開戦、空中大決戦
一行は今、ギルドの最高師範、疾風のカルラと黒騎士ザムジードが率いるギルド最強の空中戦部隊、渡鴉と共にオーデンセの西の街道にやって来ていた。
今回の目的が敵の殲滅であることもあり、会議室で話し合われた作戦は非常にシンプルなものであった。
すなわち、一行はまず万魔殿に侵入し、その後は二手に分かれて探索及び敵の殲滅に移る。
問題となるのは、万魔殿侵入前に、当然、敵の防衛網を突破する必要が予測されることであった。
旧王都上空に、突如として万魔殿が出現してから丸一日が経過しているが、その後、大きな変化は見られない。
なにか思惑があるのか、単純にこちらの出方を見守っているのかもしれない。
いずれにせよ、これから一行が飛翔して万魔殿に近づけば、当然、敵はそれを妨害してくるであろうと一行は予測していた。
作戦の指揮は当然、カルラが取ることになっていたが、直接その指揮下にあるのは渡鴉の13名だけであり、グィードたち一行は遊撃隊と見做されている。
「では、これより作戦に移る。私と渡鴉が先陣を切るので、グィードたちはその後ろに続いてくれ」
カルラが一同を見回して言った。
今は頭全体を覆う兜をかぶっているザムジードとグィードたち一行が頷く。
カルラも今は兜をかぶっていたが、こちらは頭部だけを覆い顔は見えている。
ザムジード以外の渡鴉のメンバーは微動だにしない。
じつはカルラも渡鴉と作戦を共にするのは今回が初めてのことであった。
いつものことであるが、今回の討伐隊の編成を決定したのはギルドの評議会であり、カルラは兵としてその決定に従うだけであった。
渡鴉の噂は聞いていたし、その戦歴から、カルラは渡鴉と作戦を共にすることに不満はなかった。
ただリーダーであるザムジード以外は言葉を一言も発しないことや、その異様な雰囲気から、やり難さを感じていたのは確かであった。
だからカルラは、正直に言えば、グィードたちが友軍であることが嬉しかった。
グィードたちは、いかにも血の通った人間らしく、しかもカルラが良く知る冒険者らしい冒険者たちであった。
しかも彼らの実力は、最高師範である自分と同等かそれ以上であり、複数の聖霊を含むパーティーなのである。
彼らと一緒であれば、どのような作戦も成功するに違いないと、カルラは内心で感じていた。
それは懐かしい感覚であった。
カルラはまだ自分が駆け出しの冒険者であった頃、多くの優れた冒険者たちと共に旅をした時のことを思い出していた。
最高師範となってからは、自分は常に周囲の模範であることを求められ、また、自分よりも頼りになる仲間と戦うという経験はほとんどなくなっていた。
だからカルラの心は、今は羽のように軽く、心地よく高揚していた。
「諸君に我が飛翔闘法を披露しよう。遅れるなよ」
そう言うと、カルラは不敵にほほ笑んだ。
「疾風飛翔走駆!」
そう叫ぶとカルラの身体は浮き上がり、万魔殿に向けて真っすぐに飛翔した。
それを見届けた後、ザムジードは渡鴉のメンバーを見回した。
それから短く、一行には聞き取れないほど小さな声で詠唱を開始した。
「飛翔する悪夢!」
ザムジードが魔法を発動すると、13人の渡鴉の身体は、限りなく黒に近い紫の光に包まれて飛翔した。
「さあ。では私たちも行こう」
トイフェルスドレックがグィードの方を向いて言った。
「ああ。ディオゲネス、頼む」
「承知しました」
グィードにそう答えると、ディオゲネスは詠唱を始める。
「解き放て大地よ。友よ、時は来たれり。その翼を広げて、遥か天空に舞い上がれ!鳳翼飛翔陣!!」
ディオゲネスが発動した鳳翼飛翔陣には、昨晩の予告通り、夢見る兵士と同等の能力強化が付加されていることを一同が感じ取った。
そしてトイフェルスドレックは、その見事さに感心し、同時にディオゲネスであれば、やがて自分と同じ段階まで、昇り詰めるであろうと確信した。
カルラは真っすぐに、万魔殿に向った。
黒い瘴気の結界に包まれた万魔殿がどんどん近づいてくる。
気が付けばザムジードが肩を並べていた。
そしてその後ろには渡鴉とグィードたちが編隊を組んで続いていた。
カルラが振り返ると、渡鴉たちはその名の通り巨大な鴉のようであり、グィードたちは宛ら、伝説の霊鳥ヴィゾフニルのようであった。
そして、一行の先頭にはグィードではなくヒューゴが飛翔していた。
またカルラは、ヒューゴの身体から金色の光が流れ出して一行全体を覆っているのを目撃した。
ヒューゴは臨戦態勢に入ると同時に、無意識に英雄波動共振を発動していたのだ。
カルラはそれとよく似た現象を目撃したことがあった。
それは最強の最高師範と称され、王都の騎士団長も務める聖騎士カーライルが用いる英雄波動共振であった。
トイフェルスドレックもまた、ヒューゴの英雄波動共振を初めて目撃して内心で驚嘆していた。
英雄波動は、かつて英雄王アルバートに発現した、様々な奇跡を可能とする特殊な能力であり、それ以降も聖霊に選ばれたごく少数の真の英雄にだけ発現してきたものであった。
そしてトイフェルスドレックは、かつてグィードのうちにその才能を見出して導いたのであったが、それが今、グィードの息子である、しかもまだ十代の少年のうちに発現するなどとは予想だにしていないことであった。
そこでトイフェルスドレックは、すまし顔で一行の最後尾を飛翔する精霊ウァサゴを振り返った。
トイフェルスドレックは過去にも、精霊の加護を受けた冒険者たちに遭遇したことはある。
そしてウァサゴと会うのは今回が初めてのことであったが、その名は聞いたことがあった。
ウァサゴという精霊の名は、魔王戦役以前の歴史には度々登場し、その契約者と共に多くの伝説を残している。
そこでトイフェルスドレックは、ヒューゴの尋常ならざる成長はウァサゴの加護の効力に違いあるまいと考えていた。
同時にトイフェルスドレックは、いよいよ時代が動こうとしているのだということも確信していた。
やがて万魔殿から無数の黒い影があふれ出すのが、一行の目にはっきりと見えた。
それはレッサーデーモンとガーゴイルと屍飛竜からなる大軍勢であった。
飛竜自体は魔物ではなく、この世界の在来生物であるが、その屍骸に魔族が暗黒魔法で偽りの命を与えたのが屍飛竜である。
屍飛竜は通常の飛竜よりも物理・魔法両面で耐性が高く、炎の息吹の代わりに毒の息吹を使うのが特徴である。
そして冒険者ギルドが定めている危険度では災害級に分類されている。
その屍飛竜が、数百数千ともみられるレッサーデーモンやガーゴイルの中に20体ほど紛れて飛翔していた。
「まさか、これほどとは」
カルラが思わず口走った。
「カルラ殿、心配は無用です」
ザムジードがカルラに言った。
「みんな!全力で行こう!」
ヒューゴが叫んだ。
それを聞いてカルラが笑った。
「よし!私の全力も見せてやろう!」
カルラがそう言い終えた瞬間、カルラの姿が一瞬揺らぎ、そして消えた。
次瞬、カルラは突然、魔物の群れの只中に出現した。
文字通り、目にも止まらぬ速さ、すなわち神速で移動したのだ。
「風神疾風羅刹斬!!」
カルラの神速の斬撃が群がるレッサーデーモンとガーゴイルの群れを次々に斬り刻んだ。
「行くぞ!乱鴉爪襲陣!!」
ザムジードが渡鴉に命じるように叫んだ。
13人の渡鴉が広く拡散したかと思うと、次の瞬間には一点に集中するように魔物の群れを斬り裂いた。
いよいよ空中大決戦の火蓋が切って落とされたのである。




