表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/48

05


***


「僕はあなたと同じ、過去の記憶を受け継ぐ力を持った者です。と言っても僕は、正直あまり過去のことを覚えていないんですけどね。

 昔の名前もすっかり忘れてしまいましたし、自分がどれくらい生きてきたのかも、今となっては確かめようもありません。知識だけは何となく蓄積されていくんですけど」

 彼は微笑む。


「ただ、あなたと違うのは、僕は何かに縛られることが無く……いつも一人だったということです。――あ、勘違いしないで下さいね。親や兄弟は居ましたよ。ただ、基本独りが好きで、自分で稼げる年齢になったら家を出て、二度と帰ることはありませんでした。冷たいと思われるかもしれませんが」

 そう言ったルイスの瞳は、寂しげに揺れているようにも見える。

 彼は続けた。


「知識と経験だけはありますから。医者を名乗ったことも、音楽家として楽器を演奏して回ったことも、それに……傭兵(ようへい)だったこともあります。が、僕の昔話は今はどうでもいいことですね……」

 そう言うと彼は皮肉気に笑い――そして、急に真面目な顔をする。


「僕には、記憶を引き継ぐ能力と別にもう一つ力があるんです。それは……相手の能力を感じる力」

「……」

 ――能力を……感じる?

 私の表情に、ルイスは頷く。


「世の中には、不思議な力を持った人間が実は沢山いるんです。動物と話が出来たり、未来を予知したり、雨を降らせたり出来る様な――。その人間離れした不思議な力……その力を、僕は感じる事が出来る」


 ――それはつまり、今まで私が知らなかっただけで、私やルイスやアーサーの様な特殊な力を持った人間が、実は珍しくないということ……?


 ルイスは私の表情を読み、答える。


「珍しいですよ、国一つに一人もいないですから。

 ただ僕はその力を感じられるので、何人もそういう人と出会ってきました。そしてなるべくそんな人たちと共に過ごす様にして来たんです。けれど僕は僕以外に、過去の記憶を持つ者には出会ったことがありませんでした。――そう、あなたに出会うまでは」

「……」

 ――なる程、そういうことか。だからルイスは私を捜していたのか。自分と同じ力を持つ人間だったから……。


「ウィリアム様に出会ったのは偶然でした。いえ――この言い方だと語弊がありますね。僕はいつものように同族を捜していましたから、偶然と言っては嘘になるかもしれません。

 僕がウィリアム様を初めてお見かけしたとき、確かに何かの力を感じました。けれどそれは本当に弱い物で――しかも、彼自身の物では無かった。そう、それは――アメリア様、あなたの力だったのです」


 ――それは恐らく、私がウィリアムにかけた“呪い“のことを言っているのだろう。かけたつもりの無い呪いだけれど。

 もしかしたらその理由が、ここでわかるかもしれない……。


 私はじっと、ルイスの話に耳を傾ける。


「けれど僕はあなたについての情報を何も持っていませんでしたし、もちろんウィリアム様も知る筈がありません。僕がわかるのは、ウィリアム様から感じ取れる僅かなあなたの気配だけ。

 私はあなたを捜しましたが、なかなか見つけることが出来ませんでした。

 そしてウィリアム様と出会ってから五年の月日が経過した、そんなある日のこと、私はあなたをようやく見つけたのです」

「……」

 私はルイスの言葉に、自分自身の記憶を思い起こす。


 ルイスとウィリアムが出会ったのは、確かウィリアムが七歳、ルイスが九歳の時だった筈。……そのとき私はまだ三歳。五年後でさえ八歳だった。

 殆どを自分の屋敷かそのテリトリーでしか過ごさない年齢だ。見つけられなかったのも無理は無い。


 ルイスは続ける。


「アーサー様の十二歳の誕生日パーティーでのことでした。

 アーサー様と年の近い、国中の貴族のご子息、ご息女が集められたらそのパーティー。そこにウィリアム様の付き人として僕も出席していました。そこで僕はあなたをようやく見つけた。

 けれど遠目だった為、その時はまだあなたの力が何なのか知ることが出来ませんでした。それに、あなたの名前さえ……」

 ルイスは言葉を濁す。

 恐らくそのとき、彼は私の存在には気付いたが、私がどこの誰であるかまでを知ることが出来なかったのだろう。


 私は――再び記憶を手繰(たぐ)る。

 アーサー様の誕生日パーティー。確かにそこに私もいた。けれど、その日も私はなるべく人を避けて開始直後にパーティーを抜け出した筈。

 つまりルイスはそれまでのほんの一瞬の間に、私に気が付いたということか。

 流石という他無い。……そしてそれが可能な程に、ルイスの力は強いのだろう。しかし、そんな彼であっても私の力が何なのかまではわからなかった。

 

 ――だがもしこの話が本当ならば、一つだけ疑問が残る。


 私の力がどういうものかを知らないのに、執念深く私を捜す必要が本当にあっただろうか。

 ウィリアムから感じたという私の気配――けれど、それ程ルイスの力が強いのならば、アーサーの力にも同じように気が付いた筈。どこの誰かもわからない私を捜すより――ウィリアムの友人であるアーサーと、よろしくやっていれば良かったのではないか?


 私はそう思案する。

 するとルイスは再び頷いた。


「ええ、その通りです。やはり、あなたは素晴らしい方ですね」

 そう言って、にこりと微笑む。


「僕が、あなたの記憶が僕と同じく――過去を受け継ぐ物だと知ったのは、昨日、あなたを間近で拝見したとき……。つまりあなたの想像通り、あなたを捜していた理由は別にありました。

 そう――僕はウィリアム様の側であの方と過ごしていくうちに、気が付いてしまったのです。

 ウィリアム様の命の波動とでも言えばいいのでしょうか――それが非常に、不安定であることに……」

「――」

 私は目を見開く。

 その意味が、あまり良くないことであることくらい、私にもわかった。


「これは三つ目の質問の答えになりますが……僕があなたを捜していた本当の理由、それは……ウィリアム様とあなたとの縁を断ち切り――あの方のお命を、お助けする為」

「――っ」

 ルイスのその言葉に、その真剣な表情に、私の心臓が――跳ねた。


 私と彼の縁――それを断ち切る。

 それはずっと私が望んで来たこと。私の存在が彼の命を脅かす――その苦しみから、私と彼は解放されるということ……。

 でも、そんなことが本当に可能なのだろうか。そして可能だとしたら――一体どのような方法で……?


 ルイスは私の視線に、ゆっくりと頷いた。


「ええ――可能なのです。けれど……」

 そう言って、彼は一瞬視線を泳がせる。――何かを決めかねているような、そんな表情で。


 私はルイスの言葉の続きをじっと待つ。

 もしそんな方法があるのならば、それが本当に可能ならば……そしてルイスがウィリアムをその過酷な運命から救ってくれると言うならば……ルイスはウィリアムの真の味方であると言えるのではないか。


 けれど恐らく、その方法とやらを唯で教えてくれることはないだろう。

 それではルイスにとって何の利益も無い。きっとルイスはこの私に、ウィリアムを助ける替わりに何か条件を提示してくる筈。


 問題は、彼が私に何を要求して来るのか。とは言え、ここで無理難題を要求してくることは考えにくい。

 それに最早(もはや)、私に選択肢など無い……。


 ルイスはわずかな沈黙の後――私の思考を読み取ったのだろう。ようやく、口を開いた。


「ウィリアム様をお助けする方法――そして実際に助ける為に、あなたに、二つの条件を呑んでもらわねばなりません」

「……」

 ――もちろん、私とてそのつもりよ。

 そう、私は視線を送る。


 するとルイスは、優しく微笑んだ。


「覚悟は出来ているという訳ですね」

 そう言って、その端正な顔に、凛とした表情を浮かべる。


「ではまず――一つ目の条件ですが、ウィリアム様とあなたの繋がりを断ち切るその時が来るまで……あなたは絶対に私の命令に(そむ)かないこと」


 ――それは当たり前の条件だ。何の問題もない。

 私は頷く。


「そして二つめ。それは――晴れてあなたがその呪縛から解放された(あかつき)には……僕と共に、生きること。これから先、未来永劫(みらいえいごう)、共にその魂が尽き果てるまで……」

「――っ」


 目の前に座り、私をじっと見つめるルイスの黒い瞳。その瞳が、微かに……揺れる。

 それは多分――彼の心の孤独と、そしてその寂しさを……映した出したような色。


 ルイスは私をじっと見据える。


「誓って下さい。全てを捨てて、僕と共にここを去ることを……。昔の恋人を忘れろとは、言いませんから」

「――ッ」


 ルイスのその視線に――言葉に、私の思考は今にも停止しそうになる。


 ――ルイスと共に、生きる。エリオットのことを忘れずとも良いから。

 私とて、その言葉の意味がわからないほど人の心を捨てたつもりはない。


 ルイスの瞳に揺れる――私への期待と、不安。それが、彼の表情を人間らしくする。


「アメリア様……。僕をどうか――受け入れて下さい」

 切なげに揺れる彼の瞳――。


 夢に見た――エリオットの、あのときの表情が、私の頭にチラつく。


 そして私は、悟った。


 あぁ――これは決して冗談等ではない。彼は、本気なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ