い痛みと快感が同時に爆ぜた。
脊椎に沿って背中の皮膚が裂け始める。
何かが勢いよく肌を突き破り、姿を現した。
それは、緋色に輝き、透き通った六枚の翼だ。
翼の根もとは、装甲思念体で形成されており、頑健な甲冑的形状だ。
長大な翼は鋭く伸びた流線型で、長さは二メートル以上ある。
タイタニアの姿はまさしく、なまめかしい紅蓮の甲冑をまとった、炎の鎧天使そのものだった。
数度深呼吸し、自分の身体をしげしげと見つめる。
「こ……これが、エリュシオーネ? ああ、なんて綺麗なの……」
思わずため息をついた。
神話に語り継がれていたエリュシオーネの姿とまごう事なき肉体。
うっとりとするような密着感。
そして、身体の奥底からみなぎる力の放出感。
タイタニアは感極まり、声を詰まらせた。
猛烈な熱風が、タイタニアの身体から四方八方に吹き放たれる。
まるで地上に太陽が降りてきたみたいに、周囲をまばゆく照らし出し、緋色の光で染めていった。
「これじゃ近寄れない、か。それならば試しに……」
熱風を正面から受けるアーディ。
新たな武装を形成し、改めてタイタニアに挑もうというのだろうか。
手首を砕かれた腕をすうっと後方に引き、ナノマシンに干渉を開始する。
だがその時、異変が起きた。
「あれっ? あれれっ? どうして、あたしの身体の中まで熱く――」
アーディがハッとして、己の身体を見下ろした直後。
無数の紅の光の束が、アーディの胸から腹にかけて、内側から肌を貫き飛び出したのだ。
先ほど体内に取り込んだタイタニアの血液――その中に含まれていた思念科学素子が、共鳴し、活性化し、主の元へ帰巣せんとしたのである。
アーディの体表を覆う漆黒のナノマシン装甲スーツが、胸から腹にかけて融解、肌があらわになる。
いくつも肌にうがたれた穴から、鮮血が勢いよく吹き出した。
「がっ、おああっ……ああぁっ……」
アーディが、そのしなやかな体躯を大きく仰け反らせる。
がっくりと膝が折れ、今にも地面に突きそうになった。
だが、歯をぐぐっと食いしばり、すんでの所で踏みとどまる。
苦悶の情をあらわに浮かべ、タイタニアをにらみ据えるアーディ。
そこにはもはや、先ほどまでの余裕はどこにも見えなかった。
「一気に形勢逆転ってとこかしら……?」
タイタニアは、眉を跳ね上げ、ふっと微笑んでみせる。
一時は、死ぬかと思ったが――いや、心臓が動いていないことから察するに、一度死んだことになるのだろうか。
だが、どうやら、そうやって一度死んだおかげで、エリュシオーネらしい姿になったようだ。
これはこれで、怪我の功名とでも言うべきか。
生死を賭けた試練をくぐり抜けたご褒美、ということにしておこう。
それはさておき、アーディのことを一体どうしてくれようか。
放っておくにはあまりに危険な少女である。
どの程度のお仕置きを加えるべきだろうか?
こってりと絞ってやりたいところだが、時間の余裕がそこまである訳ではない。
さて、どうしたものか――と、そんな事を考えながら、一歩一歩アーディに向かって進んだ。
「あ、あはは……手首をもって行かれ、身体に穴を開けられちゃった。今度は、あたしが本格的にやばい?」
身体をぐらつかせながら、辛うじて立っているような状態のアーディ。
空元気を振り絞ったような笑みを見せる。
手首を砕かれた腕はだらんと下がり、円錐を描くようにぶらぶらと揺れていた。
「大丈夫。私、無抵抗の相手を一方的になぶるような趣味してないから。この私の身体を散々いたぶったことについて、きちんと詫びを入れて、これ以上追ってこないと約束するなら、許してあげる……どう?」
嫁入り前のこの身体を、何度もあちこち串刺しにして、めちゃくちゃに傷つけられたのだ。
その光景を思い起こすだけで、ぞわぞわとした緊張と興奮、そして怒りと復讐心が複雑怪奇に混じり合う。
アーディが無抵抗でなければ、同じように胸を串刺しにしてやりたい気持ちである。
いや、抵抗するのなら、思い切り抵抗してもらいたい。
自分が手にした力を存分に使ってみたい。
自分の身体をめちゃくちゃにしたアーディが相手なら、別に構わないではないか。
アーディの最後の抵抗を、全身で受け止めて、切り刻まれてあげるのも楽しそうだ。
今度は、どんな風に自分の肉体を傷つけ、どんな苦痛を味あわせてくれるのだろうか。
自虐的欲求と嗜虐的欲求が、同時に高鳴ってくる。
自然と唇の端がつり上がってきた。
無性に戦いたくて仕方が無い気持ちが、理性の裏側で急に膨らみ始めていたのだ。
いけない――自分は何を考えているんだ?
タイタニアは、ハッとして、顔を手で覆う。
砂時計から砂がこぼれ落ちるみたいに、少しずつ理性が消えてゆく。
理性が残っている間に早く手打ちをして、この身体をジュリアスに診てもらおう。
そうしないと非常にまずい気がしてきた。
「あんまり、時間をかけてはいられないの。あなたがそうしてくれれば、危害を加えない。
お願い、早くして――」
「……」
アーディは、黙したまま語らない。
これは、あくまで抵抗し、タイタニアに対する追撃を止めないという意志表明なのか。
あんな身体の状態で、エリュシオーネとして覚醒したらしい今の自分と、やり合うつもりだというのか。
「……その身体で私とやりあうつもりなの? もう勝負はついているわ。そんなあがきはやめなさい」
アーディの意志を試すように、体重をかけて一歩前に踏み出した。
装甲思念体に覆われた足が、レンガ畳みに接触し、表面を融解させる。
溶けたレンガが、赤い飛沫となって周囲に飛散した。
しかし――
「あはは……あはははははっ! そうだね、ティナお姉ちゃんの言うとおりだね! あははははっ!」
突然、アーディは全身をくつくつと震わせるようにして哄笑したのである。
抵抗を止めて降参するのか、それともさらなる抵抗をするつもりなのか。
この少女は一体何を考えているのか――タイタニアには判断が付かず、表情が曇る。
ひとしきり声を上げて大笑いをした後、アーディはゆっくりと切り出した。
「ごめんね、ティナお姉ちゃん。あたし――まだ、謝れない。ティナお姉ちゃんに失礼にならないように、ちゃんと戦ってからにするね」
「……それが、あなたの答えなの?」
あのぼろぼろの身体で戦って、玉砕するつもりか。
詫びを入れずとも、さっさと逃げてくれれば、それでもよかったのに。
あくまで戦って死ぬつもりなのか。
タイタニアは、無抵抗に等しいアーディを斃す光景を脳裏に思い浮かべ、苦々しい表情を顔に刻む。
だが、次の瞬間、タイタニアの苦悶を打ち砕くかのごとく、事態は急変した。
アーディの周囲のレンガ畳みが砕かれ、黒い液体が地面から噴出してきたのである。
先ほど、アーディがナノマシン戦闘装甲スーツをまとった時と似ている。
だが、あふれ出す液体の量が桁違いだった。
ただならぬものを感じ、タイタニアはカッと目を瞠る。
「素材は、フィエルンド・エリートの残骸か――でも仕方ないよね。
できれば、素手だけで狩りたかったのに……」
アーディは、いかにも口惜しそうに告げた。
手首が折られた両腕を、水平方向に伸ばす。
その直後、真っ黒の液体が大蛇のごとくうねり、鎌首をもたげ、アーディの四肢に次々と絡みついてきた。
アーディの身体が、見る間に宙に引き上げられる。
「ふふふ、お次は何が出てくるっていうの……」
警戒を強め、アーディをにらみ据えるタイタニア。
今や、理性よりも戦闘衝動と愉悦が勝っている。
ニイっと笑みを口元に刻み、わずかに舌先を出して唇を舐めた。
まもなく始まるであろう戦い――今までになく激しさを増した戦いを予感し、身体が悦ぶのを感じ取った。
そしてついに、アーディがさらなる変身を遂げ始めたのだ。
目の前でのたうつ黒い液体は、ついさっきタイタニアに撃破されたフィエルンド・エリートの身体だったものである。
ナノマシン単位に分解され、今再び、アーディの指示の元で、新たなる形を構成しようとしているのだ。
大蛇のごとく鎌首を上げるナノマシンの群体が一つ、さらに一つと増えていった。
次々とアーディの身体に絡みつき、覆い隠し、巨大な四肢のようなものを形作ってゆく。
漆黒の液状ナノマシンがのたうちながら、巨大な骨格を形成し始めたのだ。
伸びやかな四肢は、無駄なボリュームを徹底的にそぎ落としており、実に引き締まっている。
まるで、黒金の刃を鍛造して作り上げたみたいな四肢だ。
体高はフィエルンド・エリートよりも高く、約十四メートルほどだろうか。
胸の中央がドームのように突き出ており、腰は細くくびれていた。
下半身がかなり長く、しなやかな曲線的フォルムの両脚から、強いバネを秘めていることを感じさせる。
双肩には、甲冑の肩当てのような流線形の装甲が形成されていた。
小さな頭部は、鋭くとがった形の兜を連想させる。
長い飾り帯のようなものが、後頭部から二つ伸びてきた。
続いて背中に、大剣のごとき鋭い形状の推進駆動部が四つ形成される。
ずらりと並ぶ推進駆動部は、剣をならべてマントを形作ったようにも見えた。
それはまるで、鍛え抜かれた肉体を持つ黒い雌豹を思わせるような、シャープな身体。
つややかな光沢を帯びた、漆黒のナノマシン外殻機動装甲がタイタニアの眼前に誕生したのであった。
ナノマシン外殻機動装甲――使用者が大量のナノマシン群を制御し、巨人のごとき機動装甲を形成し、己の身体にまとったものである。
地球奪還を目論むアレスが、対エリュシオーネ戦を視野に入れて開発した切り札兵器の一つである。
視覚、痛覚、触覚を始めとする知覚を共有し、文字通り己の身体と一体化し、自由自在に駆使するのである。
思考した結果が直接的に伝達されるため、他の機甲兵器や機動兵器と比べると抜群の反応速度を誇る。
また、ナノマシンによる自己修復機能があるため、機体復元能力はかなり高い。
ナノマシンのエネルギー消耗が激しいのが難点だが、活動時間内では通常兵器を寄せ付けないほどの圧倒的戦闘能力を示すのである。
その外殻機動装甲の両肩から、拡大された音声が発せられた。
《お・ま・た・せ〜♪ この格好、どぉ? 今回は、あり合わせの材料だったけど、よくできてるでしょ?
あはははっ!》
嬉々としたアーディの声だった。
胸から腹を無数に貫かれ、深手を負っていた様子からは想像もできないほど弾んだ声だ。
外殻機動装甲の胸郭内部は球状空間になっており、そこがコックピットである。
アーディは、そのコックピットの中で馬の鞍にまたがるような格好で鎮座していた。
コックピット底部から伸びるナノマシン群体が触手のごとくアーディの四肢を包み込み、首に絡みつき、闇色の拘束具と化している。
アーディの肉体と外殻機動装甲の伝達系統を直に接続しているのだった。
「ふふふっ……ついに出たわね。それがあなたの勝負下着ってところかしら?」
タイタニアは、じわじわとせり上がる興奮を押さえながら不敵な笑みを浮かべ、外殻機動装甲をまとうアーディを見上げる。
《そっちこそ、ようやく本気の身体になったってカンジ? あはは……出し惜しみはお互いよくないよね》
「私のことを一度殺しておいてよく言うものね……今度は、そう簡単には行かないわよ」
タイタニア、アーディの双方が、低く押し殺した調子の声で応報を繰り返した。
《ああ、何て――何て素晴らしい夜だろう!
触れたい、撫でたい、なぞりたい!
切りたい、裂きたい、潰したい!
かじって、吸って、ほおばって、全部、全部平らげたい!
ぷりぷりお肌いただき!
むっちり太ももいただき!
ふっくらおっぱいいただき!
ふわふわ髪の毛いただき!
つやつや内臓いただき!
キラキラ鎧いただき!
全部、ぜーんぶ、あたしの身体でいただき!》
もうこれ以上我慢できない、と言わんばかり勢いで、アーディが歌いあげるように哄笑する。
外殻機動装甲が、ドン、と右足で地面を踏みつけた。
足下に広がっている黒い液状ナノマシン群がアメーバのごとく蠢動し、外殻機動装甲の前腕、両肩、両太ももに巻き付いてゆく。
みるみるうちに、右前腕にガントレット型の追加武装を形成、左前腕には巨大な直方体状の弾頭格納ポッドを形成、両太ももにはいかついホルスターを連想させる弾頭格納ポッドを形成。
シャープな機体が、あっという間に要塞のごとき重武装をまとった。
タイタニアはもう堪えきれなかった。
申し分のない相手、申し分のない状況。
今すぐ戦いたいと、全身の肉体と細胞が雄叫びを上げている。
大きく息を吸い込み、フッと笑みを浮かべた。
闇夜を打ち払うがごとく、紅蓮の甲冑に覆われた腕を、バッと前方に突きだす。
ビシっと五指を伸ばし、アーディの外殻機動装甲を闘志に燃える双眸で見上げた。
そして、威勢よく口上を決める。
「――貫かれ、一度は絶えしこの命!
だがここに、甦りしもその命!
愛する彼が待っている!
無二の親友が待っている!
だからこそ、絶えてたまるかこの命!
しかと見よ! 燃え上がる乙女の魂ここにあり!」
肘を曲げ、脇を引き絞り、ぐぐっと全身に力を込める。
タイタニアの全身を覆う装甲思念体が、緋色の輝きを帯び始めた。
背中に生えた六枚の翼がまばゆい光を帯びる。
思念科学素子が発奮し、翼が高振動を始め、高熱の気流を怒濤の勢いで噴き放つ。
紅蓮をまといし鎧天使の身体が、じりじりと宙を上昇して行った。
アーディの外殻機動装甲も、背にまとう推進駆動部が始動、イオン化気流を圧倒的圧力で放出開始。
十四メートルの巨躯が地面より浮かび、ゆっくりと闇夜にのぼってゆく。
満月の明るい夜空を背負うタイタニアとアーディ。
悠久の時を越え、エリュシオーネとアレスが今ここに再び対峙する。
「道が無ければ切り開く! これぞ乱世の乙女道ッ! タイタニア・ブリュグナント――押し通る!」
《さあ、来て来てッ! アーディの最高のダンスで、ティナお姉ちゃんを天国に逝かせてあげる!》
タイタニアとアーディが、背面の推進駆動力を全開、空中を突進。
周辺空間の気圧が急変し、大気中の水蒸気が一気に白煙と化す。
同心円状に水蒸気の白環を後方に産み出しながら、超音速で激突した。