02
「アメリア様を……知っているの?」
カーラは兄二人の顔を交互に見上げる。エドワードとブライアンは、意味深長な表情でううーんと唸った。
「知ってると言えば……知ってる、かな」
「ああ――。あの方は有名だから」
「有名……?」
カーラは昨夜のアメリアの姿を思い浮かべた。確かにあれだけ美しい容姿をしているのだから、有名だというのも納得がいく。
「……確かに、とてもお美しい方だったわ」
カーラはぽつりと呟いた。けれどエドワードとブライアンはカーラのその言葉に目を見張る。
「美しい……?確かに美人ではあるが……。――そうか、お前は知らないんだな」
「アメリア嬢の噂……。いや、噂じゃない、あれは真実だ」
エドワードとブライアンは何かを思い出したように顔を強ばらせた。カーラはそんな二人に問いかける。
「噂って、何ですの?」
二人の様子から、あまり良くない噂ということは読み取れる。しかし一体それは何なのか。昨夜のアメリアしか知らないカーラには想像もつかない。
「いや……。知らないなら知らないままでいた方がいい」
エドワードはブライアンに眼で合図を送る。
「……そうだな。少なくともお前のその様子からすると、昨日の夜会では大丈夫だったみたいだし……」
「……」
自分には教えられないということだろうか。――二人の煮え切らない態度に、カーラは僅かに苛立ちを募らせる。
「そういやウィリアムって、昔から女の趣味悪かったよな」
「あー。確かに言われてみると。やたら気の強い女とか、全然愛想のない女とかな」
「ほら、覚えてるか?お前、寄宿学校でウィリアムが部屋で独りのときを狙って、高級娼婦をけしかけたことあっただろ」
「あぁ――あったあった。一晩200ルクスのいい女。……それでもあいつは抱かなかったな」
「そうそう、しかもあの女、十分も経たずに部屋から追い出された挙げ句、馬鹿にしないでって叫んで俺の顔を打ったんだぜ。お前と間違えて!とんだとばっちりだ!」
「ははっ、確かにあれは酷かったな」
「笑い事じゃない!父さん以外の人に打たれたのは後にも先にもあの時だけだ!」
――一体何の話をしているのだ、この二人は。
エドワードとブライアンの会話に、カーラの顔が段々と赤く染まっていく。
「……ッ」
そしてカーラが今にも叫び出しそうになったそのとき、どこからか唐突に――、声がかけられた。
「ほーお。お前たち、神聖な学び舎でそんなことをしていたのか」
三人がその声に振り向くと、そこには部屋の入り口で腕を組み仁王立ちしている一番上の兄の姿。彼は只でさえ鋭い目つきをさらに細め、エドワードとブライアンに咎めるような視線を向けていた。
「クリスお兄さま!」
「げっ、兄さん」
エドワードとブライアンは兄クリスの思わぬ登場にたじろぐ。
「……いやぁ、兄さん、今のは言葉の綾というもので……」
「そうそう、それにもう卒業して四年も経ってるし、今更良いも悪いも……」
二人はクリスから視線を反らして、失言を誤魔化すように笑みを浮かべた。しかしクリスにそんな態度が通用する筈がない。
「――馬鹿者ッ!!スペンサーの名を汚す気か、この恥曝しが!お前たちも少しはウィリアムを見習ったらどうなんだ」
クリスは語気を強める。
「お前たち、昨夜は夜会をすっぽかして何をしていた?主催が不在の夜会など見たことも聞いたこともないぞ」
クリスの瞳がギラリと光る。そんな兄の形相に、エドワードとブライアンは頬を引きつらせた。
「……やー、でも、主催は父さんだし、後は母さんと兄さんがいれば十分かなって。――な?ブライアン」
「ああ。――で、でも俺は、本当は参加するつもりでいたんだ!けど……エドワードがどうしてもって言うから」
「はあ!?ブライアンお前、俺を裏切る気か!」
「何だよ、本当のことだろ!?」
「はああ――!?」
「いい加減にしないかッ!!」
二人の不毛な言い争いに、――クリスはとうとうぶち切れた。クリスは二人に詰め寄る。
「ウィリアムは昨夜婚約したぞ!お前たちもそろそろ身を固めたらどうだ!」
はっきりとした口調でそう告げるクリス。しかしそれに反応したのは……エドワードとブライアンでは無く、カーラであった。
「クリスお兄さま!教えて下さい、ウィリアム様のお相手のアメリア様とはどの様なお方なのです!」
カーラはクリスを見上げ懇願する。
「エド兄さまとブライアン兄さまが、アメリア様には良くない噂があるって……。でも、それ以上教えてくれなくて……。クリスお兄さまなら、知っているでしょう?」
「……それを知ってどうする。ウィリアムに忠告でもする気か?」
「――っ。……それは……内容次第ですわ」
カーラはそう呟いて、僅かに眼を伏せた。クリスはそんな妹を一瞥する。
「カーラ、おかしなことを考えるな。お前ももう十六だ。子供ではない」
「……」
「自分の品位を貶める様なことは考えるな。愛だの恋だのとそんな不確かなものに現を抜かすのは止めろ」
「……っ」
兄の冷たい言葉に、カーラはそれ以上何も言えずに押し黙ってしまった。
そんな妹の姿を不憫に感じたエドワードとブライアンは、カーラを庇うように兄クリスを睨みつける。
「兄さん、流石にそれは無いんじゃないか」
「あぁ、言い方ってものがある」
「――何?……そもそもお前たちがそんな風に甘やかすからカーラも分別が付けられなくなるんだ。ウィリアムとて――願い下げだろうな」
「な――、兄さん!言っていいことと悪いことがあるだろう!!」
「それ以上言ったら俺たちが許さないぞ!」
しかしクリスは、エドワードとブライアンの言葉など気にもとめないと言いたげに冷笑した。
「そういうことは一人前になってから言うんだな」
「――ッ」
エドワードとブライアンは悔しげに顔をしかめる。
――しかしそれも束の間、二人はいつの間にやらクリスの後方で壁にもたれて腕組みをしている男の姿に気が付き、――ほっと表情を緩めた。男はわざとらしい笑顔を浮かべて口を開ける。
「――相変わらずだな、クリスは」
「――ッ」
クリスはその声にハッと振り向いた。そして自分の視線の先の男の姿を確認し、顔を曇らせる。
「……アーサー王太子殿下。いらしていたのですか」
クリスは呟く。
そう、この男は他でもないここエターニア王国の第一王子、アーサーその人である。アーサーはその深いアメジストの色の瞳をクリスに向けた。
「あぁ。エドワードとブライアンに呼ばれてな」
アーサーはそう答えて、今度はエドワードとブライアンに視線を向ける。二人はその視線に、ナイスタイミングと呟いた。アーサーはそれを確認し、再びクリスに目を向ける。
「それよりクリス、俺のことはアーサーと呼べと言っているのに」
「……そういう訳には……参りません」
アーサーは落ち着きを取り戻したように振る舞うクリスに対し、微かな笑みを浮かべた。
「クリスは本当に素直じゃないな。さっきの話、聞こえてたぞ。……そうだ、こう言ったらいい。――大事な大事な妹をウィリアムに渡したくない、と」
「――ッ!」
クリスはサッと表情を変える。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。家族を愛するのは別に悪い事じゃない。――と、それよりも……」
アーサーはそう付け加えると、四人の元へ歩み寄る。彼が足を踏み出す度に、首の後ろで一つにくくられた眩い銀色の髪が揺れる。
そしてアーサーはカーラの前に立つと、その潤んだ瞳を覗き込んだ。
「カーラ嬢の想い人が我が親友ウィリアムと言うのは本当かな?そして彼が婚約したというのも?」
そう尋ねるアーサーの表情はまるで、何か悪巧みを考える子供の様だ。