ウァサゴとの戦闘、そして決着
グィードたち一行はゴブリンの迷宮の八階層最深部まで、二時間足らずで到着した。
通常、中級の冒険者たちであっても四時間ほどは掛かる道のりであるから、この五人パーティーの実力が、どれほど優れたものであるかということがこのことからも良くわかる。
途中ヒューゴは、初めて出会うキマイラやレッサーデーモンに肝を冷やしたが、他の四人はそれら中級の魔物たちを歯牙にもかけず、次々と撃破して行った。
ヒューゴも恐る恐るではあったが、ディオゲネスによる強化魔法と武器の魔法付与を受けて、キマイラ一体とレッサーデーモン二体を撃破した。
それらの戦闘は、ヒューゴに冒険者としての大きな経験値をもたらした。
迷宮の八階層最深部にあるその秘密の部屋は、かなり広い半球型の空間を有していた。
ヒューゴ以外の者は、王都にある巨大な円形闘技場を見たことがあったが、部屋の床面積はちょうどその闘技場の舞台ほどの広さであった。
これほどまでに広大な空間を、これほど地下深くに、いったい誰が何のために作ったのだろうかと、グィードを除く四人は、この時不思議に思ったに違いない。
グィードだけは、この迷宮自体が四百年前に起こった魔王戦役の遺物であり、今は遺棄された魔王陣営の兵士の修練場であったことを知っていた。
そのため、この部屋の天井や壁には高度の魔法処理が施されており、簡単には破壊できない作りなのである。
そのことを知っていたので、グィードとスカーレットは、ウァサゴの封印の地をこの迷宮に定めたのである。
五人はすでに、いつウァサゴが出現しても対処できるように、円型の陣形を整えていた。
「それじゃあ今から、ウァサゴの封印を解くぞ」
グィードが目を閉じて、短く呪文を唱えると五人の足元に青白く光る魔法陣が浮かび上がった。
ディオゲネスにも理解のできない言語の呪文であった。
その魔法陣の青白い光こそが、封印が完全に保たれていることの証拠であることをグィードだけは知っていた。
「この魔法陣の中心に、ウァサゴは現れる」
グィードがそう言いながら数歩下がると、四人もそれに倣うように数歩ずつ下がり陣形を大きくする。
「いいか、出るぞ」
四人は黙って頷く。
ヒューゴは唾を呑み込もうとしたが、口の中はカラカラに乾いていた。
グィードは再び目を閉じ、先ほどとは違う呪文を唱えた。
すると魔法陣の光は赤に変わり、いっそう明るさを増した。
次の瞬間、五人の目の前には美しい人間の姿をしたウァサゴが、静かに立っていた。
ヒューゴはウァサゴを良く観察した。
背中までかかるほどに伸びた髪は、ヒューゴがこれまで出会った誰のものよりも黒く、また美しかった。
そしてその顔は青白く、やはり、驚くほどに美しかった。
「久しぶりですねぇ、グィード。私のスカーレットはどこです?」
ウァサゴは妖しい笑みを浮かべて、グィードを見つめながらそう言った。
「だれがおまえのスカーレットだって?」
「あなたが私のもとから奪い去った、私の愛しい小さな娘スカーレットのことです。まあ、いないものは仕方ないですね。それで今日は、いったいどういうご用件で、私の眠りを妨げているんです?」
「まあ、なんだ、俺もそろそろ社会復帰しようと思ってなぁ。その前に、おまえとの決着を着けようと思ったわけだ」
「私と決着を着ける?あなたが?そのためにわざわざ、こんなお仲間を集めて、ここまでやって来たということですか。面白い、いいでしょう。さっそく始めましょうか?」
そう言って、ウァサゴが禍禍しい気配を発散し出した時、ヒューゴが突然、グィードとウァサゴの間に割って入った。
「待ってくれ、ウァサゴ。あんたは今、母さんのことを、愛しい小さな娘って呼んだよなぁ。だったら母さんが選んだグィードのことだって、認めるべきじゃないのか?」
すると一瞬にして、ウァサゴの気配が和らいだ。
「今、スカーレットのことを『母さん』と呼びましたか?そうですかあなたは。忘れていました、人間というのは、本当に成長が早いものなのですね」
ウァサゴは本当に珍しいものを見るように、目を細めなから言った。
「ヒューゴ、下がれ!そいつは危険だ!」
グィードは言い終わるよりも早く、ヒューゴの肩を掴み、自分の身体を盾にするように、ヒューゴとウァサゴの間に立った。
「やれやれ、ずいぶん警戒されたものですね。いずれにせよ、私もいつかはあなたと、決着は着けなければならないと思っていました。ちょうど良いでしょう。スカーレットの息子よ。あなたはしばらく下がっていなさい。わかっていると思いますが、今のあなたではグィードの足手まといにしかなりません。他の三人は、それなりに出来るようですから、まとめてかかって来てください」
そう言うとウァサゴは、先程と同じ禍禍しい気配を、今度こそ無制限に発散させながら、巨大な何かに変身した。
それは、蛇のような鱗と、獅子のような獣毛と、鷲のような翼を併せ持った、全長六メートルはあろうかという巨人であった。直立した巨大なキマイラ、頭部は、先ほどの美しかった人間のような顔の面影を、わずかに残しながら、野獣のような醜さに歪んでいた。
そして、そのウァサゴの変身を目の当たりにして、その場にいる全員が、その美しさと醜さに、戦慄した。
グゥァオォォォォォォォン!!
突然、巨人が咆哮した。
その咆哮には、金縛りの効果が含まれていた。
一行の身動きが封じられる。
金縛りから、最初に開放されたのはグィードだった。
「おい!お前らしっかりしやがれ!気合いを入れろ!」
グィードはそう叫びながら、愛剣、黒い幻影を構え、巨人に向かって突進する。
同時に、グィードの叫びによって、アルフォンスとアーシェラ、ディオゲネスの三人は次々に身体の自由を取り戻した。
アーシェラはすぐさま、三体の風精霊と一体の火蜥蜴を召喚して、牽制を仕掛けさせた。
巨人は巨大な翼で、風精霊と火蜥蜴の攻撃を防ぐ。
「喰らいやがれ!死神の大鎌!」
そう言って振り上げるグィードの剣の黒い剣身が、闘気を纏って巨大化したように見える。グィードはそのまま、巨人の右足に切りつけた!
グォン!!!
凄まじい音とともに火花が散り、巨人の身体が震える。
巨人の右足を覆う鱗に、一瞬大きな亀裂が走るが、次の瞬間には何事もなかったかのように、亀裂は塞がる。
グィードもそれを予想していたのか、直ちに回避動作と次の攻撃に移っている。
ドォォォォォン!!!
一瞬前までグィードの身体があった辺りに、巨人の右拳が降り下ろされた!
その衝撃で、敷石が砕け破片が八方に飛び散る!
アルフォンスは、剣を振るいその破片を防いだかと思うと、暴風の如く巨人に突進した!
アルフォンスの剣が、降り下ろされたままの巨人の右腕に向けて走る!狙いは手首であった。
ガシンッ!!!
アルフォンスの剣は、巨人の手首の8割がたを切断していた。
しかし、やはりすぐにその傷は塞がってしまう。
ヒューゴは為す術もなく、その戦いを見守っていた。
ヒューゴに向かって飛んできた敷石の破片が、目に見えない壁に弾かれたように反対側の床に転がった。
それでヒューゴは、自分の周囲に、ある種の結界が張られていることに気づいた。
恐らくディオゲネスであろう。そう思いディオゲネスの方を見ると、どうやら自分自身の周りにも、同じ結界を張っているようだった。
「こちらも行きますよ!光よ、貫け!アローレイン!!」
今朝ゴブリンたちを串刺しにしたのと同じ無数の光の矢が、巨人の顔面めがけて降り注ぐ。
巨人は堪らず、両掌で顔を覆う。
その時、グィードが叫んだ。
「ディオゲネス!今だ、結界を展開しろ!」
「承知しました!」
声と同時に、まだ顔を覆っていた両掌ごと、巨人の肩から上が、すっぽりとディオゲネスが展開した結界に包まれた。
次の瞬間には、アーシェラは作戦通り風精霊たちに命じて、結界の中に空気を送り始めている。
そして、結界内が極限まで空気で満たされたのを確認した瞬間、結界内に火蜥蜴を召喚した。
ヴォォォォォォン!
結界の中で、巨人の頭と両掌は炎に包まれ、巨人はのたうち回った。
「アルフォンス!今だ!獣人化して、俺に合わせて奴を切り刻め!」
叫びつつグィードが巨人に向って走る!
「死神の大鎌・輪舞!!!」
そう叫びながら、グィードの身体は、死神の大鎌を発動したまま旋回を開始する。
黒い竜巻と化したグィードが、巨人の全身を駆け巡る。
竜巻が過ぎた後には、無数の深い傷口が残され、明らかに回復する速度を上回っている。
アルフォンスの変身は、急激に始まった。
普段からずば抜けて大きいアルフォンスの身体が、一瞬にして、さらに大きく膨らむ。
メリッメリメリ!
グギッ!
ボギッボギボギ!
全身が獣毛に覆われ、骨格が変化し、筋肉が異常に発達する。
ガギッ!
ボギボギボギボギボギボギ!!
鼻面が突き出し、口が大きく裂け、犬歯が剥き出す。
グゥァルゥーーー!
アルフォンスであったものが、喜悦の咆哮を挙げる。
グァルルルルルルゥゥゥ!!!
獣人化は力の解放であり、激しい快感の伴うものであった。
アルフォンスの革の鎧は特別製のものであったのか、あたかも体の一部であるかのように、肉体の膨張に合わせて膨張している。
人狼は、これまで両手持ちをしていた大剣を、軽々と片手に持ち替え、巨人に突進する。
「餓狼爪襲乱舞!!!」
人狼は叫びながら、右手に持つ大剣と、左手の鋭い爪で、何十回、何百回と巨人の身体を切り裂き続ける。
やがて、巨人は自分の肉体を支えきれなくなり、よろめき、倒れる。
ズッシィィィィィン!
この時を待っていたとばかりに、グィードと人狼が巨人の頭部に向って走る。
「氷柱よ!凍土より出でよ!アイスランス!!」
ディオゲネスが巨人に向かって手をかざすと、巨人が倒れ伏す床から複数の氷の槍が突き出し、巨人の身体を貫いた。
グゥァオォォォォォォォン!!
巨人が苦痛の呻き声をあげる。
頭部の結界はすでに消滅している。
グィードは逆手に愛剣を構え直すと、柄に左手を添えて大きく振り上げ、巨人の右目に突き刺した。
同時に、人狼もまた大剣を両手で構え直し、素早く半回転させて逆手に持ち替えると、巨人の左目に突き刺した。
ギャァオォォォォォォォン!!
巨人は断末魔の声を上げる。
「ウァサゴォ!これでどうだぁ!」
グィードが叫んでいる最中にも、変化はすでに始まっていた。
巨人の全身に広がる修復不可能な無数の亀裂から、青白い光が漏れだし、亀裂を拡げ、やがてその光は、その場にいるすべての者の視力を奪うほどに強くなり、爆発的に拡大したかと思うと、それと同じ速度で収縮して完全に消え去った。
そして、その後には何も残っていなかった。
「やったか?」
「やりましたね」
グィードと人狼は、力尽きたようにその場にへたり込んだ。
ディオゲネスはまだ、結界を解かずに状況を見守っている。
アーシェラは、通常運転として風精霊に周囲を警戒させ続けていた。
しばらくの沈黙の後、どこからともなく、
パチパチ、パチパチ、パチパチ。
という拍手の音が聞こえてきた。
「お見事です。さすがは我が婿どの」
一行は同時に、声のした方へ目を向ける。
そこには、最初に現れた時と同じ人間の姿をしたウァサゴが悠然と立っていた。
口元には然も満足そうな微笑みを浮かべている。
ウァサゴが口にした、容易に聞き逃すことのできないその言葉に、最初に反応したのはヒューゴだった。
「婿どの?」
それを聞いて、これまで沈黙を守っていたアーシェラが声を上げて笑った。
「やっぱり、そういうことだったのね」
「そういうことって、どういうことだ?」
ヒューゴがすぐに尋ねる。




