撤退戦
剣舞闘士ムスターファが大活躍です。よろしければお楽しみください。
ゴブリンの王とオークの王を一先ず戦闘不能に陥らせたグィードは階段を一気に駆け降りた。
グィードは駆けながら、古代語魔法の詠唱を始めている。
「大いなる教導者よ、忘却の彼方より来たりて、汝の剣を我に示せ」
グィードは両手で愛剣を振り上げながら跳躍する。
グィードの身体がまだ空中にあるうちに、剣は二つに分かれた。
「死神の大鎌・狂詩曲!!!」
グィードが邪妖精の群れの真ん中に着地したかと思うと、その両手から延びる二振りの黒い剣身の魔剣が次々に死を撒き散らす。
その時、果敢に三体の将軍オークがグィードを取り囲んだ。
それぞれに盾と大剣を手にしている。
大剣を片手で軽々と扱う膂力はそれだけで危険なものであるが、その三体は、ただ力任せに戦うタイプではないようであった。
三枚の盾を巧みに用いてグィードの動きを封じに来る。
「なかなかやる、だが俺には通用せん!」
グィードがその場で身体を旋回させた。
「死神の大鎌・輪舞!!!」
狂詩曲によって双剣となった状態での輪舞である。
三体の将軍オークは黒い竜巻に巻き上げられ、吹き飛ばされた。
次瞬にはグィードは駆けている。
「死神による速弾きの追奏曲!!!」
これもまた双剣状態で発動されたのであるが、その威力は凄まじかった。
三体の将軍オークは、一瞬にして斬り刻まれ、雲散霧消した。
その光景を目撃したムスターファは、後にグィードを黒い災厄と呼ぶようになった。
かつて死の天使と呼ばれたグィードに、新しい二つ名が与えられた瞬間であった。
ムスターファが操る剣舞には四つの基本の型がある。
そして四人に分身したムスターファは、それぞれにその四つの異なる型の剣舞を駆使して、敵を滅ぼしていた。
起の型、明鏡止水は静の剣舞であり、完全防御と回避、反撃を旨とする。
分身は双刀を無造作に地に垂らして、目を閉じている。
一見すると隙だらけに見えるが、じつはまったく隙のない自然体であった。
三体の兵士ゴブリンが分身に同時に斬り掛かる。
分身は目を閉じたまま、半歩後退しながら最小限の動きで、それらすべての攻撃を躱す。
同時に分身の双刀は、三体それぞれの兵士の急所に吸い込まれるように、あるいは水が高きところから低きところへ流れるが如くに引き寄せられ、斬り裂いた。
章の型、花鳥風月は変幻自在にして、敵を徐々に追い詰める剣舞である。
分身は舞うが如くに、同時に六体もの兵士コボルトを相手取っていた。
兵士たちは自分たちの優位をまったく疑っていなかった。
また自分たちが、いつの間にか後退させられていることにも気が付かない。
ただ心地よく、戦わされていたのである。
しかし、やがて自分たちの鎧が傷つけられ、剣の刃もぼろぼろに欠けていることに気付いた。
兜を飛ばされた。
いつの間にか剣まで絡め取られていた。
そして身を守る術をまったく失ったことに気付いた次の瞬間、自分の首が宙に飛んでいることに、やっと気付いた。
自分たちはただ踊らされていたのだ。
六つの頭は宙を飛びながら、最後にそう考えていた。
転の型、泰山鴻毛は柔と剛の両極を併せ持って敵を翻弄する。
分身が一際巨大な体を持つオークと戦っていた。
将軍オークである。
将軍は巨大な盾と戦斧を手に分身に迫る。
将軍はまず、盾を振り上げて分身を殴り付けた。
分身は後ろに吹き飛んだように見えるが、実際には自ら後ろに跳んでいるのである。
しかし将軍はそれとは気付かない。
「こいつは軽い」と判断して戦斧で追撃する。
すると今度は、分身が双刀を交差して正面からそれを受ける。
ピクリとも動かない、どころか将軍と互角異常の力で押し返して来る。
将軍は一端下がろうとするが、今度は分身が張り付いて離れない。
いつの間にか盾の内側に入り込み、盾を持つ腕に斬撃を浴びせる。
将軍の腕が盾ごとずり落ちる。
グゥオォォォォォォォ!
痛みに絶叫しつつも、将軍は戦斧の柄で分身の頭を殴り付ける。
しかし、そこにはもう分身の姿はなかった。
いつの間にか将軍の背後に、分身は立っていた。
分身の双刀が、戦斧を持つ将軍の右腕と首を同時に斬り落とした。
結の型、迅雷風烈は最速の剣舞にして一撃必殺を旨とする。
分身が疾風の如く戦場を走り、双刀を振るう。
その三日月刀が振るわれる度に鮮血が迸り、邪妖精たちの首が飛んだ。
そこにはゴブリンとコボルトとオークの区別もなく、兵士と軍曹と将軍の区別もない。
どの魔物にも平等に、一瞬にして死が与えられた。
グィードは四人の分身の戦いを見て、フダラクに伝わる四方を守ると言われる四柱の軍神のことを思い起こした。
曰く、東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天である。
鬼人化したスオウは、まさに暴力の化身であった。
鬼人が蹴りや掌底を放てば、数十体の魔物が一瞬にして吹き飛び、恐らく内臓破裂による致命傷のため、雲散霧消した。
鬼人の手刀は敵の四肢を易々と切断した。
また拳を振るえば、魔物の肉体と共に、鎧や兜もやすやすとひしゃげた。
また、神通力によって掌から拳大の火球を連発して、遠距離の敵にもダメージを与え、それが牽制ともなっている。
グィードは、邪妖精の群れを斬り開いて、四人の分身と鬼人に合流した。
「よし、良く踏ん張ってくれた!俺たちもさっさとここから出るぞ!」
グィードが叫んだ。
「「「「了解だ!!!!」」」」
四人の分身が同時にそう答えて、分身を解く。
鬼人も黙って、鬼人化を解いた。
スオウは顔に嬉々とした表情を浮かべていた。
仲間のために戦うというのは、なんと心地の良いものだろうと考えていたのだ。
三人は広間を後にして、出口まで全力で走った。
その背後には、なお四千以上の邪妖精の群れが追いすがり、さらにその後ろでは、完全回復を果たしたゴブリンの王とオークの王が追跡を開始していた。




