老人の疑心
先輩たちとの談笑。辛い仕事の中でも、休憩中のこの時間があるから俺は仕事を続けていられることが出来るのかもしれない。
俺は工事現場の作業員として働いている、ごく普通の一般市民。とは言っても、まだ働いて半年ってところだから完全に見習いだ。新入りが入ることが珍しいのか、先輩たちはこんな俺に優しく接してくれる。以前働いてた時とは違う、とても居心地のいい職場だ。
ふと、茶色いコートを着た老人がこちらへ近付いてくる。もちろん俺はその老人を知っている。この現場で工事を開始して早4ヶ月になるが、事あるごとに俺たちに麦茶をふるってくれる、これまた優しい近所のじっちゃんだ。そんなじっちゃんが、思いつめた表情で、ビニール袋を引っさげながら歩いてきた。
「…5、6、7、8。みんな、いるな」
じっちゃんは指で俺たちの数を確認した後、こう続けた。
「みんなご存知の通り、ボクは君たち8人からプレゼントという事で、タブレットを受け取っている!」
じっちゃんは通る声で言った。
「えぇー?先輩たち、そんな事してたんですかー!」
と、俺はトボけた声で言った。今言った8人の中には俺も含まれているので、先輩たちをヨイショする冗談だ。先輩たちが照れている中、じっちゃんは険しい表情を崩さずに言葉を続けた。
「しかし…このタブレットが……昨日、また盗まれてしまった!」
!!!
衝撃が走る。実は、じっちゃんにタブレットをプレゼントしたのは2回目なのだ。前回無くした時は小声で
「タブレット…無くしたかもしれない……」
なんて言うもんだから不憫に思い、みんなで再びお金を集めてプレゼントしたのだ。
「なぜタブレットだけを盗むのか…それは分からない。だが、前回に続き2回ともタブレットだけを盗むのは、申し訳ないが君たちの中に犯人がいるとしか考えられないんだ!」
…じっちゃんの考えは分かるが…だからと言ってどうすれば……
「そこで、心苦しいが、ボクは!」
じっちゃんがビニール袋から紙を取り出す。
「この紙を使って不信任決議をとりたいと思う!!」
じっちゃんが声を荒げる。
「つまり君たち8人に名前を一人書いて投票してもらい、投票数が一番多かった人をボクは完全に無視する事にする!!」
秋の冷えてきた風が、いつのまにか垂れていた冷汗を撫でる。先輩たちはお互いに顔を見合わせている。あんなに優しかったじっちゃんが、人が変わってしまった様だ。
これから互いの、腹を探りあいながらの投票が始まるのだろう。誰も幸せになれない。こんな世界は…たくさんだ。そう思い、俺は……
…
……
………
(あなたは目を覚ました)
今日見た夢です。