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05



 アメリアとウィリアムはテラスに出た。少し冷えた夜風が二人の頬を撫でる。月は厚い雲に隠れていた。



 アメリアはテラスの柵に身体を預け、黙ったまま庭園を眺める。そしてウィリアムはそんなアメリアの背中を見つめていた。


 二人の間に、しばらく沈黙が続く。――それを破ったのはウィリアムであった。



「アメリア嬢……あなたは何を考えておいでなのです」


 それはウィリアムの正直な気持ちであった。――アメリアはウィリアムに背を向けたまま応える。


「何を……とは?」

「あなたは何故、今まで人を避けて生きて来たのですか。ルイスに聞きました。あなたは使用人に対しては、世間で(ささや)かれているあなたとはまるで別人のように接すると。何故ですか」


 ウィリアムはアメリアの背を射るように見つめ、続ける。


「この婚約、あなたにとって不本意なものだとは理解しています。まさかあなたが私の申し出に答えて下さるとは思っておらず……先程は大変失礼なことを申したと思っております。けれど、あなたの言葉が嘘であったとしても、私はあなたが結婚の申し出を承諾してくれて、本当に嬉しく思っています」

「――嬉しい……?」


 アメリアはウィリアムの言葉に、あからさまに不機嫌なオーラを放つと、身を(ひるがえ)してギラリとした瞳でウィリアムを見る。


「……白々しい。そんな言葉不要よ。それに、まどろっこしいのは嫌いだと、以前申し上げた筈です」

「……」


 ウィリアムは黙る。アメリアの表情は、先ほどまでの穏やかなアメリアではなく、お茶会のときのアメリアでもない。冷淡でも冷酷でもなく、穏やかさも優しさも持ち合わせていない。今のアメリアから感じ取れるのは、ただ凛とした強さのみ。


「それが……本当のあなたなのですね」

「そうよ。私とあなたは婚約したわ。あなたは私の夫になるのよね。なら、私はあなたと二人きりのときは、これからはずっとこの私よ」

「それは……少し嬉しいな」


 アメリアはウィリアムの言葉に鼻を鳴らす。


「――今からあなたの質問に答えてさしあげる。けれど、その前に一つだけ誓って欲しいことがあるわ」

「……誓い?」


 ウィリアムは眉をひそめる。


「もしそれを誓わなかったらどうなる?」

「誓えないならあなたの方から婚約を破棄すればいいわ」

「……」


 アメリアのあまりにも平然とした態度に、ウィリアムはその端正な顔に不快感を浮かべた。けれど、まずは内容を聞いてみなければ始まらない。ウィリアムは覚悟を決める。アメリアはそれをウィリアムの表情から読み取り、続けた。


「――あなたは私を決して愛してはいけない」

「……は?」

「誓って。私を決して愛しはしないと」


 アメリアの表情は真剣そのものだった。ウィリアムは困惑する。――婚約し、結婚する相手に、自分を愛するなとは――いったいどういう意味なのか。どんな意図があってそのようなことを誓わせるのか。


「何故……?」

「何故かって?理由など今は重要では無いわ。まずは誓って。――理由はそれからよ」

「……」


 ウィリアムは思案する。――選択の余地はない。それに、ウィリアムにはアメリアを愛さないという、その誓いを守れる自信があった。


「わかった。誓おう。私はあなたを決して愛しはしないと」

「――いいわ」


 アメリアは微笑む。


「理由なんて単純よ。私には、心から愛する人がいるの」

「――え?」


 それはウィリアムにとって、余りにも予想外の答えであった。余りにも普通過ぎて、思わず気の抜けた声を上げてしまう。


「ふふっ。ウィリアムあなた、私のことを何だと思っているの。私だって普通の人間よ。ルイスがあなたに私のことをどう伝えたのかは知らないけれど――」


 アメリアは少し寂しげに瞳を揺らす。


「私が本当に心を許したのはあの方だけ。だから私は他の誰とも一緒になる気は無かった。――世間から顔を(そむ)けて生きてきたわ。でも、いつまでもそうしてはいられない。……そんなとき、あなたが現れた」


 アメリアは続ける。


「私は一度あなたに縁談を取り下げさせるチャンスを与えた。けれどあなたはそれでも取り下げなかった。だから私はあなたを利用させてもらうことにしたのよ。その代わり、勿論あなたも私を利用したいだけすればいい。私は完璧な夫人を演じて見せるわ。――これだけ言えば、わかるわよね?」


 ウィリアムは、アメリアの唇元に浮かべられた皮肉げな笑みに、どこかルイスと重なるものを感じさせられる。


「――わかった。だが、一つ聞かせてくれ」

「何かしら」

「君の恋人は――今どうしている?」


 ウィリアムの問いに、アメリアは微かに目を細める。


「――死んだわ」

「……ッ」

「だから心配なさらなくとも、逢い引きなどしないわよ」

「――そんな風には」


 思っていない――。ウィリアムはそう言いかけて、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。



 アメリアが、笑っていた。それは造り笑顔ではなく、微笑みでもなく、屈託(くったく)のない笑顔。淑女(しゅくじょ)として育てられあげた貴族の令嬢では有り得ない、遠慮のない笑い方。


「ふふふっ。わかっているわ。あなたって本当に分かり易い。私、ルイスには会ったことがないけれど、なんだか彼の気持ちがわかる気がするわ」

「――そんな風に言われたのは初めてだ」

「それはそうでしょうね。侯爵の息子にそんなことを進言出来る人間なんてなかなか居ないわよ」


 アメリアは自嘲気味に肩をすくめて、今度は問いを投げかける。


「私からもいいかしら?」

「何だ……?」

「ルイスとは、どういう人間なの?」

「ルイス……?」


 ウィリアムは質問の意図(いと)(はか)りかねる。


「こちらもルイスのことを調べさせてもらったのよ。けれど、何もわからなかったわ。……ルイスは本当に、信用に(あたい)する人間なの?」

「あぁ――。それは当然だ。ルイスが九つのときに私が道で拾い、その名も私が付けたのだから。……それと、これでは答えにならないかもしれないが、私はルイスを心から信用しているよ」


 ウィリアムの瞳に嘘は無い。


「そう――。ならいいわ。……では、そろそろ戻りましょうか。私は今までの自分の悪行を全て払拭(ふっしょく)しなければならないし。ウィリアム、悪いけどあなたにも協力してもらうわよ」


 アメリアはそう言って、ウィリアムの腕に自分の腕を絡ませた。そして再び、淑女の笑みを浮かべる。


 ウィリアムはそんなアメリアの変わり身の速さに苦笑しながらも、今までのどこか退屈だった日々が終わりを迎える予感に、(おのれ)の感情が高ぶるのを、確かに感じていた。


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