人質の解放
久しぶりにモブではない敵との戦闘シーンです。宜しくお願いします。
「この人間どもを返して欲しければ、おまえたちの持つオリハルコンを置いていけ!」
コボルトの王がはっきりと命じるように、一行に言い放った。
「オリハルコンだと!」
グィードがすぐに反応した。
そして、スオウとムスターファ以外の者には、それがヒューゴの持つ長剣、願望のことであることが、すぐにわかった。
「オリハルコンを手に入れて、どうするつもりだ!」
相手が素直に答えるとは思わなかったが、グィードはそう尋ねずにはいられなかった。
「それはおまえたちには関係のないことだ。もし従わないと言うならば、この人質どもを直ちに皆殺しにするだけだ」
人質を取られている時点で、こういう状況になることもグィードは予測していた。
そうなった時には、グィード特製の煙り玉で敵を撹乱して、その隙に全力で人質を助け出し、とにかく人質を安全なところまで逃がすことに徹することを、事前に皆で話し合っていた。
ただそれは、あくまでも最終手段であって、もっと安全な方法があるのであれば、そちらでなんとかしたいとグィードも考えていた。
なぜならば、作戦通りに実行したとしても人質全員を必ず助け出せるかどうかは、やってみなければわからないからである。
できることならば、危険な賭けは避けたかった。
グィードはヒューゴを見つめた。
「人質の安全確保が第一だ。わかっているな、ヒューゴ」
ヒューゴが頷く。
「おまえの剣は、ヴォルカスがまた、必ず造ってくれるさ」
グィードがヒューゴを慰めるように言う。
「わかってるって」
ヒューゴはまったく未練がないように、きっぱりと答えた。
「よし、さすがは俺の息子だな」
そう言って、グィードはヒューゴに手を差し出す。
ヒューゴは黙って鞘から剣を抜き、グィードに手渡す。
グィードは剣を受け取った時、その余りの重さに違和感を感じた。
そう言えば、ウァサゴがヒューゴの鍛練のために、剣を通常の倍の重さに調整していると言っていたことを思い出した。
だが、今グィードが手にしている剣の重さは倍どころではなかった。
そうかウァサゴは、ヒューゴの成長に合わせて剣の重さをさらに増やしていたのだとグィードは思い当たったが、それにしてもその重さは異常であった。
通常の長剣の五倍はあるだろうと、グィードは判断した。
ヒューゴがグィードと一緒に旅を始めてから、僅か十日足らずである。
その期間におけるヒューゴの成長は常識を逸していた。
そうか、それがヒューゴに対するウァサゴの加護なのだと、グィードはその時初めて気が付いた。
非常に重い剣ではあったが、グィードはそれを普通の剣と変わらない物のように扱うことができた。
それでグィードは、ヒューゴの剣をコボルトの王によく見えるように、頭上に高く掲げながら叫んだ。
「いいか、これがおまえの欲しがっているオリハルコンだ!これが欲しければ、まずは人質をこちらに近付けて、配下のゴブリンどもは下がらせろ!」
その言葉を聞いて、コボルトの王はゴブリンの王の方に目で合図を送る。
するとゴブリンの王は、人質を見張る配下のゴブリンたちに合図を送る。
見張りのゴブリンたちによって、人質たちが一行の目と鼻の先まで連れて来られた。
もちろん、まだ拘束は解かれず、槍を突き付けられているため、予断を許さない状況であるのは変わらない。
ただ、数の上で圧倒的に優位に立っているコボルトの王は、人質にはそれほど執着していないようでもあった。
一度逃がした後でも、数によって圧殺できると確信しているのであろう。
「俺が直接、おまえのところまで、この剣を持って行って手渡してやる。その時には人質の拘束を解いて、配下もすべて下がらせろ。それでどうだ?」
「よかろう!」
コボルトの王が満足気に答えた。
グィードは一行を振り返って一度だけ頷くと、ゆっくりと魔物の群れを突っ切って、階段に向かう。
剣を右手に持ち、高く掲げたままである。
グイードの身体が何体かの魔物の身体と接触するが、グィードは何事もないかのように堂々と歩き続ける。
そうして魔物の群れを抜けると、やはり堂々とした態度で階段を上り始めた。
グィードには一段一段が高く感じられたが、苦労するほどのものではなかった。
やがてグィードは、コボルトの王の目の前に立った。
コボルトの王は、今度は自分の左側の玉座に目を向けて、やはり命じるように言葉を発する。
「マゴクよ!」
オークの王、マゴグが立ち上りグィードに近付いた。
「そのマゴグに、オリハルコンを渡すのだ」
コボルトの王は、厳かに命じた。
「人質の解放が先だ」
コボルトの王は嫌らしい笑みを浮かべた。
ここまで来れば、オリハルコンはすでに手にしたも同然であった。
「よかろう。人質を解放せよ!」
見張りのゴブリンたちが、拘束されたままの人質を一行に向かって押しやり、自分たちは下がる。
アルフォンスたちはすぐさま、人質たちと魔物たちの間に陣取った。
アーシェラが細身の剣で、次々と人々の拘束を解いた。
「さあ、オリハルコンを渡すのだ!」
コボルトの王がそう言って、ゴブリンの王とオークの王に目配せをした。
グィードは巨大な三人の王に取り囲まれる形となった。
いつの間にか、ゴブリンの王の手には巨大な斬馬刀が、オークの王の手には巨大な連接棍棒が構えられていた。
「さあ、それをこちらに寄こせ!」
コボルトの王がグィードに腕を伸ばした。
グィードはすでにヒューゴの剣を、本気で手放す決意をしていた。
「アルフォンス!人質を連れて逃げろ!ヒューゴとレーナを頼んだぞ!」
そう叫ぶと同時に、グィードはヒューゴの剣をコボルトの王に渡して、自らの剣黒い虹を抜いた。
コボルトの王は剣を受け取ると満足げに笑い、そのまますぐに踵を返した。
「ゴブリンの王、オークの王よ、あとは任せたぞ」
一度だけ振り返り、それだけを告げると、コボルトの王は玉座の背後の壁に触れ、突如そこに現われた暗い穴へと飲み込まれていった。
そこには隠し扉があったのだ。
その姿を確認すると、ゴブリンの王とオークの王が同時に、グィードに襲い掛かった。
グィードは身を屈め、斬馬刀の攻撃を躱し、次の瞬間には跳躍して、連接棍棒の攻撃を躱した。
グィードが一瞬前まで立っていた床を、連接棍棒の一撃が粉砕する。
グィードは体勢を立て直すと、まずは目の前にいたゴブリンの王に斬り付ける。
ゴブリンの王は斬馬刀で、グィードの斬撃を打ち払う。
その反応の速さに、グィードは感心する。
「さすがはゴブリンの王と言ったところか」
今度は先に仕掛けたのはゴブリンの王であった。
ゴブリンの王は巨大な斬馬刀を、まるで棒切れのように軽々と振り回し、右から左からと、次々にグィードに斬り付ける。
グィードはそれを、後退しながら剣で捌く。
気付くとグィードは壁まで追い詰められていた。
しかし、グィードの顔にはまだ、余裕があった。
「行くぞ!死神の大鎌!」
グィードの手の中で黒い虹が闘気を纏って巨大化する。
次の瞬間、グィードは自らの身体を回転さるように、死神の大鎌でゴブリンの王を薙ぎ払った。
ガシンッ!
金属と金属がぶつかる重々しい音と共に、二人の間に火花が散り、ゴブリンの王の身体が僅かに後退する。
その一瞬をグィードは見逃さなかった。
グィードがゴブリンの王を足元から斬り上げる。
斬馬刀を持つゴブリンの王の両腕が切断され、肘から先が斬馬刀もろとも床に転がる。
ギヤァァァァァァァア!!
ゴブリンの王が痛みに絶叫する。
しかし次の瞬間、驚くべきことをグィードは目撃した。
ゴブリンの王の腕の傷口から、筋肉の繊維のようなものがみるみる盛り上がり、傷口を塞いだ。
やがて腕が再生を始める。
グィードは、さすがに一瞬は驚いたが、自己再生能力を持つ敵を相手にするのは初めてではなかった。
グィードには、もう一体の敵、オークの王を観察する余裕もあった。
オークの王はすでに、グィードに第二撃を放つべく連接棍棒の先端を頭上で回転させ、タイミングを見計らっていた。
グィードがその姿を確認した瞬間、遠心力を含んだ連接棍棒の先端が、グィード目掛けて真っすぐに飛んできた。
グィードはそれを紙一重で躱すと、そのままオークの王の懐に飛び込んだ。
「死神による速弾きの追奏曲!!!」
それはヒューゴのオリジナル技能を応用した、グィードの新技能であった。
グィードの速弾きは、ヒューゴの倍以上の剣速を持っていた。
そしてその速弾きを、一呼吸ごとに繰り返し続ける。
オークの王の身体はほんの数秒のうちに、何百回、何千回と斬り刻まれ続けることになった。
グィードはオークの王にも、ゴブリンの王と同等の自己再生能力があることを、すでに見越していた。
そこで、再生能力が追い付かないほどのダメージを与え続けるために、グィードは剣を振るい続けているのだ。
背後でゴブリンの王が斬馬刀を拾い上げる気配を感じ取ったグィードは、オークの王から飛び退いた。
オークの王の身体は、もはや原形を留めないほどに細かく斬り刻まれていたが、消滅はしていなかった。
すなわち、斬り刻まれた肉片から筋肉の繊維が飛び出し、再び結びつこうと蠢いていた。
グィードはもはや、この二人の魔物の王を、その場で滅ぼすことは諦めていた。
まずは生き残って仲間と合流し、解放された人々を無事にオーデンセの街まで連れ帰ることに目標を切り替えていたのだ。
グィードは斬馬刀を手に突進してくるゴブリンの王に向って、自らも走った。
走りながら斬馬刀を剣で打ち上げ、がら空きになったゴブリンの王の懐に飛び込む。
「死神による速弾きの追奏曲!!!」
死神の大鎌がゴブリンの王の身体を斬り刻む。
背後でオークの王の身体が再構成されつつあるのを感じるが、まだ立ち上がれるほどではなかった。
ゴブリンの王の身体も、先ほどのオークの王の身体と同様、細かい肉片となってグィードの周囲に飛び散っていた。
グィードは階段の下を見下ろした。
アルフォンスたちは解放された人々を連れて、すでに撤退を開始していた。
広間の入口には、有り余る戯言によって四人に分かれたムスターファと鬼人化したスオウが、殿として魔物の群れの追跡を防いでいた。




