オートヴィルの悪夢
今回まったく新しいタイプの敵が登場します。宜しければお楽しみ下さい。
一行が目覚めると、ウァサゴは宿屋の厨房を使って朝食を整えていた。
宿屋一階の食堂のテーブルに、いつも通り見るからに美味しそうな料理が並んでいたが、そのテーブルの一画に僅かに異物が混ざっていた。
真っ黒に焦げたトーストとベーコンらしきものが載ったプレート、そして残飯を煮込んだようなスープらしきものが鍋ごと、ムスターファの目の前に置かれていた。
それはウァサゴに対抗心を燃やしたグレモリーが、ムスターファのために用意したものであった。
ムスターファがそれを眉ひとつ動かさずに平らげたのを見て、一行はグレモリーに対するムスターファの愛情の深さに感動さえ覚えた。
そのあとムスターファが、しばらくトイレから帰らなかったことにグレモリー以外の者は皆気付いていたが、敢えてそのことに触れる者は一人もいなかった。
ムスターファは一同の友情に男泣きに泣いた、ということはまったくなかったが、グレモリーは上機嫌であった。
一行は朝食を終えると身支度を整えて、早速オートヴィル城へと向かった。
城は街の中心の小高い丘の上に聳えていた。
城へと続く道は、その丘を螺旋状に周回するように延びていた。
異変は、一行が丘の中腹に近付いた頃に起こった。
あの偉大なるネズミの王の精神感応の声が一行の頭の中に響いたのである。
「待っておったぞ、愚かな人間どもよ。深淵からは無事に逃げおおせたようだが、今回こそはおまえたちに真の絶望というものを味わわせてやろう!おまえたちから奪った、オリハルコンから生まれた妖精の指輪の力でな!」
それを聞いた時、一行はある違和感を感じた。
偉大なるネズミの王はヒューゴの剣がコボルトの王から取り返されたことを知らないのだ。
つまりコボルトの王は、その事実を敢えて偉大なるネズミの王に隠しておいたのだと想像できた。
それがいったいなんのためなのかは、一行にはわからなかったが、敵も一枚岩ではないということは確かである。
また、コボルトの王がオリハルコンを欲した理由もこれで判明した。
コボルトの王は妖精の指輪を造るための素材として、オリハルコンを必要としていたのだ。
だがそれでは、さらにもうひとつの謎が残る。
それはヒューゴの剣は返ってきたというのに、どうして妖精の指輪は完成しているのだろうかという謎である。
グィードだけは、その背後にウァサゴの暗躍の影を感じ取っていたが、そこに悪意は感じていなかった。
とにかく、今はわからないことをいちいち考えても仕方がなかった。
汝の最も手近にある義務を果たせ。
またしてもその言葉が、グィードの心に響いてきた。
それにしても、とうとう妖精の指輪が完成してしまったようだ。
果たしてそれは、どれほど深刻な事態なのだろうか。
グィードには想像もできなかった。
だからグィードが口にすべき言葉はひとつしかなかった。
「能書きはいいから、さっさと掛かってきやがれ!」
「ふっ、愚か者めが!」
一行の頭の中にその声が響いた次の瞬間、一行の目の前の地面に赤く輝く巨大な魔法陣が出現した。
そしてその中には、三体の邪妖精のようなものの影が現れた。
それが通常の邪妖精ではないことが、一行には一目でわかった。
第一にその三体の魔物は皆、通常の邪妖精よりも遥かに身体が大きかった。
そのうちの最も小さいものでさえ、通常のトロールほどの大きさであった。
その個体は、よく見ればコボルトに似ていた。
また、その三体の魔物の肌は竜の鱗のようなもので覆われていた。
そういう鎧を着ているのではなく、実際に鱗を持っていたのである。
またその頭には、額から頭頂部にかけて縦に並ぶ三本の角が生えていた。
向かって右がゴブリン型、真ん中がオーク型、左がコボルト型であった。
そして、ゴブリン型の魔物は右手に大剣、左手に大盾を、オーク型の魔物は右手に巨大な鉄鎚、その左手には、やはり大盾を、コボルト型の魔物は、なんと両手に一本ずつ大剣を持っていた。
いくら超大型の個体とは言え、ただそれだけであれば一行にとって恐るべきものではないはずであった。
だがその時、グィードを始め一行の全員が戦慄していた。
その個体一体一体の気配が、通常の邪妖精たちのものとは、まったく違っていたからである。
言ってしまえば、あの万魔殿で相対したグレーターデーモンにも匹敵する危険度を、その気配は感じさせた。
「見たか、それこそ我が新たなる手勢、可能態だ!」
その言葉にディオゲネスが反応した。
「可能態だと、ではおまえは魔物の魂の生成に成功したのか?」
「それをおまえたちに答えてやる道理はない」
ディオゲネスもこれ以上話している余裕はないことに気付いていた。
ローブの中で特製の魔法書に手を置きながら呪文を詠唱する。
「夢見る兵士!!」
次の瞬間、一行の身体が青白い光に包まれる。
その時にはすでに、魔法陣から現れた新種の魔物が前衛の三人と衝突しようとしていた。
グィードに攻撃を仕掛けたのはゴブリン型の魔物であった。
そしてその大盾の使い方が訓練された戦士のものであることが、グィードには一目見てわかった。
そのゴブリン型は、見事に自分の全身を大盾の背後に隠していたのだ。
とは言え、グィードにしてみれば、まだまだ付け入る隙はあった。
グィードは敢えて相手が反応しやすい速度で上段に攻撃を仕掛ける。
上段とは言っても相手はグィードの倍近くの身長のため、精々胸に届く程度であるのだか、ゴブリン型はそれを大盾で防ぎに掛かった。
グィードの愛剣が大盾に接触する寸前、弧を描くように角度を変えて下段に移る。
グィードの剣がゴブリン型の足首を斬り裂く。
グォォォォォォォ!
ゴブリン型は叫びながらも大剣を振り下ろして反撃を試みる。
だがグィードは、それを予想していたように上段で受け、そのまま打ち上げる。
ガシャン!
金属と金属とがぶつかり合い、火花が散る。
「死神の大鎌!」
グィードの愛剣が闘気を纏って巨大化する。
グィードはそのまま身体を回転させて愛剣を水平に凪ぎ払う。
ゴブリン型の下腹部が斬り裂かれた。
しかし、グィードがゴブリン型に立て続けに負わせた二つの傷は、瞬く間に塞がっていた。
「ちっ、自己再生能力か」
ゴブリン型が不気味な笑いを顔に張りつけて大剣を振り上げた。
アルフォンスにはオーク型が迫っていた。
アルフォンスは新たに得た大剣、偉大なる破壊者を構えて迎え撃つ。
アルフォンスはオーク型の振り下ろす鉄鎚を、上段に水平に構えた大剣で受けた。
ガシャン!
しかしオーク型の攻撃はそれでは終らなかった。
オーク型は大盾を地面と平行に構え、身動きの取れないアルフォンスの身体を真横から掬い上げるように凪ぎ払った。
ドン!
鈍い音とともにアルフォンスの身体が宙に打ち上げられた。
アルフォンスはなんとか受け身を取って、片膝をついて立ち上がる。
ムスターファにはコボルト型が迫る。
ムスターファは、その攻撃を受けるのではなく回避することを選択した。
それもただ回避するのではなく、すぐに攻撃に転じなければならない。
ムスターファは走り寄るコボルト型の足元に勢いよく身を投げ、そのまま身体を丸めて前転し、すぐに起き上がる。
コボルト型の攻撃を回避すると同時に、背後に回り込むことに成功している。
コボルト型もそれに反応して振り向くが、ムスターファはすでに攻撃の姿勢に入っている。
ムスターファの双刀が、美しい二つの弧を描きつつコボルト型に襲い掛かる。
コボルト型は大剣を交差して身を護る姿勢を取るが、ムスターファの斬撃は下段と上段からの同時攻撃であり、コボルト型の左腿と右肩にそれぞれ傷を負わせた。
だが、その傷は瞬時に塞がってしまった。
三組の最初の接触は、ほんの数瞬の出来事であったが、新種の魔物の実力を知るにはそれで充分であった。
その時、アーシェラが叫んだ。
「全員一端下がって!風精火炎放射!!」
グィードとアルフォンスとムスターファの三人は、一斉にその場を飛び退く。
その瞬間、三組の風精霊と火蜥蜴のペアが召喚され、一行と三体の新種の魔物の間に炎の壁を作る。
さすがの新種の魔物たちも一瞬怯んで数歩後退した。
アルフォンスは重傷とまでは行かないが、かなりのダメージを負っていた。
レーナが駆け寄り回復魔法を施す。
「よし、仕切り直すぞ!アルフォンスは俺とあのオークを!ゴブリンはヒューゴとレーナとスオウに任せる!アーシェラとディオゲネスはムスターファと協力しながらコボルトを攻めつつ、戦闘不能になった奴から炎獄陣で焼き尽くす準備をしてくれ!」
グィードが早口に言った。
一同が一斉に頷く。
その時、一行と三体の新種の魔物を隔てる炎の壁が消失した。




