鬼が笑う
人鬼のキャラ付けで良く笑うことを設定した時から、いつか使いたいと思っていたサブタイトルです。お楽しみ頂けましたら幸いです。
ゴブリンの王とオークの王、そして邪妖精の群れの掃討を終えると、一行はディオゲネスの転移魔法、時空の扉で人鬼の里に帰還した。
一行が時空の扉を通って人鬼の里に到着すると、なんと人鬼たちはオーデンセの人々と宴会の準備の真っ最中であった。
母屋の大広間では手狭なため、里の中庭に敷物を引き、その上に即席のテーブルを設置して会場作りは万端であった。
スオウの話では、もともとクレナイたちは人間嫌いという訳ではなく、ただ自分たちの強さを追求するための鍛練施設として、人里離れた隠れ里で生活をしているのだということであった。
それで時々迷い込む冒険者などを酒宴で歓待することも少なくないのだという。
ただ、人鬼たちが自ら積極的に人間を里に案内することは禁じられていた。
なぜならそれは、鍛錬を差し置いて人間との遊興を望むことに繋がるからである。
そしてじつは、里でもっとも人間との酒宴を好んでいるのはクレナイであるということであった。
だから今回、ディオゲネスがオーデンセの人々を里に連れ込んだことを、クレナイはたいそう喜んだ。
「かつてないほど多くの客人だ!これは酒呑童子の導きに違いない!」
そう言って早速、宴会の準備に取り掛かった。
オーデンセの人々は日頃見慣れない人鬼たちの姿に当初は畏縮していたが、クレナイやグレンの気さくな態度やハイザクラの淑やかさ、サンゴの愛らしさに、すぐに緊張を解いた。
サクラもまた、決して愛想が良いわけではなかったが人間たちには礼儀正しく接し、なによりも男性たちにとっては、その凛とした美貌が魅力的であり、身の程を弁えずに口説こうとする者まで現れた。
サクラは迷惑そうに、しかし礼儀正しく、その場を辞してハイザクラと共に母屋の調理場へと姿を消した。
その様子を見届けてからディオゲネスが再び深淵に転移して、おそよ一時間ほどして一行は里に帰って来た。
西の空には真っ赤な夕焼けが広がり、その端に太陽が名残惜しそうに留まっていた。
太陽が完全に沈む前に、宴会の準備は完了して一同が席に着いた。
クレナイがグラスを手に一同を見回して、満面の笑みで宴会の開始を宣言する。
「我らの盟友の無事の帰還と、かつてない多くの客人たちとの出会いを祝し、我らの祖、酒呑童子のご加護に感謝して、乾杯!」
一行の席は当然、クレナイとグレンのすぐ側に設けられており、宴会が始まると改めてこれまでの経緯をグィードがクレナイたちに説明した。
「そうか、それはなかなか楽しそうな経験をしたものだな。あたしもいつかグィードたちと一緒に、ぜひ旅に出たいもんだ」
クレナイはそう感想を漏らした。
グレンもまた、しきりにゴブリンの王とオークの王について、「デカかったか?」「強かったか?」などと質問をしてきた。
「ところでスオウ、ちょっとは冒険者の連携というやつを学ぶことはできたかい?」
クレナイがスオウに尋ねた。
するとスオウが顔を輝かせて答えた。
「ああ、仲間と協力して戦うというのは面白い。独りで戦っている時には考えられないような動きを身体が勝手にしていることがあるんだ」
「そうかい。それは良かった」
クレナイがスオウを慈しむように笑いながら、そう言った。
「俺とレーナもスオウと戦っていると、スオウの考えや動きが目で見なくてもなんとなくわかるようになってきたよ。それに、あれは多分スオウの能力だと思うんだけど、相手の弱点や弱っているところが目に見えるようになってきたんだ」
そう言って、ヒューゴがスオウを補足した。
「なんだって?」
今度はクレナイの目が輝いた。
「そうか!それはおまえたちの恋人たちの二重奏と同じ同調効果というやつだ」
グィードがそう説明した。
「そうだなぁ、それにも戦闘技能として名前を付けよう。善良なる隣人というのはどうだ?」
「いいね!俺たち三人の連携攻撃は善良なる隣人で決まりだ!」
ヒューゴがそう言って、レーナとスオウに笑顔を送った。
「善良なる隣人かぁ」
そう口にしながら、スオウはまた目を細めて笑っている。
「いいわね!」
レーナもまた、それに同意した。
そのやり取りを聞いて、クレナイもまた目を細めている。
「やっぱりスオウをグィードたちと一緒に行かせたのは大正解だったようだ。まさか、こんなに早く成果が現れるとは!スオウ、これからも精進して、その成果をあたしたちにも伝授するんだ!わかったかい?」
そのクレナイの言葉を聞いて、スオウは困ったような顔をした。
「伝授と言われてもなぁ。ただ楽しく戦っているだけなんだ」
「まあ、今はそれでいいさ。とにかくスオウは、これからもグィードたちとしばらく一緒に旅を続けるんだ。いいね?」
「ああ、俺もその方が楽しくていいぞ!」
そう言って、スオウはまた笑った。
よく笑う人鬼たちを見て、グィードはふとフダラクの諺に「鬼が笑う」という言葉があるのを思い出した。
それは確か「見通しのつかないことを、いちいち心配しても仕方がない」という意味であった。
そうか、人鬼たちがよく笑うのは、人鬼たちが明日のことや将来のことを、いちいち心配していないからかも知れないと、グィードはふと考えた。
宴会の料理には、いつの間に手伝ったのか、やはりウァサゴの料理が含まれていた。
会場を見回すと、隅の方でエプロン姿のウァサゴがハイザクラの傍らに立ち、楽しそうに雑談していた。
本当に訳の分からない奴だ。
グィードはそれを見て、そう思った。
ところでウァサゴはなぜ、ヒューゴの愛剣願望をわざわざ取り返して来たのだろう。
日頃は、一行の戦いに直接協力することを極力避けるウァサゴが、直接動いた。
もちろん、願望を失うことは戦力の低下に繋がったが、それがどうしても必要なものであったとはグィードには思えなかった。
ウァサゴは願望について、なにか自分の知らない秘密のようなものを知っているのかもしれないと、グィードは考えを巡らせた。
しかし、しばらく考えても答えが出ないので、グィードは考えるのをやめた。
これは鬼に笑われるなと、心の中で独り言を言った。
宴会は最高潮を迎えていた。
明日には救出された人々を、オーデンセの街まで連れ帰るために出発しなければならない。
一行の馬はマガダン遺跡の柱に繋いだままであった。
運よく冒険者か盗賊にでも発見されれば、馬たちは生きながらえるだろう。
そもそもオーデンセの人々のための馬はないので、徒歩での旅になる。
どれだけ急いでも三日は掛かるだろう。
その後は、とりあえず当初の予定通り、王都を目指すことになるだろう。
姿を消した万魔殿と偉大なるネズミの王のことも気掛かりだった。
果たして、この地域での魔物の活発な活動は収束したのだろうか。
「やれやれ」
グィードが声に出して、そう言った。
俺はきっと、鬼に笑われてばかりだな。
「どうしたの、グィード。大丈夫?」
ヒューゴが心配そうに尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。俺にはおまえがいるからな」
そう言って、グィードはヒューゴの顔を見つめる。
そしてグィードは、ヒューゴの顔にスカーレットの面影を重ねる。
スカーレット、おまえはいったい、今どこでなにをしているんだろうな。
グィードは知らずに髯を撫でていた。




