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討伐隊到着

 翌朝、一行が炎の蛙(ファイヤーフロッグス)1階の食堂で朝食を取っていると、もはや顔見知りとなったハンネスの秘書のひとりが一行を迎えに来た。

 どうやら朝早く、ギルド本部から魔族討伐隊が到着したらしい。

 各ギルドの支部には、評議会の決定によって緊急時のみ使用が許される本部直通の転移の門があり、討伐隊は今朝、そこを通ってやって来たらしい。

 ディオゲネスの予想通りであった。

 トイフェルスドレックの提案もあり、またこちらの戦力を討伐隊にはっきり知らせるためにも、精霊(ジン)たちも全員、人間の姿で同行することにした。

 討伐隊はすでに会議室で待っているということであった。

 そして一行が会議室に入ると、そこにはハンネスともう一人の秘書の他に14人の人物が着席していた。

 ハンエスのすぐ隣には明らかに最高師範(グランドマスター)、疾風のカルラと思われる人物が座していた。

 カルラは今年で24歳になるはずであるが、童顔であり、見ようによってはヒューゴやレーナと同世代のようにも見える。

 全身に翡翠色の甲冑を纏っており、今は兜だけは外され、円卓の上に置かれていた。

 明るい栗色の髪と強い意志を示す灰色の瞳が印象的であった。

 そして、その横には一行を威圧するように全身を黒い甲冑に覆われた13人の騎士風の一団が横並びに座していた。

 しかも、その一群のリーダーと思われるカルラの隣に座した黒髪の中年の男以外の者は皆、頭をすっぽりと覆い尽くす兜をかぶったままであり、ぱっと見には性別すらわからなかった。

 そしてグィードの目は、会議室に入った瞬間、カルラの横に座る中年の男の顔に引き付けられた。

 「ザムジードか」

 グィードは自分の記憶の中から、その男の名を探し出して、すぐに口にした。

 しかし男は、なにも答えない。

 この世の不幸を一身に背負ったような深刻な顔を崩さず、黙ってグィードの顔を見つめていた。

 するとその横に座っていたカルラが立ち上がり、グィードに声を掛けた。

 「貴公が死の天使(アズラーイール)と名高いグィード殿か。今回の討伐隊のリーダーを務めるカルラだ。宜しく頼む」

 グィードもすぐに気を取り直してカルラに答える。

 「ああ。こちらも歴代最年少の最高師範(グランドマスター)とご一緒できるとは光栄だね」

 「こちらはギルド本部が誇る空中戦部隊渡鴉(レイヴン)のリーダー、ザムジード殿だ。どうやらグィード殿は面識がお有りのようだが」

 渡鴉(レイヴン)という名前を聞いて、ヒューゴは昨夜見た夢を思い出し、不吉なものを感じたが、すぐには口に出すべき言葉が見つからず、黙っていることにした。

 「ああ。昔、一度だけ一緒にある迷宮(ダンジョン)を探索したことがあるんだが、そちらは忘れているかもしれないなぁ」

 グィードは相手を探るように答えた。

 するとザムジードが表情を変えずに答えた。

 「いや。覚えているとも。死の天使(アズラーイール)グィード。当時から君の名は、冒険者仲間の中では有名だったからね。今回、君と再会できると聞いて楽しみにしていたんだ」

 「そうか。覚えていて貰えたようで俺も嬉しいよ。おまえはあの頃から、すでにギルドの幹部だったが。今はずいぶん愉快な部下を持ったようだな」

 グィードがザムジードの横に並ぶ黒衣の一群を眺めながら言った。

 「ああ。空中戦において、我ら渡鴉(レイヴン)の右に出る者はないと自負している。その実力を早く君たちにもお見せしたいものだ」

 ザムジードが無表情で答えた。

 「とにかく貴公らも席に着いてくれ。自己紹介はそれからだ」

 そう言ってカルラが一行に着席を促した。

 それから一行は自己紹介をしたが、その中に魔族のバキエルやトイフェルスドレック、精霊(ジン)たちも含まれていたことで、カルラはさすがに驚きを隠せないようであった。

 カルラはトイフェルスドレックと面識はあったが、そう親しい間柄ではなかった。

 トイフェルスドレックは賢者の学院の初代総長であり、正式にはギルドの上層部だけが、その存在を認める特別相談役のような謎の人物であった。

 カルラも最高師範(グランドマスター)に任命された時、ギルドの特別会議室で初めてトイフェルスドレックを紹介されたのであった。

 その後も何度か顔を合わせたことはあったが、遍歴の大魔導士の名に相応しく神出鬼没であり、捉えどころのない人物であるという印象であった。

 また精霊(ジン)については、その存在は座学や先輩の冒険者たちから聞かされていたが、実際に会うのは初めてのことであった。

 しかし、だからといってカルラは、精霊(ジン)たちが自分の手には負えないほど、強大な存在であるとは見なしていなかった。

 なぜならカルラは、曲がりなりにもギルド最強の戦士の称号である最高師範(グランドマスター)に任じられた者として、自身の武力に絶対の自信を持っていたからであった。

 そして、じつはこの時、驚いていたのはカルラだけではなかった。

 というのは、精霊(ジン)たちは皆、その場に自分たち以外の精霊(ジン)がいることに気づいていたのである。

 しかも、その精霊(ジン)は特別な精霊(ジン)であった。

 その精霊(ジン)の名はアガレス。

 かつて黄道十二宮(ゾディアック)とともに、魔王(アルヴァーン)によって、最初にこの世界(ザラトゥストラ)に召喚された精霊(ジン)であった。

 今は完全に姿も気配も消しているため、バキエルにさえ、その存在を感じ取ることはできなかったが、さすがに精霊(ジン)たちには、確かにアガレスがその部屋にいるということだけは隠しようがなかったのである。

 しかし精霊(ジン)たちのうち誰も、その事実を性急に自分の契約者(テスタメント)に伝える者はいなかった。

 その理由は、第一に精霊(ジン)たちは、自分たちの意思で互いに敵対し合うということは決してないためであり、現時点では、特別警戒する必要を感じなかったこと。

 第二に、もしそのことをこの場で告げれば、かえってそれが契約者(テスタメント)たちのうちに不要な緊張関係をもたらす可能性が高かったためであった。

 そこで精霊(ジン)たちは、その場では何事もないかのように自己紹介だけをしたのであった。

 ザムジードだけは相変わらず無表情であり、渡鴉(レイヴン)のメンバーの名前を一人ひとり紹介することもなかった。

 「彼らは大陸(アルヴァニア)最強の空中戦部隊、渡鴉(レイヴン)だ。それだけを認識して頂けば任務に支障はない」

 ザムジードはそれだけ述べて沈黙した。

 「では今回の任務について確認するが、我々はこれから旧王都(オプシディアン)上空に突如として出現した魔城、万魔宮(パンデモニウム)の調査と制圧に向かう。また、接触する敵はすべて殲滅を基本とする」

 ここまで言って、カルラは言葉を一旦切り、一呼吸を置いてから言葉を継いだ。

 「また、もし今回、我々が任務に失敗するようなことになれば、ギルドは更なる大兵力を持って魔城を制圧することになる。つまり我々は決死の覚悟を持って、これからの決戦を戦わねばならない。貴公らの実力は、一介の冒険者のそれを遥かに凌ぐものであることは聞き及んでおり、また私自身、こうして直接顔を合わせて、それを確信している。どうか貴公らの力を、そして命を、この世界(ザラトゥストラ)のために私に預けて欲しい」

 カルラの顔は真剣そのものであった。

 しかしグィードは、いつものように美髯を撫でながら、鷹揚に答えた。

 「あんたの覚悟は確かに受け取った。だがはっきりと言っておく。俺たちは誰のためにも死ぬつもりはない。どんなことがあっても絶対に全員で生き残る。そして、あんたの命も必ず俺たちが守ってやる。そっちの鴉の連中もまとめてな」

 それを聞いてカルラの可憐な顔が一気に紅潮した。

 「な、なんだと!私にはおまえたちの助けなど必要ない!私の方こそ、おまえたちを守ってやるのだ!」

 グィードがニヤリと笑った。

 「いいねぇ。そっちの口調の方が仲間って感じがして、いい感じだ。俺たちのことも、みんな呼び捨てで構わない。俺たちもあんたのことはカルラと呼ぶ。一緒に命を掛けて戦うんだ。対等でいいだろ。そして絶対に生き残るんだ」

 それを聞いてカルラが吹き出した。

 「ふっ。どうやら噂通りの性格らしいな」

 「いったいどんな噂を誰から聞いたんだ?」

 グィードがカルラに尋ねる。

 「死の天使(アズラーイール)の噂は方々で聞いたが、直近ではハンネス殿からだな。貴公、いやグィードは型破りな男だが、信頼に足る人物だとな」

 それを聞いてグィードがハンネスの顔を眺める。

 ハンネスは照れ臭そうに視線を外した。

 「そうか。だがその噂には足りない点がある。俺はただ信頼に足る人物というだけでなく、腕も確かだ。それに俺は不死身だ。最高師範グランドマスターも目じゃない。そして何よりも、俺には頼りになる息子がいる」

 そう言ってグィードはヒューゴの顔を見た。

 カルラもつられてヒューゴの顔を見つめる。

 ヒューゴは憧れの存在である最高師範グランドマスターのカルラを緊張した面持ちで観察していたのだが、急に目があったので、すぐには言葉が出なかった。

 「えっ、あ、ああ、任せてくれよ!」

 ヒューゴはそう答えて、胸を張った。

 カルラがまた吹き出した。

 「わかった。グィードと、ヒューゴだったな。おまえたちに任せよう!」

 ザムジードは相変わらず無表情で、そのやり取りを聞いていた。

 渡鴉(レイヴン)のメンバーも誰ひとり、一言も発しなかった。

 グィードはその様子を見て、不気味な連中だと感じていた。

 そしてザムジードと初めて出会った時のことを思い出していた。

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