ウァサゴの件の顛末
「そういうことって、どういうことだ?」
というヒューゴの問いに、アーシェラは次のように答えた。
「そもそもウァサゴは、私たちの敵ではなかったということよ」
「おいおい、そいつはいったい?」
今度はグィードが尋ねた。
「そもそも精霊は、私たちエルフが使役する精霊同様、私たち亜人種を含めた全人類の敵とはなり得ない存在なのよ。なぜなら、彼らは創造主によって人類の助け手として創造されたのだから。そうでしょ、ウァサゴ?」
アーシェラはウァサゴに水を向ける。
ウァサゴは口元に、悪戯っぽい微笑を湛えつつ答える。
「さすがにエルフであるあなたは、そのことを知っていたようですね」
「敵とはなり得ないって?こいつはついさっきまで、俺たちのことを本気で殺そうとしてたじゃないか」
グィードが鼻息荒く指摘する。
それを聞いたウァサゴは、肩を竦めてやれやれという仕草をした。
「この私が?本気であなたがたを?ご冗談でしょう?私はただ、あなたが私と決着を着けたいと言ったので、二十年前の続きをしてあげたんですよ。我が婿どのよ」
「ちょっと待て、さっきもそんな気色悪い呼び方をしたが、そりゃあいったいどういうつもりだ?」
「はて?あなたがた人間の間では、自分の娘の配偶者をそう呼ぶのではないですか?」
「まさか、そういうことだったんですか?」
ディオゲネスが、やっと謎が解けたというように一人つぶやいた。
「つまりウァサゴは本当にスカーレットさんのことを自分の娘だと考えていて、スカーレットさんと結ばれたグィードは自分の婿だと?」
「はい。ほかにどんな可能性があるというのですか?」
ウァサゴは本気でそう考えているようであった。
「じゃあどうして二十年前、おまえはスカーレットまで殺そうとしたんだ?」
グィードがなおも食い下がる。
「そうですね。スカーレットもあの時、本気でそう考えていたようでした。ですが、先程そちらのエルフが言った通り、私たち精霊は人間に本気で危害を加えることはできないのですよ。ただあの時は、あなたと二人で私のもとを去ろうとしていたスカーレットに、最後の試練を与えるつもりで、ちょっとやり過ぎてしまったようです」
「そのやり過ぎで、おまえは俺を半殺しにして、スカーレットの怒りを被って、まんまと封印されちまったんじゃねぇか」
「ええ、まさかスカーレットが、本気で私を敵と認識するとは思いませんでした。そして偶然あなたがたは、対魔族用の封印の秘宝を持ち合わせていましたね」
ウァサゴはまるで、懐かしい思い出話でもしているように穏やかに話している。
「そのことで、俺たちのことを恨んじゃいないのか?」
「恨むなんてとんでもない。我が子の成長を喜ばない親はいませんよ」
ウァサゴはまるで子煩悩な親のように微笑んだ。
「はぁあ?じゃあ本当におまえはスカーレットを自分の娘として愛していて、俺のことを婿だと思っていやがるのか?」
「だから最初からそう言っているじゃありませんか。そして、舅には婿が本当に自分の娘に相応しい相手であるかどうかを見極める義務があります」
「はいはい。もうわかったよ。もうそれでいいから、で、俺はスカーレットに相応しい男だって認めたのかよ?」
「そうですね。なんとか及第点というところですが」
「おまえさっきは、さすがは我が婿どの、とか言ってたじゃねぇか!」
「私が?そんなこと言いましたか?」
ウァサゴは白々しく惚けた。
「はぁ~ぁ。俺たちの二十年はいったいなんだったんだよ」
「たった二十年くらいで大袈裟な」
ウァサゴは本気で言っていた。
「永遠の命を持っているおまえと一緒にすんな!」
グィードは青筋を立てて突っ込む。
「ところで少年、ヒューゴと言いましたか?あなたはスカーレットの息子、言わば私の孫なのですね?」
ウァサゴは、混乱しながらも事の成り行きを見守っていたヒューゴに語りかけた。
「ええと、そういうことになるのかな?」
ヒューゴは助けを求めるようにグィードを見るが、グィードは肩を竦めただけであった。
するとウァサゴは思いついたように、こう言った。
「我が孫ヒューゴよ。我が名はウァサゴ、おまえの願いをなんでもひとつだけ叶えてやろう。もちろん代償は頂くが」
ウァサゴは明かに楽しんでいるようすだった。
後にヒューゴがアーシェラに聞いたところによれば、一部の精霊たちは、自分たちの高度な能力と永遠の命を持て余しており、人間たちに召喚され、その願いを叶えることを一種の暇潰しのように考えているということだった。
そして、ウァサゴは明らかにそのタイプだと。
ヒューゴはしばらく考えて、思いついたように答えた。
「母さんを、今すぐここに連れて来て欲しいんだけど」
「ああ、じつは私もそれは思いついたので、先ほど試してみたのですが無理でした。どうやら私と同等か、それ以上の存在に隠されているようです。ただ安心してください。生きていることは間違いありません」
「そっかぁ。なんでも叶えてやろう。なんて大きなことを言ってるけど、案外大したことないなぁ」
「面目ありません」
ウァサゴは心から謝罪した。
ヒューゴはもう一度、深く思案するような顔をしてから、改めてウァサゴに向き直り言った。
「それじゃあさ、俺を偉大な英雄にしてみせてよ。誰にも負けない最強の英雄に。そうしたらその時には、俺の命でもなんでも、ウァサゴが望むものはなんでもあげるから」
その願いを聞いて、ウァサゴは腹の底から笑った。
ウァサゴには、ヒューゴの心の考えが見えていた。
波長が会う人間との間には、よく起こることであった。
ヒューゴは自分が最強の英雄になった暁には、ウァサゴを力で屈伏させて、契約をなかったことにするつもりであった。
「面白い!気に入った!おまえの願いを叶えてやろう!我が名はウァサゴ、これから私が、おまえを偉大な英雄にしてやろう!」
ウァサゴが芝居がかって宣言した。
こいつはこれを楽しんでやがるな、とグィードは思ったが口には出さない。
「よし、任せた!」
その一言で契約が成立した。
「ところでいくつか質問があるんだけど」
ヒューゴが出し抜けに言った。
「なんです?」
「さっきアーシェラは、精霊は人間の敵とはなり得ないって言ってたけど、ウァサゴは昔、グィードと戦って半殺しにしたって」
「そうですね。私たち精霊は、たしかに人間の身体を直接傷つけることはできません。ただ自然界や物質に働き掛けて、間接的に傷つけることは可能なのです。もちろん、その際にも人間を致命的に傷つけることのないように細心の注意を払います。あの時は確か、」
「おまえが俺の右足を氷付けにして身動きを封じたから、俺はその足を自分で切断して自由を取り戻したんだ」
「なんという無茶を!」
アルフォンスが口を出した。
「ああ、あの時はこいつがスカーレットを本気で殺そうとしているんだと思い込んでいたからなぁ。それに俺は巨人の王の加護を受けているから、回復力には自信があったんだ。見てみろよ。今じゃこんなに綺麗につながって、後遺症はまったく無しだ!」
グィードは自信満々に自分の右足を示して、少し動かして見せた。
自らも人狼であって、人のことを言えないアルフォンスであったが、やっぱりこの人は化け物なのだと、改めてグィードを眺めた。
「もう一つ、グィードの話ではウァサゴは母さんの故郷の国を滅ぼしたって」
「ああ、あれはスカーレットの勘違いだったのですよ。あの時私に与えられていた使命は、あの国を襲った魔物の群れを掃討することでした。ただ私が召喚された時には、都はすでに火の海でした。敢えて訂正する必要は感じなかったので、スカーレットにはそのことを話していませんでしたが」
「訂正する必要を感じなかったって?その必要は大ありだよ。もしウァサゴがもっと前にすべてを母さんに話していたら、今頃こんなことにはなってなかったはずじゃないか!」
「それはそうですね。ですがヒューゴ、もしそうなっていれば、あなたと私がこうしてここで出会うこともなかったでしょう。もしかしたら、スカーレットとグィードが結ばれること自体なかったかもしれません。つまりヒューゴ。人生にもしもということはないのですよ」
う~ん、とヒューゴが考え込んでいると、グィードがすかさずツッコんだ。
「そもそも人間でもないおまえが、偉そうに人生を語るな!」
「それはもっともです」
ウァサゴも納得する。
「ともかくヒューゴ。私はこれからあなたを偉大な英雄とやらにするために最善を尽くします。しかしそれは、安易な道ではありませんよ」
「なんだよ、魔法でパパっとって感じじゃないのかよ」
「もちろん私の魔力で、あなたをある程度強くすることは簡単ですが、それではあなたが目指している偉大な英雄になることはできません。何事も一朝一夕にはいかないものなのです」
ウァサゴがまじめな顔で諭した。
「ふ~ん、そんなもんか。それじゃあ任せたよ。とにかく頼む」
「任せてください」
そんな二人のやり取りを大人たちは黙って微笑ましく眺めていたが、彼らの心には等しく、何かとてつもなくワクワクすることが始まろうとしているという予感だけはあった。
彼らは皆、生まれついての冒険者だった。
ともかく、目の前の危機は去った。
新しい旅立ちの時である。




