幕間の物語 ~妖精の指輪~
幕間を挟んで次回からはまた新章に入ります。今後ともよろしくお願いします。
深海のように暗い部屋で、コボルトの王はほくそ笑んでいた。
そこは深淵の暗い森にある、あの古城の地下にあるコボルトの王の秘密の工房であった。
その暗闇の中でもコボルトの王の目には、その部屋に並ぶ様々な実験道具や坩堝炉や彫金工具などがはっきりと見えていた。
そしてそこには、コボルトの王が求めていた、すべての素材が揃っていた。
コボルトの王は粛々と、またその素材たちを愛おしむように作業を進める。
そして数時間の後、それはとうとう完成した。
彫金台の上には、一つの指輪が置かれていた。
それはこの世界でコボルトの王にだけ造ることのできる、妖精の指輪と呼ばれる伝説級の魔装具であった。
コボルトの王はこれまで、多くの妖精の指輪を造って来たが、今回のものは最高の品質であった。
なぜならば、これまではそのベース素材としてヒヒイロカネを用いてきたところを、さらに上位の魔法金属であるオリハルコンを用いることができたのであるからだ。
妖精の指輪は、二種類の魔法金属を用いた二重螺旋構造の指輪であった。
純度の高いコボルダイトは魔力を吸収し、それを蓄積する性質を持っている。
対してヒヒイロカネは、吸収した魔力を、術者の意志や精神と感応して、様々な別種のエネルギーに変換する性質を持っている。
その異なる二つの性質を持つ魔法金属を特殊な加工法と設計によって結び付けることで出来上がる、装備者の魔力を増大、あるいは魔力の放出を効率化する魔装具、それが妖精の指輪である。
オリハルコンはヒヒイロカネ以上に高い精神感応性とエネルギー変換効率を持っている。
だがオリハルコンとは、超稀少金属であるヒヒイロカネと、ドワーフだけが精錬することのできる稀少金属であるミスリルとを、やはりドワーフにだけ伝わる秘法によって掛け合わせることによってしか得ることのできない、文字通り伝説級の魔法金属であった。
あの精霊ウァサゴが、いったいどのようにしてあのオリハルコンの塊を入手することができたのかコボルトの王には謎であったが、それは紛れもない純粋なオリハルコンであった。
コボルトの王は笑いが止まらなかった。
正直なところ、一度剣に加工されたオリハルコンから、指輪に使うことのできる純粋なオリハルコンを抽出するのは骨の折れる作業であった。
しかもそこから取り出せるのは、恐らく僅かな素材に過ぎなかったであろう。
しかし、あの精霊がもたらしたのは、なんら手の加えられていない純粋なオリハルコンの塊であったのだ。
これでコボルトの王は、これと同じ高品質の妖精の指輪を量産できるであろう。
そう考えていたところに訪問者があった。
「ゴーモトよ。その後の首尾はどうじゃ?」
訪問者は精神感応で語り掛けてきた。
偉大なるネズミの王であった。
「ふふ、上々よ。おまえの欲しているものは、ほれここに」
そう言って、コボルトの王は彫金台から、先ほど完成したばかりの妖精の指輪を摘まみ上げた。
「おお、よくぞ!」
精神感応ではあったが、コボルトの王には偉大なるネズミの王の声が、興奮に上ずっているように聞こえた。
「それで、あの冒険者どもはどうなった?」
「やはり、一筋縄ではいかなかった。彼奴らは生き延びて、地上へ帰っていったぞ」
「そうか」
偉大なるネズミの王は短く応じた。
「しかし、その指輪さえあれば、今度出会った時には、わし自らが滅ぼしてくれよう!」
「そうなれば良いの」
コボルトの王はやや皮肉めいた言い方をした。
偉大なるネズミの王はそれを感じ取り、七つの頭に持つ十四の目で、コボルトの王をジロリと睨みつけたが、すぐに相好を崩した。
「まあ良い、とにかくその指輪は貰ってゆくぞ」
そう言って、偉大なるネズミの王はコボルトの王の手から妖精の指輪を受け取ると、それを一瞬、愛おしそうに見つめて、それからすぐに右手の中指に嵌めた。
「ああ、その代わり、あの約束を忘れるなよ」
「わかっておる。そのためには、まずはわしが魔族に返り咲かねばならんのよ。この指輪の力でな」
魔族とは、魔王の眷属の中でも特に強い力を持ち、また大きな業を積んだ者だけに与えられる称号であり、その称号を受けた者には爵位と共に上位の魔族である称号の授与者からの加護が与えられる。
そして魔族の称号を授与する権能を持つ者は魔王自身と公爵以上の魔族だけなのであった。
かつて偉大なるネズミの王はコボルトの王と共に、男爵の爵位を持つ魔族であった。
しかし四百年前の魔王戦役において犯した失態によって、爵位と共に魔族の称号も剥奪されているのであった。
指輪を受け取ると、偉大なるネズミの王は来た時と同じように音もなく去っていった。
偉大なるネズミの王が完全に去ったのを確認すると、コボルトの王は再び指輪を造る作業を再開した。
その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。




