鏡の少女
薄暗い部屋に夕日が差し込んでいる。部屋の真ん中には、今つるしたばっかりの輪ができている縄が、夕日に照らせれ、僕はただそれをじっと眺めていた。
これから僕は自殺をするんだ。そう思うと恐怖も、今まで両親に育ててもらっておきながら最後まで迷惑をかけてしまうことのうしろめたさより、解放感と次の来世への希望のほうが大きかった。
-やっと楽になれるー
そう思うと楽しくなってきて仕方がなかった。
あんなことがあっては、もう僕も立ち直ることは不可能に近かった。
-二時間前ー
僕は学校ではいじめを受けていた。
トイレに閉じ込められたり、雑巾を洗ったバケツの水をかけられたり、上履きの落書きやトイレに捨てられていたことなんてしょっちゅうあった。
そんな毎日が続いていても僕の心が折れることはなかった。なぜなら、いつもそばにてくれる親友がいたからだ。クラスの人気者で成績優秀スポーツ万能容姿端麗といった僕の割に合わないような完璧な奴だった。僕も成績だけはそこそこよかったから、いつもいじめてくる奴らより格上の高校に行ってやろうぜ、なんて話していた。
僕はあいつよりも成績は良くなかったから、絶対いけるように毎日放課後に残って質問していた。
部活も引退をして、ここからさらに詰め込んでA判定をもらえるように努力した。
そんな日の今日のことだった。きょう提出のプリントを、教室に忘れて行ってしまった。取りに戻ると、「あんな奴早く死ねばいいのに」と声が聞こえた。
あいつの声だ。いやそんなわけない、あいつがそんなこと言うわけがない。
そう自分に言い聞かせて教室をのぞいた。
「ちょっと優しくしたら同じ高校行くために頑張っちゃってバカみたいだよな。ほんとおもしろいわ。」
そう声を発していたのは…やっぱりあいつだった。
目の前が真っ暗になった。今まで信じていた親友にも裏切られ、僕のみかたはいなくなった。
僕は一心不乱に走って家に戻った。あふれだした涙をぬぐって今までの苦しみが何万倍にもなってのしかかってきたようだった。
気づいた時には手には縄を持っていた。
-死んでしまおうー
こうしてぼくは自殺を決意した。
そして今まだ実行することはなくただ縄の前で体育座りをしていた。
今まであった楽しかった思い出、苦しかったこと辛かったことがすべて頭によみがえってきた。
そもそもなんで僕が死ななくてはならないんだ?いますぐあいつらを殺して憎しみをはらしてからでもいいのに。とかんがえたが、やはりやめた。なんだかばかばかしくなった。それに両親の負担がこれ以上大きくなり、犯罪者の親というレッテルを貼られ続けるのも申し訳なくなった。それに気持ちが変わったら大変だ。
そう思って椅子の上に上った。机の上の遺書をチラ見して深呼吸をした。
「さようなら。」
そう呟いて足を浮かせた。
「あなた本当に死んじゃうの?」
部屋のどこかから女の声がきこえた。周りを一周ぐるっと見回すが、誰もいなかった。
空耳か?心が病みすぎてだいぶ重症だな。
もう一度縄に手をかけた。すると、「こっちだよ。」と声が聞こえた。
そこにあったのは大きな鏡だ。椅子から降りてその鏡をまじまじと見た。鏡の隅からばあっ、と言って出てきたのは女の子だった。
僕はびっくりして思いっきりしりもちをついた。
「死んじゃうなんてもったいないよ~、もっといきなくっちゃ。」
彼女はくすくす笑いながら続けた。なんなんだこれは…。どう考えてもおかしい科学的にもやばいしまず実在するのか?夢でも見てるんじゃないか…。
「ところであたしの話をちょっと聞いてくれないかな!」
今は話とかそれどころではなく、状況の整理が精一杯でただたちつくしていた。
「ねーえ、大丈夫?」
僕は彼女の声も聞こえないくらい混乱していた。
まず、鏡には彼女以外何も映っていない。本来僕の部屋と僕が映し出されるところに彼女が鏡のふちに膝をついてへらへらと笑っていた。
「最近まで勉強、あんなに必死になってやっていたのに自殺なんてどうしたの?」
「君は誰?」
ようやく我に返った僕が発した第一声だった。その後に「何のドッキリ?」と付け加えた。だいたい、この鏡にいたずらしようものなら立派な不法侵入だ。それにしてもあいつらもよくやるな。そこまで暇だったのか。そう考えるとこの時期に暇してるっていい度胸だよな。てかこれは映像?ならだいぶ作りがいい。あいつの父親あたりが作ったものだろうか、中学生でこんなリアルなものが作れるものか。そもそもなぜ自殺しようとしたことを知っているんだ?どこからか監視してるとか…?そう思うとゾッとした。
「ねえ、ほんとに大丈夫?」
「え、あ、ああ…。」
大丈夫なわけがなっかった僕はしりもちをついた状態から立ち上がって部屋をぐるっと一周見回した。ざっと見ただけだけどカメラらしきものは一切ないように見えた。そのまま窓の外を確認した。ジョギング中のおじいさん。買い物帰りの隣のおばさん。女子高生らしき三人組が談笑して歩いている。誰かが外から監視している様子もなかった。
「ねえ、ほんとに大丈夫?あたしの話聞いてくれる?」
「ど、どこから監視してるんだよ。」
彼女は不思議そうな顔して首をかしげた。
「だって、こんなのありえない。誰かが仕組んでいるんだろ?何か?君が幽霊とでもいうのか?ばかばかしい。」
そういうと彼女はぷっと噴き出して大笑いした。涙が出るくらい笑ってひぃひぃいいながらやっとわらいがおさまった。
「なるほど、そういう風に思ってたんだ、ふふ、残念ながらあたしは君の言う幽霊なんだ、ふふふ。」
彼女の言ってることがよくわからなっかった。幽霊?何をおかしなことを…。
「仮にあたしが誰かに仕組まれたプログラムなら高性能過ぎない?ドッキリ番組でもここまでやらないよ。」
彼女の言うことは確かにと納得させられてしまう。誰かのいたずらだとしてもこの家の戸締りはしっかりしていた。誰かが侵入して細工するのは不可能に等しいのかもしれない。でも僕的には幽霊の存在のほうが理解しがたかった。
「あ、まだ信じてないって顔してるね。」
彼女はやれやれと肩をすくめると、鏡に両手を付けた。
「あたしの手の上に重ねるようにおいてくれない?」
もし本当にあいつらの仕組んだものならこれで指紋をとって多額のゲームの課金のお金や、借金を払わされるんじゃ…。と想像が膨らんで仕方がなかった。
そんな僕を察したのか、「大丈夫、信じてよ。」と笑った。
僕はしぶしぶ手を重ねた。
その瞬間、彼女の指が僕の手を握って引っ張った。僕は吸い込まれるように鏡の中に入った。その中にはいくつもの無数の様々な鏡が異空間に浮いている…というほうが正しいのだろうか?ちかくにあった鏡をのぞくととある男子生徒の部屋が映し出された。隣の鏡をのぞくと三人の子供と男が食卓を囲み、奥さんらしき人がパンを運んでいた。見る限り日本ではない、外国の国の光景のようだ。
「どう?びっくりした?」
彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら自分のふわっとした少しパーマのかかったような茶髪の髪の毛先をいじった。
今でも信じられないくらいだが、これは事実だと認めざるおえなかった。
「あたしの話、聞いてくれる気になった?」
僕は、こくりとうなずくと、彼女の背後にテーブルと椅子が現れた。紅茶のポットはひとりでに動き、二人分の紅茶が準備されていた。「立ち話もなんだから。」と言って僕らは椅子に座った。
「じゃ、さっそくお話を始めましょ。」と言って紅茶を一口飲んだ。
「あのね、君にお願いがあるの。」
「なに?」
「あたしとデートしてほしいんだ。」
そう言って彼女は照れ笑いをした。でぇと????僕がこの幽霊とデートをしろっていうのかい?
耳を疑ったが、彼女は続けて「一生のお願い!」と言った。もう一生終わってるんじゃないかと突っ込みたくなったが、あえてなにもいわないでおいた。
僕は立ち上がって自分の部屋の鏡のほうへ寄った。
「ちょっと、どこに行くの!?」
彼女は慌てて立ち上がった。そんな彼女のほうを見て「他をあたってください。」と一言言って鏡の世界から抜け出した。鏡の中では「せめてお友達だけでもいいから!」とさけんだ。
「お願い!君じゃなきゃダメなの!絶対自殺しちゃダメ!!お願い聞いてください!」
鏡に布をかけ、何も聞こえないふりをしてベッドに横になった。今日はもう自殺をするような気分ではなくなってしまった。鏡からは一向に声がやまない。だいぶしつこい幽霊のようだ。最後のほうは、泣き声が混じっていたと思う。
「お願いです…。あたしには時間がないんです。また明日きます。自殺しないで待っていてください、君以外じゃダメなんです…。」
その声を最後に何も聞こえなくなってしまった。布をどけると、いつも通りの鏡に戻った。
なんだか疲れてしまった。そのまま僕はベッドに横になり、眠りについたのだった。