03
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「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、こちらこそお招き頂き大変嬉しく思います。まさかアメリア嬢直々にお茶に誘って頂けるとは思っておりませんでした」
「あら、ご迷惑でしたかしら」
「まさか……!滅相もございません」
今日はファルマス伯爵をお招きしてのお茶会当日。雲一つない青空。絶好のお茶会日和だ。私のドレスは薄紅色、髪はハーフアップにした。出来るだけシンプルに、無駄に着飾ったりはしない。
ファルマス伯の紋の入った煌びやかな馬車から降り立つ彼を、私は無表情のまま恭しく出迎えた。何の偶然かファルマス伯のスーツは臙脂色。まるで示し合わせたようになってしまったが……まぁそれは仕方ない。ともかく、この日の為にハンナと入念に準備してきたのだ。失敗は許されない。
私は彼を中庭へ案内した。彼の家の庭には遠く及ばないであろうが、それでもそれなりに美しい庭園だ。この時期は特に薔薇が美しい。春の光が薔薇の花弁に反射し白っぽく散る様は、とても趣がある。
私はハンナにお茶の用意をするよう指示し、ファルマス伯爵と共に椅子に腰掛けた。
そういえばファルマス伯爵はすれ違う我が屋敷の執事やメイドにも人のいい笑顔を浮かべていた。そういうところは変わらない。例え千年経とうとも……。
私はファルマス伯の横顔を見つめて少しだけ懐かしく思う。千年ぶり――愛しのあの人と同じ顔で――あの人と同じように笑うファルマス伯爵。千年前のあの日、私の目の前で死んだ彼――。
「……アメリア嬢?どうかなさいましたか?」
私がほんの一瞬過去の記憶を回想していると、ファルマス伯はそれに気が付いたようで、私の顔を覗き込んでくる。
――近い。天然なのか、それとも確信犯か。その顔をこれ以上近付けないで欲しい。どうしたって千年前の彼の姿が思い起こされてしまうのだから。
私はじとっとした目つきでファルマス伯を見返す。
「いいえ、何も」
「そうですか?顔色が優れないようですが……」
「ファルマス伯。このようにレディに近づくなど不躾ではございませんこと?」
無表情に、淡々と、そして氷の様に冷たい瞳ではっきり物を言う伯爵家ご令嬢――アメリア・サウスウェル。これがいつもの私。いつもの、アメリア。
ファルマス伯は私の視線に一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに元の笑顔に戻る。普通ならば機嫌を損ねるところだが、この男はなかなか図太い神経をしているらしい。
「そうですね。あなたがあまりにも美しいのでついお側に寄りたくなってしまいました」
しかも上記の様な歯に衣着せぬ物言いまでする始末。なんだか聞いていた話と違うかもしれない。ハンナによれば浮いた話の一つも無いということであったが、どうやらこれは……。
「私が美しい……?当然ですわ。そのような当たり前のことをよく口に出来ますこと」
「おや、これは手厳しいな」
前言撤回。この男、なかなかのプレイボーイかもしれない。似ているのは外見だけということか……。
私はこの千年の間の彼を思い出す。
外見は毎度変わっていた。性格もやはり環境に左右されるのか、大きく違うことは無いがやはり違った。今回もそうなのだろう。
彼の魂、その本質は変わらない。けれど千年前と今とでは、生きる環境がそれこそ正反対である。ま、それを言ってしまえば私など、中身は千年前とは全くの別人に成り下がっているけれど。
「ファルマス伯。私、まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入にお尋ねしますが……」
「はい、私に答えられることでしたら何なりと」
今日ファルマス伯をお呼びした理由は二つ。一つは縁談を取り下げて貰えるよう嫌われること。そしてもう一つは、何故私に縁談を申し込んだのか理由を確認すること。
そもそもその理由次第で、そう、例えばただ何となく……などという理由であれば、他の女性にしてくださいとお願いするだけで済むかもしれないし。
「何故私に縁談を申し込みに?私、ファルマス伯とご挨拶すらしたことがないと記憶しています」
私は顔は庭に向けたまま、横目でちらりとファルマス伯を見やる。ファルマス伯は私の質問に、少し答えあぐねる仕草をした。
「アメリア嬢は気付いていらっしゃらないかもしれませんが、あなたはそこにいるだけで目立つのですよ」
ファルマス伯は少し目を伏せて、立ち上がる。そして私に背中を向けたまま、側に咲く薔薇に手を伸ばした。
ただそれだけの動作でも、彼は本当に優雅で、女性が虜になるのも無理はないことだと私は思う。
「目立つというのならファルマス伯こそ、いつもご令嬢方に取り囲まれているわね」
「はは……それは私の生まれのせいでしょう。皆、父上に近付きたいのですよ。私が認められているわけではない」
「ご謙遜を」
まさか本当にそのように思っているわけではあるまい。
私は伯爵の言葉を鼻で笑い、更に返す。
「私の評判を知らないとは言わせませんわ」
私は右手に持つ扇をパチンと音をたてて閉じた。
するとファルマス伯はゆっくりと私の方を振り向く。
その表情はいたって普通で、この男は一体何を考えているのかと少しだけ苛立ちが募る。
「人間嫌いの冷酷な氷の女王様……と」
「そうです。そしてそれは事実であると申し上げているのです」
私はファルマス伯を見据える。
人間嫌いのアメリア。
冷酷で、冷淡で……他人に決して笑顔など見せたことはない。傲慢で、高飛車で……この社交界で必要なレディの素質をまったく持ち合わせていない。
他人に気を使うことはせず、お世辞の一つも言わず、他人のミスを決して許さず、ダンスを申し込まれても冷たくあしらい、すべての招待状には不参加の返事を送る。それは紛れもない事実であって、そう、誰も疑いようのないことで、もしこの男が私の外見に一目惚れをしたのだとしても、だからイコール結婚したい!などとは決して思わない筈なのだ。
そう思わせる理由が、このアメリアには確かにある。
「ファルマス伯。あなたに私を妻にする覚悟が本当におあり?」
ファルマス伯の表情が固くなる。眉に一本の皺が寄る。
この時代の貴族の結婚――それは内実あまり機能していない。大切なのはあくまで形であり、体裁であり、貴族は自分の家の利益の為に結婚を結ぶ。それが恋愛結婚であったとしても、例外ではない。
そういう意味で言えば確かにこの縁談に意味はあるだろう。我がサウスウェル家の領地では希少な鉱石が多く採掘されるから。利はあるのであろう。
だが、それはあくまで外側の話。私を妻にして良いことなど一つもない。他に愛人を作るにしても、伯爵家の令嬢をあまりに無碍にすることも出来まい。つまり私は、夫となる男にとって手に余る存在となるだろう。
ファルマス伯は何も言わない。何と答えるべきか思案している表情。
やはりこの男、本当に私のことを好いているわけではないのだ。良かった、ならば好都合だ。これならばきっとうまくいく。
私はファルマス伯に気付かれない様に、庭園の端からこちらの様子を窺っているハンナに目で合図を送った。