03
ルイスは私が返事をするよりも早く、今度はその顔を困り果てたものに変え――ウィリアムに異を唱える。
「ウィリアム様、流石にそれは言葉が過ぎるというものです」――と。
けれどウィリアムは容赦なくそれを斥ける。
「煩いぞ、ルイス。もとはと言えば、こうなったのは全てお前の責任。それなのに主人に意見するとは一体どういうことだ。随分と偉くなったものだな」
ウィリアムはルイスに冷ややかな視線を浴びせ、言葉を続ける。
「本来ならお前の首が飛ぶところ、私が温情をかけてやっているのがわからないのか。それ以上の口答えは許さんぞ」
「――っ」
その言葉に、ルイスはあたかも傷ついた様子でウィリアムから顔を背けた。
するとそれを見ていたライオネルは、言葉を失い立ち尽くす。自分の対応次第でルイスの首が飛ぶのだと、悟らざるを得なかったのだろう。
――いや、だけど――本当にこれは何なのだ。ルイスは、ウィリアムは一体何をしたいのか。
口止め料……そんなものが必要な状況に、今私たちが置かれていると? これは後でゆっくり状況を問いたださねばならない。
――ウィリアムは続ける。
「私も暇ではない。これ以上は時間の無駄だ。小切手は執事に預けておく」
ウィリアムはスチュワートへ視線を向ける。
するとスチュワートは恭しく頭を垂れた。
「――畏まりました、閣下」
ウィリアムはその返事を受けると、既に金額の記載されている方の小切手をルイスに渡した。ルイスはそれをスチュワートに手渡す。
――ライオネルはその光景を、苦々し気な顔でただ黙って見つめていた。
スチュワートは小切手の署名を確かに確認すると、再びウィリアムに向かって頭を下げる。
「確かにお預かり致しました。この度は大変なご迷惑をお掛けした上に、このようなご温情まで賜りまして恐縮至極に存じます」
スチュワートは事務的にそう述べる。
するとウィリアムは再び笑顔を取り戻し、満足げに頷いた。
「では我々は失礼するとしよう。ルイス、帰るぞ。先に行って馬車を回しておけ」
「承知しました」
「……ああ、見送りは結構だ」
「左様でございますか。お気をつけてお帰りくださいませ」
ウィリアムはスチュワートの言葉を合図にソファから立ち上がる。が、私はわけが分からないまま、ウィリアムを見上げることしかできない。
だってライオネルの顔は引きつったままなのだ。これではウィリアムが悪人のようではないか。氷の女王と呼ばれたこの私、アメリアならいざ知らず、この国で女性の人気をアーサー様と二分するウィリアムが――言わずとしれた貴公子が、これではまずいのではないのか? 侯爵家の嫡男として――伯爵として、それでいいのか、と……。
けれど私の思いなど露知らず、ウィリアムはただ、私ににこりと微笑みかけるだけ。
「行くぞ、アメリア」
「……」
気が付けば、ルイスは既に部屋からいなくなっていた。つまりそれは――本当にこれで終わり、ということで。
「――っ」
私は思わずライオネルの方を振り返る。
顔を歪ませてウィリアムの背を睨むように見つめる彼は、私の視線に気付くと――ほんの一瞬だけ泣き出しそうな顔をした。
それは多分……自分の無力さを呪うような、感情。
「……アメリア? どうかしたか?」
ウィリアムが再び私の名前を呼ぶ。
まるでかつてのエリオットの様な優しげな眼差しを私に投げかけ、そっと私の左手を取るウィリアム。
けれど私は何も言えない。声を出せない私にこの状況を変えることは出来なくて――私はただ、ウィリアムに引っ張られるようにして立ち上がる。
そして結局――ライオネルに別れの言葉も伝えられぬまま、屋敷を後にした。
***
――ガタンと大きく馬車が揺れ、私は思わず隣のウィリアムの腕を掴んだ。
午前中の雨でぬかるんだ地面が、いつも以上に馬車を揺らしていた。
いや、雨のせいだけではない。そもそも馬車が悪いと言うのもあるだろう。
まぁそれだって、貴族の馬車に比べればと言うだけで、この馬車だって一般的には別に悪い馬車ではない。
「アメリア、大丈夫か?」
ウィリアムが心配そうに私の顔を覗き込む。
けれど私は、上手く微笑み返せずにいた。
これぐらいの揺れ、本来の私なら何てことは無い。昔は荷馬車の荷台に乗っていたくらいなのだ。その時の揺れはこの馬車の比では無かった。
けれど、今はそのときとは状況が違う。
ガラスで切った右手の傷――それは既に手当てを受けているが、それが今になってズキズキと痛みを増してきていた。
馬車の揺れに合わせて、疼くような痛みが全身に広がっていく。
我慢出来ない程では無いが――これはなかなか、辛い。
兎も角痛みの限界を迎える前に、先程のライオネルへのあの態度の理由を問いたださなければ……。
私はそう考えて、斜め前に座るルイスを見つめた。
するとルイスは直ぐに私の視線に気付いて、淡々とウィリアムに伝える。
「ウィリアム様、アメリア様に先程のライオネル様への態度の理由を、お教えして差し上げたら如何ですか? アメリア様は大変気になっておられるご様子ですよ。それに私も、何故あの様なアドリブを入れられたのか、非常に気になっておりますし」
……アドリブ?
その言葉に、私はウィリアムの横顔を見上げた。
ウィリアムはルイスの発言にハッとしたような表情を浮かべていた。
そして少し気まずそうに、おずおずと口を開く。
「そう……だな。まず君に謝らせて欲しい。酷いことを言って……本当にすまなかった」
「……」
それはあの発言のことを言っているのだろう。ガラスと床の張り替え代の件の……。
「君を守ると言っておいておかしな話だが……あの時俺は、君にどうしようもなく腹が立ってしまって……」
「……?」
腹が立った? 何に……?
いやまずそれ以前に、今一体どういう状況なのかを教えて貰いたいのだけれど……。
そんな私の疑問に答えるかのように、ルイスがウィリアムに助け船を出す。
「ウィリアム様、それでは全く伝わりませんよ。
アメリア様、先程のあのやり取りは、今回の件を大事にすまいという最大限の配慮だったのでございます」
「……」
大事に……しない為……?
「とは言え本来は、もっと穏便に済ませる予定でございました。ライオネル様は確かに信頼の置ける方だと昨日の内に確かめておりましたし、あの小切手も端なる謝礼のつもりで用意していたものです」
けれど――と、言いにくそうに、ルイスは続ける。
「私たちが屋敷に着いたときにはアメリア様は怪我をされており、そしてウィリアム様もそのことに対し取り乱してしまわれました。それによって計画が狂ってしまったのです。
私たちはあなたのお父上――サウスウェル伯爵閣下より、何事もなくあなたを無事に返すように仰せつかって参りました。けれど――あの様な姿をライオネル様に見られてしまった。それが万が一にでも外に漏れてしまっては不味いのです。噂というのは本当に怖いものですから……」
ルイスはウィリアムの付き人らしく、私のことを心から心配しているというような顔をしている。
けれど言わせて貰いたい。
私を取り乱させたのは、他ならぬルイスである。そしてウィリアムがあの様な態度を取らざるを得なくなったのも、恐らくルイスのせいだろう。
ということは結局のところ、先程のライオネルとのやり取りは、ルイスにとっては予想済みだったということでは無いのか。
私は構わない。怪我をしたことによってウィリアムに抱きしめて貰えた。私を愛すと、誓って貰えた。例えそれが嘘だったとしても、それでも構わないと、そう思えるから。
けれどライオネルは関係ない。彼はただ私を助けてくれただけ。
それなのにあんな顔をさせてしまった。それは只の八つ当たりではないのか――。




