03
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私たちは食事を続けていた。
「そうなんだ。君の家は王都にあるんだね。きっと家族は君のこと心配しているよ。後で使いを出そう」
ライオネルはそう言って優しく微笑む。
「僕は後少ししたら出掛けなきゃいけないから、今日はここでゆっくり休むといい。明日王都に送ってあげるから」
「――」
なんて至れり尽くせりなのだろうか。いやでも、わざわざ送ってもらうのは流石の私も気が引ける。
というより、そうしてもらう必要は恐らく無いであろうと、私は心のどこかで感じていた。
とは言え、敢えて断る必要もないので、私は無難に微笑んでおく。
すると彼はそんな私の心を読みとったらしい。
「本当に気にしなくていいんだ。僕は騎士団に所属してて、週の半分以上は向こうで寮生活してるんだ。ついでみたいなものだよ」
そう言って、にこりと笑う。
そして彼がそうやって笑うと同時に、失礼いたします――という落ち着いた声が聞こえた。
口髭を生やした四十代程の男――恐らくこの屋敷の執事であろう――が、部屋に入ってくる。
「スチュワート、どうしたんだ」
ライオネルは少し眉をひそめて席を立った。
執事はそんなライオネルに近付いて、何かをこそっと耳打ちする。
「――え?」
すると、ライオネルの目が驚いたように見開かれた。
「ひとまず、客間に」
「かしこまりました」
彼は執事――スチュワートにそう告げ、スチュワートはこちらに向かって頭を垂れると静かに部屋を出て行く。
そんな二人の様子に、私は感づいた。
あぁ、もう迎えが来たのかと。
彼は少しばかり表情を固くして、私に尋ねる。
「アメリア――君、伯爵家のご令嬢だったの?今、君の従者を名乗る者が来ているらしいんだけど……。ルイスという人物は、確かに君の家の者?」
「――……」
その問いに――私はわずかに沈黙した。
――そう。やはり……来たのはルイス。
何となく、来るなら彼だろうとは思っていた。しかし、こんなに早く来るとは思っていなかった。一体ルイスの情報源はどうなっているのだろうか。もしくは、彼の持つ力によるものなのだろうか。
彼は恐らく、ここで私に何か仕掛けてくるに違いない。敢えて彼一人で来たことを考えると……彼が私を捜していた理由、それをここで明らかにするつもりだろうか。あるいは……。
でもそれならば、私にとっても好都合である。周りの目を気にせず、彼と一対一で話すことが出来るのだ。――声は出せないけれど。
そんなことを考えながら、私はペンを取る。
そして手帳を広げながら、謝罪の意を込めライオネルに微笑みかけた。
『ごめんなさい。伯爵家の娘だと知られたら、騒ぎになると思ったのよ』
すると彼はその文字を見て、少し困ったような、それでいてどこか嬉しそうな顔を浮かべた。
彼は、少し視線を落として呟く。
「……そっか、うん、そうだよね。本当に驚いたよ」
私は再びペンを走らせる。
『どうか、私のことはアメリアと、これからも変わらずそうお呼びになって下さい』
「――っ」
そしてそんな私の言葉に、彼の目が再び見開かれた。彼は口ごもる――が、すぐに顔をあげて、微笑む。
「うん。じゃあ遠慮なく、そう呼ばせてもらうよ、アメリア」
私はその彼の太陽の様な明るい表情に、自分の心がほっと温かくなるのを、確かに感じていた。
***
私はライオネルの後ろについて客間に入った。
するとすぐにルイスと目が合う。
彼は私の姿を確認すると、座っていた三人掛けのソファからサッと立ち上がった。その表情には、安堵した様な表情が浮かべられていた。
けれど――それは果たして彼の本心なのか、それとも演技なのか……私にはわからない。
「アメリア様……よくぞご無事で……」
ルイスはそう呟いて、恭しい態度で私に近付いてくる。そして私の目の前まで来ると、何を考えているのか……私の足下に――跪いた。
「アメリア様の身を心から案じておりました。この手でお助け出来なかったこと――心から悔やんでおります。
ウィリアム様より既にお叱りは受けました。私の非力をお許し下さいませ。……本当に……本当に……ご無事で何よりでございます」
そう――思い詰めたように声を震わせるルイス。彼は顔を伏せたまま動かない。
「――っ」
私はそんなルイスの姿に、目を見張った。
これは一体どういうつもりなのか――。一体何の意味があってこんなことをするのか……全く意味がわからない。それに私はルイスの主人ではないのだ。
いくら私がウィリアムの婚約者だからと言って、この男がここまでする必要も無いし、される理由もない。何だか――気味が悪い。
けれど……まぁ、これは恐らく侯爵家の威厳と、自分の主人への忠誠心でも見せつけたいということなのだろう。
「――……」
私は、自身の足下に跪いたままのルイスを見下ろす。
――ま、いいわ。そっちがその気なら……私は私で、自身の株を上げるのに利用させてもらうだけよ。
そう考えた私は慈愛に満ちた微笑みを顔に浮かべて、ルイスの震える肩にそっと手を置いた。
「アメリア……様……」
するとルイスは呟いて、ゆっくりと顔を上げる。
私はそんな彼の目を見つめて、首をわずかに横に振る。
――そんな顔しないで、あなたは悪くないわ。
そう、訴えるように。
けれど彼は、私のその動きを見て察したのであろう。驚いた様に目を見開いて……眉をひそめた。
恐らくそれは、ルイスの本心。――私にはそう感じられた。
「アメリア様……声、が?」
彼は呆然とした様子で呟く。
「――」
――あぁ、なんだ。この男も驚くことがあるのか。
私はそんなことを思いながら、再び、彼に微笑みかけた。
「――っ」
彼の瞳が揺れる。
それは――ほんの一瞬だったが、確かに彼の表情が歪んだ様な気がした。
けれどルイスはすぐに私から視線を逸らし――そして再び、私の身を案じている従者の顔をする。その瞳からは既に、先程垣間見えた彼の感情を伺い知ることは出来ない。
ルイスはもうそれ以上私に何も言わずに、静かに立ち上がった。
そしてようやく、私の隣に立つライオネルに気付いた振りをして――ルイスは頭を垂れる。
「ライオネル・マクリーン様。この度はアメリア様のお命をお助け頂き、誠にありがとうございます。何とお礼を述べたらよいか……」
「――、い、いや。別に大したことは……。困っている人がいたら、助けるのは当たり前ですから」
ライオネルは、ルイスの態度に戸惑っている様子だった。
――まぁ、それは当たり前だろう。
いくら主従と言ったって、その足下に跪くことなどそうそうするものではない。まして、人目のあるところでは尚更だ。
「いいえ、なかなか出来ることではありません。是非、我が主もあなた様に直接お礼を述べたいと仰っておりました」
ルイスの言葉に、ライオネルは戸惑った表情を見せる。
「あの……あなたの主人というのは、一体どなたなのでしょうか。先程うちの執事には、あなたは伯爵家の使いだと聞いたのですが……」
私は二人の姿を横目で流し見る。
そして――ルイスが何をしたいのか……気が付いた。
「これは名乗り遅れて申し訳ございません。私はウィンチェスター侯爵家に仕える者。
そしてこちらのアメリア様は、サウスウェル伯爵家ご令嬢であり、また、ウィンチェスター侯爵閣下のご嫡男、ファルマス伯爵ウィリアム・セシル様の婚約者であらせられます」
「……っ」
ライオネルは、ルイスの言葉に声を詰まらせた。
――まさかこの私が侯爵家の息子の婚約者などとは思いもしなかったのであろう。
それに、そう……彼は確かに気圧されている。侯爵と伯爵という名の権力に。
騎士などとは比べものにならない、絶対的な力に。
ルイスは続ける。
「今回の件――全て私の不手際によって起きたこと。この事が公になれば私の首だけで無く、アメリア様の今後も危うくなることでしょう。
ですから是非、お礼をさせて頂きたいのでございますが」
そう――ルイスは、権力を盾に今回の件を他言無用にせよと言いたいのだ。




