06
「――……え?」
予期せぬ彼の言葉に、私の心臓が高鳴る。
「……けっ……こん?」
私と――あなたが?
私が彼を見上げると、彼は頷く。
「そうだよ。結婚しよう」
「え、でも……私たち、まだ……」
「うん。だから、来年の君の誕生日が来たら、すぐにでも」
彼は、とても真面目な顔をして、私を抱きしめる腕に力を込める。
「本当……に?」
「勿論だよ。嘘なんてついてどうするんだ」
「……」
――あまりの急展開に、私の頭はついてこれない。
「……夢、見てるのかしら」
私が茫然と呟くと、彼は眉を寄せる。
「おいおい、僕の決死のプロポーズを夢にしないでくれよ」
そう言って、彼はくすりと笑った。
「……そう。――夢じゃ、……ないのね」
「夢じゃないよ。もしかして――嬉しすぎて言葉が出て来ない?」
彼はかすかに、いじわるな笑みを浮かべる。
その表情に、私はいつもの彼の姿を確認して、ようやく我に返った。
「――嬉しい、わ。……私、とてもとても嬉しいわ!」
私は彼の首に手を回す。
「私、――本当にあなたを愛しているわ、エリオット!」
「僕もだよ、ユリア」
そして私たちは、お互いを強く強く、抱きしめ合った。
***
「あぁ、もうお腹いっぱいだよ」
エリオットは満足そうに自分のお腹をさすっている。
「ふふ、凄いわ。あんなに作ったのに、全部に食べきったわね」
「あぁ、さすがにもう入らない。本当に美味しかったよ、満足だ」
「口にあったなら良かったわ」
私はきれいに片付いた料理に満足感を感じながら、食器を下げ始めた。
エリオットはその間、ずっとツリーを眺めている。
「どうしたの?ツリーなんて珍しくもないでしょう?」
食器を下げ終えた私が尋ねると、彼は感心したように答えた。
「いや、本当に器用だなと思ってさ」
「オーナメントのこと?慣れればそんなに難しいことないのよ」
「そうかな。多分、僕には真似できない」
彼は続ける。
「ユリアは本当に凄いよ。何でも自分でやっちゃうし、いつだって僕に笑いかけてくれる。――僕は、本当に幸せ者だよ」
「……」
そう言った彼の横顔が、私には何だか少し寂しげに見えて、私は口をつぐんだ。
――急にどうしたのかしら。
私は少し考えて、ソファーのクッションの下に隠しておいた、赤いマフラーを手に取る。そして、ツリーを見つめたまま動かない彼の背後に、ゆっくりと近づいた。
「……もう、どうしたのよ。まさかさっきのプロポーズ、後悔してるんじゃないでしょうね」
私はわざとらしくそう言って、彼の首にふわりとマフラーをかける。
「――……ユリア、――これ」
彼はそう呟いて、振り向いた。――私は、微笑む。
「メリークリスマス、エリオット」
「――っ」
驚いたように彼は目を見開く。――けれど、何故か直ぐに目を伏せてしまった。
「気を……使わせちゃったね、ごめん。……なんだかこのツリー見てたら、本当に君の相手が僕でいいのかなって急に思えてきちゃって。――でも」
そう言って彼は、床に置いてあった自分の荷物をガサゴソと漁ると、何かを取り出す。
そして彼は、ぐいっと私の目の前にその手を突き出した。私はそこに視線を移す。
「……これ――」
――彼の手に、握られたそれは……。
「髪飾り……?」
彼の手の中には、青い宝石が花のように散りばめられた、可愛らしい銀色のバレッタがあった。
瑠璃色の、透き通った星空のような――深い青。
「エリオット……これ――」
私が彼を見上げると、彼は少し照れくさそうにうつむく。
「ラピスラズリ――九月の……君の誕生石だよ。本当は誕生日に渡したかったんだけど、上手く出来なくて……」
「――!あなたが、作ったの……?」
――私の、為に……?
私の視線に、彼は顔を赤くして、小さく頷いた。
「――っ」
刹那、私の心の底から沸き上がる、熱い思い――。
あぁ……なんて、嬉しいの。誰かにプレゼントを貰うのって、こんなに嬉しいことだったかしら。
いいえ、違うわ。彼が……エリオットが私の為に作ってくれた――それがとても、嬉しいんだわ。
――けれど彼は、私の気持ちとは裏腹に不安げに瞳を揺らす。
「君だったらきっともっと上手く作れるだろうから……気に入らないかもしれないけど……」
「――っ」
私はそんな彼の表情に――愛しくて、愛しくて、どうしようもない気持ちになる。
けれどそれを上手く言葉に出来ず、もどかしい。
――だから私は、精一杯、声を張り上げた。
「そんなことないわ!素敵よ、本当にきれいだわ!私、とても気に入ったわ!」
「……そう、かな」
「そうよ!私、今、とても嬉しい。あなたが私のことを想って作ってくれた……それが、とても嬉しくてたまらない。――私、このバレッタ、毎日つけるわ!ずっとずーっと、寝るときだって!」
「……さ、流石に寝るときは外した方が」
「例え話よ!それだけ、嬉しいってことよ!」
そう言って私は、彼の胸に飛び込んだ。
「私……本当に幸せだわ、エリオット」
「僕も、ユリアが喜んでくれて嬉しいよ」
エリオットの表情が、優しくなる。
「ずっと、私と一緒にいてくれる……?」
「勿論だよ。さっきそう約束したじゃないか」
彼の声が、柔らかくなる。
「他の女の子に目移りなんてしちゃダメよ?」
「それを言うなら君だって、僕以外の男と口をきいたら許さない」
「――え、話すだけで駄目なの?」
「そりゃあそうさ。僕は嫉妬深い男なんだ」
「ふふっ。あなたの嫉妬してる姿、見てみたい気もするわ」
「――。そんなことしたら、相手の男を殺してしまうかもしれないよ」
「まぁ、物騒ね!……でもあなたが捕まってしまったら困るから、やめておくことにする」
「そうしてくれ」
私たちはそんな冗談を言って笑い合う。
――日が暮れて、薄い雪雲の向こうに月が昇る時間になっても、私たちはそうやってずっと二人で過ごしていた。
「寒くない?」
微かな月明かりだけが部屋に降り注ぐ――。
そんな中、私の背中から響くエリオットの甘い声。
「平気よ」
背中に感じる私より少し高い彼の体温。それがとても、心地いい。
「愛しているよ、ユリア。――決して君を放しはしない」
「――私もよ、エリオット」
そうして私たちは二人、日が昇るまで――狭いベッドでお互いの熱を感じながら、深い深い眠りについた。




