種を蒔く者
病み上りの更新になります。今後ともよろしくお願いします。
冒険者ギルドを後にした一行は、もはやオーデンセの街での恒例行事のようにヴォルカスの店に向った。
トイフェルスドレックも当然のように同行している。
特に用件があったわけではないが、ディオゲネスとしてはヴォルカスはきっと妖精の指輪に興味を示すだろうという思いもあり、また友人として、近くまで来ているなら顔を覗いて近況を報告し合うのは当然のようにも、一行は感じていた。
一行が店内に入ると、ヴォルカスがいつものように工房から出てきた。
「おお、おまえさんたちか。しばらく会わんうちに、また仲間が増えたようだな」
今は精霊たちは、それぞれ猫の姿になったり姿を隠しているので、増えた仲間とはバキエルとトイフェルスドレックのことである。
ところで、最初にヴォルカスに声を掛けたのは、トイフェルスドレックであった。
「久しぶりだな、ヴォルカス」
ヴォルカスは一瞬、なんのことかという顔をしたが、すぐに思い出したように顔を輝かせて答えた。
「トイフェルスドレックか?懐かしいのう」
どうやらヴォルカスとトイフェルスドレックは、昔馴染みであったようだ。
「とうとうおまえさんまで動き出したか」
「ああ、いよいよ魔族の動きが活発になってきたからな。英雄あるところ、トイフェルスドレックありだ」
「おまえさんは昔からそうだったな。これでいよいよ、ヒューゴは英雄確定と言ったところじゃな」
どうやらトイフェルスドレックは、昔から英雄と呼ばれるような偉業を成し遂げる冒険者のところに姿を現しては、助言を与え、また具体的な助けを提供してきたらしいということが、二人のやり取りからわかった。
「事態がそこまで逼迫しているのであれば、わしもそろそろ、一端ドワーフ王国に帰って準備をした方が良いかも知れんな」
「準備、ですか?」
ディオゲネスか尋ねた。
「ああ、第二次魔王戦役の準備じゃ」
第二次魔王戦役、一行はその言葉を初めて聞いた。
魔王戦役とはこの世界の覇権をかけた魔族と人類の全面戦争のことである。
そしてそれは、一行がもともと知っていた歴史においては、今から400年前に起こった、歴史上ただ一度きりの出来事のはずである。
しかし、魔族であるバキエルが語った歴史によれば、魔王の復活自体は、それ以前にも幾度となく繰り返されて来たことだと言う。
だがヴォルカス自身は、そのようなことを意識して第二次魔王戦役などという言葉を使った訳ではあるまい。
或いはヴォルカスは、そこまで深い意味も込めずに、なんとなくその言葉を用いただけなのかも知れない。
ただいずれにせよ、魔王の復活と、かつての魔王戦役のような、この世界の覇権をかけた魔族と人類の全面戦争の可能性が、かつてないほどに高まっているのは確かであった。
「それは具体的には、どのような準備になるのでしょう?」
ディオゲネスが重ねて尋ねた。
「そうじゃなあ、まずは我らが王に魔王復活の兆しがあることをお伝えし、戦の準備を始めて頂くことになるな。それからわしは職人たちをまとめて、対魔族用の強力な武器や防具の量産に取り掛かることになるじゃろうな」
「まさか、巨匠がそこまでお考えだったとは」
ディオゲネスが感じ入ったように口にした。
「なあに、わしも人類の一員として自分にできるだけのことをしようと思ったまでのことじゃ」
「さすがは巨匠です。ところで、とうとう私たちは妖精の指輪の実物を手に入れましたよ」
そう言ってディオゲネスは、自分の右手から妖精の指輪を外して、カウンターの上に置いた。
ヴォルカスは目を輝かせてそれを覗き込み、すぐに手に取る。
「ほう、これがあの妖精の指輪か」
そう言ってルーペを取り出して装着すると、改めてさまざまな角度から観察する。
「なるほど。やはりこの指輪の秘密は、このウロボロスの意匠にあるようじゃな。そしてコボルダイトとオリハンコンが、ちょうど真逆の性質を持っているようじゃな」
などとつぶやきながら、ヴォルカスはひとしきり妖精の指輪の観察を終えると、それをディオゲネスに返して寄越した。
「面白いものを見せてもらった。それならわしにも造れそうじゃわい」
そう言って、ヴォルカスはニヤリと笑った。
それから間もなく、一行はヴォルカスと再会の約束をして店を後にした。
ヴォルカスの店を出た一行は、オーデンセの街での馴染みの宿屋炎の蛙で、少し遅めの昼食を取ることにした。
そこで一行は、改めてトイフェルスドレックとグィードの関係を詳しく聞くことになった。
まず、二人が初めて出会ったのはグィードが売り出し中の盗賊として、王都でその名を馳せていた頃であったという。
トイフェルスドレックは当時も、今と変わらず有望な冒険者を求めて世界中を旅していたらしい。
そしてグィードに目を留めると、冒険者としてもっと上を目指したいなら、しばらく自分と行動を共にしないかと提案したのだという。
最初は胡散臭いと思い断ったグィードであったが、その後もトイフェルスドレックはグィードの行く先々に姿を現わし、同じ誘いを繰り返した。
そこでグィードはある時、どこに行ってなにをするかは自分が決める、ただ行動を一緒にするというだけであれば認めるという形で、パーティーならぬバディを組んで様々な依頼を熟すようになったという。
そして、じつはグィードが古代語魔法の基礎を学び、暗殺者に転職できたのはトイフェルスドレックのおかげであるということだった。
「それじゃあトイフェルスドレックは、グィードのお師匠ということだね」
ヒューゴがそう訪ねると、グィードは渋々ながら返事をした。
「不本意ながら、そう言うこともできるな」
「なんだかはっきりしない言い方だな。はっきりそうだと言えばいいじゃないか」
トイフェルスドレックが愉快そうにグィードを責めたあとで、さらに言葉を継ぐ。
「私は有望な冒険者を育成するのが趣味のようなものでね。それに人類の平安のためには、君たちのように力ある冒険者の活躍が不可欠なのだということを経験的にもよく知っているんだ」
「それは、今回のような危機に備えてということでしょうか?」
ディオゲネスが訪ねた。
「そうだな。こういう人類の危機の時のために、常に種を蒔いておくことが私の使命だと私は考えている」
「つまり現在のグィードは、あなたが蒔いた種の実りであるということですね」
「グィードだけでなくヒューゴも、そして君たち全員が、ある意味ではグィードが結んだ実りであると、私は理解しているよ」
「するとあなたは初めからこうなると思って予めグィードを選んでいたということですか?」
ディオゲネスが心から感嘆するように尋ねた。
「まさか!そんなことは神ならぬ身には不可能だ。そういう訳ではなく、ただ大きな力を持つ者同士は互いに引かれ合うものなのだ。それに、鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれるという言葉がある。つまり、グィードのように力ある者をひとり育てておけば、その周囲には必ず同じように力ある者たちが集まり、さらには互いに高め合って、より力ある者たちの群に成長するということは、この世の摂理のようなものだと私は考えているんだ」
「摂理、ですか?」
「まあね。そんなものなんじゃないかと、私は考えているよ。とは言え、まさかその中に4体もの精霊たちや魔族の大幹部まで含まれているとは、さすがに私も予想外だったけどね」
そう言ってトイフェルスドレックは嬉しそうに笑った。
バキエルもまた静かに微笑んでいた。
精霊たちは相変わらず姿を隠している。
ウァサゴは黒猫、グレモリーは白猫、双魚宮の二人はバキエルの影に潜んでいることにトイフェルスドレックは気づいていたが。
「ところで王都からの討伐隊はいつ頃到着するのかな?」
ヒューゴが出し抜けに、だれにということもなく質問した。
「最高師範が動くからには本部は本気だということです。恐らく明日の早朝には到着するでしょう」
ディオゲネスが答えた。
「さすがは天才ディオゲネス、良い読みをしている」
トイフェルスドレックがディオゲネスを称賛した。
それからさらに言葉を継いだ。
「ところで、今回の戦いは十中八九、空中戦を含むことになると思うんだが、君たちは空中戦の経験はあるのか?」
その言葉を聞いて、一同は互いに顔を見合わせた。




