迷いの森
邪妖精の群れを撃破した一行は、森の奥の城を目指して森を突き進む。
最初に異変に気付いたのはアーシェラであった。
「みんな一端止まって!」
「どうしたの?アーシェラ」
アーシェラの傍らを歩いていたレーナが尋ねた。
「この老木の前を一時間前にも通ったわ。私たちは迷っていると思う」
「でも、俺たちはほとんど一直線に進んでいるはずだけど」
ヒューゴが自信なさそうに言葉を発する。
「それにしては城の影がまったく見えない。俺の計算ではそろそろ到着してもよい頃なんだがなぁ」
グィードも訝しむようにつぶやいた。
「これは幻術の類いかも知れませんね」
ディオゲネスも異状を認めた。
「この森自体がそういう性質を持っているのか、あるいは何者かが私たちを迷わせようとしているのか」
ディオゲネスは自分の考えを口に出す。
「そうね。ではそこの樹に尋ねてみるわ」
そう言ってアーシェラは、老木に近づき幹に触れると目を閉じた。
「樹霊よ。わが前に姿を現せ!我が名はアーシェラ」
アーシェラの詠唱が終わると、その老木から若く美しい女の姿をした樹霊が現れた。
とは言え、樹霊は精霊であるから永遠の存在であり容姿は召喚者であるアーシェラのイメージを具現化しているだけであるのだが。
「エルフがこの森に来るのは何百年振りかしら。ようこそ深淵の暗い森へ、アーシェラ」
樹霊が恭しくあいさつをした。
「ご丁寧にあいさつをありがとう。ここは深淵というの?」
アーシェラが樹霊に尋ねる。
「ええ、ここは地上を追われた弱き者たちが隠れ住む世界、深淵。創造主は弱き者たちに憐れみを掛けて、アルヴァニア大陸の地下にこの世界を創造したの」
「弱き者?あの魔物たちのこと?」
「そうね、あなたたちが魔物と呼んでいる者たちもそう。それ以外にも、この深淵には、かつて地上での生存競争に敗れ地上で居場所を追われた弱き者たちが多く暮らしている」
「魔物たちはもともと、この地下世界で生まれたのではなく、地上で生まれたものだということ?」
「ええ、正確には生まれたのではなく、人間の手で造られたものだけど。彼らは反逆者となる以前の魔王、つまり人間の王であったアルヴァーンと、その子どもたちの手によって造られた疑似生命体なの」
それから樹霊が語ったのは、次のような話であった。
永遠の楽園ザラトゥストラに最初に造られた人間アルヴァーンは、妻イヴリースとの間に十二人の子を儲け平和に暮らしていた。
ところが、アルヴァーンはやがて、創造主のように、自分も無から有を産み出し、新しい命を造り出したいと願い始めた。そうした研究の中で生まれたのが、現在地上で魔物と呼ばれているものたちの始まりであるという。
そして、やがてアルヴァーンが創造主に反逆して神々に敗れた時、創造主は魔王の眷属であった彼らを憐れみ、この深淵で生き続けることを許したのだと。
それはアーシェラや人間たちが知る創世神話には書かれていないことであった。
一行は、樹霊に尋ねたいことがまだまだあったが、さしあたって、この森を抜けることの方が優先課題であった。
「ところで、この森は暗い森と言うのかしら?私たちはこの奥にある古城に向かっているのだけど、どうやら迷っているようなの。どうしたら辿り着けるのかしら?」
アーシェラが、改めて樹霊に尋ねた。
「ああ、それはあの城の防衛機能が働いているのね。私が一緒なら迷わずに辿り着けるわ」
樹霊はこともなげに答えた。
「そう、ではお願いするわ」
アーシェラもまたあっさりと案内を依頼した。
そうして一行は、樹霊の案内によって古城の前まで辿り着いた。
その間に一行は、この地下世界について樹霊からさらに幾つかの情報を得ることができた。
それは、この暗い森は地下世界の北東の辺境にあるということ、つまり地下世界はアルヴァニア大陸とほぼ同じ広さを有しているということ、またその各地に地上へと続く洞窟があるのだが、そのうちの多くのものは、今からおよそ四百年前に、地上に住む人間の手で塞がれてしまったということであった。
そして、それは単に樹霊が無関心であるためにそうでるのか、あるいはこの地下世界の住人の多くがそうであるのか、いずれにせよ樹霊は、魔王戦役のことを知らなかったようである。
古城の前まで辿り着くと、アーシェラは樹霊に礼を告げて解放した。
樹霊は大気に溶けるように姿を消した。
城門が開け放たれていることから、一行は自分たちの考えが正しかったことを確信した。
この古城には偉大なるネズミの王自身か、あるいはその手の者がいるに違いない。
「さあ、みんな心の準備は良いか?この城では、一つの決戦が行われると見て間違いない。絶対に生き残って、オーデンセの人々を助け出すぞ!」
グィードが一同に気合いを入れた。
「おう!」
アルフォンスとヒューゴ、スオウとムスターファは異口同音に同意した。
それ以外の者たちも静かに頷いた。
グィードを先頭に、一同が城門を潜る。
最後尾のアーシェラが城門を潜り終えたとき、一行の背後で城門の扉が音をたてて閉じた。
ディオゲネスは一行に猫の目を付与する。
城門からその広間へは、ほぼ一本道であった。
途中、幾つかの空の部屋を散策したが、特に注意すべきものは見当たらなかった。
そこは広大な広さを持つ、一種の闘技場のような造りであり、一行の予想通り、夥しい数の武装した邪妖精の群れが待ち構えていた。
その数は優に五千体を越えていた。
また、その部屋の正面には段の高さが通常の倍ほどもある階段があり、その先には三つの巨大な玉座が置かれていた。
そしてその玉座は、すべて埋まっていた。
一行が見上げると、中央の玉座に座していたものが立ち上がった。
それは巨大なコボルトであった。
「我が名はゴーモト、偉大なるコボルトの王である!」
そう言って、コボルトの王は自分の右側の玉座に目を向けて、命じるように言った。
「ゴグよ、人質どもを!」
同じく玉座に座る者とは言え、そこには主従関係が存在しているかのようであった。
ゴグと呼ばれたのは巨大なゴブリンであった。
ゴブリンの王、ゴグ。
反対の玉座に座すのは、明らかにオークの王であった。
恐らく、オーデンセを襲撃した群れの指揮官は、このゴブリンの王であったろうと、グィードは推測していた。
ゴブリンの王が黙って頷くと、配下と思われるゴブリンが数体、広間の奥の扉から退出し、拘束された三百人近い人間を引き連れて戻ってきた。
オーデンセから攫われた人々に間違いなかった。




