ザムジードの煩悶
ザムジードは魔神兵装と対峙しながらも、グィードを一瞥した。
グィードはちょうど息子であるヒューゴの傍らに到着したところだった。
どうやらグィードたちは戦闘モードを終え、ザムジード率いる渡鴉と魔神兵装の戦闘を観戦するつもりらしい。
望むところだと、ザムジードは思った。
ザムジードにとって、グィードはライバルであった。
16歳の時、自分が魔王の依代であることを知らされて以来、ザムジードは自分が人類の敵であるということを強く心に刻んできた。
だからと言って、魔族や魔物たちの味方でもないということも、十分認識していたが。
いずれにせよ、いつか自分は魔王の依代として、全人類に対して宣戦布告をすることになる。
そのための準備として、人類の最大戦力の一つである冒険者ギルドに潜入して、自分の技を磨きつつ、将来自分の敵となる冒険者たちを観察し、また必要に応じてコントロールしてきた。
およそ30年に渡る、冒険者としての生活の中で、ザムジードは忘れることのできない出会いを経験した。
それがグィードとの出会いであった。
その頃グィードは、すでに死の天使と呼ばれる凄腕の冒険者であった。
ザムジードはガムビエルの指示で、深淵の牢獄探索のためのパーティーを組織しようとしていた。
そしてそのパーティーには、スカーレットと名を変えた、ザムジードの幼馴染であり、初恋の人ユリアナが組み入れられていた。
それはザムジードの願いでもあり、ガムビエルの指示でもあった。
ガムビエルは、ザムジードと同じ亡国ファールーシの王族であるユリアナに、特別な関心を寄せているようであった。
ザムジードとしても、自分が魔王の依代として世界に君臨した暁には、ユリアナを花嫁として迎えたいという願いを持っていたから、その探索を通して、どうやら幼少の記憶を失っているらしいユリアナとの関係を、改めて深めようとも願っていた。
しかし、そこにグィードが入り込んできた。
グィードをパーティーに組み入れたのが自分自身であったことが、ザムジードの苛立ちを、さらに募らせた。
グィードは、死の天使という渾名とは裏腹に、陽気で、人を惹きつけずにはおかない天性の魅力を持っていた。
じつのことを言えば、ザムジード自身、グィードに惹かれていたのである。
しかしザムジードは、深淵の牢獄の探索を続けるうちに、ユリアナがグィードに特別な感情を寄せていることに気がついた。
そして、グィードもまた、スカーレットと名乗るユリアナに、特別な感情を抱いているようであった。
そのようなことは、若い冒険者たちの間では、珍しいことではない。
しかし、当時22歳のザムジードには、それが絶望的な出来事のように感じられた。
それは、ほとんどの若者が一度ならず経験する悲劇、つまりは失恋であった。
そして多くの若者たちは、別の恋を見つけることで、その悲劇から立ち直っていくのであるが、ザムジードにはそれができなかった。
それは、幼い時に魔物たちによって家族を殺され、国を奪われ、その上その魔物たちの首領の手によって育てられたという、ザムジードの悲惨な生い立ちから来るものであったかもしれない。
またザムジードは、幼馴染であり、同じ亡国の王族であるという理由で、自分の孤独や心の傷を癒すことができるのは、ユリアナだけであるという妄執に、幼い時から囚われてもいた。
だからザムジードには、ユリアナが自分以外の者と結ばれることが、決して許せなかったのである。
そこでザムジードは、暗く身勝手な計画を立て、それを実行に移したのだ。
計画の実行のためには、それから数年を要した。
その間に、グィードとユリアナは結ばれ、グィードは死んだことになり、ユリアナもまた冒険者を引退して表舞台から姿を消してしまっていた。
しかし、冒険者ギルドの幹部であるザムジードには、彼らを見つけることは容易なことであった。
そして今から12年前、ザムジードはギルドの動かし、ユリアナを王都に呼び戻したのである。
かくして、冒険者ギルド本部の一室でユリアナと再会したザムジードは、ユリアナにすべてを打ち明けた。
そして、自分と一緒に世界の支配者になろうと持ち掛けた。
するとユリアナは、ザムジードの生い立ちに深い同情を示し、こう言った。
「一緒にグィードに相談してみましょう。もしかしたら力になれるかも知れない」
つまり、魔王の依代という呪われた運命から、ザムジードを解放する協力を申し出たのである。
しかし、ザムジードにとっては、将来、魔王の依代として世界の支配者になるということだけが、自分の呪われた運命にとっての唯一の希望であったから、その申し出を受けることはできなかった。
そこで当初の計画通り、ユリアナの心を強制的に支配することにした。
相手の心を支配して、人形のように操ることのできる力、支配者の手によって。
その力は、深淵の牢獄探索の後に身につけたものであった。
もしあの頃すでに、その能力を持っていれば、こんなに複雑なことにはならなかったはずなのに、ザムジードはそう思わずにはいられなかった。
そうであったなら、グィードもまた味方に引き入れることができたのだ。
じつはザムジードは、今でもそうなることを願っていた。
グィードのことを、憎みつつも慕っていたのだ。
しかし、現時点ではそれが不可能であることを、支配者の手をザムジードにもたらした精霊アガレスが静かに告げた。
なぜなら、自分と同等の力を持つ精霊ウァサゴの加護がヒューゴというグィードの息子を通して、パーティー全体に及んでいるからであると。
また何よりも、ザムジード自身、支配者の手の力が万能ではないことを良く知っていた。
というのは、ザムジードの本当の願いは、ユリアナやグィードを人形のように支配することではなく、あの深淵の牢獄を共に探索した頃のように、仲間として肩を並べることであったからである。
しかし支配者の手は、自分に本当の仲間をもたらさないことを、ザムジードは知っていた。
支配者の手がもたらすのは、渡鴉のような、感情を持たない、人形のような下僕だけなのである。
だからザムジードは、ユリアナを渡鴉に加えていることに、不快感と罪悪感を持っていた。
そしてその不快感と罪悪感こそが、愛するユリアナの心を支配している自分自身に対する罰であると、ザムジードは考えていた。
つまり、支配者の手は、誰よりもまず、ザムジード自身の心を縛っているのである。
その時、魔神兵装が動いた。
超振動によって生み出される不可視の刃を持つ超振動剣をザムジードと渡鴉たちに対して、薙ぎ払った。
しかし、ザムジードは先ほどの一瞬の攻防で、超振動剣の間合いを、完全に読み切っていた。
ザムジードと渡鴉は、その斬撃を軽々と躱した。
もはや、魔神兵装は渡鴉の敵ではなかったのだ。
ザムジードは、先ほど超振動剣に斬り裂かれた3人の渡鴉たちに、心から同情していた。
冒険者としての優れた素養を持ち、孤独を好む性質から、突然姿を消してもだれにも怪しまれない者。
ザムジードは、そういう者たちを慎重に物色して、渡鴉に取り込んでいった。
支配者の手の精神支配を恒久的なものとするためには、常にザムジードの身近に置く必要があったから、ザムジードは王都郊外にある邸宅で、渡鴉のメンバーと共同生活をしていた。
そしてその邸宅では、ユリアナはザムジードの妻であることになっている。
ザムジードは、日常生活においては渡鴉に対する精神支配の力を弱めて、ザムジードと彼らは、家族のように親しい上官と部下として生活をしていた。
それは、その邸宅の中だけで演じられる人形劇に過ぎないことを、ザムジードは知っていたが。
そして任務に就く時には、精神支配を強めて、文字通りの戦闘人形として、感情を表出させることさえ抑制する。
それは、渡鴉が人類の安寧を守る最強の部隊であるために、どうしても必要なことであると、ザムジードはいつも、彼らに言い聞かせていた。
そしてザムジードは、自分が手塩にかけて作り上げた最強の空中戦部隊、渡鴉に誇りを持っていた。
ザムジードは、グィードたち一行の中に、優れた祭司職の者がいることを確認していた。
だからあの3人が、命を取り留めるであろうことは確信していた。
それにしてもガムビエルは、これほどまでに危険な敵を差し向けることを、あらかじめ自分に告げていなかった。
ザムジードがガムビエルから受けている指示は、自分が別の命令を下すまでは、人類の味方として魔物や魔族を討伐し続けろという、ただそれだけのシンプルなものであった。
そしてザムジードは、ただそれに従うことしかできない。
じつのところ、魔王の依代であるということが、将来自分に、どのような状況を及ぼすのか、ザムジードは良く分からなくなっていた。
しかしそれは、少年の時に夢想したことほど、単純なものではないであろうということは、現在のザムジードには容易に想像できた。
そしてそのことについて、ザムジードは幾たびもガムビエルや、母親代わりの精霊、宝瓶宮のグラ、そしてアガレスにも尋ねたが、帰って来る返事はいつも、「何の心配もいらない、おまえはこの世界の真の支配者になるのだ。そしてそれを拒むことはできない」というものだった。
最近ザムジードは、あの時のユリアナの言葉をよく思い出すようになった。
「一緒にグィードに相談してみましょう。もしかしたら力になれるかも知れない」
ザムジードは一瞬頭に過った、その言葉を打ち消すように、精霊アガレスが変化した長剣を振り上げた。
その長剣の見た目は、その他の渡鴉がもつ普通の長剣と変わらなかったが、最強の精霊アガレスが変化したものであったから、あらゆる魔法障壁を打ち破る力を有していた。
「復讐者の剣!」
ザムジードの叫びとともに、振り上げられた剣の剣身が黒紫の光に包まれて巨大化した。
その巨大化した剣身を、ザムジードが魔神兵装に向って振り下ろす。
魔神兵装はそれを超振動剣で受けた。
次の瞬間、復讐者の剣は超振動剣ごと、魔神兵装を真っ二つに斬り裂いた。
魔神兵装に搭乗していたのは、やはりコボルト型であったが、魔神兵装もろとも、真っ二つにされていた。
コボルト型は驚異的な回復力を見せ、その傷口は見る見るうちに塞がっていく。
しかし、その時には渡鴉たちの準備が整っていた。
渡鴉たちの両手からザムジードの構える長剣に向って黒紫の光が流れ込み、球体となって膨れ上がる。
「破壊波動弾!!」
ザムジードの長剣が、回復しつつあったコボルト型に向かって振り下ろされる。
ザムジードの長剣に宿った黒紫の光球が、コボルト型の身体に吸い込まれるように重なる。
光球は音もなく膨れ上がり、コボルト型の全身を覆うと急速に収縮し、やがて消失した。




