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03


 そしてそんなアーサーの言葉に、カーラはようやく我に返った様で、目の前の人物が誰であるかを認識すると顔を赤らめた。


「……あ……っ、アーサー様……!?」

「ご機嫌如何かな、カーラ嬢」

「わ……悪くは、ありませんわっ!」

 カーラは先ほどまでの(うれ)いなど嘘の様に頬を染める。


 エドワードとブライアンは、そんな妹の姿にじっとりとした視線を向けた。


「おいおい、お前現金すぎるだろ……」

「ウィリアムのことが好きなんじゃなかったのかよ……」


「も……勿論私はウィリアム様一筋ですわっ!でもそれとこれとは話が別ですのよ!」


「はぁ?」

「別ぅ?」


 そんな三人の会話に、クリスは辟易(へきえき)したように嘆息すると、四人にくるりと背を向ける。


「馬鹿馬鹿しい。――私は下がらせて頂きますよ、アーサー王太子殿下」

 そしてそう吐き捨てる様に言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。アーサーはそんなクリスの背中を黙って見送ると、再び尋ねる。


「――それで?ウィリアムが婚約したというのは本当なんだな?」


 アーサーの質問に、カーラが答えた。


「はい。昨夜の夜会で、サウスウェル家ご令嬢のアメリア様と……」

「ふむ。あの悪名高きアメリア嬢か。これはなかなか面白いことになってるな」

「あの……悪名高き……とは?私は昨夜、初めてアメリア様にお目にかかりましたが、とてもお優しそうな方でしたわ」

 カーラは信じられないというように顔を曇らせる。


「ほう。優しそう?噂とは正反対だな。……噂に寄れば彼女は、人に冷たく誰とも言葉を交わさず、冷酷非道、傍若無人。あだ名は確か――゛氷の女王゛だった筈だが」

「――っ、それは事実ですの?」

 カーラの顔が今度は蒼くなる。


「それが私はアメリア嬢にお会いしたことが無いのでね。噂の真偽はわからない。でもそこの二人なら、会ったことあるんじゃないのか?」

 アーサーはそう言って、エドワードとブライアンに顔を向けた。二人はちいさく溜め息をついて、渋々と言った様子で口を開ける。


「俺たちだって何度も見たわけじゃない。あの方は社交場嫌いで有名で、年に数回しか顔を出さないから」

「そうだ。俺たちがあの方をお見かけしたのだって精々二、三回……」


「で、その二、三回はどうだったんだ?」

 アーサーは是も非も言わさぬ様子で尋ねる。流石のエドワードとブライアンも、王子に問われては答えないわけにはいかない。二人は観念したように、ようやく話し出した。


「はぁ……。――そう、確かあれは三年前……」

「俺たちはアメリア嬢を初めて夜会でお見かけして、声をかけたんだ……」



***



 どこかの伯爵家で催された舞踏会。寄宿学校(パブリックスクール)を卒業したばかりの俺たちは、父さんに言われるがままにその舞踏会に参加した。父さんと母さん、そして兄さんは別の晩餐会に参加していて、その日は俺たち二人きりだった。


 そもそも俺たちは舞踏会なんて数える程しか参加したことがない。大人に混じって会話して、ダンスして……ただ退屈なだけの集まり。参加する意味も良さもわからない。けれどそれが貴族の務めと言われれば仕方ない。適当に相槌(あいづち)打って、愛想笑いして、レディのご機嫌を伺って、――俺たちは、ただひたすらに時間が過ぎ去るのを待っていた。


 けどそんなとき、ふと会場の隅を見ると、ただ一人……凛と佇む女性の姿が目に入る。



「なぁ、ブライアン。あの方、誰か知ってるか?」

「……いや、知らない。――が、なかなかの美人だ」


 金糸のように(まばゆ)い髪、サファイアのような瞳、雪の様に白い肌、――そして何より、誰も寄せ付けないその凛としたオーラ。俺たちはその全てに惹かれ、彼女に近づき声をかけた。


「こんばんは、レディ。ダンスはお好きですか?」

「もしよろしければ私と一曲踊って頂けませんか?」

 俺たちはなるべく紳士を演じる。しかし彼女は俺たちを一瞥してこう言い放った。


「私は誰とも踊りません」

「――ッ」

 俺たちは彼女のそのはっきりとした口調に驚き、一瞬口を(つぐ)んだ。普通ダンスの申し出を断るときは、もっと回りくどい言い回しをするものだ。こんな直球な断り方、されたことが無い。


 今思えば、その時点でやめておけば良かった。それ以上彼女のそばに居るべきではなかった。でも俺たちはその彼女の、普通なら有り得ない態度に興味を持ってしまった。好奇心を刺激的された。その日の舞踏会が特に退屈だったからという理由もあったのかもしれない。


「ダンスがお嫌いでしたら、私たちとお話ししましょう」

「お名前を伺っても宜しいですか?」

 俺たちは、壁を背にする彼女の前を(ふさ)ぐように立つ。すると彼女は不快感を(あら)わにした。


「私の前に立たないで下さる?話すことなど何もありませんわ」

 彼女は能面の様な表情で、ピシャリと言い放つ。


 いやはや、これは本当に手厳しい。――もしかすると彼女は、この会場の芸術的な彫刻でも眺めていたのだろうか。それを俺達に視界を塞がれて、許せなかったと。……うん、多分――いや、きっとそうだったのだ。そういうことにしておこう。


 ――俺たちはとりあえず彼女の正面から移動し、壁際に並ぶ。彼女は横顔も美しい。


「そんな冷たいことを仰らないで下さい。私はエドワード・スペンサーと申します。そしてこちらにいるのが――」

「エドワードの弟のブライアンです。以後、お見知りおきを」


「……」


 しかし俺たちのアピールも虚しく、彼女は沈黙を通し続ける。これは本当に話しかけるなということだろうか。流石の俺たちも心が折れそうだ。


「あの……レディ?」

 俺たちは彼女の様子を伺う。すると一瞬、彼女の表情が変わった気がした。ほんの少しだけ、(まぶた)が動いたような……。


 ――何か、見ている?


 俺たちは彼女の視線を追う。するとそこには大勢のレディに囲まれている一人の男の姿……。



「エドワード様」


「は、はい」

 ――びっくりした。まさか名前を呼んで貰えるとは思わなかった。俺は視線を彼女に戻す。しかし彼女はあいつの方を向いたまま。


「あの方、どなたかご存知?」


 あの方、というのが、彼女の視線の先のあいつだというのはすぐにわかった。――あぁ、つまんね。結局女ってのは皆ああいう男に弱いんだ。


「ウィンチェスター侯爵家のウィリアムだよ。ウィリアム・セシル。俺たちの従兄弟」

 俺に続いてブライアンも、投げやりな口調で続ける。


「確かにウィリアムは顔も頭もいい。寄宿学校(パブリックスクール)じゃ監督生(プリフェクト)だったしな。……君もああいう男が好みか」

 ウィリアムが相手では勝ち目は無い。俺たちは顔を見合わせてやれやれと肩をすくめ、そこから立ち去ろうとした。


 けれど彼女は何を思ったのか、そんな俺たちを呼び止める。



「お待ちになって。私、アメリア・サウスウェルと申しますの。少し私の話相手になってくださらない?」


 彼女――アメリアは、先程までの不愉快そうな表情から、再び無感情な表情に戻って、淡々とそう言った。


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