風雲急を告げる
急展開、新キャラも登場します。お楽しみ頂ければ幸いです。
一行がオートヴィル城地下の時空の扉に帰還したのは、一行が同じ地下牢区画にある横穴から深淵に旅だった翌日の昼前頃であった。
つまり一行は、およそ丸一日を深淵で過ごしていたことになる。
それで一行は、オートヴィル城地下の繭の中に捕らわれていた人々の救助が、予定通り完了したことだけを確認すると、早くも営業を再会していた宿屋、荒野の狼で休息を取ることにした。
バキエルだけは休息の必要を感じなかったが、人間の街の宿屋のベッドで眠るという、人生初の経験に興味津々の様子であった。
翌朝一行が目覚めると、状況は一変していた。
オーデンセから派遣された救助隊のリーダーである司教のアリスターが、一行を訪ねて荒野の狼までやって来た。
「とにかく南西の空を見てください」
それがアリスターの第一声であった。
一行がその指示に従って宿屋の外に出ると、そこには不気味な光景が広がっていた。
それは、あの時グレナリオ山頂から姿を消した万魔殿であった。
しかもその周囲を覆う瘴気の結界は、以前よりも大きくなっているように一行には感じられた。
それだけでなく、万魔殿自体が以前よりも大きくなっていた。
それはあたかも、生き物が成長したかのようであった。
「あの位置は旧王都オブシディアン跡に違いありません」
アリスターが、続けて言った。
旧王都と言えば、魔王戦役において陥落し、その後7年間、魔王の居城とされた城塞都市である。
城塞は徹底的に焼き払われ、僅かに残る城壁の跡が、かつてそこに城塞が存在していたことを示している。
また、かつてカルヴィーノ平原と呼ばれたその周辺地域は、魔王の支配下にあった7年間のうちに瘴気の立ち昇る湿原に造りかえられ、現在はカルヴィーノ大湿原と呼ばれ、危険な魔物が跋扈する危険地域として知られている。
その地域のほぼ中央の上空に、今は瘴気の結界に包まれた万魔殿が浮遊していた。
「あの高度であれば、恐らくオーデンセからも見えているでしょうね」
ディオゲネスが言った。
「ではギルド本部にもこのことはすでに伝わっているだろうな」
グィードが確認するように言った。
各都市の冒険者ギルド支部長は王都の冒険者ギルド本部と直通の高性能魔法通信機を所有しており、緊急の際や定期報告を行っていることをグィードは知っていた。
「ええ。一度オーデンセに帰って、ハンネスと今後の対応を話し合った方がいいかも知れません」
アルフォンスがそう提案した。
「そうだな」
グィードが短く同意した。
それから一行は、すぐに旅の準備を整えて、時空の扉でオーデンセへ転移した。
オーデンセの冒険者ギルドの地下倉庫の一室にある時空の扉に転移した一行は、すぐにハンネスの執務室に向かった。
グィードは執務室の扉をノックする前から、ハンネスが来客中であることを気配で察知していた。
「ハンネス、旧王都上空に現われた万魔殿のことを話し合いたい。入ってもいいか?」
グィードはノックと同時に、そう声を掛けた。
「ああ。そろそろ来る頃だと思っていたよ。ちょうど君たちのことを話していたところだ。入ってくれ」
一行が執務室に入ると、正面の長椅子にはハンネスが座り、テーブルを挟んでその正面には、もうひとりの魔術師のローブを纏った人物が一行に背を向ける形で座っていた。
漆黒の長髪と新品のようにはっきりとした深緑のローブが印象的であった。
一見すると女の後ろ姿にも見えるが、女にしてはかなり背が高そうであった。
じつはグィードには、その後ろ姿に見覚えがった。
「まさか、トイフェルスドレックか?」
そう声を掛けられて、その人物が立ち上がり振り返った。
「久しぶりだな、グィード。元気にしていたか?」
振り返ったその顔は、やはりグィードの見知った男の顔であった。
グィードによってトイフェルスドレックと呼ばれたその人物は、ディオゲネスほど女性的な雰囲気ではないが、やはりかなりの美形であり、どこか貴族のような高貴な雰囲気を持っていた。
身長はアルフォンスよりもやや低い程度で、グィードやヒューゴよりも高かった。
年齢は不詳であり、その落ち着いた雰囲気からグィードやハンネスと同年代のようにも見えるが、しわ一つない美しい貌は20代のように見えなくもない。
ディオゲネスは、トイフェルスドレックという名前に心当たりがあったので、記憶の倉庫を必死に探索した。
そして、すぐにその答えに行き着いた。
ディオゲネスが思わず、その答えを口に出す。
「遍歴の大魔導士トイフェルスドレック」
その名前は、王都の賢者の学院を卒業した者なら、だれでも一度は聞いたことのある名前であった。
「君がディオゲネスか。君の噂はよく聞いているよ。賢者の学院創立以来の天才だとね」
深緑のローブの男、トイフェルスドレックがディオゲネスに語り掛けた。
「とにかく、場所を移してゆっくりと話をしよう」
そう言ってハンネスは、一行とトイフェルスドレックを会議室へと誘導した。
「どうやらまた、仲間が増えたらしいな」
会議室への廊下を歩きながら、ハンネスが言った。
その視線はバキエルに向けられている。
「初めまして。バキエルと言います。以後お見知りおきを」
バキエルは、礼儀正しい少年といった様子でハンネスにあいさつをした。
その名前を聞いて、トイフェルスドレックは一瞬、バキエルの顔を凝視したが、すぐに美しい微笑を湛えてグィードの顔に視線を移して言った。
「グィード、相変わらず楽しそうなことをしているじゃないか」
「ああ。俺は生まれながらの冒険者だからな。それに今は、偉大な英雄のお目付け役だ」
そう言ってグィードはヒューゴに視線を移す。
「そうか、君がヒューゴ、グィードとスカーレットの息子か」
「ああ、よろしくトイフェルスドレック」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。ヒューゴ」
そう言って、トイフェルスドレックはヒューゴに右手を差し出した。
ヒューゴがその手を握ると、トイフェルスドレックが力強く握り返してきた。
「いてててて」
そう言ってヒューゴが、その手を振り払おうとするがトイフェルスドレックは放さない。
やっとその手を解放した後で、トイフェルスドレックは微笑を湛えながらヒューゴに言った。
「なかなかの握力だ」
ヒューゴは自分の右手を左手でさすりながら、不貞腐れたように言った。
「なんて握力だよ。あんた本当に魔術師なのか?」
「自分がいったい何者であるのか、それはこの世で最も深遠な問いの一つだ」
トイフェルスドレックが、真剣な口調で答えた。
ヒューゴが困ったような顔でグィードを見つめる。
「そいつは異常体質なんだよ」
グィードが代わりに答えた。
そうこうしているうちに、一行は会議室に到着した。
一同が席に着くと、ハンネスが話し合いの口火を切った。
「まずは現在の状況から整理しましょう」




