バキエルの食卓にて
今回、この世界の秘密や魔王の復活について、かなりの部分が明らかにされます。謎は深まるばかりですが、今後ともよろしくお願いします。
ヒューゴがバキエルの同行を認めると、バキエルは非常に喜んで、一行を食事に招待したいと申し出た。
それで一行は今、輝きの森の庭園内にあるバキエルの邸宅で食卓に着いていた。
じつはその邸宅は魔法で隠されており、当初は一行の目には見えていなかったのであるが。
食卓にはウァサゴの料理に勝るとも劣らない豪華な料理の数々が並んでいた。
すべて双魚宮のチグリスとユーフラテスの手になるものであった。
そして二人は今、メイド姿で食卓に仕えている。
それぞれに美しい双子のような二人であるが、一行には段々と二人の見分けがつくようになってきていた。
チグリスは常に引き締まった戦士のような雰囲気放っているのに対して、ユーフラテスは母性的な和らいだ雰囲気を持っていた。
外見上の違いとしてはチグリスには右目の下、ユーフラテスには唇の右下に、それぞれ特徴的な黒子があった。
ウァサゴとグレモリーは、今はそれぞれ黒猫と白猫の姿で、レーナとムスターファの足元で丸くなっていた。
一行が一通り食事を終えて、デザートのケーキと紅茶が運ばれてきた時、グィードがゆっくりと口を開いた。
「差し当たって、俺たちの目的は王都に向かうことなんだが、ネズミの王の動きも放置はできないと思う。彼奴の現在の居場所についてバキエルはなにか心当たりはないのか?」
「心当たりというか、君たちに敗れて、僕のところにも帰ってきていないところを見ると、リロイは恐らくゴーモトの城にいるのじゃないかなぁ。あの二人はお互いに信頼し合っているという訳ではないのだけど、関心と利害が一致していてね。昔から一緒に悪巧みをするのが好きなんだよ」
バキエルがフォークでケーキをひとくち、口に運びながら答えた。
「そうか。それじゃあ今度こそ、彼奴らをまとめて地獄に送り返してやるとするか?」
そう言って、グィードはバキエルの顔を見つめた。
グィードはまだ、バキエルのことを完全に信頼できていなかったのだ。
「そうだね。僕もそれには異存はないよ。ただひとつだけ、君たちが理解していない秘密を、教えてあげようかな」
バキエルはリラックスした表情を崩さずに言葉を継いだ。
「君たちとしては当然、魔王の復活を阻止したいと考えているはずだ。だけどね、君たちが魔物を滅ぼせば滅ぼすほど、魔王の復活は早まることになるんだよ」
それを聞いて、一行は顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
グィードが尋ねる。
それからバキエルはかなりの時間をかけて、魔王復活の仕組みと、魔物という存在の秘密とも言える内容を、一行に語った。
その話はまとめると、だいたい次のような内容であった。
魔族が消滅する時、発散する瘴気はすべて地獄に封印されている魔王のもとに還っていくのであるが、その瘴気が一定水準に達した時、すなわち、魔王の力が地獄の封印を破るほどに回復した時、魔王はこちらの世界に復活するのだ。
そして、その働きを促進しているのが、魔物たちがこちらの世界で積む業なのだという。
業とは、広い意味では魔物たちがこちらの世界で生きた時間や行ないの全体を指すが、特に人間たちに恐れや不安や怒りなど、負の感情を抱かせる行いを、魔族や知性を持つ魔物たちはそう呼んでいるらしい。
そして、その個体が積んだ業が高ければ高いほど、その個体が消滅する時に魔王に還元される瘴気の量と質が高まるのだという。
ところで地獄の封印は、その魔物や魔族が持つ力に比例して強くなる仕組みになっており、つまり力の弱い魔物ほど、比較的、その復活が容易いということになる。
そこで魔王は、ある程度自分の力が回復すると、僅かに封印を抉じ開けて、共に地獄に封印されている魔物や魔族たちの中から、より多くの業を積ませるために適当な者を、こちらの世界に送り出しているのだという。
つまり冒険者たちが、凶悪な魔物や魔族を滅ぼせば滅ぼすほど、魔王の復活が早まる仕組みになっているのだ。
「良くできた仕組みですね。それが事実なら魔王は文字通り不滅の存在だということになります」
ディオゲネスが感想を述べた。
「つまり魔王の復活を妨げる方法はないということか?」
「ああ。君たち人間にできるのは、復活した魔王を再び滅ぼすことだけなんだよ」
「だとすると少し妙ですね。それなら魔王は、もっと頻繁に復活していても良いはずです。ですが私たちが知っている歴史では、魔王は神話時代以降、四百年前まで一度も復活したことがないことになっています」
ディオゲネスが疑問を口にした。
それを聞いたバキエルが意外そうな顔をした。
「そうなの?僕が知っている限り、魔王はだいたい四百年周期で必ず復活しているはずだけど」
それを聞いて、ディオゲネスは思い当たったように口を開いた。
「やはりそうでしたか」
一行の視線がディオゲネスに集中する。
「なにか心当たりがあるのか?」
アルフォンスが尋ねた。
ディオゲネスが答える。
「ええ。前にも話しましたが、王都の王立図書館や賢者の学院の図書館には、魔王戦役以前の資料がほとんどないのです。それはあたかも、何者かがそれ以前の歴史を意図的に隠そうとしているかのようです」
「その話の流れだと、何者かってのは王家やその周辺の権力者たちってことになるな?」
グィードが自分の推測を述べた。
「はい」
ディオゲネスは短く答えた。
「いずれにせよ。今のところ不明な点が多すぎます。まずは私たちにできることから手をつけましょう」
「汝の最も手近にある義務を果たせ、だな」
グィードが美髯を撫でながら口にした。
「はい」
ディオゲネスが頷く。
「それでコボルトの王の城は、ここから近いのか?」
グィードがバキエルに尋ねた。
魔王の復活や魔物の秘密について、ここまで洗いざらい話したからには、もはやグィードはバキエルを疑うことを止めようと決心していた。
万が一、裏になにか魂胆があるにしろ、その時のことはまた、その時になって考えればいい。
そもそもグィードは、人を長く疑い続けることが苦手であった。
自分の懐に飛び込んできた者を疑い続けるよりは、とりあえず信頼して、後で裏切られる方が気が楽だと考えていた。
裏切られたところで、その者を恨むつもりもなかった。
裏切られた自分が未熟であったのだと諦めれば良い。
また実際のところ、これまでグィードの信頼が裏切られたことは、ほとんどなかったし、裏切られた場合にも、それほど深刻な事態に陥ったということは、一度もなかった。
今回は、バキエルが魔族だということもあり、もし騙されていた場合、ヒューゴや仲間たちにも危険が及ぶかもしれないと考え、念のため警戒していたのだが、考えてみればヒューゴも他の仲間たちも、もはやグィードに心配されるほど未熟な者たちではなかった。
この面々であれば、例えどのような事態に陥っても、無事に切り抜けることができるという確信が、グィードにはあった。
だからバキエルのことを信頼しよう。
バキエルもまた、完全に仲間として受け入れることをグィードは決心していた。
「コボルトの王の城は、ここから近いというわけではないけど、じつはこの家の地下には、ゴーモトの城へと繋がる転移の門があるんだ」
バキエルは愉快そうに答えた。




