表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第1幕》  作者: 夕凪ゆな
第7章 そして賽は投げられた

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/48

01



 薄いカーテンを透かして、白い月明かりが窓から部屋に射し込んでくる。



 時刻は真夜中を回っていた。


 王都エターニアの街の中心にそびえ立つ、荘厳な造りの王城――その城内も、既にひっそりと静まり返っている。

 既に使用人達は皆眠りにつき、未だ活動しているのは警護の衛兵のみであった。



 けれどその城内の一室。平時なら部屋の扉の外に待機している筈の、衛兵すら人払いされた部屋。

 その寝室では、二人の男女が互いに(ささや)くような言葉を交わしていた。



「――今日は何だか、あまりご機嫌が宜しくないようですのね」


 そう言った女の豊満な肉体は、淡い月明かりに照らされて青白く光っている。


「何か、ございました?」


 ベッドに横たわる一糸まとわぬ女の身体。

 それはまるで彫刻のように美しく、艶やかで――薔薇のような甘い香りを辺りに漂わせていた。


 女は男の顔をのぞき込もうと、ゆっくりと身体を起こす。彼女の(つや)やかなブロンドの髪が揺れ、それと同時に微かに軋む、ベッドの音。


 男はただ――窓の外に映る月を、黙って見上げていた。


 彼女はそんな男の、よく引き締まった胸板に手を伸ばす。

 そして、そっと触れたその熱にようやく、男は彼女の存在を思い出したように、視線を落とした。


「どうした?ヴァイオレット」

 男は女をそう呼んで、自分の顔にかかる長い前髪を邪魔そうに掻き上げた。彼の銀色の髪が、月明かりのせいか一瞬白く輝く。


 ヴァイオレットは、そんな――反応の鈍い夜伽(よとぎ)の相手に、わざとらしく口を尖らせる。

「もう――酷い人ね。一月ぶりにようやく呼んで下さったと思ったら、ずっと上の空だなんて」


 ヴァイオレットはそう言って、男を上目遣いで見上げた。

 すると男は、彼女の言葉に眉をひそめる。


「何だ。不満か?」


 男はヴァイオレットの美しい髪を指に絡める。


「いいえ。でも――昨夜も遅いお帰りだったとお聞きしましたわ。誰か意中の相手でも出来たんじゃないかって、城中の侍女が噂していますのよ」

「――……」


 ヴァイオレットの言葉に、男はさらに眉間の皺を深くした。けれど直ぐに、ニヤリと微笑む。


「まさか。この俺に限って有り得ない。お前はそれを誰よりも良く知っているだろう?」


 男はその凛々しい顔に薄い笑みを浮かべて、ヴァイオレットを見つめた。ヴァイオレットはその(あや)しくも優美(ゆうび)な表情を、うっとりとした顔で見上げる。


 そしてその豊満な胸を男の胸板に添わせると、男の首にそっと唇を落とした。


「ふふっ。本当にお美しい身体ですわ。アーサー様」


 ヴァイオレットは呟くと、アーサーの身体に赤い印を付けていく。ゆっくりと、まるで赤い(はな)を咲かせる様に。



「……っ。おい、ヴァイオレット……。目に付くところには……付けるなよ」


 アーサーは彼女の背中に手を伸ばす。


 つるりとした陶器のような、キメの細かい白い肌。女の魅力を(あま)すことなく兼ね備えた、神秘的とも言える肉体――。


 アーサーは段々と熱を帯びていく自身を感じ、恍惚とした表情を浮かべた。


「――……く、……」


 甘い吐息を漏らしながら、彼はヴァイオレットのその長い髪を撫でる。


「あぁ……。ヴァイオレット……お前は……本当に、美しい」

「ふふ――光栄ですわ」

「お前だけだ。……この俺を、特別扱い……しないのは」

 アーサーはそう呟いて、快楽に身をゆだねるように、瞼を閉じた。

 けれどそんなアーサーの言葉に、ヴァイオレットは一瞬その手を止める。


「おかしなことを仰るのね。私、あなたが王子でなかったら、このようなこと致しませんわ」

「……はは。確かに、その通りだ」


 アーサーは憂うように瞼を開く。


「けれど、この俺にそんな口を利くのは――ヴァイオレット、お前だけ……」

「――ふふふっ」


 しかし、アーサーのこの言葉に――ヴァイオレットは今度こそ、心底おかしいと言いたげに口元を押さえた。


「何だ、何がおかしい」

(きょう)が冷めましたわ。あなたがそんなことを仰るなんて、きっと明日は空から槍が降りますわね」

「――っ」


 ヴァイオレットはアーサーを見上げ、にこりと微笑む。


「私たちのこの関係に愛は不要なんですのよ。それをお忘れになってはいけませんわ」

「お前は……この俺がお前を愛しているとでも言いたいのか」


 アーサーの眼光が鋭くなる。けれどヴァイオレットは怯まない。


「いいえ、まさか。でも、今日のアーサー様はなんだか黄昏(たそがれ)ていらっしゃるようですし、いつもの覇気がありませんもの。私、つまらないですわ。――続きはまたにいたしませんこと?」

「……」


 ヴァイオレットの言葉に、アーサーは沈黙する。


 すると、まるでその沈黙を待っていたかのように、カツ、カツ――と、何かを叩くような音が二人の耳に届いた。


「――!」


 アーサーはその聞き覚えのある音に、カーテンの外を凝視する。そこには見覚えのある、一羽の白いフクロウ。


 ――あれは、ルイスの……。

 アーサーは目を細めると、ベッドからサッと立ち上がりローブを羽織った。そして窓を開け放つ。

 夜の冷えた冷気が部屋に流れ込み、それがアーサーの熱を冷やしていく。


「まぁ……白いフクロウなんて珍しいわ」

 ベッドの上のヴァイオレットが呟いた。


 アーサーはフクロウへ手を伸ばす。

 時々ウィリアムはこうやって、ルイスのフクロウを使ってアーサーに手紙を寄越すことがある。誰にも気付かれないように、日付の変わる真夜中に……。

 今日も十中八九それだろう。そしてその内容は――恐らくアメリアのことだ。


 フクロウはアーサーの手に小さな手紙落とすと、そのまま闇の中へ飛び立って行った。


「アーサー様?それは何ですの?」

 ヴァイオレットは尋ねるが、アーサーは答えない。

 彼は窓を背にして静かに手紙を開いた。


《彼女のことで直接君に確認したいことがある。日が昇った一時間後にそちらへ出向く。外で待っていてくれ ―W―》


「……」

 ――何だ?

 アーサーは手紙の内容に違和感を覚えた。


 彼女とは間違い無くアメリアのことだろう。

 アメリアの身が無事であったことは既に昼間確認した筈。だがそのとき、ウィリアムは何も言っていなかったではないか……。


 何か、問題があったのか?

 ――それに、この俺に直接確認したいこととは一体……。ルイスが一枚噛んでいる?――いや、もしかしたら、アメリアも……。


「アーサー様、お顔がとても怖いですわよ?」

 ヴァイオレットはベッドに横たわりながら、アーサーに微笑みかけた。

 その言葉に、彼はいつの間にか手紙を握り潰していたことに気付く。


「良くない知らせですの?」

「……いや、ただの恋文さ」

「まぁ」

 ヴァイオレットは今度こそ驚いた顔をして、アーサーを見つめた。


「でも、その様子では余り上手くはないようですわね」

「……」

 アーサーは彼女の言葉に再び沈黙する。

 そして彼は黙ったままベッドに腰掛けると、側にあったサイドテーブルのマッチで、ぐしゃぐしゃに潰された手紙に火をつけた。


 ヴァイオレットはそんなアーサーの背中を、悲哀の満ちた表情で見つめる。そして彼女は、何か思い付いたと言うように、両手をパチンと合わせた。


「そうですわ。私、傷心のアーサー様に、昔話をしてさしあげましょうか」

「何だそれは」


 アーサーの声が低くなる。


「白いフクロウで思い出しましたの。この国の創世の神話ですわ」

「そんなものに興味は無い」

「まぁまぁ、そんな冷たいこと仰らず――どうせ暇つぶしですわ」

「……」

 アーサーは溜め息をつく。

 ――まぁいいか。夜明けまではまだ十分時間がある。どうせ他にやることもない。


 ヴァイオレットは諦めた様子のアーサーに、満足そうに微笑み、口を開く。


「昔むかし――まだこの地が人の住めない程に荒れ果てていた、そんな時代……」


 そして彼女は、その美しく流れるような声で、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ