オートヴィル解放
これでオートヴィル篇が終わり、次回は幕間の物語、その後新章に入ります。今後ともよろしくお願いします。
ヴォルカスの店で新たに打ち直されたヒューゴの愛剣、永劫回帰に加え、ムスターファとスオウの新武器を受け取った一行は、早速、冒険者ギルドに向った。
ギルドの前には、すでにオートヴィルへ向かう予定の救助隊が準備万端に待ち構えていた。
そこでディオゲネスが、すぐに時空の歪みを展開して一行と救助隊をオートヴィルへ転移させた。
それからの4日間はあっという間に過ぎた。
救助隊は次々に繭の中から人々を解放して行った。
人々が繭から解放され、意識をはっきりと取り戻すと、その中にはオートヴィルの住民だけではなく、ほかの地域で魔物に攫われた人々も含まれていることがわかった。
どうやら、ここ最近この地域で攫われた人々は、みな最終的にオートヴィル城の地下へ連れて来られていたらしい。
他の地域で攫われた人々も、護衛なしに自分の出身の街や村に帰ることはできないため、ひとまずはオートヴィルに留まることになった。
中にはオーデンセ出身の者や、しばらく滞在するにしてもオーデンセを希望する者もいたため、そのような人々はディオゲネスの時空の扉で、オーデンセに送られた。
また解放された一部の冒険者たちの中には、喜んで救助隊に加わる者もいた。
ところで、解放された人々の中には一行に重要な情報をもたらす者たちもいた。
その筆頭とも言えるのが、旧王国時代の貴族、フェール家の当主であり、現在のオートヴィルの実質的な統治者でもあるルイーズ・ド・フェール伯爵であった。
伯爵とは言っても、現在の南アルヴァニア王国では法的な貴族制度を廃止しているため、旧王国時代の貴族の家系の者たちが形骸的に、かつての称号を名乗っているだけであるのだが、大陸の辺境地域では案外、名実ともに貴族のように振舞い、また住民たちからもそのように受け入れられている者たちもいるのである。
ルイーズ・ド・フェール伯爵は、まさにそのような旧貴族の代表のような人物であった。
一行が伯爵に面会するために玉座の間に入ると、伯爵はまず仰々しい態度で一行に礼を述べた。
「この度のそなたらの働きに、オートヴィルの領主として心から感謝を述べる」
一行は苦笑いを堪えながらも、恭しく頭を下げる。
「聞けばそなたらは、今回の主犯である魔物の首領を取り逃がしたそうじゃな?いや勘違いするでない。余はそなたらの不手際を責めようと、こう言っておるのではない。むしろオーデンセの恩人であるそなたらに、有益な情報を提供することでその恩に報いたいと思っておるのじゃ」
一行は、偉大なるネズミの王の行方について、なにか人々から情報が得られるかも知れないと考え、その名は伏せたが、魔物の首領を取り逃がしたことを、敢えて隠してはいなかった。
ディオゲネスには、伯爵の考えが手に取るようにわかった。
本来はオートヴィルの恩人であり、自分自身の命の恩人でもある一行に、伯爵は相応の報償を持って感謝を表すべきであるのだが、伯爵としてはその報償をできるだけ安く済ませたいのである。
そこで伯爵は、まずは自分の命も一行に救われたことは棚上げにして、今回の主犯である魔物の首領、すなわち偉大なるネズミの王を取り逃がしたという一行の不手際を殊更に強調し、金銭の代わりに情報を提供することで済ませようとしているのである。
一行としても報償が欲しくてしていることではないので、それはそれで構わないのだが、そのような伯爵の態度が不愉快であることには変わりがなかった。
一行は不快を伯爵に悟られないように、下を向いたままである。
そこでディオゲネスが口を開いた。
「それはそれは、伯爵様のご厚意とご見識の高さに、われわれは言葉もございません」
それは言外に、こちらも感謝を述べるつもりはないと言っているのであるが、ディオゲネスはその本心を巧みに隠している。
「それで、その情報というのは?」
ディオゲネスが訪ねる。
それから伯爵が提供したのは次のような情報であった。
じつは魔物が突然城内に現われ、伯爵とその家族、衛兵たちを地下室に閉じ込めてしまったのは、今から1か月以上も前のことであるらしい。
つまり、アルフォンスたちがノエルへ向かう途中、オートヴィルに立ち寄った時にはすでに、城内で異変は起きていたのであるが、その頃にはまだ、街の住民もそれに気づいてはいなかったのだ。
伯爵の話では、魔物たちは城の地下から突然現れたということであった。
そして、伯爵や家族や衛兵たちは、それからしばらくは城の地下牢に捕らわれていたが、徐々に攫われてくる人々が増え、気が付けば地下全体が改造され、いつの間にか繭に中におり、それ以降の記憶ははっきりしないのだという。
伯爵の言う重要な情報というのは、まだ地下牢に捕らわれていた時、他の攫われた人々を連れた魔物たちが、地下牢区画の壁に開けられた横穴から出入りしていたということであった。
つまり、今は大量の繭や謎の構造物によって覆い隠されているが、オートヴィル城の地下には、魔物たちが使っていた秘密の地下通路への入口があるのではないかというものであった。
一行はその情報を聞き出すと、念のため地下室の一画にも、一時的に時空の扉を設置する許可を取り付けて、玉座の間をそそくさと後にした。
それが救助隊と共に、一行がオートヴィルに来てから5日目の朝のことである。
救助活動の進捗は8割程度であり、明日中にはすべて完了する予定であった。
一行は早速、オートヴィル城の地下牢区画を探索して、伯爵が言っていた横穴を発見した。
幸いその付近の繭は、すでに空になっていたので、邪魔な繭の残骸や構造物はアーシェラの火蜥蜴とディオゲネスの魔法で焼き払った。
またディオゲネスは、その横穴から少し離れた位置にある、今はその機能を失っている地下牢の中に簡易型の時空の扉を設置した。
「さあ、では横穴の探索に向かおうか?」
そう言ってグィードは、先頭に立って横穴の奥へと進んでいった。
ディゲネスが一行に猫の目を付与する。
その横穴はしばらく降りの一本道が続き、やがて大きく開けた半球状の空間に出た。
その半球状の空間の地面には巨大な魔法陣が設置されており、ディオゲネスにはそれが転移用の魔法陣であることがわかった。
恐らく各地で攫われた人々を時空の扉と同じ要領で、偉大なるネズミの王が魔法でここまで転移させていたのであろうとも、ディオゲネスは一行に説明した。
あるいはレーナを救出した際、冒険者たちが言っていた儀式とは、その転移のことであったかもしれないともディオゲネスは推測していた。
そして、その半球状の空間の奥には、さらに地下深くへと続く道が続いていた。
一行は、その道の行きつくところがどこであるのか、おおよその見当はついていた。
一行が横道に入ってから、どれほどの時間が過ぎたであろうか。
途中、一行は空腹を覚えたので、久しぶりにウァサゴの料理を堪能した。
久しぶりの出番にウァサゴは張り切り、どこの王族のための食事なのかと、一行が戸惑うほど豪華なコース料理が提供された。
グレモリーはしおらしく給仕の手伝いをしていたが、ムスターファの皿にだけは、見るからに怪しい謎の生き物の足や、素材の持ち味を生かし過ぎて、ぶつ切りの野菜が放り込まれただけに見えるスープや、もはや炭の塊のように黒焦げのパンが載せられて提供されていた。
ムスターファはやはり、顔色一つ変えずにそれらを完食した。
一行はその後のムスターファの体調を心配したが、じつはムスターファは、食事が始まる前にこっそりと解毒剤を飲んでいたので、腹を下すこともなかった。
一行はそれを、グレモリーに対するムスターファの深い愛の成せるわざであると判断し、感動さえ覚えたのであった。
やがて一行は、その道が緩やかな登り坂に変化するのを感じた。
その道はやはり、深淵に続いていたのである。




