06
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――それからは早かった。
アメリアは直ぐにジョンの仲間達と馴染んで、飲んで食べて騒ぎまくった。最初は戸惑っていた俺たちも、皆は気にせずに受け入れてくれて、気が付いたら自然に話せるようになっていた。気遣いもせず、媚びを売る必要も、相手の望む応えを返す必要もない。本当に楽だった、居心地が良かった。仕舞いには店の客全員と――それこそ老若男女区別無く――友人の様になってしまった。
俺たちは彼らから色々な話を聞いた。仕事の話、政治の話、恋人の話、家族の話、そのどれもが俺たちの知っているものとは違っていて、俺たちの生活とは違っていて、物凄い衝撃を受けたのだ。貴族と平民――それは全く別世界で、今までそれが当然のことだと思っていて、自分がその恩恵を受けられる立場であることに、塵ひとつの疑いも持っていなかった……。
――いや、違う。違うのだ。本当は知っていた、知っていた筈だった。俺たちの生活は俺たちを支えてくれる人達がいるから成り立っているのであって、決してそれは当たり前では無かったことを。只それを目の前でまざまざと見せ付けられて、ようやく理解出来た、それだけのこと。
そして同時に俺は、自分がその時間を心から楽しんでいることに戸惑った。多分、ブライアンも同じだっただろう。俺たちは時間を忘れてその時を過ごした。けれど、舞踏会の終わりの時間は訪れる。
「おい、また来いよな!」
「俺たち大体この時間にはいるからな!」
「あんたね、たまには早く帰りなさいよ!そんなんだから奥さんに浮気を疑われたりするのよ!」
そうやって、店を出る俺たちを送り出してくれた人達。――それがとても、嬉しかった。
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「――そして俺たちはそれを機に、自分のしたいことをし、言いたいことを言うようにすると決めたのさ。そういう訳で、今でも時々平民に変装して夜の街に繰り出してる」
「そう。だからアメリア嬢には実のところ感謝してるんだ。彼女は確かに口調もキツいし、舞踏会を抜け出すようなレディの片隅にも置けないお方だけどな」
そう言って、うんうんと頷き合う二人。
そしてその姿に、アーサーは思い切り吹き出した。
「ぶっ――あっはっはっは!!なんだそれは!お前たちめちゃくちゃ知り合いじゃないか!それにアメリア嬢はなんと豪気な方なのだろう!お前たち二人を足蹴にするようなその態度!」
アーサーは、腹を抱えて文字通り爆笑する。
「まさかお前たちが平民の振りをして街歩きをしているなどとクリスが知ったら、卒倒するだろうな!」
そう言ってひたすらに笑い続けるアーサー。しかしカーラはそれを許さない。
「アーサー様!!笑い事では有りませんわ!」
カーラは耳まで真っ赤にして続ける。
「よもやウィリアム様だけでなく、兄さま達までもたぶらかすなんて――私、絶対に許せませんわ!!」
彼女は怒りに肩を震わせる。そんな妹の姿に、エドワードとブライアンは顔を見合わせた。
「おいおい、別に俺たちはたぶらかされてないぞー」
「そうだぞ。今の話ちゃんと聞いてたか?」
「黙らっしゃい!!兄さまたちがこの様に堕落した生活を送るようになったきっかけはアメリア様なのでしょう!?それをたぶらかすと言わずして何と言うのですかッ!!」
カーラはそう言ってキッと兄二人を睨むと、そのまま怒りに任せて部屋を出て行ってしまった。
「あ――おい、カーラ!!」
「……ああいうところ、兄さんにそっくりだよな」
「つーか今、堕落って言わなかったか?」
「言ったな」
エドワードとブライアンは、カーラの背中を見送るとやれやれと肩をすくめる。
そしてアーサーは、そんな二人の態度に何か考える素振りを見せると――あぁ、と何かに気が付いた様に小さく呟いた。アーサーはニヤリと微笑んで口を開く。
「――それで?」
「――?」
アーサーの誰に向けたかのわからない問いに、二人はきょとんとした表情を浮かべる。しかしアーサーは気にせず続けた。
「お前たち、大事なことを飛ばしたな?」
アーサーの眼光は鋭い。
「何のことかな?」
「今の話で全部だって」
「ほう?街歩きのことをクリスに話したっていいんだぞ?」
「――ッ」
その言葉に、エドワードとブライアンは言葉を詰まらせる。二人は少しばかり髪をぐしゃっと掻き乱して、心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「……はぁー。何だよもう」
「話してもいいけど、他言無用だぞ?」
「あぁ。こう見えて口が固いの知ってるだろ?安心しろ」
アーサーの返事を確認すると、やれやれと言った様子で二人は再び話しだした。
「さっきの続き……アメリア嬢がパブに定期的に出入りするようになって、常連になると……彼女は少しずつ噂を流すようになったんだ」
「……噂?」
「そうさ。彼女の扮するメイド、ローザはサウスウェル家に仕えていることになってる。そして彼女はメイドとして、自分自身……つまりアメリアの悪い噂を流し始めた。アメリアに虐められているとな」
二人は続ける。
「一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……時が経つにつれて、ローザは日に日にやつれていった。調子のいい態度も、口数も明らかに少なくなって、最後には皆が心配するほど憔悴しきっていた。そしてその間に、アメリアの悪評は確かに広まっていった。……噂話って凄いのな。パブには他の屋敷に仕える奴も沢山いて、そこから簡単に広まるんだ」
「そうして彼女は自分の悪評が社交界に広まりきったことを確認すると、パブ通いをぱったり止めた。最後は俺たちがパブに出向いて皆に伝えた。彼女はメイドを辞めた、田舎に帰り結婚すると言っていた、――と」
二人は締めくくる。
「俺たちが知るのはこれで全部。あれ以来俺たちはアメリア嬢には会っていない」
「そうさ。社交場で一度だけ話しかけたが、その時は完全に無視されたしな」
エドワードとブライアンは、これで満足か?とアーサーを見つめる。アーサーはそれに答えるように、真面目な表情で呟いた。
「――つまり彼女の悪評は彼女自身が流したものだと?何故……そんなことを」
「さぁな。俺たちも理由は聞かなかったし」
「あぁ。なんか聞いちゃいけない雰囲気ってあるだろ?」
「それがどうしてウィリアムと婚約なんて」
「あぁ、驚きだよな」
二人は口々に言う。アーサーはそんな二人の姿をしばらく眺めていた。そして、――こう言った。
「よし。アメリア嬢に会いに行こう」
その言葉に、エドワードとブライアンは驚愕する。
「はぁ!?まさか理由を聞きに行くんじゃないだろうな!?」
「そんなことしたら俺たちが話したってバレるだろ!?嫌だよ!」
「そうは言ってない。ただ会うだけさ。そもそもウィリアムの婚約者だぞ?会わないわけにはいくまいさ」
アーサーは心底楽しそうに微笑む。
「……ええー。じゃあアーサーだけで行けよ」
「俺たちは行かないよ。何か色々気まずいし。今さら初対面ヅラするのも……」
「いいや。お前たちも行くんだ。勿論ウィリアムも一緒に……。それから、カーラ嬢にもご同行願おう」
「はっ!?ウィリアムはともかくカーラは止めろ!余計ややこしくなる!」
「あいつ嘘つけない性格だぞ!知ってるだろ!」
二人は吠えるが、アーサーは飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。
「男四人の中にレディが一人では流石のアメリア嬢もいい顔しないだろう?それに、カーラ嬢だってアメリア嬢に会いたいと思っている筈さ」
「それ……“会いたい“の意味絶対違うけどな」
「はあぁー。アーサーは言い出したら聴かないからな」
「よく解ってるじゃないか」
アーサーはそう言って、満足げに頷いた。




