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03


***


 ここ王都でも有名な荘厳(そうごん)な建物に足を一歩踏み入れると、(きら)びやかに輝くシャンデリアが客人を出迎える。(ゆう)に五百人は収めるであろうその石造りの大広間は、均整(きんせい)の取れたアーチが多く用いられ、美しい装飾と彫刻が一体となって空間を(いろど)っていた。また、傷一つなく(みが)かれた大理石の床は、シャンデリアの光を幻想的に映し出す。


 今夜サウスウェル伯爵家が招かれたのは、スペンサー侯爵家の主催する夜会であった。スペンサー侯爵は上流貴族でありながら、宝石商としても名の知れた人物である。最近は領地の管理を三人いる息子達に任せ、侯爵自身は商売にのみ精を出している様子。そしてスペンサー侯爵は商売で成した財で頻繁に夜会を開き、そこで更なる商売を行うのだ。今夜の夜会も例外ではない。

 

 アメリアは両親の後について大広間に入る。するとさっそくアメリアに向けて、ヒソヒソと悪意ある言葉が(ささや)かれた。


「あら、珍しい方がいらっしゃったわ」

「今日はどんな騒ぎを起こしていかれるのかしら」

「しっ。黙ってらした方がいいわよ。ワインをかけられでもしたら堪らないわ」

「……でも今日は何だか雰囲気が違ってらしてよ。そうは思いませんこと?」


 それは文字通りほんの(ささや)き声であり、アメリアの両親の耳には届かない程の小さな声だった。けれどアメリアにはそれがはっきりと聞き取れる。アメリアがゆっくりと声のした方を見ると、自分と年の近いと思われる三人の令嬢が、壁際に設置された数人掛けのソファーに座ってアメリアの方見ていた。彼女たちは皆口元を扇で隠し、ちらちらとアメリアの様子を窺っていたが、アメリアと視線があうと皆ぎょっとした顔をして視線を()らす。


 アメリアの表情は変わらない。彼女は何も聞こえていなかったかのように、その美しい顔に浮かべた微笑みを令嬢方に向けた。そしてそれと同時に、後方から聞き覚えのある声がアメリアの名を呟く。


「アメリア嬢……?」


 その声の主は他でもないウィリアムであった。――アメリアは足を止め、その場でゆっくりと振り向く。そしてその頬に喜びを浮かべた。


 ウィリアムは驚く。しかしそれは、アメリアが自分の知るアメリアでは無いことから来る感情とは確かに違っていた。



「……来て、いらしたのですか?」

 その顔に浮かぶのは明らかな戸惑い。


 ウィリアムはアメリアがこの場に現れることを知らず、また、知らされてなかった。いや、正しくは、アメリアが来るとは思っていなかった。(むし)ろ絶対に来ないだろうと信じていた。サウスウェル伯爵夫妻がこの夜会に招かれていることは知っていたが、社交場嫌いで名の通ったアメリアが来るなどとは(つゆ)ほども予想しえなかったのだ。まして、アメリアは知っている筈。この夜会の主催者であるスペンサー侯爵が、ウィリアムの義理の伯父(おじ)に当たることを。ウィリアムがこの夜会には必ず出席するということを――。


「あら、来てはいけませんでした?」


 アメリアは(わず)かばかり傷付いたような顔をする。――アメリアはウィリアムの心の内を、手に取るように感じていた。アメリアもまた知っていたのだ。ウィリアムが、アメリアは絶対に夜会に参加しないと信じきっていたことを……。


 しかしアメリアは、はたと気付く。――ウィリアムから半歩下がった位置に立つ少女の姿に。(よわい)十五、六程に見えるその少女は、アメリアを興味津々に見つめていた。――少女は可憐(かれん)な笑顔を浮かべウィリアムに(たず)ねる。


「ウィリアム様、こちらの方は?」


 少女はアメリアのことを知らない様子。まだ社交デビューを果たしたばかりなのかもしれない。それにアメリアも、その少女には全く見覚えが無かった。


 けれど――そう、少女の姿はどことなくウィリアムに似ている。栗色の髪も、ヒスイ色の瞳も、穏やかで端正(たんせい)な顔立ちも、ウィリアムと同じ――。それにウィリアムのことを親しげに呼んでいるところを見ると……。――あぁ、そうか、この方は……。


 アメリアは少女の正体に気付き、(うやうや)しくドレスの裾を持ち上げ(こうべ)を垂れた。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、スペンサー侯爵令嬢。私、アメリア・サウスウェルと申します。本日はこのような素晴らしい(もよお)しにお招き頂き、とても嬉しく思います」


 アメリアがそう言ってより一層微笑むと、ウィリアムは何かを思い出したようにハッとした。同時にいつものような紳士的な笑みを浮かべる。


「アメリア嬢、こちらは私の従姉妹(いとこ)に当たるスペンサー侯爵家のご令嬢――カーラ嬢です。……そして」


 ウィリアムは少し気まずそうにアメリアを見つめた。カーラに対しアメリアをどう紹介するべきか思案している様子。――だがそれはほんの一瞬のこと。


 彼もまた意を決したのだ。アメリアの正体を知る為に、その事実をこの(おおやけ)の場で告げることを――。そしてウィリアムは、カーラに向けて、いや、この場にいる者全てに対して、突きつける。


「――こちらはサウスウェル伯爵家ご令嬢、アメリア嬢…………私の、お(したい)(もう)しあげている方です」

「――っ」

 

 ウィリアムの真剣な表情に、カーラは思わず顔を赤くした。それは自分に向けられたものでは無いのに、それでもそうならずにはいられなかった。――何故ならそれは、ウィリアムの言葉は、紛れもない愛の告白であったのだから。


 ――ウィリアムのそのよく通る声は三人の周辺にいる者にはっきりと伝わり、そこから波の様に一瞬で会場中に広まった。ヒソヒソと、アメリアに対する心無い言葉が(ささや)かれる。けれど、アメリアも、ウィリアムも、それを全く気にする様子は無い。(むし)ろ周りの声など聞こえないかの様に、二人はただ見つめ合っていた。


 ――ウィリアムはアメリアの反応を(うかが)う。お茶会のときの彼女の態度を思い出して、これからアメリアがどうするのかを一瞬も見逃しはしないと言いたげに。


 そしてアメリアは――、アメリアもまたウィリアムを見つめていた。しかしウィリアムの予想に反し、アメリアのその頬は真っ赤に染められている。恥ずかしげに、それでいて嬉しげに――アメリアは瞳を揺らす。それは誰がどう見ても、好いた相手から公衆の面前で愛を告白されて恥じらう乙女の姿で――そんなアメリアの様子にようやく、ウィリアムは嫌な違和感を覚えた。


 アメリアは、(うつむ)き、そして……再び顔を上げる。


「私――も、お慕い申しております、ウィリアム様」

 そう告げるアメリアの表情は薔薇の花弁のように(あで)やかで、それは冷淡でも冷酷でも無く――氷の女王の影も形も無い。


 ウィリアムは息を飲む。――これも、演技なのか?この表情すら、嘘なのか――?いや、十中八九、これは本当のアメリアの気持ちでは無い。彼女の真の姿ではない。だが例えそうであったとしても、これでアメリアを手に入れられる。こんなにも、容易く、簡単に――。


 ウィリアムは考える。――それにここまで来たら、これが例えアメリアの思惑(しわく)の内だったとしても、もう引くことは出来ない。そもそもこちらに損はない。……罠かもしれない?いや、それがどうした。嫌いな相手に対して慕っていると言う、そんなわかりきった嘘、こちらが気付かないとアメリアが思う筈がないのだ。つまりそれさえ、アメリアに利用されている。……けれどそれでも、構わない。


 ウィリアムはゆっくりとアメリアの前に歩み寄る。


 そして彼は(ひざまず)き、そっとアメリアの右手をとると、愛しげに口づけた。


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