04
私はライオネルの表情を伺う。
彼もルイスの真意に気付いた様だった。
彼は表情を固くして、言葉を選ぶようにゆっくりと応える。
「いえ。決してお礼など……本当に大したことではありませんので。父上にも話すことはありません。ですからこちらも、お礼をして頂いても逆に困るというものです」
するとルイスは、そんなライオネルの言葉に心打たれたという顔をする。
「あぁ――。ライオネル様はなんと奇特な方なのでございましょう。このルイス、我が主人に代わり、心からお礼申し上げます」
そう言って、彼は再び頭を垂れた。
そんなルイスの姿に、ライオネルは慌てる。
「あの……頭を上げて下さい。……困ります」
「――ルイス、と」
「――え?」
ルイスはゆっくりと頭を上げると、先程までの威圧感を全く感じさせない柔らかい表情を浮かべる。
「ルイス――と、お呼び下さいませ。ライオネル様」
そして――ふわりと笑った。
「――っ」
――その笑顔に、私の心に衝撃が走る。
何だその人懐っこい笑顔は。ルイスがライオネルに対してそんな顔をする必要があるのだろうか。
一体この男、何を考えている……?
そんな私と同様に、ライオネルも再び言葉を詰まらせていた。
「――」
――あ。
その姿に――私は思い出す。そうだ――これ、デジャヴ。
この流れ、さっきの私たちの会話と被っている。伯爵家令嬢の私と使用人のルイスとでは、立場というものが全く違うとは言え……。
そして多分、ライオネルも同じことを思ったのであろう。
少し俯いた後ゆっくりと顔を上げた彼の瞳には、温かい光が揺れていた。
ライオネルは口を開く。
「アメリアといい……ルイスといい、君たちは変わった人だね。
ルイス、僕は約束するよ。このことは誰にも言わない」
ライオネルは微笑んで、続ける。
「だけど、もし僕に何か出来ることがあるなら、君たちの力になるから――いつでも言って欲しい」
そしてその言葉に、ルイスは驚いた様に目を見開き――頷いた。
「……本当に、ライオネル様のお心遣いには感謝致します。もし何かありましたときは――是非、頼りにさせて頂きます」
そう言って微笑むルイスの黒い瞳。
それは美しくもあり、そしてまた禍々しくもあり――私はルイスへの猜疑心を強めずにはいられなかった。
***
窓からは初夏の陽気な光が射し込んでくる。あと一時間もすれば、教会の鐘の音が正午を知らせるだろう。
「はぁ――しかし、困りましたね。まさか声を無くされるとは……」
ルイスはそう言ってため息をつくと、何か考えるような顔をして、外の景色を見渡した。
ライオネルは今し方、用事があると言って出掛けて行った。ともかく今日はゆっくり休むこと――と、私に言い残して。
そう言う訳で、私はルイスと二人、私が今朝寝かされていた客室に、戻って来ていた。
「一応確認しておきますが――それ、芝居ではありませんよね?」
ルイスは窓の外を見つめたまま、私に尋ねる。
その口調は、先程ライオネルが一緒に居たときに比べ、砕けていた。
まぁ――それもそうか。
ルイスは私の本性を――そして私の記憶のことを既に知っている筈なのだから。
私はペンを取る。
『嘘なんてついてどうするのよ。それに正直、声なんてあっても無くても困らないわ』
私の言葉に、ルイスは怪訝そうに顔をしかめる。
「あなたはそうかもしれませんが――。こちらにも都合というものがあるんですよ」
そう言って、彼は丸テーブルを挟んだ向かいの椅子に座った。
ルイスは私を見つめて言う。
「声が出ない以外に、どこか身体の不調はありませんか?」
私は彼の言葉に、首を横に振った。
まだ多少頭痛はするが、だいぶマシになってきている。大したことでは無い。
「そうですか。――まぁ、本当に、生きているだけで喜ばなければなりませんしね」
そう言いながらも、やはりどこか不満げなルイスの表情。
――それにしても。
『あなた、普段はそんな感じなの?』
何だか――どこか投げやりで、気だるげで、気が抜けたような……。
「ええ、まぁ。おかしいですか?」
私の目の前に座るルイスは、椅子の背に身体を預け、足を組み、その真っ黒な瞳で私の顔をじっと見つめている。
「――」
そんなルイスの態度に、私は心中突っ込まざるを得ない。
――いや、十分おかしいだろう。
世間的に言えば、私はウィリアムの婚約者なのだ。その私の目の前でそのように気を抜いた態度を見せて、一体どういうつもりなのか――と。
私は睨むよう目つきをルイスに送る。
するとルイスは、どういうわけか笑みすら浮かべた。
「そんな目で見ないで下さいよ。そんなに僕の印象って悪いですか?」
――僕……?
『あなたといい、ウィリアムといい、裏表が激しいのね』
「ははっ、苦労していると言って下さいよ。――まぁ、でも確かに、今の僕は機嫌がいい」
「――……」
ルイスは再び窓の外を眺める。
「正直、こんなに早くあなたと二人きりになれるとは思っていませんでしたから。こう言っては何ですが――今はあなたが川に落ちてくれて良かったとさえ思っていますよ」
そしてそう言うと、自嘲気味に笑った。
彼は続ける。
「昨日、アーサー様に僕のことを聞かされたでしょう?あなたは僕に、何か質問があるのでは?」
「……」
「何でも聞いて下さい。僕にわかる範囲でなら、答えますから」
「……」
その言葉を受け、私はルイスの横顔を観察する。
嘘をついている様には見えない。けれどだからと言って、信用は出来ない。
――まぁどちらにせよ、今の私には選択肢など無いのだけれど……。
私は再びペンを取る。
ルイスは私が質問を手帳にしたためているのを見ながら、窓を開け放った。
温い風が頬を撫でる。
それと同時に、一羽の白いフクロウが真っ直ぐにこちらに向かって飛んできた。
そのフクロウは窓から部屋に入って来ると、ルイスの左腕に行儀良くとまる。
「いい子だ」
ルイスはフクロウにそう言うと、右の手の甲でその羽を優しく撫でた。
――フクロウ……。
私がその――ルイスの左腕にとまったフクロウに目を留めると、彼は私の視線に気付いてこちらを向く。
「このフクロウですか?
僕のしもべ――名前はベネス。あなたの居場所を教えてくれたのも、ベネスですよ」
ルイスはそう言って、小さな紙の切れ端を丸めたものをベネスの足にくくりつけた。
「ウィリアム様の下へ」
そしてルイスの言葉に、ベネスはさっと飛び立って行く。
――私はその一連の流れに、素直に感心した。昼間でも飛べるとはよく訓練されたフクロウである。
そして同時に確信した。
この時代に、フクロウで手紙を飛ばすことを考える者はいない。昨今は大きな戦争も起こらず平和そのもの。
つまりフクロウ便の必要性が無く、手名付ける術すら存在しなくなった。
けれどこのルイスはそれが出来る。つまり彼は、遥か昔の記憶を持つということなのだ。
彼はそんな私の表情を読み取ったのか、再び椅子に座り直すと微笑んだ。
「どうです?質問、書けました?」
私はその言葉に、手帳をテーブルに置いた。
質問は五つ。
「ええと。一つ、あなたは何者か。二つ、私のことをどこまで知っているのか。三つ、何故私を捜していたのか。四つ、アーサーの力とは何か。――そして、五つ、あなたはウィリアムに……何を……したか?」
ルイスは五つ目の質問に、驚いたような顔をする。
「何故、僕がウィリアム様に何かしたと?」
その顔は、純粋に気になると言った表情。
――最後の質問。それは正直言って全く確信のない話。
ルイスのこの反応からは、図星か、そうでないかさえ、わからない。――けれど。
『勘よ』
私がテーブルの手帳にそう書き足すと、彼は声を上げて笑う。
「ははははっ、いいでしょう。時間はたっぷりありますから、一つ目の質問から順番にいきましょう」
そして彼は、そもそも僕は――と、彼の……真実か嘘かも確かめようのない素性を、語り始めた。




