城塞都市オートヴィルの異変
一行が新たなる戦いの舞台に到着します。
ヴォルカスの店で新しい武器を受け取った一行は、宿屋炎の蛙に帰り夕食を取っていた。
するとそこへ、ハインツたち一行がやって来た。
「皆さん、今回も見事なお働きでしたね。今、オーデンセの冒険者の間では、皆さんの噂で持ち切りですよ」
「そうか。俺たちはただ、受けた依頼を達成しているだけなんだがな」
アルフォンスが照れくさいような顔で、そう答えた。
ハインツたちは、もはや当たり前のようにテーブルを移動して、一行と同席した。
そこでアルフォンスが、ハインツたちにスオウとムスターファを紹介した。
スオウは前回会った時にもハインツたちと顔を合わせていたが、ゴブリンたちによる襲撃直後の差し迫った状況であったため、ゆっくりと紹介をしている余裕などなかったのだ。
スオウはアルフォンスの口から「新しい仲間だ」と紹介されたことがうれしかったらしく、終始笑顔であった。
続いてムスターファは、「ムスターファだ。よろしく頼む」とだけ言って短くあいさつをしたが、その名前を聞いてハインツのパーティーの盗賊アロンゾが驚いたように聞き返した。
「もしかして旦那は、砂漠の鷹ムスターファなんじゃ?」
「ん?ああ、そう言えば、俺のことをそんな風に呼ぶ連中もいるみたいだな」
そう言って、ムスターファは事も無げにそれを肯定した。
するとアロンゾは一同に、砂漠の鷹と呼ばれるムスターファの武勇伝を我がことのように活き活きと語りだした。
それは、たった一人で隊商の護衛を引き受け、巨大サンドワームを撃破したとか、かつてコーサラ砂漠で悪名を馳せた盗賊団を、たった一人で壊滅させたという種類の話であったが、ムスターファは、その話の一つとして否定せず、ただ「そんなこともあったなぁ」と懐かしそうに首肯するだけであった。
アルフォンスはそれを聞いて、ここにもひとり伝説級の冒険者がいたかと感心した。
しかし同時に、今の自分の実力がムスターファに、それほど劣るものではないという確信もあった。
それはグィードたちと出会ってからの、ほんの短い期間のうちに、自分は冒険者として驚くほど成長しているという確信でもあった。
それから一行が、明日からは王都を目指して、まずはオーデンセの西の城塞都市オートヴィルに向かうつもりだと告げると、ハインツがオートヴィルについての気になる話を一行に明かした。
ハインツによれば、最近、ある護衛の依頼でオートヴィルに向かった冒険者仲間が、そのまま行方知れずになっているのだという。
またその他にも、ここ数日オートヴィルからのギルドへの依頼がまったくなくなり、街でなにか異常事態が起こっているのではないかという噂があるとのことであった。
オートヴィルは冒険者ギルドまでは置かれていないものの、この地域ではそれなりに大きな街であり、また魔王戦役以前のからの城塞を残す数少ない城塞都市であることから、観光地としてもそれなりに栄えている街である。
アルフォンスたちも、ノエル村に向かう途中で一度経由した街であり、その時にはなんの異常も感じられなかった。
いったいこの数日で、オートヴィルの街でなにが起こったというのだろうか。
その異常事態の背後に、一行はまたも偉大なるネズミの王の影を感じずにはいられなかった。
翌朝一行は、改めて全員分の馬を調達して、オートヴィルを目指して出発した。
オートヴィルまでは、馬を急がせれば夕刻までには到着する予定であった。
ところで、ムスターファの守護精霊であるグレモリーは、ウァサゴが黒猫の姿で一行に付き従っているのを見て、自分は白猫の姿でムスターファに付き従うことにしたようであった。
それで今はムスターファの荷物袋からひょっこりと顔を出していた。
そうして一行は、外見上は冒険者八人と猫二匹の一行ということになっている。
ヒューゴは今、馬を走らせながら、ずいぶんと賑やかになって来たものだという感慨に浸っていた。
多くの心強い仲間に囲まれて、長年の憧れであった冒険者として、故郷の村をはるかに離れて、今は広大な平原で馬を駆っているという自分の境涯を、なんと幸いなことであろうと感じていた。
しかし同時に、自分の旅の目的を、もう一度思い起こしてもいた。
ヒューゴは改めて、この旅は幼い時に生き別れた、ほとんど記憶にもない、しかしグィードのためにも、どうしても果たさなければならない、ヒューゴの母親スカーレットを探し出すための旅であることを心に刻んでいた。
やがて進行方向に夕日が傾き始めた頃、一行の目にオートヴィル城塞が小さく見えて来た。
魔王戦役以前、城塞都市オートヴィルは、旧アルヴァニア王国の守りの要衝の一つであり、重要な軍事拠点でもあった。
だがおよそ四百年前に起こった魔王戦役によって、大陸北部のほぼ中央に位置した旧王都オブシディアンが陥落し、王国自体が南アルヴァニア王国として大陸南部に再建されたことで、現在は旧王国の遺物として、政治的には軽視される傾向が強かった。
しかしなお、オートヴィルには旧王国時代の貴族の家系であるフェール家が残っており、名目上自由都市となった現在でも実質的にはフェール家の封建的支配が続いていると言われていた。
そしてその封建的支配の象徴とも言えるものが街の中央にそびえる旧オートヴィル城であった。
現在はフェール家の邸宅ということになっているが、もともと実戦用の城であるため、その建物自体が街全体を睥睨するかのような威容を誇っている。
街に近づくと、一行はその異変にすぐに気がついた。
街の門に見張りの兵士が一人もいなかったのである。
それ以前に、この時間帯に街の門の周辺に人っ子一人いないこと自体が異常であった。
一行は悪い予感を感じつつ、騎乗したまま街の門を潜る。
どこまで行っても人っ子一人見当たらなかった。
家畜や猫や犬の姿も、一切見られなかった。
やがて完全に日が落ちても、街に灯りは灯らなかった。
ディオゲネスが一行に猫の目を付与する。
「街の住民が、そっくそのまま消えてしまうなんて」
ヒューゴが深刻な表情で口にした。
「ディオゲネス、四百年前にもこういうことはあったのか?」
グィードがディオゲネスに尋ねた。
「残念ながら、私が知る限りでは、そういうことはなかったはずです」
「そうか。では俺たちはいよいよ、伝説を超えた出来事に遭遇しているわけだな?」
グィードが髯を撫でながら、また尋ねた。
「はい」
その時レーナが口を開いた。
「あの城から、なにか禍々しい気配を感じるわ」
「ああ、間違いなく、俺たちはあそこから見張られているな」
グィードが同意した。
「しかし、すぐに襲って来ないこということは、あちらにもなにか考えがあるということか?」
ムスターファが言った。
「一度街から出たほうが良いかも知れませんね」
ディオゲネスが提案した。
「いや。このままどこかの宿屋に泊まろう。どうせ見張られているなら、少し離れて野営をしたところで意味はない。それよりは頑丈な建物で見張りを立てて休んだほうが、みんな安心して眠れるだろう」
グィードが、そう答える。
「そうね。念のため私の風精霊も見張りに立てるわ」
アーシェラが同意した。
「そうしてもらえるとありがたい」
そうして方針が決まると、一行は宿屋の看板を探した。
荒野の狼、その宿屋の看板にはそう書かれていた。
一行は馬を宿屋の厩に繋ぎ、建物に入ると、すぐに二階の客室を目指し、そこで荷物を降ろした。
実際のところ、三体の風精霊を見張りに立てれば充分なのだが、冒険者の性としてヒューゴとレーナ以外の者が交代で見張りをした。
見張りと言っても、ベッドから出て長椅子に腰掛け、時々窓から外を眺めるだけでよかった。
グィードの提案通り、しっかりとした宿屋の客室で眠れるということが、一行の心に余裕をもたらしていたのだ。
皆、武器を抱いたままではあったが、ベッドで熟睡する時間も充分にあった。
そしてその夜はなにも起こらず、やがて朝がやって来た。




