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04


***


「あのー、アメリア嬢?」

「アメリアで結構ですわ。私もエドワードとブライアンと呼ばせて頂きます」

「じゃあ……アメリア、本当に外に出るの?」

「ええ。どうせあなた方も舞踏会なんて退屈だと思っていたのでしょう?」

「……」

 

 俺たちはアメリアの誘いに乗り、会場のテラスから庭園に出た。けれど彼女はその庭園をずんずんと進んでいき――俺たちはいつの間にか会場の明かりの届かない場所まで来ていた。それにここはもう庭園ではない。どうやら屋敷の裏口の様で――まさかと思った俺たちがアメリアに尋ねると、彼女は先ほどの通り、ここから屋敷の外に出るのだと言ったのだ。


 まさか舞踏会を抜け出すなんて前代未聞。最初は冗談かと思ったが、アメリアの表情は至極(しごく)真面目なもので――というかそもそも彼女の表情など読めないが――冗談を言っているようには見えない。そもそも冗談でこんな使用人しか使わない裏口にまで来る筈がない。


「……だけど君、ご両親と来てるんだよな?」

「急に居なくなったら心配するんじゃないか?」


「嫌ならお戻りになられて結構です」


 俺たちはアメリアの言葉に顔を見合わせた。――もうここまできたらヤケクソだ。乗りかかった船だ。


「行くよ、行けばいいんだろ」

「あぁ、流石に君一人で行かせられないし」


 ――俺たちの言葉に、アメリアが少しだけ微笑んだ気がした。



***



 俺たちは夜の街を歩いていた。この時間に――といってもまだ七時頃だが――街中を歩いたのはこれが初めてだ。


 ずらりと建ち並ぶレンガ調の建物。それを街灯が照らし出して何だか少しミステリアスな雰囲気が漂っている。店の明かりや、そこで酒を酌み交わす人々の声も、生活音も、全てが新鮮で、俺たちは片時も目を離すことが出来なかった。


 ――アメリアは、ただ正面を向いたまま歩き続けている。まるでどこか目的地が決まっているかのように。


「なぁ――アメリア、君はもしかしていつもこんなことをしてるのか?」

 俺は尋ねる。しかし彼女はちらりと俺の方を見るとこう言った。

 

「いいえ。初めてですわ」


 ――そんなわけあるか。俺がブライアンを見ると、同じことを思った様で眉をひそめていた。


「これはとんだおてんばお嬢さまだな」

「全くだ」

 俺たちは頷き合う。


 そして暫くすると、アメリアは足を止めた。気が付くといつの間にか、路地裏……というのだろうか、先ほどまで歩いていた通りより少し薄暗く、貧相な建物が建ち並ぶ場所に来てしまっていた。人通りは少ない。――しかしごくわずか……すれ違う人は皆、何だか敵意のこもった目を俺たちに向けてくる。


「アメリア……何かここ、ヤバくないか?」

「あぁ。君、ここに友人でもいるの?」


 しかしアメリアは俺たちの問いに答えず、再び歩き出し、その通りの一軒の家の前で立ち止まると、扉を二度叩く。



「……誰?」


 少しすると、扉の向こうから高い声が聞こえた。子供だろうか。


「ミリアよ。入れてくれる?」


 アメリアが扉の向こうに声をかけると、扉が僅かに開く。そこには、十歳程に見える少年が立っていた。少年はアメリアを確認すると少しだけ嬉しそうな顔をしたが、俺たちがいることに気付くと不審げな顔をする。


「その方たちは?」

「私の友人よ」

「そうですか……どうぞ」

 少年はアメリアと短い言葉を交わした後、俺たちを部屋に入れてくれた。



 部屋の中は酷かった。建物こそレンガで作られているが、玄関ホールもキッチンも寝室も分けられていない、その狭い部屋の家具は全てボロボロで――そう、例えばテーブルなんかは足が今にも折れそうで、どうしたらこんな風になるのだというくらいに天板も傷だらけ。椅子の足は見るからにガタガタだし、クッションが有るわけでもないから、座り心地は非常に悪そうだ。ベッドも薄いマットに、ボロボロの毛布が数枚重ねてあるだけ。――これから寒くなる季節だというのに、これで寒さを(しの)げるのだろうか。



「どうぞ。座って下さい。……何もないところですが」


 どうみても痩せすぎているその少年は、二脚しかない椅子を俺たちに勧めてくれた。アメリアは遠慮なくその片方の椅子に座る。けれど俺たちは悩んだ挙げ句、立ったままでいることにした。


「ミリア様、そんな格好でどうしたのですか?あまり目立たれると困るんですが」

「そうね、ごめんなさい。でもなるべく人のいない場所を通って来たわ」

「はぁ。……まぁいいですけど。でも、友人を連れて来るなんて珍しいですね……」

 少年は俺たちをチラリと見る。


「ええ。ちょっとね。いつもの服を出してくれる?それから、この二人の服も用意して貰いたいのだけど」

 アメリアはそう言いながら、ドレスの(そで)から小さな巾着袋を取り出した。その袋は光沢も美しい柄も無い、無地の木綿(もめん)で出来ている様で、俺たちは違和感を感じる。――そもそも、アメリアがこんな平民と知り合いという時点でおかしなことだ。まぁ、舞踏会を抜け出す様な常識外れの令嬢だ。独りで街歩きでもしているときに出会った、貧しい子供を不憫にでも思い、ずるずると施しを続けているとか、そういうことなのだろう。


 そして俺がそう考えている間にも、二人の会話は続いていた。


「――それから、帽子もね」

「……はい、わかりました。すぐ用意します」


 アメリアはその言葉に頷いて、袋から銅貨を数枚出して少年に渡す。


「これでいいわね」

「……はい、十分です!」

 少年はお金を数えると、満足げな顔をして走って家から出て行った。


 俺たちは扉が閉まるのを確認すると、ようやくアメリアに尋ねる。


「――で?これはいったいどういうことだ?あんなどこの誰ともわからない子供を餌付けしたりなんかして」

「それにミリアって何だよ。君はこれから一体何をするつもりだ?」


 俺たちの問いに、彼女はニヤリと微笑んだ。


「まだまだ夜は長いのよ。この姿じゃ目立つでしょ」

「……」

 俺たちは顔を見合わせる。


「全く……。君はいったいどんな教育を受けてきたんだ」

「君の家族はこのこと知ってる……わけないか。普通なら許さない」


「あら。ここに着いてきたという時点で、あなた方も私と同じですわ。それに心配せずとも散会(ラスト・ワルツ)までには戻ります。――それとも侯爵家のご子息ともあろう方が、怖じ気づきまして?」

「……」


 ――本当に大した令嬢だ。優しさの欠片も無く口調もきつい。舞踏会を抜け出し、こんな貧民街の子供を相手にしたりして……侯爵家の息子である俺たちに対してもこんな扱い……。貴族の令嬢として育てられているならば、普通は有り得ない。……けれど、そんな彼女にどうしても興味をそそられる。


 俺たちは、アメリアを見つめ――笑みを浮かべた。


「いや、ここまで来たら最後まで付き合うさ」

「ああ、なんなら夜更けまででも――女王様」


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