空中大決戦④
ヒューゴは4体の魔神兵装に向って飛翔しながら、ザムジードに率いられた渡鴉が、一瞬にして魔神兵装とその搭乗者であるゴブリン型を葬り去るのを観察していた。
ヒューゴはまず、自分の持つオリハルコンの剣、永劫回帰以外の武器が魔神兵装の防護幕を無効化していることに驚いた。
しかし、それは心地よい驚きであった。
そして、ザムジードが持つその剣に興味がわいた。
その見た目は、何の変哲もないただの長剣である。
だとすれば、秘密は剣自体にあるのではなく、ザムジードの能力にあるのかもしれない。
そんなことを考えながらヒューゴが飛翔を続けていると、とは言えそれは、ほんの数秒間のことであったが、魔神兵装の右腕が自分たちに向けられていることに気づいた。
その腕の先端の拳部分はすでに手首に沿って折りたたまれており、魔神光線砲を発射する準備が整っている。
ヒューゴの背後にはレーナとスオウが続いているが、英雄波動共振によって共有された集合意識によって、ヒューゴたちは、戦場の状況を9人のパーティー全員の視点から完全に把握していたために、わざわざ注意を促す必要はなかった。
魔神兵装の右腕から光線が発射され、それをヒューゴたち三人組は、僅かに陣形を拡散して躱す。
その間に残る2体、魔神兵装と魔神兵装が渡鴉に攻撃を開始していた。
魔神兵装は巨大な連接棍棒の先端を高速回転させ、蓄えられた遠心力が頂点に達した瞬間、その先端をザムジードに向かって放った。
同時に魔神兵装は両手で構えた超振動剣で、自分を取り囲みつつあった渡鴉たちを薙ぎ払った。
ザムジードは神速で連接棍棒の先端を躱し、魔神兵装の頭部に迫る。
渡鴉たちは皆、紙一重で超振動剣の斬撃を躱した。
しかし、悲劇が起こった。
確かに躱したはずの超振動剣の斬撃によって、3人の渡鴉が斬り裂かれ、鮮血を迸らせながら落下していったのである。
その様子を、一行はスローモーションのように眺めていた。
一瞬の沈黙の後、レーナが悲鳴を上げた。
ヒューゴたちと旅を始めてから、数々の修羅場を潜って来たレーナであったが、仲間が致命傷を負うのを初めて目撃したのである。
そしてそれは、ヒューゴも同じであった。
つまりヒューゴたち一行は、それほどまでに卓越した冒険者であり、そのためにヒューゴとレーナは、冒険者の日常である戦闘行為が、どれほど危険なものであるのかということを、これまで知らずに来たのである。
そして二人はこの日、そのことを思い知った。
死は、いつも自分のすぐ近くにあるのである。
その他の者たちは、そのことを良く知っていた。
しかし、それにしても3人の渡鴉たちがどうして致命傷を受けたのか、バキエルを除く一行には理解できなかった。
3人は確かに魔神兵装の斬撃を躱していたのである。
「あれは超振動剣、鋼の刃で斬るのではなく、そこから発せられる振動の刃で斬る。そういうコンセプトの剣です」
バキエルは、それをカルラにも伝えるために、敢えて声に出して言った。
パーティー内では、英雄波動共振による以心伝心で伝わるのである。
それからバキエルはザムジードを見た。
ザムジードは何事もなかったかのように魔神兵装の頭部の水晶体を破壊した。
そして残る9人の渡鴉が魔神兵装の場合と同様に魔神兵装を取り囲み、一斉攻撃を仕掛ける。
魔神兵装の装甲が破壊され顕わになったのは、やはりオークの王ではなく、オーク型の可能態であった。
渡鴉たちが先ほどと同様、ザムジードに向って両手を翳す。
渡鴉たちの両手からザムジードの構える長剣に向って黒紫の光が流れ込み、球体となって膨れ上がる。
「破壊波動弾!!」
ザムジードの長剣がオーク型に振り下ろされる。
黒紫の光球がオーク型の身体に吸い込まれるように重なり、音もなく膨れ上がり、その全身を覆うと急速に収縮し、やがて消失した。
それは戦闘というよりは一種の儀式のように、淡々と進められていった。
その時、レーナの頭にアーシェラの声が響いた。
それはパーティー全体に共有される声ではなく、レーナ個人に向けられたものであった。
「レーナ、落ち着きなさい。あなたは祭司系の固有職、神仙の所有者よ。あなたならあの3人を救えるわ」
そう言われて、レーナははっとした。
同時にレーナの頭には、瀕死者さえ完全回復させることのできる上位の神聖魔法が複数浮かんだ。
そして一瞬のうちに最適解を導き出す。
レーナは急降下を開始する。
そこには、先ほど落下した3人の渡鴉が死体のように横たわっていた。
「聖霊よ。我らを憐れみ、死を退けたまえ!天命再起!」
詠唱を終えたレーナの身体から翼を広げた天使の幻影が現れ、その幻影が3人の渡鴉ひとり一人に近づき、次々にそっと手を置いた。
レーナは幻影が消える直前、自分を振り返って微笑んだような気がした。
そしてレーナは、3人が完全に蘇生したことを確信した。
だが3人は動かない。
今や神仙としての能力を完全に発揮して3人の状況を解析しているレーナには、それが一種の精神的なショックによる放心状態であることが解った。
レーナは上空での戦闘には戻らず、ここで3人の回復を待つことにした。
ヒューゴとスオウは魔神兵装と対峙していた。
そしてそこへ、今やその他の魔物たちの掃討を完了した仲間たちが集結しつつあった。
これまでの流れから、魔神兵装に搭乗しているのが偉大なるネズミの王ではないであろうということは予想がついた。
じつのところ、空中戦が可能になったことで魔神兵装との戦闘はやりやすくなったとヒューゴは感じていた。
なぜならば、これまでは魔神兵装の頭部にある防護幕を発生させている水晶体を破壊するために、仲間の援護を必要としたのであるが、今は鳳翼飛翔陣によって得た飛翔能力と神速によって、ヒューゴ単独で、しかも容易に、それが可能になったからである。
だから今や一行にとって、魔神兵装は難敵とはならないことを、一行は皆理解していた。
魔神兵装が左手で魔神の鉄拳を放った。
ヒューゴはそれを神速で躱す。
スオウは躱さなかった。
魔神兵装の巨大な拳に対して、スオウは鬼人化もしていない生身の拳で、正面から受けて立った。
魔神兵装の拳とスオウの拳が、正面からまともにぶつかった。
その瞬間、雷が落ちたかのような轟音が響いた。
それは外面上、到底拮抗するとは思えない衝突であった。
しかし、スオウの拳はまっすぐに伸び、魔神兵装の拳こそ、僅かに弾かれたように、一行には見えた。
もちろん、魔神兵装の拳は防護幕に護られているため、ダメージは受けていない。
スオウもそれを承知で受けて立ったのだ。
そして驚くべきことに、体格としては何十倍も大きい魔神兵装よりも、スオウの膂力が勝っていることを証明して見せたのである。
それはスオウにとっては、遊びのようなものであった。
その時、ヒューゴが魔神兵装の頭部に近づき、オリハルコンの剣、永劫回帰を振り下ろした。
水晶体が砕け散り、魔神兵装の防護幕が解除される。
そしてヒューゴとスオウの猛攻が始まった。
「王殺しの速弾きの追奏曲!!」
「鬼功法、百鬼繚乱!!」
巨大化したヒューゴの愛剣、永劫回帰と、打撃、刺突、斬撃という三種の物理攻撃属性を備えたスオウ専用の籠手、憤怒の聖者が魔神兵装の装甲を破壊し尽くす。
搭乗者はやはり、偉大なるネズミの王ではなく、オートヴィル城の中庭で遭遇した可能態人鼠兵であった。
ヒューゴと目が遭った瞬間、可能態人鼠兵は狼狽えたような顔をした。
「悪いけど、見逃してやる気はない」
ヒューゴの剣が可能態人鼠兵を木っ端みじんに斬り刻んだ。
残る敵は魔神兵装のみ。
ヒューゴがそちらを見ると、ザムジード率いる渡鴉が、超振動剣を警戒するように魔神兵装を遠巻きに取り囲んでいた。




