優しい悪魔
サブタイトルを新しく登場するタイプの魔物に注目したものにしようかとも迷いましたが、それは次回に見送り、今回はこれで行ってみました。その意味は読んでからのお楽しみです。よろしくお願いします。
一行はバキエルの邸宅での食事を終えると、早速、邸宅の地下の一室にあった転移の門から、コボルトの王の城の地下へと転移した。
「さあ、ここからはどっちへ行ったらいいんだ?」
転移した先の部屋を出ると、グィードはバキエルに尋ねた。
「じつは僕の方からこちらに来るのは初めてだから、ここから先のことは良く分からないんだ」
バキエルがすまなそうに言った。
「そうか。それならそれでかまわない。気にしなくていい」
バキエルの外見は、ちょうどヒューゴやレーナと同年代に見えるため、グィードはついつい子どもに対するような接し方をしているが、じつはバキエルは神話時代から数千年に渡って、あるいはそれ以上に長い時間を生きてきた原初の魔族のひとりなのだ。
そう言えばチグリスとユーフラテスの姿が見えないが、バキエルに付き従って、一行に同伴していることは間違いなかった。
グィードには気になっていることがひとつあった。
それはバキエルの戦闘能力と、その闘法であった。
原初の魔族と呼ばれるほどであるから、その戦闘能力は並のものではないだろう。
恐らく、というよりは、確実に一行の中で最強なのではないかと想像していた。
バキエルはこれから、いったいどのような戦闘を一行と共にして行くのであろうか?
そんなことを考えていた矢先に、グィードは敵の気配を感じ取った。
それは、一行が今進んでいる廊下の左手の扉の向こう側から感じられた。
「そこの扉の奥から敵の気配がする。とりあえず無視することもできるが、最終的にこの城全体を制圧するとすれば、こちらに気付かれていない今は、先制攻撃のチャンスとも言えるがどう思う?」
グィードはアルフォンスに尋ねた。
「可能な限り先制攻撃を仕掛けて掃討するのが得策だと、俺も思います」
アルフォンスが答えた。
「俺も同感だ」
ムスターファも同意する。
「よし、それじゃあ行くぞ」
グィードが一同の顔を見回した。
一同は静かに頷く。
バキエルは、どこかウキウキしているようであった。
グィードが扉を開き、一行が室内に躍り込んだ。
そこは魔物たちの休憩所であったのか、二十体ほどの邪妖精たちが寝台で仮眠を取ったり、テーブルで食事を取ったりしていた。
その様子に、一行は違和感を覚えた。
それはその魔物たちのシルエットや所作が、魔物というよりは人間に近いもののように見えたからである。
すると食事を取っていた魔物が立ち上り口を開いた。
「どうして、人間たちがここにいるんだ?」
それは紛れもない人間の言葉であった。
その魔物は、もとはゴブリンであったように見える。
しかし、体型は通常のゴブリンよりもすらりと背が高く金属製の鎧を身に着けている。
何よりも、その顔や表情が人間のように、知性を持つもののそれであったのだ。
すぐに、その隣に座っていた魔物も立ち上がった。
その魔物は、もとはコボルトのようであったが、やはり人間に近いシルエットを持ち、また魔術師が着るローブを身に纏っていた。
さらには、テーブルに立て掛けてあった魔術師の杖にまで手を伸ばしたのだ。
最初に立ち上がったゴブリンは、すでに腰から長剣を抜いていた。
一行は先制攻撃を仕掛けるつもりが、その光景の異様さに、一瞬、呆然としてしまった。
それは紛れもない、剣士と魔術師の臨戦態勢であった。
「焼き尽くす火よ、我が手より出よ。ファイヤーボール!!」
コボルトの魔術師が詠唱した。
魔術師の杖から、人間の頭ほどの大きさの火球がグィード目掛けて放たれた。
グィードが咄嗟に跳んで避ける。
その後ろにはディオゲネスがいたが、ディオゲネスは結界によってその魔法を防いだ。
「とにかく敵を殲滅するぞ!」
一同は気を取り直して、各々の武器を構える。
その部屋にいたそのほかの魔物たちも、すでに臨戦態勢を取っていた。
グィードはその中に、オークの騎士やゴブリンの祭司もいることを見て取った。
その出で立ちや所作から、そのようにしか見えなかったのだ。
ともかく、落ち着きを取り戻した一行に取って、二十体程度の魔物は強敵とはなり得なかった。
だが一行は、その魔物がこれまで戦ってきたどの魔物とも、まったく異なる存在であることを実感していた。
その魔物たちは人間の冒険者たちが使うのと、まったく同じ技能や魔法を使った。
実力は初級から中級程度であったが、剣士は連撃や強撃を使い、騎士は盾防御による防御力の自己強化を使いこなした。
魔術師は各種の強化魔法で仲間をサポートしつつ、火球を放った。
何よりも人間の言葉を用いて呪文を詠唱し、掛け声や断末魔の叫びを上げた。
奇妙な経験であった。
もちろん、グィードやその他のベテランの冒険者たちは、人語を解する知性ある魔物とも戦ったことはある。
だが今回の魔物たちは、そのような知性ある魔物たちとも、まったく異なっていた。
あるいはこれが可能態のその先の存在なのかも知れないと、ディオゲネスは想像していた。
ところで、グィードはその時、バキエルの戦闘方法にも注目していた。
見るとバキエルは、魔物に向かって右手を伸ばしていた。
グィードは最初、バキエルが人差し指で魔物を指差しているのかと思った。
しかし、そうではなかった。
バキエルの手にはちょうど掌に収まるほどの金属部品を含む、特殊な工具のようなものが握られていた。
そしてバキエルの指が、その工具のようなものの機構を操作すると、ヴォン!という発射音とともに、そこから魔物に向かって、なにかが飛び出し、魔物の心臓に大穴を開けた。
その魔物は、瘴気を発散して雲散霧消する。
それを見届けてグィードは、それが小型火砲の一種であることを知った。
攻城戦などに用いる大砲同様、火薬の力を利用して鉛の弾を打ち出す武器を、個人で持ち運びできるほどに小型化して用いる冒険者たちがいることを、グィードは知っていた。
その武器は、小型火砲と呼ばれ、フダラクのさらに西の新大陸では、そのような武器が、さらに発展しているという話も聞いたことがあった。
しかし、グィードがこれまで見たことのある小型火砲は、もっと大きいものであったし、形状もバキエルのものとはまったく異なる。
グィードは先日戦った魔神兵装のことを思い出していた。
グィードは戦いながら考えている。
あれも超古代文明の武器なのか?
その部屋の魔物は、早くも掃討されようとしていた。
戦闘が完全に終わった時、グィードがバキエルに近づき尋ねた。
「バキエル、おまえが今使っていた武器は、どういうものなんだ?」
「ああ、あれは小型拳銃という古代の暗殺用の武器なんだけど、僕専用にちょっと改造してあるんだ。本来は鉛の弾を打ち出す武器なんだけど、僕のは魔力の弾を打ち出しているんだ。だから弾切れの心配はない。僕はあれを優しい悪魔と呼んでる」
グィードは重ねて尋ねた。
「当然、おまえの能力は、それだけだはないんだろうな?」
「ふふ。それはこれからのお楽しみ」
そう言って、バキエルはにこやかに笑った。
それを見てグィードは、優しい悪魔とはまさに、バキエル自身のことではないかと内心でつぶやいた。




