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拙著ですが宜しくお願い致します(^^
ポイント評価、いいね、感想等大歓迎です!頂けると夕凪が泣いて喜びます。
2022/2/3 誤字脱字報告いただきました、ありがとうございます(^^)
書いたら書きっぱなしで誤字脱字放置ぎみなので、いつも読者の皆さまに助けられております!
もし見つけられた方は遠慮なく誤字脱字報告していただければと思います。
では本編へ……どうぞ!
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一度目は、領主とただの町娘だった。
彼と死に別れた私は何故だか前世の記憶を持ったまま次の生を受け、再び彼と出会った。これはきっと運命だと、私は意気揚々と領主の彼の屋敷を訪れた。
でも、違った。彼は私を覚えてはいなかったのだ。
彼の屋敷の前で、彼の前世の名を呼んで泣き叫ぶ私を、気味悪げに部屋の窓から見下ろす彼の瞳。そのときの私の絶望は、誰にも理解出来ないだろう。
――そしてそれ以降、彼には二度と会うことは出来ずに、私はそのまま流行病にかかって死んだ。
二度目は屋敷メイドと執事だった。
私は年頃になり家庭教師をしている主人の下でメイドとして働くことになった。その屋敷で執事をしていたのが彼である。
私は再びときめいた。今度は失敗しまいと慎ましく過ごした。
前世の記憶があるのは私だけ、彼は過去の記憶を覚えている気配はない。気味悪がられないように、只の普通のメイドとして――、いや、周りのメイドの誰よりも必死に働き、主人にも彼にも認められるように頑張った。
そして遂に彼と恋人になり、結婚の約束をした。
けれどその結婚を目前に――彼は死んだ。だから私は毒を飲んだ。
三度目、私は年頃になる前に死んだ。親友だと思っていた者に裏切られたのだ。
いや、彼女の行動は正当なものだっただろう。前世の記憶があるなどと口を滑らせた自分が悪かったのだ。
私は魔女扱いされ、十字架に張り付けられ火で炙り殺された。
四度目、二十歳になってようやく彼を見つけた。
けれど彼には既に婚約者がいて、そこに私の入り込む隙は無かった。
私は彼をひっそりと見守った。名前も顔も明かさず、彼と恋人の結婚式を遠くから見学した。
幸せそうな彼の笑顔。私以外の女性に向けられる熱い視線――。
私の心は嫉妬の業火で燃やされた。やはり耐えられなかった。あの愛しい人が、他の女性を愛するということに。
私はその夜、深い川に飛び込んだ。
そんなことを、何度も何度も繰り返した。
十回、二十回――繰り返すうちに、気が付いてしまった。
私が彼に近づけば近づくほど、彼は不幸になるのだと。私と恋人になると、彼は何らかの理由で死んでしまうのだということに。
――これは呪いなのだろうか。
いつしか私の心は絶望の色に塗りつぶされていた。
私が遠くから彼を見ている限りは、彼は不幸にはならない。他の心優しい女性と結婚し、子供を作り、幸せになるのだ。
けれど、愛する彼の幸せが、私の幸せ――とは、どうしても思えなかった。
私だけを見て欲しかった。私だけを愛して欲しかった。けれどそれは決して叶わない。
何故、記憶が消えないのか。
消えてくれれば、こんなに辛い気持ちにならずにすんだのに。何故、私だけ、何故、彼は私を思い出さない……。
いつしか私は私を、そして彼を、憎悪していった。
そして気が付けば転生を三十回繰り返していた。
私は彼以外の男と結婚し子供を産んだ。夫は私を心から愛してくれた。子供も私を母と慕い、とても大切にしてくれた。
けれど私は誰も愛せなかった。このような浅ましく、卑しい呪いを受けた私に、誰かを愛する資格など無いのだ。
いや、もしかしたら違ったのかもしれない。愛することが怖かったのかもしれない。愛する者を、もう一度失うということが――。
丁度四十回目の転生で、私はついに貴族の家に産まれた。
地方に住む男爵家。私は転生を繰り返すうちに、いつのまにか多くのことを学んでいた。
語学、哲学、経済学、薬学、医学、そしてダンスに、裁縫、料理に乗馬。
曲がりなりにも何百年の記憶があるのだ。私の知識は、天才と呼ばれる者たちが一生で成し遂げるであろう何十倍もの量に膨らみ、そしてその知識、経験に比例するように私の生を受ける家柄は上がっていった。
お陰で暮らすには困らない。理由もなく鞭で打たれたり罵声を浴びせられることもない。
あの人と死に別れたときのように――戦争に巻き込まれて犬死にさせられるようなこともない。
けれど良くないことが一つある。
そう――家柄が良くなれば良くなるほど、世間は狭くなることだった。
私の転生した先には必ず彼もいる。そしてその彼はいつも私より上の身分で……私が貴族の上流階級になればなるほど、彼はさらに上流貴族として生を受けるのだ。
私の心は既に卑しく荒んでいる。
心は荒野のように荒れ果て、水は枯渇し、一滴の血も流れていない。
けれど、彼の不遇な死を見るのだけはもう嫌だった。嫌われても、罵られても、彼が他の女性を愛しても、私の心には響かない。
けれど死だけは駄目なのだ。彼の死だけは、何度繰り返しても耐えられないのだ。
だから私は焦っていた。丁度千年――。あの日彼と死に別れてから、丁度……きっかり。
何故、何の因果なのか。私はこんなことは望んでいない。今まで一度だって、このようなことは無かったのに……。
「アメリア、聞いているのか」
私はそのたしなめるような声に、ハッとして顔を上げた。私としたことが、あまりの内容に思考を飛ばしてしまったようだ。
私の目の前には、仕事机に両肘を付き、眉に深い皺を寄せて私を射るように見つめてくるお父様の姿。
「……お父様、そのお話、本当の本当に事実なのでございますか?」
私はなるべく平静を装って言葉を返す。本当は今にも叫び出したい気持ちだが、この私アメリアがそのようなことをするはずがない。
私は震える右手を左手で抑えるようにして、お父様の様子を伺う。お父様は肘をついた両手に額を付けて、ううむと難しい声で呟いた。
「事実だ……。私とて信じられん。まさかお前に縁談などと……しかも相手はウィンチェスター侯爵のご嫡男、ファルマス伯爵。アメリアお前……ファルマス伯と親しい間柄だったのか……?」
「まさか。私が殿方と親しくなるなど断じてあり得ませんわ。それはお父様が一番良く知っていらっしゃる筈」
今回の人生で私が生を受けたのはこのサウスウェル伯爵家だった。
このエターニア王国で伯爵の爵位が授けられている家は二百ほど。その上の侯爵の爵位を持つ家は三十ほどだから、如何に侯爵の身分が高いのかがわかるだろう。
そしてその侯爵の御子息ファルマス伯……そう、ウィリアム・セシルが私に縁談を申し込んで来たのである。……ウィリアム・セシル……私のかつて愛した彼――。
けれど、これは絶対に受けてはならない縁談だ。何がどうなって、いったいどんな理由でファルマス伯が私に縁談を申し込んで来たのかは知らないが、私が彼に近付くことは許されない。
今まで極力関わらないように生きてきた。社交界も必要最低限のみ、お茶会も、夕食会も、彼の視界には入らないように気をつけてきた。
それもこれも全て、彼を不幸にしない為。こんなことで、彼の命を脅かしたりはしたくない。
「お父様、その縁談お断りして下さいませ」
私の言葉に、お父様はピクリと眉を震わせた。流石に侯爵家からの申し出を断るわけにはいかないということだろうか。
しかしこちらには切り札がある。
「娘は傍若無人で恥知らず。嫁がせなどしたらセシル家の恥となることでしょう、私とて我が家の恥をこれ以上晒すわけにはいかない、申し訳ありません。などとお返事なされば宜しいですわ」
私は淡々と物申す。するとお父様は両腕を組んで椅子に深く腰掛け直した。
――短いブロンドの髪が微かに揺れる。
少し切れ長の瞼はさらに鋭く細められ、そこに揺れるのは深い碧の瞳。最近顔に少し皺が目立つようになってきた。年は四十になったばかりだが、恐らくこの皺は私が深くしてしまったのだろうと思うと、流石の私も少しは申し訳ない気持ちになる。