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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第1幕》  作者: 夕凪ゆな
第7章 そして賽は投げられた

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03


***



「――という話ですわ、アーサー様。――……あら」


 ヴァイオレットは話を終えると、アーサーの反応を伺おうと顔を覗いた。

 ――けれど。


「……ふふ」

 彼女の隣には、いつの間にやら眠ってしまったアーサーの姿。彼は気持ちよさそうに寝息をたてている。


「まぁ……なんてお可愛らしい寝顔なのかしら」


 ヴァイオレットは微笑んで、アーサーの銀の髪をさらりと撫でた。そしてその頬に、そっと唇を落とす。

 アーサーを見つめる彼女の瞳は、深い慈愛に満ちていた。


「まだまだ夜は長いですわ……。よくお眠りになって下さいませ」

 彼女はアーサーの耳元で愛しげに囁き、アーサーを起こすまいと、そっとベッドから下りる。


「――良い夢を」

 そしてそう呟くと、ヴァイオレットは静かに部屋を後にした。



***



 気が付くと、辺りはただ暗闇に包まれていた。黒よりももっと暗い――それは無限に広がる漆黒の闇。

 服の隙間から入り込んでくる冷たい空気が、じわじわと背中に昇ってくる。


 これは、夢なのか――?

 俺は目を凝らすが、何時までも経ってもその闇に目が慣れることはない。

 

「――どこだ、ここは」


 一筋の光さえ差し込まない、まるで長い長いトンネルの中に閉じ込められてしまったような――。

 俺は視線を落とす。けれど視界はただ黒く――自分の足元さえ確認することが出来なかった。


「――おい!ヴァイオレット!」

 俺は叫ぶ。だがその声は直ぐに闇に飲み込まれ、僅かな残響も残さない。


 ――おかしい、さっきまで俺はヴァイオレットと一緒に部屋に居たはずだ。それがいつの間にこんなところに……。


「――チッ」


 ひたすらに広がる漆黒の闇――。右も左もわからないまま、俺は仕方なく歩き出した。自分の足音さえも聞こえない……闇の中を……。


 けれど不思議と恐怖は感じなかった。――何故だ?

 俺は足を動かし続けながら、その理由を考える。


 ――そして、思い出した。俺は何度も、過去にここに来ているではないか。


「――そうだ。ここは……」


 それに気が付いた瞬間、全てを覆い尽くしていた闇が、波が引くように一気に薄くなっていく。そして開けた視界――そこに現れたのは、陰鬱とした空気の漂う長い長い回廊だった。


「もう二度と……ここには来ることはないと思っていたがな……」

 俺はひとりでに呟く。そして、くすんだような鼠色の天井を見上げた。


 ここはあの頃と何も変わっていない。

 今にも崩れ落ちてきそうな天井は、これまたひび割れて直ぐにでも折れてしまいそうな、何本もの太い柱に支えられている。右手には、その柱と柱の間から――何十年も人の手が入っていない様な荒れ果てた庭が広がり、空は今にも泣き出しそうな色をしていた。

 そして、左手には――。


「……」

 俺はただ真っ直ぐに続く回廊に沿って延びる、冷たい壁を睨むように見つめた。

 そこには所狭しと絵画が飾られている。何十枚――いや何百枚も。そしてその絵画には全て、一枚残らず――自分の……この俺の姿が描かれていた。


 何年ぶりだろうか……、ここに来るのは……。


「……変わらんな」


 本当に忌まわしい場所だ。――吐き気をもよおす程に。けれど俺はここから逃げ出すことも――どうすることも出来ない。だってここは、紛れもない自分の夢の中なのだから。

 覚めたくても叶わない、それは深い深い、夢……。


「……」

 俺は諦めて、ただ悲しげに広がる、荒れた庭を見つめた。そして再び自分がここを訪れた理由、それが何かを――考える。俺は無意識のうちに、自分で望んだのだ。ここに再び、訪れることを。――だが、何故。


 俺がしばやくそうやって考えていると、ふと、回廊の先に何かの気配が現れるのを感じた。


「――……」

 俺は視線を移し、長く続く回廊の先をじっと見つめる。そこに居たのは――。


「……子供?」


 その子供はゆっくりと俺の方に歩いて来ると、少し離れた位置で歩みを止めた。

 先ほどまで無かった筈のその気配、けれどもそいつは、今までずっと俺を見ていたかのような口振りで、声を発す。


「――酷い庭でしょ」

 その子供は、自嘲気味な笑みを浮かべて、荒れ果てた庭を流し見た。


「ここは僕の夢。だからあの庭は僕の荒れた心を映し出しているんだよ。笑っちゃうでしょ」


 けれど、そう言った少年の目は少しも笑っていない。暗く(よど)んだ様な瞳をしている。

 そして俺は、この少年が何故そんな顔をするのか――その理由をよく知っていた。


「ねぇ、君は誰?どうしてここにいるの?」


 少年はそう言って、俺をじっと見つめる。

 まだ声変わりもしていない少し高い声。肩までかかる銀色の髪。そして――淀んだ瞳の中に妖しく光る――赤い、右目。

 それは確かに、紛れもない――。


「俺は――お前だ」

 俺は酷く冷静な頭で、目の前の自分を見つめ返した。

 すると俺のその言葉に、過去の俺は(いぶか)しげに眉を寄せる。


「君は……僕なの?」


 俺は頷く。


「でも、君の右目は赤くないよね。何故?目に色を入れてるの?」

 ――何故?

 俺はその質問に、思わず言葉を詰まらせた。


 何故だろうか。いつから俺は、自分の力を制御出来るようになったのだろうか……。俺は考える。けれど、思い出せない。


「……そうだな、ただ、いつの間にかそうなっていた、としか」

「ふーん。そうなんだ」


 俺の回答に、昔の自分は不満げに首を(かし)げた。そして、再び自嘲気味に笑う。


「僕も早くそうなりたいなぁ」

「……」


 彼のその、自らを軽蔑し、嫌悪している表情に――俺は思わず顔をしかめる。

 俺は……昔の俺はこんなに酷い顔をしていたのか――?俺は本当に、これほどに自分を憎んでいたか――?


 俺は、確かに感じるその嫌悪感に、ただ顔を歪めた。するとそれに気付いた少年は、ニヤリと嗤う。


「変な顔。どうしてそんな顔をするの?君は僕なんだろう?僕の気持ちを、誰よりもよく知っている筈だよね」

「――っ」


 少年はそう言うと口元をゆがめ、憎しみを込めた瞳で俺を見据えた。


「僕は皆に嫌われてるんだ。この赤い右目のせいで。……でも君は違うみたいだね。ねぇどうして?君は忘れてしまったの?僕らが周りにどう思われているか、本当に忘れてしまったの?」

「……」


 少年の、穏やかだった口調――それが段々、俺を責め立てる様な声に変わって行く。

 

「本当に君は酷いよね。この僕をこんなところに閉じ込めて、自分だけ救われようとした。君は僕を捨てたんだ。

 ほら――僕をご覧よ。君のせいで僕はあの頃の姿のまま、ずっと一人きり。――いい気味だとでも思っているんでしょう?」

「――、何の……話だ」


 俺の背中に、嫌な汗が伝う。

 ――何だ、こいつは。これは本当に夢か……?目の前にいるこいつは、本当に俺なのか――?こいつは一体、――何の話をしているんだ。


 目の前の自分の話す内容に、俺は全く心当たりが浮かばず、ただその場に立ち尽くした。

 そんな俺の姿をあざ笑うかの様に、そいつはその忌まわしい赤い瞳を光らせる。


「ねぇ、アーサー。この僕の姿を見てどう思った?僕は、君の闇だよ。誰よりも卑劣で、醜い、臆病な君自身――」

「……っ」


 俺の心臓が早鐘を打つ。足が地面に縫い付けられた様に、俺はただの一歩も動けない。


「アーサー。僕は、君。そして、君は僕だ。僕は今日まで一時として君を忘れたことは無い。僕はずっと、君を見ている……。これからも、永遠に。それを忘れるなよ、アーサー」

「……黙、れ」


 そいつから放たれるオーラの禍々しさに、酷い吐き気が込み上げる。それと同時に俺を襲う、頭が割れるような痛みと、目眩。視界が狭まり、歪んで、今にも俺は、倒れてしまいそうになる。



「忘れるな――アーサー。僕は君を――」


 赤く光る右目――。

 沈んでいく意識の中でただそれだけが、名残惜しそうに俺の脳裏に何時までもこびり付いていた。


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