まったく新しい存在
三体の新種の魔物を撃破した一行の頭の中に、再び偉大なるネズミの王の精神感応の声が響いた。
「ふふ、さすがに三体程度ではおまえたちを葬れなんだか。だがこれはほんの小手調べだ。そこより先には真の地獄が待っていると知れ」
それだけを告げると偉大なるネズミの王は沈黙した。
「ところでディオゲネス、おまえはあの可能態とかいう魔物になにか心当たりがあるようだったが?」
グィードが尋ねた。
「ええ、心当たりというほどではありませんが。ただ大賢者メルキオルによれば可能態とは本来、人間の魂の成長段階の1つだと言われています」
「魂の成長?」
「はい。創世神話によれば、創造主の被造物の中で魂を持つのは亜人種を含めた人類だけであると言われています。ですが現在の人類は魔王の堕落以来、呪いのもとに置かれて、その魂本来の形を失っているともされています。そしてメルキオルは、人間の魂は聖霊との契約によって、その本来の形に近づくことができると考えました。それが現在の冒険者ギルドが持つ職業制度の土台となる理論です。そして可能態とは、その魂の本来の形の初期段階でありメルキオルはこれを植物の種子に例えています。そこから魂はさらに二段階成長すると言われていますが、今はそこの話は省略します。問題は本来魂を持たない存在であるはずの魔物を偉大なるネズミの王が可能態と呼んでいたということです。考えられる可能性は、なんらかの方法で偉大なるネズミの王が魔物に魂を宿すことに成功したのか、あるいは擬似的に、それに近い現象を実現したのかのどちらか。あるいは、まったく別の現象を可能態と呼んでいるだけかも知れませんが」
「そうか。いずれにせよ、その魔物の急激な成長には妖精の指環の力が関わっているということだろうな?」
「はい」
「厄介なことになったなぁ」
ムスターファが言った。
「だがやるしかない。今、彼奴らに時間を与えれば、もっと厄介なことになる可能性が高いからな。それにこの街の住民がどうなったのか、それが気になる」
グィードが答える。
「つまり、俺たちがやるしかないってことだね?」
ヒューゴがグィードな尋ねる。
「ああ、そうだ」
そう答えると、グィードは城へと続く道を歩き始めた。
一行もグィードに続いた。
「ところでディオゲネスはさっき、人間の魂は聖霊との契約によって本来の形に近づくことができるんだって言ってたけど、それじゃあ聖霊と契約している冒険者はみんな可能態だということになるのかなぁ?」
歩きながらヒューゴが尋ねた。
「はい。広い意味ではそういうことになりますね。ただメルキオルは、冒険者の中でも一部の者たちだけが真の可能態となり、次の段階に成長できるのだとも語っています」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ可能態の次の段階ってのはどういうものなの?」
「魂の成長の第二段階は現実態と呼ばれていますが、メルキオルはそれを種子に対する花に例えているだけで、その詳細はどの書物にも書かれていません。少なくとも私が調べたことのある書物には、詳細は一切書かれていませんでした」
ディオゲネスがそう答えた時、アルフォンスが二人に声を掛けた。
「さあ、到着したぞ。気を引き締めてくれ」
一行の目にはオートヴィル城の城門が大きく開かれた魔物の顎のように不気味なものに見えた。
「よし、今度こそ偉大なるネズミの王と決着を着けるぞ!」
ヒューゴが力強く宣言した。
「ああ、よく言った。さすがは俺の息子だ!だがそれ以上に重要なことは、全員で生き残ることだ。そしてこの街の住民が、もし生きていれば必ず助ける。それが今回の俺たちの最重要任務だ!」
「了解です!」
アルフォンスが勢いよく答えた。
そうして一行はオートヴィル城の城門を潜った。
城門の内側はすぐに城壁に取り囲まれた中庭になっていた。
人間の軍隊同士の戦の際には、そこに飛び込んできた敵兵に四方を取り囲む城壁の上から弓や投石機、攻撃魔法などで先制攻撃を行うことができる造りになっているのだ。
だが、全人類が一つとなって強大な敵に立ち向かった魔王戦役以来、人間同士の大規模な戦争は一度も行われた記録はない。
皮肉なことに、人類の天敵である魔王の復活は、それまで完全には果たされることのなかった人類間の平和を実現させたのである。
現在でも大陸には最大の領地を有する南アルヴァニア王国の他に、いくつかの小国や亜人種の王国が存在しているが、国境付近における小競り合いは別として、大きな火種は存在しないというのが一般的な見方であった。
一行が中庭に入ると予想通り偉大なるネズミの王の精神感応の声が一行の頭の中に響いた。
「よくぞ逃げ出さずに、ここまで来たと誉めてやろう。だが我は今、この城で大事な研究の最中だ。よっておまえたちにはここで、永遠に退場して貰おう。出よ!我が忠実なる僕、可能態人鼠兵よ!」
中庭の中央に、先ほどのものよりもさらに巨大な魔法陣が出現し赤く禍々しい光を放つ。
その光が消え去った時、そこには百体近い巨大なネズミのようなものたちの影が並んでいた。
しかも、先ほどの可能態たち同様、額から頭頂に掛けて縦に三本の角を持っていた。
ただ、そのネズミ型の可能態たちの身体自体は、以前遭遇した通常の巨大ネズミたちと比べて極端に大きいということはなく、むしろ一回りほどは小さくなっているようにさえ見えた。
また、通常の巨大ネズミたちは文字通り、普通のネズミを巨大化させたような姿であったのが、ネズミ型の可能態たちはどこか人間染みたシルエットを持っていた。
また、その手にもそれぞれに武器や盾などを持っていた。
そう言えば、偉大なるネズミの王はその可能態たちのことを人鼠兵と呼んでいた。
その可能態たちの姿を見て、ディオゲネスには閃くものがあった。
そうか、偉大なるネズミの王は巨大ネズミたちと人間を混ぜ合わせたのだな。
そんな方法にはまったく思い至らなかったが、偉大なるネズミの王はなんらかの方法で魔物と人間を混ぜ合わせることに成功したのだ。
だから可能態なのだ。
人間と同じ魂を待つ魔物。
それはこれまでこの世界には存在しなかった、まったく新しい存在であった。




