【優秀作品】春の思い出リフレイン
※こちらは武 頼庵(藤谷 K介)様主宰「第二回初恋・春」企画参加作品です。
「ねえ、知ってる? ファーストキスってレモンの味がするんだって」
柏木公園の桜が満開になると、僕はいつも思い出す。
15年前、小学6年生の時に転校していった早瀬美鈴のことを。
ツインテールの髪を揺らしながら、散りゆく桜をバックに走り去って行った彼女のことを。
※
早瀬美鈴はいわゆる優等生で、とても真面目な生徒だった。
校内の美化活動、花壇の手入れ、ゴミ当番……etc.
クラスのみんなが嫌がる仕事を自ら進んで引き受けていた。
学業の成績もよく運動神経も抜群で、先生からの信頼も厚い。
そんな絵に描いたような学級委員長が小学5年生にあがった4月の始め、いきなり僕を副委員長に推薦してきた時は、思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。いや、実際にずり落ちた。
学業も普通、運動神経も普通、クラスの隅っこでひっそりと棲息しているような僕に突然スポットライトが当てられたのだ。転げ落ちないほうがどうかしている。
「大宮くんなら、副委員長にピッタリだと思います」
教壇の上で彼女はそう言っていた。
自信満々に。
不敵な笑みを浮かべながら。
僕には「ピッタリ」の意味が全然わからなかった。
なぜ、こんなクラスでも目立たない存在を副委員長に推すのか。
なぜ、一言も口をきいたことのない僕を選ぶのか。
理解できなかった。
しかし、そんなめんどくさそうな係なんて誰もやりたがらなかったため、満場一致で僕は副委員長に選ばれてしまった。
かくして僕は早瀬美鈴とことあるごとに行動を共にするようになったのである。
「月曜日は図書室の整理、火曜日は校庭のゴミ拾い、水曜日は花壇の手入れ、木曜日は中庭の清掃、金曜日は用具室の後片付け、あ、ゴミ当番は毎日だからね」
放課後の教室。
クラスのみんなが帰ったあと、僕は早瀬美鈴から週の実施項目を口頭で説明されていた。
正直、それは学級委員の仕事かと思える内容ばかりだった。
いつからかはわからないが、彼女は今までそれを一人でずっとやっていたのだからすごい。
根っからの優等生なのだろう。
「それ、拒否権は発動できないの?」
僕の言葉に早瀬美鈴は「できません」とさらりと答えた。
「まいったなあ、僕だって忙しいのに」
思いっきり暇だったけど、さも用事がありそうに振る舞ってみた。
ダサさ全開だった。
しかし彼女はそんな僕を見透かしたかのように、言った。
「どうせ家でゲームばっかりしてるんでしょ?」
「う……」
「少しはみんなのために働いたら?」
まるで保護者のような言い方だなと思った。
「子どもを働かせるのは、ろーどーきじゅんほーに違反してると思います」
「へえ、ずいぶん難しい言葉を知ってるのね。でも大丈夫よ。これは課外活動の一環で労働じゃないし、そんなに大変じゃないから」
「そうなの?」
「せいぜい1時間くらい」
「じ、じゅうぶん大変だと思うけど……」
1時間て……。
小学生にとっての1時間は貴重だ。特に学校が終わった後なんかは。
「じゃあなに? 大変な作業を全部私一人でやれって?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「そういう意味じゃない」
きっぱりと正論で言い返されてしまった。やっぱり早瀬美鈴は優等生だ。
「はあ、わかった。わかりましたよ。手伝えばいいんでしょ、手伝えば」
「やった! よかったー。正直、誰か道連れが欲しかったのよねー」
彼女の言葉に、僕は「え?」と思った。
絵に描いたような学級委員長の口から「道連れ」というセリフが飛び出してきたのだ。
びっくりしてしまった。
「道連れって……。なにそれ?」
「そのまんまよ。学級活動の道連れ」
「……早瀬さんは好きでやってるんじゃないの?」
僕の疑問に彼女は「まっさかー!」と笑いながら否定した。
「誰が好き好んでやるっていうのよ、そんなこと。私、別に校内の美化なんて興味ないし、どうだっていいって思ってるわ」
衝撃的な発言に、僕は自分の耳を疑った。
「は、早瀬さんって、そういうこと言う人なんだ……」
「ふふふ、意外だった?」
「うん、意外」
「私、前世は猫だったからね」
「猫?」
「普段、猫かぶってるから」
にゃん、と猫のポーズをとる。
そんな笑えない冗談を言うのも、相手が僕だからだろうか。
誰ともつるんだことがないし、おしゃべりなわけでもない。
引っ込み思案で、教室の隅でおとなしくしている存在だからこそ、安心して打ち明けてるのかもしれない。
そう思うと、少し嬉しかった。
「このことは内緒ね。内申書に響くから」
内申書という言葉に、僕は思わず「ぷっ」と笑ってしまった。
「な、なによー」
「早瀬さんって、もしかして内申書のために学級委員長やってたの?」
「それ以外ある? じゃなきゃこんなめんどくさい係やらないわよ」
僕はその時、彼女に対して嫌悪感よりも親近感がわいた。
優等生で先生の言うことばかり聞く良い子ちゃんと思ってたけど、そうではない。
僕らと同じ、こちら側の人間なのだ。ただし、計算高くて利己的な。
前世が猫(自称)というのも頷けた。
「じゃあ、僕も内申書のために一生懸命手伝わないとね」
「お、わかってるね。やっぱり大宮くんを選んだ私の目に狂いはなかったよ」
僕らはお互いにクスクスと笑いながら学級活動もどきをやり始めたのだった。
「早瀬さんって、中学はどこに行きたいの?」
火曜日。
校庭のゴミ拾いをしながら尋ねると、彼女は即座に「舞浜女学院」と答えた。
舞浜女学院。県内でも屈指の名門校だ。
いわゆるお嬢様学校で、多くの著名人が在籍していたことでも有名である。
「そっか、舞浜女学院にいきたいんだ」
「できれば推薦入試でね。あそこ、偏差値高いから」
「早瀬さんなら、普通に受験しても受かると思うけど……」
「でも絶対じゃないでしょ? 推薦だったら確率上がるし、仮に落ちても受験すればいいし。要するに二段構えね」
やっぱり彼女は計算高い。そこまで考えて、学級委員長をやっているのか。
でも、それほどまでに行きたい舞浜女学院には何があるのだろう、とちょっと興味を持った。
「で、大宮くんは?」
フェンス際に落ちているティッシュを拾い上げて、彼女が尋ねる。
「僕は……まだ決めてない。身の丈にあった中学に行くと思うけど」
「じゃあ、一緒に受けない? 舞浜女学院」
なんでだよ、と思った。
「僕、男なんですけど……」
「女装すればいいじゃない。女の子みたいな顔なんだし」
冗談とも本気ともつかぬ顔でクスクス笑われた。……冗談なんだよね?
「中学受験なんて一度も考えたことないなぁ。だって僕たち、まだ小5だよ?」
「遅いくらいよ。他の子たちは高学年になったと同時に目標を定めてるわ」
それは彼女のような人種だけだろう。
普通の小学生は毎日ゲームしたりマンガ読んだりだらだら過ごしながら、6年生になった時に「さあ、どうしようか」ってなるものだ。たぶんだけど。
「早く、行きたい中学校見定めときなさいよ」
「う、うん……。でも早瀬さんは、どうして舞浜女学院に行きたいの?」
「私?」
「だって、そこまで行きたいんなら、何か理由があるんでしょ?」
「うーん、そうねえ。笑わない?」
「うん、笑わない」
「私、女優になりたいんだ」
「じ、女優?」
「そう、女優。歌って踊れて何でもできるマルチな女優」
予想外の答えに若干戸惑う。
「それと舞浜女学院とどういう関係があるの?」
「あそこはね、多くの女優を輩出する学校でも有名なの。一般教養だけでなく、日本舞踏やパーティーでの礼儀作法も教えてくれるのよ」
「へ、へえ……」
「だからね、オーディションなんかで舞浜女学院出身というだけで、けっこう目にとめてもらえたりするんだって」
「そうなんだ」
「それに小学校の時に学級委員長をやってました、なんて言えたら最高のアピールになるじゃない」
そこまで計算してるだなんて。
僕は彼女の将来を見据えた人生プランに舌を巻いた。
「じゃあ、何が何でも行かなきゃね、舞浜女学院」
「うん、応援してて。あ、でもこのことは内緒だからね」
「わかってるよ。そんな下心がバレたら内申書に響くもんね」
「そうそう、下心がバレたら内申書に……って、下心ってなんやねーん!」
エセ関西人のノリでツッコみを入れる早瀬美鈴に僕はその時、ほんのちょっぴり好意を抱いた。
それから1年間。
僕らは二人でずっと学級活動を続けた。
お互いに励まし合い、助け合い、笑い合いながら充実した学校生活を送った。
思えばこの頃の僕は今までで一番輝いていたと思う。
同い年の女の子と気兼ねなく話ができ、他愛ないことで笑い合えたのは、この小学5年生の時くらいだけだ。
ずっとこの状態が続けばいいとさえ思ってた。
けれども。
小学校6年生にあがると同時に、先生から衝撃的な事実を告げられた。
早瀬美鈴が親の都合で転校することが決まったということを。
急な転校で、挨拶もそこそこにすぐにも旅立ってしまうということを。
それも自転車で行けるような近所ではなく、県外の遠くの場所に引っ越すのだそうだ。
僕はそれを聞いてショックを受けた。
あれだけ舞浜女学院に行きたがっていた彼女が、この時期に転校を余儀なくされるなんて。
推薦入試を受けるために頑張ってやってきたことが、転校によって水の泡になってしまうなんて。
みんなは多分知らなかっただろうけれど、本人はどれだけショックだったか。
「今まで仲良くしてくれてありがとう、お世話になりました」
しかし教壇の上でさっぱりとお辞儀をする彼女からは、そんな様子は微塵も感じられなかった。
弱さを見せまいとするその姿が、僕にはとても痛々しかった。
その日は、転校する学級委員長のためにみんなで寄せ書きを書いた。
僕も何か書いた気がするけれど、もう覚えていない。
ほとんど放心状態だったからだ。
とりあえずみんなで書いた寄せ書きは放課後、荷物を抱える彼女に渡された。
彼女はそれを受け取ると、一人一人にお礼の言葉を述べ別れを告げた。
「大宮くん、学級委員長の座はあなたに譲るわね。私の代わりに頑張って」
彼女は、うつむく僕に精一杯の明るい声でそう言ってくれた。
でも僕には何も答えられなかった。
せっかく仲良くなれたのに。
あと1年一緒にいられると思ってたのに。
突然の転校で頭が真っ白になっていた。
うつむいたまま彼女の言葉を黙って受け止めていると、彼女はそっと顔を近づけてきて耳元でささやいた。
「ねえ大宮くん。あとで柏木公園に来て。伝えたいことがあるの」
僕はその時、ようやく顔をあげて彼女を見つめた。
けれども、彼女はすでに次の生徒に別れの挨拶を告げていた。
下校の時間になり、みんなが早瀬美鈴にさよならを伝えて帰って行く中、僕は一足早く柏木公園に向かった。
小学校の裏手にある大きな公園で、この時期は桜が満開になることで有名な場所だ。
ちょうどこの時も、春の陽射しが温かく桜が満開だった。
しばらく満開の桜を眺めていると、タタタタと早瀬美鈴が大きな荷物を抱えてやってきた。
「大宮くん、お待たせ!」
「早瀬」
早瀬美鈴は近くの桜に荷物を下ろすと「はあ、疲れた」と大きくため息をついた。
てっきり落ち込んでるものとばかり思っていたけれど、いつもの彼女で少し拍子抜けする。
「早瀬……」
「ごめんね。大宮くんに一言、どうしても謝りたかったの。転校の事」
「う、ううん、別に早瀬のせいじゃないじゃん。でもビックリした。急すぎて」
「だよね。私も知ったの先週だったから」
先週。つまり数日前だ。
「もう……決まったことなんだよね?」
「うん」
「舞浜女学院はいいの?」
「よくはないけど……。でもしょうがないよ」
「早瀬だけ、ここに残るなんて……できないんだよね?」
「できないよ、そんなこと。それに何度も何度もお父さんとお母さんに伝えたわ。私が舞浜女学院に行きたいこと。この学校が好きなこと」
「女優が夢だってことも?」
「それは、言ってない。恥ずかしいもん」
「別に恥ずかしいことじゃないと思うけど」
「絶対笑われるし」
「そ、そうかな?」
子どもの夢を聞いて笑う親なんているのだろうか。
「それにうちの両親、厳しいから。もっと現実見ろーって怒られると思う」
「そっか。でも僕は早瀬ならなれると思うよ、女優に」
「ふふふ、やっぱり大宮くんて優しいね」
早瀬美鈴は満面の笑みで振り返った。
今まで見てきた彼女の中で、一番の笑顔だと思った。
「ありがとう、大宮くん。この1年間すごく楽しかった」
「僕もすごく楽しかった」
「大宮くんのおかげで、いろんな経験ができたわ」
「僕もだよ」
「一人じゃ学べないことをたくさん学ばせてもらった。クラスメイトの大切さ、一緒に誰かと活動する楽しさ、将来の夢を気兼ねなくしゃべれる安心感」
「こんな僕でも早瀬のためになったなら、嬉しいよ」
「それに……誰かを好きになるって気持ち……」
「早瀬?」
早瀬美鈴は何か思いつめたようにうつむくと、背中を向けた。
「ね、ねえ、大宮くん。知ってる? ファーストキスってレモンの味がするんだって」
「ふぁ、ふぁーすときす!?」
突然のフレーズに声が裏返る。
ファーストキスってなんだ、ファーストキスって。
「へへへ、変な意味じゃないよ!? じ、女優って、キ……キスシーンとかあるでしょ? だから、気になって調べてみたの」
「そ、そうなんだ」
「そしたらね、ファーストキスはレモンの味がするって書いてあって。でも私、したことないし……相手もいないし……実際どうなんだろうって……思って……」
いったい何を言ってるのかわからなかった。
僕はいつもの早瀬ではないことに、少しドギマギしてしまった。
「それは……レモンを食べてたらレモン味になるだろうし、イチゴ食べてたらイチゴ味になるんじゃない?」
「そ、そうよね! イチゴ食べてたらイチゴ味になるよね! ごめんね、変なこと言って……」
そう言って振り返った彼女は、いつもの表情だった。
「大宮くん、いろいろありがとね! 本当に楽しかった。私のこと、忘れちゃ嫌だよ?」
「忘れるもんか。早瀬こそ僕のこと忘れないでね。あ、でも冬の日に中庭ですべって転んで池ポチャしたのは忘れていいから」
「あははは、忘れるもんですか! びしょ濡れになって泣いてた姿、一生忘れないわ!」
「むー」
ぷっくりと怒る僕に、彼女は笑いながら「じゃあね」と言って駆け出して行った。
振り向くこともせず、長いツインテールの髪を揺らしながら。
散りゆく桜の花びらとともに消えていった彼女の姿を、僕はずっと見送っていた。
※
柏木公園の桜が満開になると、僕はいつも思い出す。
15年前、小学6年生の時に転校していった早瀬美鈴のことを。
ツインテールの髪を揺らしながら、散りゆく桜をバックに走り去って行った彼女のことを。
あの日、ファーストキスについて語った彼女の真意はなんだったのか。
あの思わせぶりな態度はなんだったのか。
15年経った今でもわからない。
彼女はその後、遠くの地で中高一貫の学校に進学し、卒業後舞台エキストラを経て女優になったと聞いた。
肩書も何もない、演技派若手女優としてちょくちょくテレビや映画に出ている。
先日も公開したばかりの映画の番宣に彼女がゲスト出演していた。
見た目はだいぶ大人へと成長しているものの、優等生っぽいしゃべり方が当時とあまり変わっておらず、とても嬉しかった。
僕はといえば、小5の時に言った通り身の丈にあった中学に行き、身の丈にあった高校へ行き、大学卒業後、地元の小さな会社に勤めている。
不満がないといえばウソになるけど、それなりに充実はしている。
ただ、やはり将来の夢だった宇宙飛行士にはなれなかった。
これが小学校の頃から目指していた者とそうでない者との差だろう。
そもそも、中学の終わりくらいに漠然と「なれたらいいな」程度の夢だったのだから、なれなくて当然だ。
そう思うと、彼女は本当にすごい。
あんなに幼いころから女優を目指し、途中で予定路線が変更されたにも関わらず、めげずに頑張って女優になれたのだから。尊敬に値する。
ひらひらと舞い散る花びらを眺めながら、僕は早瀬美鈴のことを思い出していた。
いまだにツインテールの彼女の後ろ姿が忘れられないということは、もしかしたら僕にとってあれは初恋だったのかもしれない。
この15年間、何人かの女性とお近づきになれたことはあっても、お付き合いにまで発展したことはなかった。それはきっと、心のどこかで彼女への想いを引きずっているからなんだと思う。
女優という手の届かない所まで行ってしまった早瀬美鈴。
彼女への想いを断ち切るには、僕も新しい恋を見つけるしかないのかもしれない。
「ねえ、知ってる? ファーストキスってレモンの味がするんだって」
その時、耳に懐かしいフレーズが飛び込んできた。
優しくて、温かくて、そして記憶の中にずっと残っていた声で。
目を向けると、そこには……
彼女がいた。
あの早瀬美鈴が、桜の木の下に立っていた。
なんで?
どうして?
突然のことで頭が混乱する。
「は、早瀬……なの?」
「大宮くん。久しぶり」
白いストールを首に巻きつけ、大人っぽい衣装で登場した彼女に目が釘付けになる。
ツインテールだった髪型はストレートのロングへと変わっているものの、その表情は当時の早瀬美鈴のままだった。
「元気だった?」
「早瀬、なんでここに……?」
「大宮くんに会いたくて」
いや、わからない。
そんな理由で、不確かなこの場所を訪れるはずがない。
「ふふふ、相変わらずきょとんとする顔が笑える」
「そっちこそ、相変わらずの口ぶりだね」
なぜか自然と口元がほころんだ。
目の前にいるのは、確かに早瀬美鈴だ。小学6年で転校していった彼女だ。かなり綺麗になっているが。
「久しぶりにこの近くを通ったものだから、ここに来れば大宮くんに会えるかなって思ったの。まさか本当に会えるとは思わなかった」
信じられない。
僕も会いたいと思っていたけれど、まさかこんなにも偶然に再会できるだなんて。
「15年ぶりだね」
「そうだね。ちょうど今、早瀬のこと思い出してたところだったんだ」
「嬉しい。私も大宮くんのこと思い出してたところだったの」
その言葉に身体中が火照る。
当時に比べ、かなり大人っぽい雰囲気の彼女に若干背中がむず痒くなった。
「そ、そう。それは僕も嬉しいよ。そうそう、この前映画観に行ったよ。夢だった女優になれたんだね。おめでとう」
「観てくれたんだ、ありがとう。まだまだ駆け出しだけどね」
「それでもすごかったよ。堂々とした演技で。ベテランに負けてなかった。やっぱり早瀬は、優等生だ」
「なにそれ」
クスクスと笑う早瀬美鈴に、当時の姿が重なる。
僕はここぞとばかりに聞いてみた。
「ねえ、早瀬にずっと聞きたかったことがあるんだ」
「なに?」
「ここで別れの挨拶をした時、なんでファーストキスの話なんてしたの?」
「……知りたい?」
「うん」
「どうしても?」
「う、うん……」
「笑ったら怒るよ?」
「笑わないよ」
「……そう。なら言うね」
早瀬美鈴が大きく深呼吸をした後、僕の目を見てゆっくりと口を開いた。
「私ね、あの時大宮くんのことが……」
春の風が吹く。
彼女の言葉は心地よく僕の耳に届いた。
大人になった早瀬美鈴が傍らに立つ満開の桜は、この15年間で一番綺麗だと思った。
お読みいただき、ありがとうございました。