表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/48

02



「――っ」


 私の心臓が再び飛び跳ねる。


 彼の笑顔――、私に向けられる、彼の視線。それがとても眩しくて、嬉しくて……今にも溢れ出しそうな想いが、私の胸を締め付ける。


「……ユリア?どうしたの?僕、何か変なこと言ったかな?」

「――な、なんでも……な……っ」


 私は思わず言葉を詰まらせた。


 ――胸が熱くて、苦しくて、喉から上手く言葉が出て来ない。


 彼はそんな私を不思議そうな顔で眺め、あっと声を上げる。


「……そうだ!お礼!」

「……?」


「このジャムのお礼、ユリアにしなくちゃね!」

「――っ!」


 そう言って、無邪気に笑う彼。


 ――うう、なんて素敵な笑顔。お礼なんて、してもらうつもりは無かった。ただ受け取って貰えればそれだけで十分。そう、十分だ……と思っていた。――けれど。



「ユリア、何か欲しいものはある?」


 彼の透き通った瞳に、私の姿が映し出される。


 ――どうしよう、嬉しい。本当に、嬉しい。


「え……っと」


 ――どうしよう、欲しいもの。欲しいもの……。


 本当に欲しいものなんて、決まっている。彼が、私だけを見て……私だけを好きになってくれること。――けれど、そんなことは口が裂けても言えない。


 だから私は、よく考えて……決めた。


「今度……すぐにじゃなくていいから……あなたの都合のいいときで、いいから……」

「うん?」


「一日中、一緒に……いて……くれないかしら」

「……――え?」


「――あっ」


 言ってしまって、気付いた。これではまるで、告白だ。彼のことが好きだと、言ってしまっているようなものだ。


 私は慌てて、言い直す。


「べ――、別に深い意味は……!……ほ、ほら、私たちって、いつもは長くても一、二時間しか一緒にいられな――じゃなくて、えっと……ほら、たまにはもっとお話ししたいな、とか……っ、……思って」


 ――どうしよう。言えば言うほど空回りしてしまう。……恥ずかしい。きっと呆れられてる。


 私は今にも泣き出しそうになりながら、ちらと彼の様子を伺った。彼は少し驚いたような、何か考えているような顔をしている。


「……っ」


 私は、後悔した。そして、未だ何も答えてくれない彼に、悲しくて、切なくて……彼から視線を逸らしてしまった。


 あぁ――言わなければ良かった。もういやだ。消えたい。今すぐにここから消えてしまいたい。どうせならもっと別のことを言えば良かった。彼を困らせないような、もっと普通のお願いをすれば良かった。


 私は自分の足下を見つめて――何とか……言葉を絞り出す。


「……や……、やっぱり、他のことに……しようかしら。あなたも、忙しいと、……思うし」


 ――何で、何も言ってくれないのだろう。嫌なら嫌って、言ってくれれば……いいのに。


 断られるのは辛い。だけど、何も言ってもらえないのは……もっと辛い。


「……」


 私は唇をぎゅっと結ぶ。――もう、嫌だ。恥ずかしい。……泣きたい。


 そして何も言わなくなった私に、ようやく……彼が呟いた。


「……ユリア、大丈夫?」

「――っ」


 その声はいつものように優しくて、いつものように、(やわ)らかい。けれど……その優しさが、痛い。それに、そもそも意味がわからない。一体何に対しての……“大丈夫“なのか。


 私は彼の言葉の真意を確かめたくて、ゆっくりと顔を上げる。すると同時に、彼は私の瞳を見つめて、呟いた。


「ごめんね」

「……ッ!」


 それは、私の想いを――否定する言葉。


 彼の真剣な表情に、私の心は粉々に砕け散る。


 あ――駄目だ、泣く。


「……っ」


 私は泣き顔を見せたくなくて、彼に背中を向け、そのまま走り出した。


 ――けれど。


「違う、ごめん!そうじゃないんだ!待ってユリア!――行かないで!」


 彼は叫んで、私の腕を思い切り掴むと、そのまま後ろに引っ張った。私の身体は、背中から彼の胸に倒れる。


 でも……。


「やだ、聞きたくない。放して!」


 私は抵抗して、彼の腕をふりほどこうとする。けれど、ふりほどけない。彼の力は……もう私よりずっと強くて……。


「違う、違うよ、ごめん、僕……あまりにびっくりして」


 彼は私を抱き締める腕に力を込めて、――私の知らない声で、言う。


「君は僕の気持ちに、とっくに気付いてると思ってた。だから……その、つまり――僕は、君のことが……好きなんだ」


 ――……え?


 彼の思いもよらない言葉に、私は、目を見開いた。

 

 彼は、私を後ろからぎゅっと抱きしめたまま、私の耳元で……続ける。


「ユリア――好きだよ。……いいんだよね?君も、僕のことを好きだと思ってくれてるって……ことで」

「――っ」


 ――ドクン。

 

 私の心臓が高鳴る。

 彼の声が、私の心を揺さぶる。


 私は彼の腕の中で、ゆっくりと振り返り、彼を――見上げた。


 いつの間にか、私の身長を超えてしまった、彼を。


「……そう、だったの?」


 私の口から漏れるのは、なんだか間の抜けた声。

 そんな私に、彼はいつもみたいな笑顔を見せた。


「そうだよ。君のことが好きじゃなかったら、毎日会いに来たりしないよ」


「……そう……なの……?」

「そうだよ」


「……本当、に?」

「うん。本当に気付いてなかったの?僕は、君が僕の気持ちを知ってるとばかり――」

「――っ」


 あぁ……なんだ、そうか、そうだったのか。全然気が付かなかった。

 そうか――彼も……私を……。


「……――あ」


 ――やだ。安心したら……涙が――。


「ちょ、ユリア!?どうしたの!?どこか痛い!?僕が手を引っ張ったから――」


 急に泣き出してしまった私を見て、彼は焦ったように声を上げる。


「――ちが、……違うの。だって……びっくり、して」


 私は泣きながら、必死で笑顔を浮かべて――。


「……嬉し……泣きよ」

「……――ッ!ユリア!」


 そして彼は私の言葉に目を見開くと、がばっと私の身体を抱き締めた。


 いつの間にかたくましくなった彼の胸板から……彼の体温が、鼓動(こどう)が、(じか)に伝わってくる。……心地いい。――安心、する……。けれど――。



「――暑い、わ」


 私は彼の腕の中で、呟いた。


「――っ!ごめん、ユリア!そうだよね!暑いよね、夏だし!」


 すると慌てて私から離れる彼。それが何だかおかしくて、私は……笑う。


「――ふふっ」


 すると彼は一瞬、不意を突かれたように眉を寄せたが、すぐに私につられて笑い出した。


「はは――っ、ははははっ!」


 ――なぁんだ、そうだったのね。私たち、両思いだったのね。


 そして私はあまりの嬉しさに、先ほどの不安は何処へやら。


 いたずら心を芽生えさせ――彼の腕を掴んでぐいっと引き寄せると、彼の頬に唇を落とす。


「――っ!ちょ、ユリア、何す――」


 彼はパクパクと口を開けて、顔を真っ赤にさせた。その姿が可愛くて、愛しくて、私は微笑む。


「さっき私を不安にさせたお返しよ!」

「――っ、ユリア、それは……反則だよ」


 彼は顔を赤らめたままそう言うと、急に真面目な顔をした。そして、私の両肩をがしっと掴む。


「――え……?」


 ――これは、もしかして……もしかしなくても。


「ちょ……そ、流石に、それは……私たち、まだ子供よ」


 私は彼を見上げる。けれど――彼の熱を帯びた瞳が……私の心を掴んで――もう、私は何も考えられない。


「ユリア……好きだよ。ずっと、僕と一緒にいて欲しい」

「――……うん」

「あぁ、ユリア――!」


 そして私たちは……そっと唇を重ねた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ