ウァサゴ暗躍
ウァサゴがまた暗躍しています。お楽しみください。
グィードがゴブリンの王、オークの王と戦闘をしている頃、コボルトの王は独り城の隠し通路を歩いていた。
首尾よく念願のオリハルコンを手に入れたことに狂喜しつつ、地下にある工房を目指していたのだ。
その時、今は紫色の布に包み懐に抱えているオリハルコン製の長剣から、不審な振動が発生するのをコボルトの王は感じた。
そしてその振動は次第に激しくなり、やがて長剣はコボルトの王の懐から床に転がった。
「いったいどうしたというのだ」
コボルトの王が狼狽えたように口にした時、床に転がる布に包まれた長剣から、突然黒い影が流れ出て人間の姿を取った。
それは精霊ウァサゴであった。
「驚きましたか?」
ウァサゴは妖しい微笑を浮かべながら、コボルトの王に尋ねた。
「お、おまえはいったい何者だ!」
コボルトの王が、なんとかそれだけを口にする。
「私はウァサゴ。このオリハルコンの長剣の所有者である少年の祖父に当たる者です」
ウァサゴは答えながら、足元に転がるオリハルコンの剣、願望を拾い上げる。
「なんだと?ふざけているのか!」
コボルトの王は、からかわれているのだと思い激昂する。
「ふざけてなどおりませんとも、私は事実だけを申し上げているのです」
それを聞いてコボルトの王は、偉大なるネズミの王がオリハルコンの情報をもたらした時、その所有者には精霊が加護を与えていると言っていたことを思い出した。
コボルトの王は精霊という存在を知っていたし、かつて何度か遭遇したこともあったが、それはすべて魔王陣営の精霊たちであった。
精霊たちは皆、薄気味悪い存在ではあったが、コボルトの王は精霊を恐ろしいと思ったことはなかった。
「そうか、おまえがリロイの言っていた精霊か?それで精霊のおまえがいったい我になんの用なのだ?」
「それはもちろん、この剣を本来の所有者のもとに取り返すために来たのですよ」
ここまで来て、コボルトの王はやっとウァサゴが自分の敵であることを認識した。
「なんだと?そんなことを我が簡単に許すと思っているのか?」
ウァサゴの正体がわからなかったからこそ、コボルトの王は一瞬、狼狽えはしたが、その正体が敵であるとわかれば、いつまでも手をこまねいてばかりはいなかった。
コボルトの王は腰から愛用の大剣を抜いた。
その剣身からは凄まじい瘴気が立ち昇っていた。
魂喰らい、それがその大剣の名前であった。
その大剣には特殊な魔法が施されており、斬られる者の魂や霊体自体を傷つけることができるのであった。
つまり、精霊や精霊のように実体を持たない相手にも、直接ダメージを与えることができるのである。
「ほう、変わった玩具を持っていますね」
ウァサゴが魂喰らいを見ながら言った。
「ですが、残念ながら私は、ここにあなたと戦いに来たのではありません。ただこの長剣を取り返しに来ただけなのです」
その言葉を聞きながら、コボルトの王は自分の身体に起こりつつある変化に気付いていた。
なんとコボルトの王の身体は、つま先から徐々に石化しつつあったのだ。
コボルトの王は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
額にも冷や汗が滲む。
「安心してください。ここで私があなたを滅ぼしては、我が孫との契約を果たすことはできません」
ウァサゴは再び、妖しく微笑みながらコボルトの王に告げた。
「ど、どういうことだ?」
「この長剣は確かに返して頂きます。ですが、その代わりにあなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう」
「なんだと?」
コボルトの王が訝しげに聞き返す。
「あなたの願いは、オリハルコンを手にすることですね?」
「あ、ああ、そうだ」
コボルトの王は、状況が理解できないながらも答える。
ここでウァサゴの機嫌を損ねれば自分に待つのは死の運命しかないと、この時コボルトの王は心底恐れていた。
「では、あなたの願いを叶えましょう。これがオリハルコンです」
そう言って、ウァサゴは懐から虹色の光を反射する金属の塊のようなものを取り出すと、コボルトの王の足元に無造作に転がした。
「これであなたは、あなたが作りたいと思うものを自由に造りなさい。そして再び、我が孫の前に立ちはだかってみなさい。その時には、我が孫があなたを滅ぼすでしょう。では」
それだけを述べると、ウァサゴは姿を消した。
コボルトの王は、身体の石化が徐々に解けるのを感じていた。
直前までウァサゴが立っていた場所には、紫色の布だけが残されていた。
同じ頃、アルフォンスとディオゲネスとアーシェラ、そしてヒューゴとレーナの五人は先ほど広間で解放された三百人ほどの人々を誘導しつつ、コボルトの王の城から、無事脱出したところであった。
とは言え、幾らムスターファとスオウ、そしてグィードと言えども、たった三人であの魔物の群れを殲滅することはできないであろうから、追手が追い付いて来るのは時間の問題であると、一行は考えていた。
ディオゲネスには考えがあった。
それは、まずは解放されたオーデンセの人々を、人鬼の里に設置した時空の扉に転移させてしまうということだった。
まさか今回、いきなり地下世界までやって来て、そこで人々を救出することになるとは考えていなかったディオゲネスは、オーデンセの街には時空の扉を設置していなかったのだ。
それに個人的な転移用の結界を、どこの街や村にもホイホイと設置して良い物ではないというのも事実であった。
いずれにせよディオゲネスは、人鬼の里へはいつでもどこからでも、すぐに時空の扉を開通させることができるのだ。
問題は、突然三百人もの人間が里にやって来ることを、クレナイやグレンたちがどう思うかということであった。
結局、そこは緊急事態であるから、一端ディオゲネスが一緒に里まで行って事情を説明し、すぐに戻ってくるということで話は落ち着いた。
そのためには、こちら側にも簡易用の時空の扉を設置して、少なくともディオゲネスが戻ってくるまでの間は、それを死守する必要があるのだが、その程度であれば可能であろうとアルフォンスは判断した。
方針が決まれば、一行の行動は早かった。
ディオゲネスは自作の魔法具、仕立て屋の仕立て直しの効力で簡易用の時空の扉を一瞬にして設置することが可能であったし、人々を送るための時空の歪みも、すぐに展開できた。
そして、武器を失ったヒューゴも人々と一緒に先に里に送ろうかと一同が話し合い始めた時、どこからともなくウァサゴが姿を現わした。
「さすがは偉大な英雄のパーティーの皆さん、順調のようですね」
「毎度のことながら、いったい今までどこに行ってたんだよ」
声の方を振り返ってヒューゴがウァサゴを咎めた、その時、ヒューゴはウァサゴの手に握られている長剣に気がついた。
ヒューゴの顔が輝く。
「ウァサゴ、それって?」
「ああ、やっぱりヒューゴの剣でしたか?城の通路に落ちていたので拾って来たのですよ」
ウァサゴが悪戯っぽく微笑んだ。
一行も、すぐには状況が理解できなかったが、ウァサゴの行動が理解不能なのはいつものことなので、深く考えることは諦める癖がついていた。
「とにかくこれで、俺もここに残って、みんなと一緒に戦えるね」
ヒューゴはそう言って、ウァサゴの手から愛剣を受け取った。
「では、みなさん行きましょうか?」
そう言ってディオゲネスは、解放された人々を時空の歪みへと導いた。
三百人ほどの人々が皆、その歪みに飛び込み終えると、ディオゲネスが一行を振り向いて、苦笑いしながら言った。
「では行ってきます。なるべく早く帰りますが、クレナイたちが事情を理解してくれるように祈っていてください」
最後にディオゲネスが片手を振り飛び込むと、時空の歪みは消失した。
一行は城門を振り返り、戦闘態勢を取った。
ウァサゴはまた、いつものように遥か上空から一行を見ろして見下ろしていた。




