ウィ・ウィル・ロック・ユー
バキエルも仲間に加えて久々の総力戦の開始です。今後ともよろしくお願いします。
人間に似た奇妙な魔物たちを撃破した一行は、さらにコボルトの王の城の地下を探索していた。
先程の戦闘で魔物たちに気付かれたかとも心配したが、少なくとも魔物の大群が押し寄せて来るということはなかった。
一行は声を抑えつつも、先程の奇妙な魔物たちについて話さずにはいられない。
「さっきのあれは何だったと思う?」
グィードがディオゲネスに尋ねた。
「偉大なるネズミの王はオートヴィル城の地下にあった設備、魂の錬金器を進化の器と呼んでいました」
ディオゲネスは、そう答えた。
「可能態か?」
「あるいはその先の存在か」
ディオゲネスが答える。
「バキエルはなにか知らないの?」
ヒューゴがバキエルに尋ねた。
「残念だけど」
バキエルはそう言って首を横に振った。
「でもだいたいの想像はつくよ。リロイは昔から、人間の魂の研究に執着していた。そこには爆発的な進化の可能性があると言ってね」
「そして、オートヴィルでは魔物に魂を持たせることに成功していた」
ディオゲネスが言う。
「それにしても、魂を持ったからって、急に外見が変わったり、人間の言葉を話したりするのはどういう訳なんだろう?」
ヒューゴが疑問を口にした。
それについてはディオゲネスにもわからなかった。
それは魂だけの問題ではなく、何かほかの要素が絡んでいるのかも知れないと考えていた。
するとバキエルが口を開いた。
「魔物たちの身体は僕たちと違って、もともと半分霊体のようなものなんだ。だから、内面の変化が外面に現れやすい。それと人間の魂というのは、本来そのままでも大きな力や可能性を秘めているんだ。それは神々に匹敵するほどのね。だけど、」
バキエルはそこで一瞬、言葉を切って、すまなそうな顔をしてから言葉を継いだ。
「魔王が創造主に反逆したせいで呪いを受けてしまった。その呪いとは、一言で言えば魂への制約のことなんだ。それを僕たちは烙印と呼んでいる」
「つまり、烙印を持たない魔物たちの方が、魂の力の影響を受けやすいということですか?」
ディオゲネスが自分の推測をバキエルに確認するように尋ねた。
「うん」
「さっきの奴らが使った戦闘技能や魔法についてはどう思う?」
ムスターファが誰にともなく尋ねた。
「これは想像ですが、オートヴィルの地下で繭の中に捕らわれていた人々の中には、冒険者たちがかなり含まれていました。あの魔物たちは、彼らの能力を複製しているのではないかと」
ディオゲネスが答えた。
「能力を複製?」
ヒューゴが聞き返す。
「ええ。これは私の直観ですが、あの繭から魂の錬金器へと繋がっていた管は、魂の素材とともに記憶に関わる情報を集積するものだったような気がします」
「だとすると、あの魔物たちは皆、何十人、何百人もの冒険者の戦闘経験や技能を与えられているということか?」
グィードが、そう確認した。
「もちろん、そう単純ではないかもしれませんが、少なくとも魂の錬金器自体には、それだけの情報が蓄積されていた可能性が高いと思います。そしてその情報を偉大なるネズミの王は、すでにこちらに持ち出していた可能性が高いのではないかと」
ディオゲネスが真剣にではあるが、どこか興奮しているように語った。
そしてさらに話を続ける。
「あるいは、その情報の複製を複数作って、別々の場所で保管しているかもしれません。私なら絶対にそうします」
ディオゲネスは確信を込めて断言した。
「そいつはかなり厄介だなぁ。あんな魔物がいろいろな場所で、これからどんどん生まれてくるということになる」
グィードが真剣な顔で口にした。
しかし一同は、グィードがいつものように美髯を撫でていることに気が付いていた。
グィードはあたかも、そのようになることを期待しているようだった。
ウァサゴはこの時、ヒューゴに与えられた自身の加護、名も無き英雄たちの力が、グィードに対して大きく流れ込むのを感じていた。
我らがトリックスターは、まだまだ成長するようだ。
そうでなくては面白くない。
ウァサゴはレーナの荷物袋の中で、独りで高揚を覚えていた。
やがて一行は、巨大な扉を発見した。
そして、その扉の向こう側には夥しい数の魔物の気配がした。
「恐らく修練場でしょうね」
アルフォンスが言った。
「久しぶりに全力で戦うことになりそうだな」
ムスターファが不敵に笑いながら言った。
「鬼人の宴だな」
スオウが嬉しそうにつぶやいた。
レーナは祈りを捧げていた。
アーシェラは、いつものように超然とした態度でありつつも、内に静かな闘志を燃やしているのが一同にもわかった。
バキエルは今、この場所にいることを、心から喜んでいる様子であった。
「この先の魔物たちも、先程と同等か、それ以上に闘技や魔法を使ってくると考えておいた方が良いでしょうね」
ディオゲネスが言った。
「俺たちは偉大な英雄のパーティーだ」
グィードがヒューゴを見つめながら言った。
「さあ!行こう!」
ディオゲネスが、一行に夢見る兵士を付与した。
グィードとアルフォンスが、一息に扉を開けた。
重い扉ではあったが、二人の膂力によれば、それほど難しいことではなかった。
そこでは、数百体に及ぶ魔物たちが、それぞれに戦闘訓練を行っていた。
案の定、冒険者たちの闘技と魔法を発動しているものたちが、一行の目に入った。
グィードが愛剣、黒い虹を抜き、古代語の詠唱を始める。
「大いなる教導者よ、忘却の彼方より来たりて、汝の剣を我に示せ!」
グィードの手の中で、黒い虹が二本に分かれる。
ムスターファもまた、二本一組の三日月刀、戦火と火焔を構えると同時に、有り余る戯言を発動した。
ムスターファの身体が、四体に分かれる。
アルフォンスは愛用の大剣、偉大なる破壊者を構えて、獣人化を開始する。
その横でスオウの鬼人化もまた始まる。
その手には伸縮自在の籠手、憤怒の聖者がすでに装着されている。
アーシェラが、もはや自身の分身かのような三体の風精霊を召喚する。
レーナもまた専用の籠手、駆逐者の爪を装着して構える。
そしてヒューゴが愛剣、永劫回帰を構えた。
「行くぞ!英雄波動共振だ!」
ヴォルカスの手による装備の共振は引き金に過ぎなかった。
今やヒューゴの身体から金色の光が流れ出て、ディオゲネスやバキエルも含めたパーティー全体の身体に流れ込んでいた。
そして一同の身体全体が鼓動にも似た振動を共感していた。
一同は今、自らの身体能力と精神力、魔力の全体が何倍にも増していることを自覚していた。
ディオゲネスが自分の周囲に十の戒めを展開した。
その時、バキエルが叫んだ。
「野蛮の園!!」
バキエルの目の前の床に魔法陣が現れ、その中央から先ほどバキエルが使った小型拳銃、優しい悪魔よりも遥かに大きく銃身の長い、両手用の銃器が現れた。
ちょうど自分の胸の高さまで浮上してきたその銃器を、バキエルが両手で掴み構える。
それはやはり、超古代文明に属する強襲火器であった。
後にバキエルは、一行にその火器の名前を次のように告げた。
機関銃、塵から塵へ。
戦闘の開始を告げるかのように塵から塵へが火を吹いた。




